講習会二日目~中庭・生徒会室
「……なんだか、たった一日でものすごく話が進んでたのねえ……」
みのりさんが、半ばあきれたように言った。昨日と同じ、中庭でのランチタイム。今日も抜ける様な青空だった。
「……」
どう言ったらいいのか、よくわからなくて、私はおにぎりをぱくりと食べた。
「まあ、いいんじゃない? 沙織がいいって言ってるんだから」
「う、うん……」
そう、きっと、いろんな事がありすぎて、まだ混乱してるんだ、私。もうちょっと、落ち着いたら、ちゃんと考えられるように、なるよね……。
ミストを含んだ風が肌に心地よい。本当、ここの中庭、いい秘密ポイントだわ。私達以外、誰も来ないし。
「……でも、大丈夫かなあ……」
みのりさんが、うーんと考え込んでいる。
「みのりさん?」
みのりさんの顔には、何とも言えない表情が浮かんでいた。
「アニ研部長の藤沢くんって、普段いい人なんだけど……アニメとか映画とか撮り始めると、性格変わるって噂よ?」
「そ、そうなの!?」
みのりさんが頷いた。ふわっとツインテールが揺れる。
「友達がアニ研部員なんだけど……暴走止めるのが大変だったって……」
ぼ、暴走って。一体何を!?
ちょっと顔がこわばった私を見て、みのりさんが済まなさそうに、笑った。
「でも、大丈夫よ。生徒会メンバーも一緒でしょ? きっと止めてくれるわ」
……暴走に輪をかけて、みんなで暴れそうな気がするのは、私だけ……?
「まあ、頑張ってね。何か、私に出来ることあったら手伝うし」
「ありがとう、みのりさん……」
ちょっと頭を振って、気持ちを入れ替えた。とにかく、今は、目の前の事に集中集中。……午後からの講習も、頑張ってノート取らなきゃ。せめて、これぐらいはしておかないと……さーちゃんが困るし。
(いろいろ考えるのは、生徒会室行ってから、でいいよね……)
私は、お弁当の続きを食べ始めた。みのりさんとの、他愛ない噂話に花が咲く。さーちゃんの話。学校の話。クラスの話。お昼休みの間、いろんな事を教えてもらった。
***
――と思ってやって来た生徒会室で……いきなり試練、が私を待ち構えていた。
***
……な、な、な
「なにっ、これっ!!」
思わず椅子からずり落ちそうになって叫ぶ私に、ふふっと笑いながら玉木くんが答えた。
「何って、台本じゃない。あれから、大変だったのよ~、ねえ、藤沢クン?」
「そう! 玉木くんと相談して、もう徹夜で書き上げて……」
目の下、大きなクマが出来てる藤沢くんは、ものすごーくハイテンションだった。暴走しかけ!?
「そ、それは、わかってるけどっ!!」
問題はそこじゃないって!! 私は長机に座った、藤沢くん+生徒会メンバーの顔を見た。
「こ、このお話……っ」
扇くんが笑いを堪え切れないように、言った。
「いや~すごいな、藤沢。よくできてる」
川崎くんも、感心したような声を洩らす。
「あんな短期間で、ここまで完成度高い台本書くなんて、文才あるよ~藤沢」
藤沢くんが、うれしそうに笑った。
「生徒会メンバーにそう言ってもらえると、うれしいよ! 全員ちゃんと役割あるから、セリフしっかり覚えてね!」
……私の台本を持つ手が、わなわなと震える。
「こ、この、眼鏡かけてる女の子が……私っ!?」
藤沢くんが、そうだよ、と頷く。
「もう、真田さんのセリフには気を使ったんだよ~。ちょっと悲劇を入れてみたからね」
「ひ、悲劇って……!!」
玉木くんが、澄ました声で囁くように言った。妙に色っぽい。
「……普通の女子高校生、藤堂みなみは、眼鏡をかけた、おとなしい女の子」
「……だが!!」
「……その正体は、異世界からきたプリンセス・リディア。自分の国を闇の国に滅ぼされたリディアは、お付きの剣士と共に異次元の門をくぐり、現代の日本へと逃亡してきた」
川崎くんが口を挟む。
「それで、この世界も闇に狙われてると知って、自分の祖国を守れなかった彼女は、この世界だけでも守ろうと決意するんだよね~?」
「この、眼鏡が力の制御になってるって設定がいいよな」
「でしょでしょ? 扇くん」
藤沢くんの鼻息が荒くなった……ような気がした。
「眼鏡を外すと、女子高校生からリディアの姿に変身! 闇と闘うんだよ~。あ、もちろん衣装はミニスカで」
「やっ、やだ!!」
思わず拒否すると、藤沢くんの目がきらりと光った。
「だめだよ、この手の話は、ぜっっったい、ミニスカートなんだよっ!! それは『でふぉ』で、決まってる事だから! 変更不可!!」
ううう……すごい迫力……。
「それから変身シーンは特撮いれるからね! 制服がばらばらになって、光り輝いて、リディアの衣装に変わるんだよ!」
「ば、ばらばらっ!?」
「あ、大丈夫。本当に裸になるわけじゃなくて、ちゃんとレオタード着て撮影だから。シルエットにして、脱いだような効果を出すんだよ」
「ぬ、脱ぐって……!!」
話についていけないっ!! 誰か藤沢くんを止めて~っ!!
……私の心の叫びは、見事に皆にスルーされていった。
(そ、それに変身シーンも問題だけどっ……それ以上の問題がっ……!!)
川崎くんが机の上に開いた台本を、指さして呟いた。
「……で、敵役が翔?」
「そう。彼も普段は普通の男子高校生で、みなみとは同じ学校なんだよ」
と、藤沢くんが説明する。
「ふーん……。きっと変身前は、二人はいい感じだけど、変身後はお互い正体も知らずに戦うって感じかな~?」
ふっふっふ、と玉木くんが不気味に笑う。
「それだけじゃ、つまんないでしょー? だ・か・ら」
少し間を開けて、玉木くんがまた話しだす。
「闇の王子グランツは、みなみの正体にうすうす勘付いてるって設定よ」
ほら、ここ見て、と玉木くんが台本のページをめくる。
「彼の本当の目的は、この世界の征服じゃなくて、プリンセス・リディアを手に入れる事。光の王女を闇に染めれば、絶大な力が手に入る、と言われてるの」
「……で、このラブシーンにつながるってわけか……」
ふうん、と頷く扇くん、そこで納得しないでっ!!
「いや~、翔があの手この手で誘惑するんだよね~。ものすごっく楽しみ、俺」
た、楽しみって、川崎くん……!! もう頬が熱くてしょうがない。この場から逃げ出したい……っ!!
……伏し目がちに日向くんを見る。いたって、ふつー。教科書を読むみたいに、黙々と台本を読んでる。
(は、恥ずかしいのって、私だけなの!? そうなの!?)
なんか、あわあわしてる自分の方がおかしいのか、と思ってしまう。日向くん、冷静だなあ……。
「……って、これが俺の役っ!?」
突然、川崎くんが素っ頓狂な声を上げた。玉木くんがそうよ~、と笑う。
「真悟にぴったりでしょ~?」
「俺、悪役がいいって言ったのにーっ!! なんで、みなみの親友役なんだよ!」
……はい? 私は目をぱちくりした。
「真悟……あなた、自分の顔を自覚しなさい。どう転んでも、闇に見えないわよ」
「だからって、俺まで変身しなくてもいいだろーっ!!」
へ、変身って……ま、まさか……。
「当然、ミニスカだよ、川崎くん!」
嬉々としながら、藤沢くんが話す。
(か、川崎くんが……ミ、ミニスカっ……女装っ!?)
に……似合うかも、しれない……と、ちょっと思ってしまいました、私。
「リディアとペアで戦うからね! 二人の決めポーズも考えてあるんだ」
ペア……決めポーズって……。
なんか、疲れてきた……逆らう気力もなくなってきたって、いうか……。私はぐたっと机に突っ伏した。
「で、俺が闇の王子の側近役?」
「扇くんは重要な役割だよ~。演技力期待してるからね!」
「で、私は光の精霊よ。気高く美しい剣士なの」
玉木くん、ずるい……なんか、役得じゃない?
藤沢くんが、まだぶつくさ文句をいってる川崎くんをかわして、言った。
「どうかな? 日向くん」
みんなの視線が日向くんに集まる。私も顔を上げて日向くんを見る。いつもの席に座っている日向くんは、台本から顔を上げた。さら、と前髪が流れる。
「……変身シーンは、あまり派手じゃなくていい。そこだけ特撮に凝っても、前後が浮くだろ」
冷静な意見。ふむふむと藤沢くんがメモを取る。
「それから、上映予定時間の割には、話が盛り沢山すぎる。もう少し絞り込んで、ストーリーを分かり易くした方がいい」
全然動揺してないのね……。
(私なんか、考えただけで、心臓がバクバクいってるっていうのに……)
ほんとーに、何考えてるのか、わからない……。
冷静な日向くんとは対照的に、もう、藤沢くんの勢いが止まらなかった。
「それから衣装だけど、去年コミケに行った時のが残ってたんだよ! 今、家庭科クラブに依頼して、作り変えてもらってるところ!」
「へえ……どんなの?」
「楽しみにしててよ、玉木くん。プリンセスはピンクと青の二着。敵役は黒がベース。金飾りとか付けて、思い切り豪華にするからね!」
日向くんが腕時計を見ながら、がたん、と席を立った。
「……藤沢。今日はクラブに顔を出すから、俺はこれで。これは家で読ませてもらう」
台本を右手で軽く持ち上げ、鞄にしまってから、日向くんはそのまま「じゃ」、と軽く挨拶をして出て行った。
「……ふう」
藤沢くんが額の汗を腕でぬぐった。興奮しすぎじゃない……?
「日向くんは、いつも冷静だねえ。だからこそ、ダークプリンスがぴったりだと思ったんだけど」
「冷静……ねえ」
なんか、こっち向いて、にやにやしてない? 玉木くん。
「ねえ、沙織ちゃん?」
玉木くんが席を立ち、私のすぐ近くに歩いて来た。
「は、はい……」
ずずずいっと玉木くんが身を寄せてくる。目の前に立たれると、日向くんとはまた違った威圧感がっ……。
「沙織ちゃんの演技も楽しみにしてるわよ~? あの翔に、甘い言葉囁かれるなんて、めったにない体験だから、ね?」
「!?」
ううう……ぜひとも遠慮したいです……し、心臓が持ちそうにない……。
「沙織ちゃんは、もう翔がひっくり返って、びっくりするぐらい綺麗にお化粧してあげるわよ~?」
「う……」
もう、完全にオモチャ扱いだわ、私。はああ、と深いため息が出た……。