講習会四日目~スタジオ・生徒会室
「じゃあ、ここに立って~。……はい、アクション!」
藤沢くんの声で、雰囲気が切り替わる。
……私は少し俯いたまま、眼鏡を取った。眼鏡はさりげなく、屈んで控えていたスタッフに手渡す。こそこそと移動する女子部員が目の端に映った。
少し上を見上げて、両手を両脇に少し広げる。扇風機の向かい風が髪をふわっとなびかせた。
「そう、祈るような表情ね!」
藤沢くんの指示で、目を瞑った。髪が時々顔に当たってる。
「そのまま、ゆっくり回って」
瞳を閉じたまま、ゆっくりと右に回る。風に乗ってるような、そんな感じ……。鳥になったイメージを、私は思い浮かべた。
「……はい、カーットっ!」
……藤沢くんの声に、目を開けた。にっこりと笑った藤沢くんが、親指を立てた。
「いい感じだったよー、みなみちゃん! 次は制服着て、剥がしていくからね!」
は、はがす……って……なんか、すごい表現……。そのまま突っ立っていた私の両肩に、みのりさんが、「はい」とタオルを掛けてくれた。
「じゃあ、次、私の出番ね~」
くねっと腰を捻らせて、”夕実”がライトの真ん中に出て行った。あああ、なんか私とは違うオーラが出てる……。
「色っぽいよ、夕実ちゃん!」
藤沢くんが声を掛けると、もはや”夕実”以外の何者でもない川崎くんがウィンクする。うわ、ばちって閉じた瞳から、星が飛ぶのが見えたっ!
「みなみちゃんは、次この衣装ね?」
女子部員の一人が、手に持った制服を見せてくれた。私が手を伸ばすと、彼女は首を横に振った。
「これ、トクベツだから、着るの手伝うわね」
――私と同じ合成シーンを撮影している川崎くんを待つ間、私は大人しく『特別制服』を着せられて、いた。
「これ……」
私は着せられた『特別制服』をまじまじと見た。一見普通の制服に見えるけど。
「いくつかのパーツに分かれてて……両面テープで留めてあるのね」
パーツの端に、透明なテグス糸がついていた。これで引っ張るの? と藤沢くんに尋ねると、彼は嬉しそうに頷いた。
「そう、家庭科部にお願いして、特別に作ってもらったんだよ~」
でねでね、と藤沢くんがしゃべりだす。すっごく楽しそう。本当に、映画とか好きなんだなあ……。私の口元も、思わず弛んだ。
「ちょっとゴワゴワするけど、見た目はふつーだよなあ」
川崎くんが身体を捻って、スカートの後ろを見てる。
「でしょー、夕実ちゃん。これを1枚ずつ剥ぎながら撮影するんだよ。あとで特殊効果画面と繋ぎ合わせて完成っ!てわけ」
藤沢くんがメガホンを取り、皆に合図をした。
「よし、みなみちゃんから行くよ! カメラ用意~!! 特殊部隊も用意~っ!!」
カメラの前に立つ私の両脇に、女子部員がしゃがみ込んだ。制服から垂れた、テグス糸を手に取った彼女達は、藤沢くんに「用意できました!」と叫んだ。
「じゃあ……アクション!」
ガチンコの音と共に……彼女達がテグスを引っ張った。
***
「……はい、OK! みんなお疲れ様~」
藤沢くんの声で、みんなの緊張が解ける。
「お疲れさまでしたー」
私もぺこり、とお辞儀をすると、「お疲れさまでしたー」と両手にばらばらになった制服を持った女子部員が応えてくれた。私の格好と言えば……順番に制服の袖を外し、身ごろを外し、スカートを外し……て、今、またレオタードだけ、だった。
「あ、次、こっちの衣装だよ~」
藤沢くんの声に、私は思わずがくっと肩を落とした。
「ま、また着替えなのね……」
映画撮るのって、本当大変なんだなあ。少しずつコマ送りみたいに撮ったシーンもあるし。扇風機とかで風出したりして……スタッフの部員さん達、休む間もなかったよね……。
「さっ、着替え手伝うから。生徒会室に行きましょ?」
みのりさんがまたバスタオルを身体に掛けてくれた。
「ありがとう、みのり……」
身体にバスタオルをケープみたいに巻き付けてると、川崎くんの方から黄色い声が上がった。
「川崎くん~、着替え手伝わせて~っ!!」
「えーっ、ずるい私もーっ!!」
うわ……女子部員の山……凄いなあ……。目を丸くして見ていたら、すっと玉木くんが間に入り、にこやかに話しながら、あっという間に女子部員をさばいてしまった。
あまりの手際良さに呆然と突っ立っている私に、みのりさんが言った。
「まあ、あの子たちも玉木くん相手じゃ、文句言えないわよね」
みのりさんが、つんつんと私の肩を突く。
「ほら、矛先がこっちに向く前に行くわよっ」
「う、うん」
私とみのりさんは、目立たないように、そそくさと生徒会室へと入っていった。
***
深い、深い湖の色。……青いサテンの生地をベースに、白いレースとシフォンっぽい生地が合わせてある。スカートはふわりとした感じ。折り返した袖元や胸元に、蔦のような金色の刺繍がされていた。
「ブルーの衣装、似合うわね~」
シフォン生地のふんわり感を整えていたみのりさんが、感心したように言った。
「あ、ありが……とう」
慣れない白い長ブーツをよろけながら履く私。固い生地だから、履きにくいなあ……と思いながら、なんとか引っ張り上げる。
「ほら、鏡の前に立って見て」
みのりさんに言われて、姿見の前に立った。
「うっ……」
思わず硬直してしまう。鏡に映る自分は……本当に特撮に出てくるヒロインみたいだった。
(ス、スカート、やっぱり短い……かも)
「ふ、太もも、半分ぐらい見えてない!?」
みのりさんがぐるり、と私の周りをチェックした。
「スカートの下はペチコートだし、足も膝上ブーツで隠れてるから、大丈夫よ。ほら、ヒロインってこんな衣装でしょ?」
「で、でも……は、恥ずかしい……んだけど……」
ちょっと俯いた時、コンコン、とノックの音がした。
「はーい」
みのりさんがドアを開けに行く。私は鏡の前で、振り返って後ろを見ていた。
「……日向くん!?」
「えっ!?」
慌てて左を向いて扉の方を見ると……こちらを見て、立ち止まってる日向くんの姿があった。
「ひゅ、日向くんっ!?」
かああっと頬が熱くなる。日向くんは、一瞬黙り込んでいたけれど……すっと生徒会室に入ってドアを閉めた。
「済まない、先生に言われて資料を取りに来た。すぐ出て行くから」
赤くなった顔が恥ずかしくて、思わず俯いた。日向くんが、鏡と反対側の壁にある戸棚を開け、中から分厚いバインダーを出したのが、鏡越しに見えた。
そのまま立ち去ろうとした日向くんに、みのりさんが声をかけた。
「どう? かわいいでしょ、沙織」
日向くんが振り向いてこちらを見る。は、恥ずかしいっ……!
どうしても、顔がちゃんと見れなくて……ちょっと目を逸らしてしまった。
「……よく似合ってる」
「え……」
恐る恐る顔を上げた私の息は……一瞬、止まった。
……日向くん……笑って……る?
こちらを見下ろす瞳はとても優しかった。口元が緩んで……いつもの厳しさが和らいでいた。目が合うと、どくんと心臓が跳ねる。
(び、美形だと思ってたけど……笑ったらこんな感じなんだ……)
――初めて見た。こんな風に……優しく笑う顔。低い声が甘く聞こえた。心臓が痛いくらいに音を立ててる。眼鏡の向こうの、深い深い漆黒の瞳に、なんだか溺れそう……。
ぱん、という音に、はっとみのりさんの方を見た。手を叩いていたみのりさんが、ふふふと笑いながら言った。
「はーい、そこまで。ほら、まだラブシーンじゃないでしょ?」
う……、い、今、私……日向くんに見とれてた……かも……。
ますます頬が熱くなった。小さくなってる私を見た日向くんは、くすりと小さく笑って、バインダーを小脇に抱えて出て行った。
(ま、まだ心臓がっ……)
ううう、本当に日向くん相手に……演技できるんだろうか、私……。
「まあ、そのうち慣れるんじゃない?」
みのりさんが何故か上機嫌で呟く。
「そ、そう……かな……」
「だって、役柄上も『みなみは黒沢くんに惹かれてる』って設定じゃない。照れたり恥ずかしがったりするの、むしろぴったりよ」
「う……ん……」
まだばくばくいってる心臓を抑えながら、私はみのりさんと生徒会室を出て行った。
***
玉木くんにメイクしてもらった私を見た藤沢くんは……彫像のように、固まってしまった。
「あ、あの……?」
恐る恐る声を掛けると……藤沢くんの目に、妖しい光が宿っていた。
「す……」
藤沢くんが、一気に爆発した。
「凄いっ!! 凄すぎるよっ!! みなみのイメージにぴったり! 夕実もどんぴしゃりだし! あああ、こんなキャストで映画撮れるなんて、夢のようだよっ!!」
……な、なんか、涙ぐんでない? 藤沢くん……制服の袖口で、目元擦ってるし。
「わかるわ~藤沢、その気持ち……」
玉木くんも感極まったような声を出した。
「メイクした私も、感動ものだもの。本当、大傑作よ。このまま飾っておきたいぐらい」
「ほんとほんと! 凄いわ二人とも!」
みのりさんが拍手すると、それが皆に伝染して……私と”夕実”は拍手の渦に巻き込まれた。
「よし! ここで変身シーンの最後の場面、撮ってお終いの予定だったけど……外のシーンも続けて撮るよっ! 玉木くん、日向くんと扇くんに連絡して!」
「え!?」
きょ、今日、このシーンだけって、言ってたのに!? 私は目が点、になった。
「彼らのメイクも頼んだよ!」
藤沢くんの指示に、玉木くんがVサインを出した。
「まっかせなさい! あの二人もとことんやるわよっ!」
「ええええええ!?」
こ、心の準備が、できてないんですけどっ……!!
……あわあわと立ち竦む私を置いて、藤沢くんはあちこちに指示を出し、玉木くんは日向くんと扇くんに連絡をし、川崎くんは平然と色気を振りまいて……事態はどんどんと進んでいってしまった。