講習会三日目~女子更衣室・職員室
「へー、そんなことあったんだ~。大変だったね、みなみ~?」
「う、うん……」
ロッカーの前で、制服のリボンをほどく。右横では、ブラウスを脱いだ”夕実”が、体操服をかぶるところだった。
(うっ……か、かわいい……)
大きなおだんご二つのヘアスタイル。ちょっと赤毛っぽいくせっ毛。くりんくりんの瞳に、いたずらっぽく笑う”夕実”。
私、どう見ても……女子力負けてる……。
ブラウスの第一ボタンを外したところで、後ろから、ふわっと”夕実”に抱きつかれた。
「夕実?」
ふふふっと耳元で”夕実”が笑う。い、色っぽい!?
「もう、みなみがかわいすぎるから、ちょっかい出されるのよ~。私がこうして、護ってあげるね」
「あ、ありがと……」
べったり抱きつかれてるのに、違和感なさすぎ! くすくすと笑う声が、首筋をくすぐってる。ううう、なんだか……恥ずかしい……っ!
「はい、カーット!」
藤沢くんの声が響く。
「ふーっ、終わった終わった」
”夕実”が男の子の声に戻り、ゆっくりと腕が外された。私は振り返って、思わず呟いた。
「……川崎くん、かわいい……」
「そう~?」
”夕実”が右目でウインク。あれだけ嫌がってたのに、開き直っちゃったのか、ノリノリなんですけど川崎くん!?
「いやーいいよ、”夕実”! みなみを護る、女剣士だけど、かわいらしさも満開って役だから! ぴったりだね!」
「結構、やってみたら、楽しくてさ~」
はっはっは、と笑う川崎くん。あ、そっちの道にはまっても、やっていけそうな感じが……する。
「ほら、沙織ちゃんもブラウス元に戻したら~? 怖ーい番犬が怒るよー?」
あ、見とれてて、ボタン外したままだった。慌ててボタンをかけた私は、あれ? と動きを止めた。
「……番犬?」
……って、ナニ? 思わず不思議そうな顔をしてたみたい。川崎くんが、私を見てニヤニヤしてる。
「わからないなら、いいよ~。そのうち、嫌でもわかるからさ」
なんか、いやーな予感が……。じとーっと川崎くんを睨んでみたけど、ニヤニヤ笑いが倍増しただけだった。
するっと川崎くんが右腕に左腕を絡ませてきた。
「さっ、行くわよ、”みなみ”?」
「う、うん……」
どう見ても、かわいい、女の子、よねえ……。本当、玉木くんのメイク術、凄過ぎるわ……。
私は深ーい溜息をついた……。
***
「いや~、凄いな、川崎……」
「あら、先生、成瀬って呼んで」
うふん、としなを作る川崎くんを前に、田代先生も目を丸くしてる。そりゃそうよね……どう見ても、女子高校生だもの。制服姿の川崎くん……もとい、夕実もとても可愛かった。うん、アイドルそのもの。
自分の机の前に座ったまま、田代先生が椅子を回して、こちらを向き……にっこりと笑った。
「……真田もかわいいな」
「あ、ありがとう……ございます……」
頬が熱くなる。うわー、やっぱり大人なんだなあ、先生……さらっと恥ずかしくなるセリフを言った。
藤沢くんが田代先生に台本を見せて、説明する。
「田代先生は、みなみの様子を心配して、声かけたって役ですから~。よろしくお願いしますね」
「判った、藤沢。……お前の台本も凄いな。誰が誰だか、読んだだけですぐにわかるぞ」
藤沢くんが、うれしそうに笑った。
「判っていただけましたか!? キャスティングにめちゃくちゃ凝りましたからね!」
「はは……まあ、よろしく頼むよ」
田代先生が藤沢くんにウィンクをした。
***
「……藤堂。お前、喧嘩に巻きこまれそうになったらしいな。大丈夫か?」
心配そうな声で、田代先生が私に言った。
「は、はい。大丈夫です……」
ちょっと小声になる。だって、あまり注目を集めるわけにはいかないもの。隣の”夕実”をちら、と見ると、彼女は小さく頷いた。
(どこで闇が狙ってるか、わからないわよ。注意してね)
”夕実”が囁く。私も小声で返した。
(う、うん……わかってる……)
そう言った『私』の頭に、ふっと背の高い影が浮かんだ。
黒沢くん……ちゃんと、お礼も言えなかった……。
(後で……お礼言いに行こう……)
「まあ、今日はもう帰りなさい。クラブは休むと連絡しておこう。誰か一緒に……」
田代先生の言葉を、低い声が遮った。
「先生、俺が一緒に帰ります。同じ道ですから」
私と”夕実”が振り返ると、背の高い生徒がそこに立っていた。
「黒沢……くん?」
いつの間に、黒沢くんが……ここに?
(うわわっ……!)
顔が熱くなった。そんな私を見て、黒澤くんがふっと笑った。ますます顔が……っ……!
「そうか、黒沢なら安心だな。じゃあ、頼んだぞ」
黒沢くんがゆっくりと頷いた。”夕実”もぐっと私の腕を掴んだ。
「先生、私も一緒に帰ります~」
田代先生は、ははっと笑って頷いた。
「そうだな、成瀬も一緒の方が心強いな。頼むぞ、二人とも」
ふふふと笑う”夕実”が、「了解しましたっ!」と田代先生に元気よく、答えた。
その後、三人で先生に向かって一礼し……私達は、職員室を後にした。
***
「……日向、お前も凄い存在感だったな……」
「……そうですか」
ものすごく冷静な声で、無表情な日向くんが田代先生に答えた。さっき優しく笑った人と同一人物に思えない……。
「先生、さっきから、凄いなばっか言ってますよ~?」
「いや、川崎も凄いが。本当に女子高生そのものだしな」
……職員室のシーンはこれで終了。田代先生の出番は、また後半の方だから今日は終わりだって、藤沢くんが言ってた。
ふっと田代先生と目があった。にっこりと田代先生が笑う。優しい笑顔……なんだかほっとする。
「真田も無理するな。体調が悪かったら、撮影も待ってもらえよ?」
「はい……」
自然と笑顔になる。生徒想いのいい先生なんだなあ。
ちょっとちょっと、と川崎くんが私の袖を引っ張った。
「そろそろ行くよ~?」
「うん……。先生、ありがとうございました」
ぺこりとお辞儀をする。日向くんと川崎くん、藤沢くんも頭を下げた。
「みんな、頑張れよ。楽しみにしてるからな」
先生も笑顔で応えてくれた。私達は、今度こそ職員室を後にした。