講習会一日目~登校
「はああ……」
「また、溜息? 詩織……じゃなかった、沙織」
私は、慣れない眼鏡越しに、隣を歩く女の子を見た。左胸に校章が縫いつけられているブラウンのブレザーに、タータンチェック調のプリーツスカート。胸元には赤いリボン。ここの制服は、可愛いってよく雑誌とかに載ってるよね……だけど。
(眼鏡とマスクも掛けてる私の姿って、きっと不審者……)
「……みのり、さん」
「やだー、みのりでいいって言ってるでしょー?」
ふわふわの茶色い髪の毛が子猫みたい。……にこにこと笑う彼女は、西田 みのりさん。さーちゃんの同級生。
何度か家にも遊びに来た事があって、私とも顔見知りだから、とても力強いサポーター。さーちゃんが事情を話して協力してくれることになった……みたい。
「まさか、沙織があんな事言い出すなんてねえ……」
みのりさんも、最初は目が点、になったそうだ。
「まあ、でも、あの沙織が頼むんだからよっぽどだと思って……。それに、面白そうじゃない?」
いたずらっぽく笑うみのりさんは、いかにも「女の子」な可愛らしさ、いっぱいだった。
……私は思いきって、聞いてみることにした。
「あの、みのり……さん」
「なあに?」
みのりさんは、くりんとした瞳で私を見た。
「みのりさん……は、知ってます? さーちゃんの好きな人のこと」
「……」
みのりさんは、少し眉を顰め……しばらく黙り込んだ。十メートル程歩いた後、みのりさんがぽつっと言った。
「そうか……詩織ちゃんも知らないんだ……」
え。私は目を丸くした。
「……てことは、みのりさんも?」
みのりさんは、「そうなの~」と頷き、腕を組んだ。
「なんかね……一学期入った頃から、沙織の様子……変なのよ」
「……」
「そわそわしてるっていうか……誰かに会いたい? みたいな」
「……」
でもねえ、とみのりさんはため息をついた。
「沙織、言ってくれないのよ~。この事に関しては、ものすごーくガンコ」
「……私も、誰なのか言ってくれないと……何か変な事言ったりしたら、どーするのって、言ってみたんだけど……」
――さーちゃんは黙ったままだった。
みのりさんの巻き毛のツインテールが、ふわっと風に揺れる。
「ねえねえ、双子ならでは、の何かないの? 目と目があったら、ぴぴっと伝わるとか、どっちかが怪我したら、もう片方も痛くなるとか……」
「そんな便利な機能ないです……」
大体、さーちゃんと私じゃ、性格が違うし……なんとなく、言いたい事は判ったりするけれど、それはテレパシーとかじゃない、うん。
「詩織ちゃんにも言わないとなると……これは、聞きだすの、大変よね」
みのりさんは、少し照れたような表情をした。
「でも、少し安心した。親友の私にも言えないのかなあって、ちょっとさみしく思ってたから……双子の姉にも言えないんじゃ、誰にも言えないわよね」
……それを聞いた私もなんだか……少し胸が痛くなった。
――いつも一緒にいても、言えない事ができたんだなあ……さーちゃん……。
しばらく、みのりさんと二人……黙ったまま通学路を歩いた。夏の強い日差しが、肌に刺さってくる。セミの声が頭の上から降り注ぎ、アスファルトの熱気が足元にじわっと沁みてきた。
……赤レンガの校門が見えてきた頃、みのりさんが私を見て言った。
「……沙織と詩織ちゃん、少し体格が違うのね」
うっ……気づかれた……。私は少し俯きながら答えた。
「さーちゃんは、ずっと文化系だけど、私は体育会系だから……」
「でも、日焼けしてないよね?」
「ミニバスケ部だから、ずっと室内なんで……」
そう言った途端、私はよろけて電柱にぶつかりそうになった。ぐっとみのりさんが、私の左ひじを持ってくれた。
「大丈夫? なんだかふらふらしてるけど……」
うう……我慢してたけど……車酔いしてるみたいな気分悪さ……
「さーちゃん、視力悪過ぎ……」
さーちゃんの眼鏡、かけてるだけで、周りがよく見えない。何だか眉間にしわがよりそう……。
「ほら」
みのりさんが、そのまま右手を私の左腕に絡ませてくれた。
「こっちこっち。案内するから」
「……あの、」
手を引っ張られながら、私はみのりさんにもう一度聞いてみた。
「なあに?」
「みのりさん、は、見当ついてます? さーちゃんの好きな人」
「……」
みのりさんは、しばらくうーんと考え込んでから……小声で言った。
「候補としては、日向くんかなあって思うけど……」
――日向くん。確か、さーちゃんのクラスの集合写真に……
「……背高のメガネ男子ですか?」
「そうそう! よく判ったわね」
「あ、さーちゃんのクラス写真見たので……」
みのりさんが感心したような目を向けた。
「沙織の言ってた通りね~。『しーちゃんは、人の顔と名前一度見たら忘れない』って」
「まあ、クラスメイトぐらいは憶えとかないとって、思ったから……」
みのりさんはふふっと笑った後、また話し始めた。
「日向くんはね、入学してからずっと沙織とトップ争いしてるのよ。ほら、沙織って男子とあまり話できないでしょ? でも、日向くんとは勉強の話とか生徒会の話とか、できてるみたいだし」
え? 私は聞き慣れない言葉に戸惑った。
「生徒会の話って……?」
みのりさんは驚いたように言った。
「詩織ちゃん、知らないの? 今、沙織……生徒会の書記、なんだけど」
「……はい?」
あの、さーちゃんが。……控えめで、おとなしくて、人前だともじもじしてる、あのさーちゃんが!?
言葉の出ない私を見ながら、みのりさんが説明する。
「元々、別の人が書記やってたんだけど、一学期の途中で転校しちゃったの。それで、沙織が立候補して……」
「さーちゃんが、立候補!?」
なに、それっ!? さーちゃん、そんな事一言も……。
「私もびっくりしたけど……本当」
みのりさんが、驚くよね~と同意した。
「でね、日向くんが『真田でいい』って決めちゃったから」
「えーっと、日向くんって……」
何者ですか。決めちゃったって。私の疑問は顔に浮かんでいたらしく、みのりさんがさらっと補足してくれた。
「あ、日向くんは生徒会長。うちは、結構自由な校風でね、先生達はうるさく言わないのよ」
まあ、確かに、勉強のできる学校ほど自由度高いって聞いた事あるなあ。
「だから、その代わりに生徒会がすごい力を持ってるの。で、そのトップの生徒会長となると、誰も逆らえなくて」
なんなの、それって。私は少し眉を顰めた。
「まあ日向くんは、厳しいけど話せばわかる人だし、結構人望あるよ?」
「……それで、みのりさんは『日向くん』がアヤシイ、と」
「そうかなあって程度よ。日向くんにしても、私の前じゃ、沙織にそんな態度とった事、ないし」
でも、とみのりさんは続ける。
「生徒会の中の事はわかんないしね……一緒にいる時間だって、長いでしょ?」
「そう……ですよねえ……」
――とりあえず『日向くん』には気をつけよう。
(だって、さーちゃんの恋の邪魔するわけにいかないし……)
みのりさんと歩きながら、私は密かに決意した。
***
校門に入ると、ちらほら生徒が歩いているのが見えた。グラウンドの方から掛け声も聞こえる。クラブ活動もやってるみたい。
「ほら、下駄箱はこっち」
みのりさんに引っ張られながら、『2-1』とシールの貼ってある下駄箱の前まで来た。
(さーちゃんの名前は……と)
上から三段目。上履きにはき替えて、運動靴をしまおうとした時……後ろから小馬鹿にしたような声がした。
「お前、治ってないのに来たのかよ。さっすが学年ニ位の優等生様だよな」
振り向くと、明るい茶髪の男子がすぐそばに立っていた。背が高い。眼鏡をちらりとずらして、顔を確認。ちょっと釣り目気味の彼は、皮肉っぽく口元を歪めていた。
(……ダレ?)
クラスメイト……じゃないよね。見覚えのない顔。みのりさんが、こそっと私の耳元で囁いた。
(隣のクラスの、山城くん)
えーっと、隣のクラスの男子が、どうして私を睨んでるの? 私が首を傾げると、また山城くんが口を開いた。
「ったく、咳でもされちゃメーワクなんだよ。うつったらどーすんだ。病人はとっとと帰れよ」
……きっと、さーちゃんだったら、圧倒されて何も言えなくなって、うつむいちゃうんだろうな……。
(でもねえ……)
公立高校には、こんな男子いくらでもいるのよ。大体、こーゆータイプはこうすると、弱いのよね。言ってる内容は、私の事、気を遣ってくれてるみたいだし。
……うん、直球勝負!
私は、眼鏡とマスクをはずし、真っ直ぐに『山城くん』を見上げた。えっ? という顔をした山城くんに、私は笑いかけた。
「……私の体調、心配してくれてるのね。ありがとう、山城クン?」
甘めの声で、思いっきりの笑顔を作った。山城くんが、うっと言葉に詰まり、心なしか後ろに下がった気がした。
「お、お前……っ」
「なあに?」
二度目の天使スマイルを浮かべる。……今度はさーちゃんの真似だけどね。
「……ちっ」
暫く石になっていた山城くんは、ポケットに手を突っ込んで、向こうへ歩いて行ってしまった。
「……ふう」
なんとか、やり過ごしたかな。また眼鏡とマスクをかけてると、みのりさんが、(ぐっじょぶ!)と親指を立てていた。
(ぐっじょぶ!)
私も親指を立てて返答し、手に持ったままだった靴を下駄箱に入れた。
「講習会は2-1でやるから、こっちよね~」
……とみのりさんが先に行きかけて、いきなり止まった。どん、とみのりさんの背中にぶつかって、眼鏡がずれた。
「なに……っ」
「……おはよう、日向くん」
(え……?)
みのりさんの背中越しに前を見ると、階段の手前でこちらを向いている男子がいた。
(背高メガネ男子!)
どきん、と心臓が鳴った。理性的な眼差しに、一瞬頭が白くなった。
「おはよう、西田……に、真田」
低めの声が、耳に心地よく聞こえる。
「お、おはよう……」
私は、もごもごとマスク越しに挨拶を返し……『日向くん』をまじまじと見た。
さっきの山城くんも背高かったけど……もっと高いよね!? 私の頭のてっぺんが肩に届かないぐらい……。それに、写真じゃわからなかったけど、なんか……オーラが……。
(……なに、この威圧感)
もし日向くんが生徒会長じゃなくたって、思わず「ハイ」って、言う事聞いてしまいそう……。
「真田」
いきなり名前を呼ばれて、また心臓が跳ねた。一瞬言葉が出なかったけど、なんとか声をしぼり出した。
「な、なあに?」
日向くんはじっと私を見ていた。うう……緊張する……。
「もう、調子はいいのか?」
「う、うん。ありがとう」
手のひらをぎゅっと握りしめる。
(失敗しないようにしないと……っ)
なんか、観察されている様な気がするのは気のせい?? 頬が熱くなって、少し俯き加減になった私に、助けの声が聞こえた。
「ほら、もう時間よ。教室行かないと」
みのりさん、ぐっじょぶ! 私はみのりさんに、感謝の視線を送った。みのりさんも、右目をウィンクしてる。
「……そうだな」
日向くんは私をちらりと見た後、階段を上がっていった。
――ぶしゅ~……
き、緊張が……抜けた……。
「みのりさん~……」
私は思わず、みのりさんにすがった。みのりさんが、ぽんぽんと肩を叩いてくれた。
「はいはい、頑張ったわね。とりあえず、教室行きましょ」
「うう……緊張した……」
――私とみのりさんは、日向くんの後を追う形で、2-1の教室を目指した。