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土曜日~日向くんの家・帰り途・さーちゃんの部屋

「えーっと……501号室だったっけ」

 大理石の柱が入り口の両脇に建っている、大きなエントランス。ガラスのドア越しに、ステンドグラスの飾り窓や植木、ソファとかが置いてあるのが見えた……どうみても、ワンルームとかじゃないよね……。

(日向くんちって……お金持なの!?)

 ガラス戸の右側、自動ロックのキーボードの前に立ち、501と入力してから呼び鈴ボタンを押す。

 ニ、三回なった後、かちゃりと音がした。

『……はい』

 低い声。どきんと心臓が鳴った。

「あ、あの、真田……だけど……」

 インターフォンに向かって言うと、

『……今開けるから、上がって』

 と、声がした。すーっと、自動ドアが左右に音もなく開いた。そそくさと中に入り、正面のエレベーターに向かった。


***


「えっと……ここかな?」

 五階の端の角部屋。『日向』って表札にある。な、なんか、どきどきして、ちょっと指先が震えてるかも……知れない。


 ピンポーン……


 ……十秒ぐらいたって、ドアが中から開いた。赤とグレーのチェックの綿のシャツにジーパン姿の日向くんがいる。制服となんか感じが違う……。

 ほけっとしていた私に、日向くんが言った。

「上がって。あいつら、もうすぐ来るだろうから」

 え? ってことは、一番乗りなの、私!?

「……お、おじゃまします……」

 なんだか、小声になってしまった。靴を脱いで、日向くんの後に続いて、恐る恐る部屋に入る。

「その辺、座って。ジュース入れるから」

 思わずきょろきょろと周りを見回した。余計なものがない……っていうか、すっきりしたリビング。テレビと背の低いテーブルと、本棚ぐらいしかない。

 カウンターキッチンの向こうに、冷蔵庫からジュースを取りだす日向くんが見えた。

「ワンルームじゃなくて、ちゃんとした部屋なんだね」

 私が言うと、日向くんがこちらを見た。

「ここは元々兄貴が住んでた所だから。仕事の都合で引っ越して、それから俺が住んでる」

「ふうん……」

 日向くんってお兄さん、いたんだ……。やっぱりお医者さんとか弁護士さんとかなのかなあ……。


 私は、クッションを座布団がわりに、テーブルの前で正座した。 あ、仕事してたのかな。ノートPCとノートがテーブルの上に置いてある。

 ちょっとしわになったワンピを伸ばす。な、なんか、緊張する……っ!!

 俯き加減の私の目の前に、オレンジジュースが置かれた。顔を上げると日向くんがPCの前に座ったところだった。

 向かい合うのは恥ずかしかったから、PCから向かって右になるように座ったんだけど……。

 日向くんが私の顔を見て、苦笑した。

「別に、そこまで緊張しなくてもいいだろ」

「う、うん……いただきます……」

 右手でグラスを持ち、ストローをくわえる。冷たいジュースが喉をうるおしていく……けど。

(……なんか、日向くん……ビミョーな顔でこっち見てない!?)

 ううう……緊張が解けないよう……。

 戸惑いながらそっとグラスを置いた私は、持ってきた鞄からノートと書類、USBを取り出した。

「あ、あの……ノートありがとう。助かったよ。それから、模擬店の希望もまとめたから……一応印刷したのとデータ持ってきたけど……」

 私が差し出すと、日向くんがすっと受け取った。

「サンキュ」

 USBをノートPCに挿して、書類を見ながら画面を確認してる日向くん。

 ……沈黙。キーボードを叩く音やマウスのクリック音だけが響く。


 み、みんな早く来て~! な、なにを話したらいいのか……


 必死で部屋の中を見た私の目に、本棚の横に掛けられたネットの中の、サッカーボールが飛び込んできた。

「ひゅ、日向くんって、ずっとキーパーなの?」

「え?」

 画面から顔を上げた日向くんは、私の視線の先を見て、ああ、と頷いた。

「背が高いものね。キーパーとしては有利だから……」

「……」

 あれ? 黙っちゃった? 私、何か変な事言ったの?

 ……暫くして、日向くんが無表情のまま言った。

「……背が高くないと、キーパーできないって思ってるのか?」

「え?」

 私はきょとんと日向くんを見た。

「そんなことないよ。だって、わた……じゃない、おねーちゃんと同じくらいの身長で、すごいキーパー見た事あるもの」

「……」

「県大会の決勝戦の相手のキーパー、小柄だったけど、ものすごく素早い動きとジャンプ力で、ぜんぜん点取れなかったし……」


 ……そう。あの時、PK戦で……みんな背が低いからって、高めばかり狙って、ことごとくキャッチされてた。

 だから、私は、あえて下を狙って、真っ向勝負を挑んで……それで決勝点を入れた。みんなで抱き合って喜んで……楽しかったなあ、あの頃は……。


 思い出に耽っていた私に、日向くんが尋ねてきた。

「……お姉さんは、もうサッカーやってないのか?」

「……うん。だって、中学生の女子チームなんてないし、もう男子とは一緒にできないし……」

「……」

 何だか……視線が痛いんだけど……。

「い、今はミニバスケやってるよ」

「そう、か……」

 続けて何か、を日向くんが言いかけたその時、ピンポーン……と呼び鈴が鳴った。

 日向くんが立ち上がり、玄関に向かった。私はほうっと溜息をついた。

(や、やっと誰か来てくれ……)


「……兄貴!?」

 え? 玄関から聞こえた声に、思わず慌てて立ち上がる。

「誰か来てるのか?」

 日向くんに似た声……?

 リビングのドアがすっと開いた。サングラスをかけ、大きなボストンバッグとギターケースを背負った、背の高い男の人が入ってきた。黒っぽいパンツにこれまた黒っぽいシャツを無造作に着こなしてる。首元から、金の鎖がちらり、と見えた。どさり、と重そうに荷物が置かれる。

 この人が……日向くんのお兄さん?

(何か……イメージが違う……?) 

「あ、あの、お邪魔してます。私、日向くんと同じ生徒会の真田っていいます」

 慌ててぺこりとお辞儀をすると、お兄さんがサングラスを取ってにっこりと笑った。

「……いらっしゃい。俺は翔の兄で、日向 瞬です。よろしく」

 サングラスを取ったお兄さんは、やっぱり日向くんに似ていて……端整な顔立ちだった。すごい、美形兄弟……。

「兄貴、一体……」

 お兄さんが日向くんを振り返った。

「ああ、明日この近くでライブやるから、荷物置かせてもらおうと思ってさ」

「ライブ?」

 不思議そうな私を見て、お兄さんが笑った。

「G-Trainってバンド、知らない?」

「あ……いも……じゃない、おねーちゃんがファンで、よく聞いてます」

「俺、そこのボーカルやってるから」


 ……はい?

 G-Trainのボーカル……って……


「ええええええっ!?」

 私は大声を上げた。ひゅ、日向くんのお兄さんって芸能人なのっ!? 結構、人気のあるバンドだよね!? なんか意外……。

(あ……)

 さっきから押し黙ってる日向くんに、私は尋ねた。

「じゃあ、去年の文化祭で日向くんがボーカルやったのって、お兄さんの影響?」

 お兄さんと日向くんが、同時に目を丸くした。

「あのう……?」

 私、何か、変な事言った?

 ははっとお兄さんが笑った。

「そう、俺たちのコピーバンドだったんだよ。楽譜なんかはすぐ用意できるし、練習も見てやれるしね」

「そうだったんですね……」

 本当、見たかったなあ……。格好良かったんだろうな……。


 お兄さんが一歩私に近づいて、言った。

「えーっと君は……真田、なんて言うの?」

「さ、沙織……です」

 お兄さんが、こちらをじっと見てる。うわ……本当に日向くんに似てる……。

(ひゅ、日向くんに見られてるみたいで、恥ずかしいっ……!)

「ちょっと、眼鏡外してもらってもいい?」

「は? はい……」

 私がみなみ用の眼鏡を外すと、お兄さんがひゅーっと口笛を吹いた。

「おい、翔。この子すごいな」

「……」

 日向くんは黙ったまま、眉を顰めた。

 ……えーっと、何がすごいの?

「眼鏡かけてても、可愛かったけど……外すと超絶美少女」

「……」

 黙ったままの日向くんが……コワイ。おまけに、聞き慣れない言葉を発しなかった、お兄さん!?

(”美少女”って……そりゃさーちゃんは、いつも言われてたけど……)

「あのう……一体……」

 きょとんとしている私を見て、お兄さんはくくっと含み笑いをした。日向くんは……なんだか機嫌悪そう……。

「ごめんごめん、こっちの話」

 お兄さんはシャツの胸ポケットから、何かを取り出し、私に差し出した。

「はい、これあげるよ」

 ……チケットニ枚? ライブの? 日付は明日。駅前フェスタホールにて。

「この場所だったら、駅前だから来れるよね。ファンだっていう、お姉さんと一緒にぜひ来てよ」

「え……でも、いいんですか? G-Trainのチケットって、人気でなかなか取れないんじゃ……」

「バンドのメンバーは知り合い用にって、何枚かは購入してるんだよ。こいつはもう聞き飽きたって言って、ぜんぜん来てくれないし」

 気さくないい人だなあ。私はにっこり笑って、チケットを受け取り、お兄さんにお礼を言った。

「ありがとうございます。きっと喜ぶと思います」

 床に置いてた鞄のポケットにチケットをしまう。さーちゃんの驚く顔が目に浮かんだ。

(喜ぶだろうなあ、さーちゃん……)

「……もういいから、眼鏡かけてろ」

 ぶすっとした声で日向くんが言う。

「う、うん」

 私は再び眼鏡をかけた。……あれ? お兄さん、お腹抱えて笑ってない!?

「い、いや……ごめん、ちょっと我慢できなくなって……」

 からからと笑うお兄さんに、ますます不機嫌な日向くん。

「……兄貴」

 うわ……お兄さんを睨む日向くんから、ダークなオーラが……。

 どうしたらいいのか、判らなくて、うろたえていた私の耳に……救いの音? が聞こえた。

 ピンポーン……

(あ、皆来てくれた!?)

 日向くんが壁のモニタで確認した。

「あいつらだ……今開ける」

 た、助かった……。ほっとした私に、またお兄さんのくすくす笑いが聞こえてきた。


 ――五分後、「「「おじゃましまーす!」」」という元気な声が玄関から聞こえてきた。川崎くん、玉木くん、扇くんが順に入ってきた。


「あ、瞬兄! 来てたんだ」

 笑顔で話しかける川崎くんに、お兄さんがにっこりと笑った。川崎くんは薄手の明るいオレンジ色のパーカーにジーパン姿だった。

「おう、真悟。久しぶりだな」

 玉木くんが、あれ、という顔をして私を見た。玉木くんも私服は男の子、なんだ……長袖のサマーセーターにカーキ色のカーゴパンツ。かっこいいんだけど。

「あら、沙織ちゃん早かったのね」

「えーっと、多分時間通りだと思うけど……」

 首を傾げる私に、玉木くんが何故か……ああ、なるほど、と頷いた。何なんだろう……。

 扇くんを見ると、彼もお兄さんと話をしてた。扇くんはTシャツにジーパン。デニムのジャケットを肩に引っかけてた。盛り上がった肩がスポーツやってます、って感じがする……。

「またライブですか?」

「そう。お前たちもチケットいるか?」

 ……あ、そうか、『バンドの練習見てた』って言ってたっけ。みんな顔見知りなんだ。道理で親しげなはず……。


 お兄さんは暫く皆と話した後、明日の練習があるとかで……またギターケースを背中に背負い、「じゃあ、またな」と言って颯爽と出て行った。


 その後ろ姿を見ていた川崎くんが、ほう、と溜息をつきながら言った。

「本当、瞬兄カッコいいよね~。俺、男だけど、憧れるわ……」

 玉木くんも、うんうんと腕組みして頷いた。

「そうよねえ、いいオトコよね」

「サングラスしててもオーラが違うよな……」

 扇くんの言葉に、私も頷いた。うん、確かにきらびやかな人だったなあ……。


「ねえ、沙織ちゃんはどう思った? 瞬兄のこと」

「え?」

 いきなり玉木くんが私に話を振ってきた。私は戸惑いつつも、答えた。

「……すごく気さくでいいお兄さんだよね。おねーちゃんがファンだって言ったら、わざわざライブのチケットくれたし……」

「「「「……」」」」


 ――あれ? どうして四人とも黙ってるの? しかも注目浴びてない? 私……


「えーっと……それだけ?」

 玉木くんがまた突っ込んできた。何なんだろう、一体……それだけ……って……?

「あとは……」

 うーんと考えて、私は言った。

「……お兄さん、日向くんに似てたよね。やっぱり兄弟だなあって思った」


「……」

「……」

「……」

「……」


 ……もしもし? その沈黙はナニ? 私が一度瞬きした時……

「あーっ、もう、可愛いっ!!」

 玉木くんが、いきなり私にむぎゅっと抱きついてきた。

「たっ、玉木くんっ!?」

 け、結構、力強い、よね……やっぱり男の人なんだ……。呆然とした私は、そのまま、頭をかいぐりかいぐりされた。

「ちょっとっ……!」

 声を出した私に、川崎くんの呆れた声がした。

「もうやめとけよ~ひろみ」

 扇くんの表情も、どこか脱力していた。

「そうだぜ、俺たちまでとばっちり食うだろ……」

「……お前らのジュースも入れるから、とっとと離れて座ってろ」

 日向くんの、冷んやりした声が聞こえる。玉木くんは、くすりと笑った後

「はいはい……」

 と、ようやく腕を緩めてくれた。解放された私は、ほっと一息ついた。


「これすごいね。ちゃんと資料まとまってる」

 テーブルの前に、胡坐を組んで座った川崎くんが資料を見て言った。

「あ、うん……これくらいは……と思って」

 扇くんも玉木くんも続けて座る。私もそこに混ざって、ちょこんと座った。

「判りやすいな、これ」

「あ、ありがとう、扇くん」

 玉木くんも褒めてくれた。なんか、くすぐったい……『(詩織)』が役に立てたのかな……。


 日向くんが、飲み物をお盆に乗せて運んで来て、PCの前に座った。改めて、皆でテーブルを囲み、書類を広げた。


***


「すいぶん進んだよね~」

 川崎くんが、んーっと伸びをしながら言った。午後七時。まだ明るいけど、暗くなるのがちょっと早くなってきたかなぁ……。空気はぬるい感じがした。昼間の熱気がまだ残ってるのね……。

 住宅街の十字路で、玉木くんがこちらを向いて言った。

「沙織ちゃん、確かこっちの方角よね? 家まで送るわよ。真悟と涼介は駅の方角だから」

「え、いいよ、玉木くん。すぐ近くだし」

 私が手を振って断ると、玉木くんが更に言う。

「沙織ちゃんの無事を確認しないと、わたしが翔に怒られるから……ね?」

 日向くん? 私は首を傾げた。

「べ、別に日向くんは怒ったりしないと思うけど……」

 はああ……と盛大な溜息が、扇くんの口から洩れた。お洒落なデザインのデニム生地のジャケットを着た扇くんは……モデルみたいに背が高かった。

「……お前、本当、鈍いよな……」

「な、なに、それっ!?」

 ものすごく、呆れた顔をされたっ!? しかも、川崎くんと玉木くんまで、うんうんと頷いてるしっ!?

「まあ、送らせてね? 本当は翔……自分で送りたかったんだと思うから」

 優しく言ってくれた玉木くんに、私は躊躇いながらも、頷いた。

「う、うん……ありがとう……」

 ……日向くんは、お兄さんから電話があって……ライブ会場まで荷物届けに行く事になったって。で、ついでにそこで解散したんだけど。


(自分で送りたかったって……)


 ……さーちゃんを?


 うん……きっと、そうだよね……。


 ちょっとぼーっとしてたら、川崎くんが話しかけてきた。

「瞬兄のライブ、行くの~?」

「……せっかくだし、体調が良かったら、行こうかなって思ってる」

 さーちゃん、咳止まってるかな……。さーちゃんの事だから、熱が出てても「行く!」って言いそうだけど。

 扇くんが少し目を細めた。

「病み上がりだったからな。あんまり無理するなよ?」

「ありがとう、扇くん」

 扇くんも、優しいよね。口数は少ないけど……見てる所は見てる、って感じがする。

 私は、ばいばい、と川崎くんと扇くんに手を振って、玉木くんと十字路を左に曲がった。


***


「……ねえ、沙織ちゃん?」

「はい?」

 二人で歩く薄闇の住宅街の中。考え事に没頭していた私は、玉木くんを振り仰いだ。玉木くんの瞳は――何時になく、真剣だった。

「あまり、考え過ぎない方がいいわよ?」

「え?」

 玉木くん? 私は呆然と玉木くんを見た。

「時々……すごく、悲しそうな目をしてるから。さっきもそうだったわよ?」

「……」

 悲しそうな、目……? 戸惑う私の頭を、玉木くんがくしゃりと撫ぜた。

「でもね、そんな悪い方に考えなくても、大丈夫。自分の事をもっと考えなさい」

「玉木くん……」

 私自身もよくわかってない、この気持ち……玉木くん、気がついてたの……?


 ……その気持ちが嬉しくて。口元が綻んだ。

「……ありがとう。大丈夫だよ」


 うん、大丈夫。


 ……日向くんに優しくされるたびに……胸が痛いけど。

 皆に会えなく……なったら。きっと……寂しいと思うけど。


 ――さーちゃんのためだもの。


 ……だから、きっと頑張れる。


 はあ、と玉木くんが溜息をついた。

「ほら~また身体に力入ってるわよ? リラックス、リラックス」

 私はくすりと笑って玉木くんを見上げた。こんな口調で誤魔化してるけど、本当に心配してくれてるのが判る。

「玉木くん、優しいね」

「あら、私はいつでも女性の味方よっ」

 そう言いながらも、玉木くん……ちょっと耳たぶが赤くなってる……かも……。

「ありがとう、玉木くん」

 私のお礼に、玉木くんがふいっと視線を逸らせた。

「もう、いいって言ってるでしょー」

 ……私は、ちょっと照れた玉木くん(珍しいかも?)と一緒に……家までの道をゆっくり歩いて行った。


***


「えええええええっ! シュンに会ったのっ!?」

 チケットを見せたさーちゃんは、もう『目の玉が飛び出るほど』驚いていた。私はいつものように、さーちゃんのベッドに腰掛けていた。

「もう! 日向くんたら、そんな事一言も言ってなかったのにっ!!」

「さ、さーちゃん、落ち着いて……」

 鬼気迫るさーちゃんに、思わず引き攣った私の顔を見て、こほん、とさーちゃんが咳を一つした。

「ごめん、つい興奮しちゃった。……でも確かに日向くん、シュンに似てるかも」

 私もこっくり頷いた。

「うん、日向くんが大人になったら、こんな感じの顔かなあって思ったよ。性格はたいぶ違うみたいだったけど」

「いいなあ~いいなあ~」

「また、会えるんじゃない? たまに日向くんちに来るって言ってたし」

 さーちゃんが、じっと私の目を見た。

「で、しーちゃんはどう思ったの? シュンのこと」

「いいお兄さんだったよ? 気さくで明るくて」

 さーちゃんが、何とも言えない表情を浮かべた。

「……今のセリフ、日向くんに言った?」

「え? うん」

 さーちゃんが、まじまじと私を見て言った。

「それ……ものすごく、破壊力あったんじゃない……?」

「そ、そんな事、ないよ?」

 私は慌てて言葉を継いだ。大体、破壊力って……一体、何。

「皆、黙っちゃってたし」

「……」

「玉木くんには抱きつかれるし」

「……」

「日向くんは機嫌悪かったし」

「……それは、ないと思うよ~?」

「そ、そうかな……」

 さーちゃんが呆れた顔をした。

「だって、会った感想が『いいお兄さん』なんでしょ? 天下のG-Trainのボーカルつかまえて。そんな事、普通言わないわよ」

「そういうもの……かな?」

 首を傾げる私に、さーちゃんが尋ねてきた。

「きっと、しーちゃん……扇くんあたりに『鈍い』って言われたでしょ~?」

「どっ、どうして分かるのっ!?」

 みのりさん、双子エスパー説……証明されるかも!?

「……なんとなく」

 さーちゃんが、はあ、と溜息をついた。

「まあ、この鈍さが可愛いといえば可愛いんだけど……」

「か、可愛いって……」

 い、妹にそんな事、言われる姉って……。思わず、がくっと膝をつきそうになったわよ。

「で、さーちゃん……どうするの? ライブ」

「そんなの、行くに決まってるじゃない! 本人直々にチケットもらったんだよ!?」

「でも、行ってまた体調悪くしたら……」

「うーん……」


 さーちゃんが、悩んでる。そりゃあ、行きたいよね……大好きなバンドだもの……。


 がしっ!

 さーちゃんの両手が、いきなり私の肩を掴んだ。

「しーちゃんっ! 私、このライブだけはどうしても行きたいの!」

「さーちゃん……?」

「すっごく好きな歌が直に聞けるチャンスなんて、そうそうないもの」

 そう言ったさーちゃんは、伏せ目がちになった。

「でも……しーちゃんに、ずいぶん迷惑かけちゃったし……」

「め、迷惑なんて……結構楽しいこともあるし」

 みのりさんに、川崎くん、玉木くん、扇くん、山城くん、藤沢くん、田代先生……みんな、親切にしてくれた。


 それから……


 日向くん……


「じゃあ、もう少し、迷惑かけてもいい……?」

「なあに?」

「明日、一緒に行って欲しいの。しーちゃんが私で、私がしーちゃんで」

「え?」

 目を丸くする私に、さーちゃんが重ねて言った。

「だって、しーちゃん一度会ってるんでしょ? だったら、私がしーちゃんじゃないと、おかしいじゃない」

「う、うん……確かに……」

「すぐに帰るから、帰ったらすぐ寝るから……お願い、しーちゃん」

 うるうるしている大きな瞳。ピンク色のほっぺた。上目づかいに見られると……

(この顔のしーちゃんに、弱い……)

「……嫌って言えないじゃない……」

「ありがとう、しーちゃんっ!!」

 さーちゃんががばっと抱きついてきた。さっきは玉木くんだったし、今日はよく抱きつかれる日なのかも知れない……。

「さ、そうと決まったら、明日着て行く服~」

「さーちゃん?」

「しーちゃんの服で何とかしないと……」

 あ、私の服着て行くつもりなんだ。……って、ことは……。

「しーちゃんの服は私が選ぶからねっ!」

 やっぱりそうですか……。

(さーちゃんの服は、女の子っぽい服が多いから……ちょっと恥ずかしいんだけど……)

 今来てるパジャマもフリルとかが付いてて、とても可愛らしい。私のはトレーナー生地の、シンプルなパジャマだけど。

「髪型もメイクもまかせてっ! 可愛くするわよっ!」

「さーちゃん、玉木くんみたい……」

 はあ、とさーちゃんが溜息をつき、残念そうな目で私を見た。

「しーちゃん、しーちゃんはこの私の姉なのよ!? 磨けば光るの! いつもラフな格好だけど、可愛い服も似合うのよっ!」

「そ、そう……かな……」

 どう見ても、さーちゃんの方が可愛いと思うんだけど……。

 ややハイテンション気味のさーちゃんに押し切られるように、次々と明日の予定が決まっていった。

「すっごく楽しみだね、しーちゃん!」

「う、うん、そうだね」

 さーちゃんの体調は心配だけど……早めに帰って、疲れないようにしたら、大丈夫だよね?


 ……私は興奮するさーちゃんと一緒に、明日着る洋服をいろいろと選び始めた。

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