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講習会四日目~2-1教室・生徒会室

「……となる。ここの接続詞の用法、よく覚えておけよ」

 田代先生の説明が続く。教室のあちこちから、さらさらとノートに書き込む音がする。さーちゃんのを止めて、”みなみ”用の眼鏡、かけさせてもらってるけど……やっぱりこっちの方が楽だなあ。一応、マスクはまだしてるけど……。

 ちょっと迷ったけれど……ふう、と溜息をつき、私はマスクを外して、上着のポケットに仕舞った。うん、だいぶ呼吸が楽……。


 ……あ、あっという間に先進んでる。必死で板書する。もう、本当に、何とかノートだけは取れてる状態……。

(本当に、スピード早い……)

 今は高校の総復習って感じだから、なんとかなってる? けど……。

(これが、大学入試対策になったら、絶対ついて行けない……っ……)


 ぐっとシャーペンを握り締め、黒板を見た。そんな私の視界に入ってくる……広い背中。

(日向くん……)


 今朝廊下で会った時は……ふつーな顔で「真田、おはよう」と言い、私を追い抜いて先にさっさと歩いて行ってた。

(……やっぱり……) 

 何を考えてるのか、全然判らない……。またふう、と溜息が出た。


 黒板一杯に英文を書いていた田代先生がチョークを置き、私達の方を向いた。

「じゃあ、明日小テストだ。範囲は今日までやった所。しっかり復習して来いよ」

 ええーっ、と不満げな声が上がったが、田代先生はにっこり笑うだけだった。

「今日の授業はこれで終了……日直」

「起立」

 あ、今日は山城くんが号令かけてる。皆が椅子を引いて立ち上がる。

「礼」

「「「「ありがとうございました」」」」

 皆が机の上を片付け始めた。ざわめきの中に、「テストかよ……」というぼやきも聞こえる。

「そうだ、日向」

 田代先生が日向くんを呼んだ。

「はい」

 日向くんが席を立ち、先生の近くへと歩いて行く。

「ちょっとこの後、職員室まで来てくれるか。手伝ってほしいことがあるんだが」

「はい、判りました」

 日向くんはさっさと勉強道具を片付けて、鞄を持つと、田代先生と一緒に教室を出て行った。


 日向くんの姿を目で追っていた私の左肩に、ぽん、と手が載った。

「なーに、見てるの?」

「あ、みのり……(さん)」

 みのりさんが、にこにこしながら言う。

「その眼鏡、かわいいわね。よく似合ってるよ」

 そう言われると、ちょっと恥ずかしいかな。私は照れ笑いをした。

「あ、ありがと……」

 ノートと筆箱を鞄に仕舞う私に、みのりさんが話しかけてきた。

「この後、生徒会室行くんでしょ? 私も行くわ」

「え?」

 ……ってことは……もしかして。目を丸くした私に、みのりさんはふふっと笑った。

「日向くんに頼まれたの」

 日向くん? 私は首を捻った。

「……何を?」

「それは向こうに行ってからの、お楽しみって事で」

 茶色い鞄を持った川崎くんが、私達に声を掛けてきた。

「ほら、行こうぜ~?」

「う、うん」

 みのりさんと教室を出ようとしたところで、振り返った山城くんと目があった。まだ左、ちょっと腫れてる。痛そうだなあ……。

 山城くんがにやっと悪戯っぽく笑った。

「おう、頑張ってこいよ」

 私も、つられて笑った。

「うん。……ありがとう、山城くん」

 おやおや、と呟いたみのりさんに、へえーと感心? したような声を上げた川崎くんと一緒に、私は廊下に出た。


***


「……いつの間に、山城くんと仲良くなったの?」

「えーっと、仲良く……ってわけじゃない、と思う……けど」


 別棟の四階にある生徒会室までは、結構距離があった。三人で渡り廊下を歩きながら、他愛ない話をしていたら……川崎くんがぽりぽりと頬を人差し指で掻きながら言った。

「あのさー……」

「なあに?」

 私は右横の川崎くんを見た。うーん、と言いながら……目、泳いでない? 川崎くん……。

「天然なのは、わかるんだけどさ」

「はい?」

 天然って……私の事? 思わず川崎くんをまじまじと見た私に……彼は溜息混じりに言った。

「……あんまし、振り回さないでくれよな……ホント」

「振り回す……って、私が!?」

 どっちかというと、振り回されてる方だと思うんだけどっ!?

 声を上げた私をちら、と見ながら、川崎くんが足早に歩く。

「まあ、わかんねーと思うけど……結構、オレ達……大変なんだぜ?」

 なにそれ。ますます判らない。

「そりゃあ……生徒会の仕事、大変だと思うけど……」

 川崎くん……何、そのビミョーな顔は。しかも、みのりさんまで同じ顔してるしっ!!


 みのりさんと川崎くんは、互いに目を合わせて、うんうんと頷き合った。

「ま、仕方ないじゃない」

「そうだよな、これも運命ってヤツだよな」

「そうそう」

 なんなの、これ……。


 釈然としないまま、階段を上がって、四階へ。この棟の四階には、生徒会室以外、会議室や物置しかなく、普段は生徒会で独占しているそうだ。

「……あ……」

 階段を登り、生徒会室の方を見た私は……思わず立ち止った。生徒会室の奥、廊下の突き当りに……。


「何!? スタジオみたいになってる!」


 ――廊下の突き当たり部分に、写真スタジオみたいな青い布を張った空間が出現していた。ライトやら、カメラやら機材もいっぱいあって……床には黒い電源コードがくねくねと何本も這っていた。


「あ、来た来た~」

 カメラを覗きこんでいた藤沢くんが、顔を上げ、私達に手を振った。その隣には玉木くんも。私達も即席スタジオの前まで歩いて行った。

「今日、変身シーンだよ~。バックはCG処理するから、ここで撮影するね」

「へえ、やっぱり青い布なんだ」

 川崎くんが感心したように、きょろきょろ見回していた。藤沢くんが、私を見てにこっと笑った。

「あ、みなみちゃんは、生徒会室で着替えてね。衣装用意してあるから。夕実ちゃんは、ここでもいいよね?」

「きゃーっ!! 川崎くんの生着替えよっ!!」

「きゃああっ、すごいっ!」

 きゃっきゃきゃっきゃ言ってる女の子達。どうやらアニ研の部員みたい。藤沢くんが、くいっと端の方にある衝立を指差した。

「川崎くん、ほら、衝立にカーテンで更衣室っぽくしたからね。これなら大丈夫でしょ?」

「えーそのまま、見たかったー」「ぶちょー用意良すぎでしょー」

 女子からブーイングの嵐が起こった。ちょっとコワイかも……。

「着替え終わったら、こっち来てね。メイクとヘアはまかせなさい」

 玉木くん、スタイリストみたい……とそこまで思った私は、周りを見回した。

「……あれ?」

 私は藤沢くんの肩を後ろからちょんちょん、と突いた。

「ねえ、藤沢くん」

 藤沢くんが振り返って、私をまじまじと見た。

「なに~? 何か気になる事でもある? みなみちゃん」

「今日、男子部員いないのね。前はカメラとか皆男子だったのに」

 そう、藤沢くんと川崎くん、玉木くん以外はみんな女子だった。前の撮影は、男子部員も大勢いたのに。

 藤沢くんが川崎くんの顔を見た。川崎くんが頷くと、藤沢くんがまた私に向き直った。

「これ、日向くんの指示なんだよ」

「え……」

 ……日向くん? 私は目を丸くした。

「ほら、変身シーンってレオタード着てもらうから……女子だけの方がいいだろうって」

 川崎くんも、藤沢くんに続いて言った。

「まあ、監督の藤沢とメイクのひろみ、主演女優? の俺だけは必要だからさ……必要最低限にしたんだよ」

 みのりさんも、ふふっと笑いながら言った。

「で、私も着替えの手伝い。親しい子の方が安心できるからって、日向くんが頼みに来たの」

「……日向くんが……」

 呆然と呟く私の前で、川崎くんが両腕を頭の後ろに組んだ。

「あいつ、よく見てるからさ。変身とか恥ずかしがってたの、覚えてたんだよ。……で、藤沢に持ちかけたってワケ」

 玉木くんが私の肩をぽん、と叩いた。

「まあ、いいじゃない。いい作品を作るためなんだから……主役にはのびのび演ってもらわないと、ね?」

「え、うん……」

 そ、うなのかな。まだ戸惑っていた私の腕を、むずっとみのりさんが掴んだ。

「さ、行くわよ、”みなみ”?」

 そのまま、ずるずると私を引き摺ったみのりさんは、生徒会室のドアを、もう片方の手で思い切り開けた。


***


 ……こ、これは……っ! 


「う……」

 思わず私は……生徒会室の中にある、姿見タイプの鏡の前で固まってしまった。肌色長袖のレオタードに、肌色タイツ姿の私が映ってる。新体操みたいな格好だけど……っ!!

(は、裸みたい……っ!!)

 遠目から見たら、裸に見えるんじゃないの!? 身体にぴっちりだし!

「スゴイわね~、本当に身体にぴったり。ちゃんとサイズ合ってるわよねえ……」

 みのりさんが後ろから、私の背中を見ているのも鏡に映ってる。


 ……あ、ありがとう、日向くん……この格好、男子に見られれてたら……ものすごっく恥ずかしかったっっ!!

「女子だけでも見られるの、恥ずかしい……」

 まあまあ、とみのりさんが大判バスタオルを持って来てくれた。私は肩にそのタオルを羽織って、生徒会室の外に出た。


「あーこっち来て~。メイクするわよ~」

 近づく私達に気がついた玉木くんが、大きな刷毛を持ったまま、手招きする。

 玉木くんの前の椅子には……。

「え」

 すくっと立ち上がった……そ、その姿……はっ……!? 

「えええええええええっ!?」

 思わず大声を出した私に、”夕実”がウィンクしてきた。

「あら~、みなみ。どう? 私のスタイル」

「あ、あの……か、川崎……くん?」

 ふふふっと川崎くんが女の子の顔で笑う。

「いやーね、私は夕実よ?」

 確かに、制服姿似合ってたけど! でもでもでも!?


 ――私と同じ、肌色レオタードにタイツ姿。む、胸がちゃんとある……し、しかも、ウエストくびれてるっ!!


「どう? だてに女形の家に生まれてないわよ?」

 玉木くんがふふん、と自慢げに話す。

「我が家には、男を女っぽく見せるための工夫が蓄積されてるの~。で、そのテクを応用したってワ・ケ」

 な、並ぶと……いろいろ負けてる、私っ……!

「まあ、どうしても、胸とか腰とかの丸み出すために、やや巨乳ぎみになっちゃうけどね……」

 わ、私、今回も女子として負けた……っ!!

 がくっと肩を落とした私の隣で、”夕実”が皆にウインクすると……きゃーっと黄色い歓声が上がった。

「か、可愛いっ!!」

「素敵~っ、触らせてほしいっ!」

「ごめんね、メイクが崩れたら駄目だから……あ、見るのはOKよ?」

 あああ、もう”夕実”になり切ってる……す、凄過ぎ……。

 もう言葉も出ない私の両肩を玉木くんが掴んで、強引に椅子に座らせた。

「まあまあ、みなみはみなみらしく、ちゃんと綺麗にしてあげるからね?」

 ばちん、と玉木くんにウィンクされた私は……

「は、はい……」

 と、大人しく椅子の上で縮こまった。

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