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雪のお姫さまと白花の騎士

 昔々のおはなしです。一年中雪が降り続け降り積もり続ける場所に、雪と氷でできたたいへん美しいお城がありました。

 なにぶん溶けやすいこのお城なのですが、一年中こんこんと雪が降り続けるその場所では、結晶の調度品もつららの城壁だって、水になることなくあり続けたと言われています。


 雪のお城には、雪よりも白い肌をもち、氷よりも透き通った瞳をもつ美しいお姫様がおりました。

 ですが、そのお姫様はひどくからだが弱く、こんこんといつも止まらぬ咳をしておいででした。

 王様とお妃さまは、せめてお姫様が生き長らえるようにと、お姫様のためにあらゆるものをお贈りしてあげて、それから寂しくないように、お姫様のために寒さに耐える白き花の騎士をお付きにさせることにしました。


「わたくしの素敵な騎士さま、高き天窓にいくら手を伸ばせど届かない、この広いお部屋の中で、貴方だけがわたくしが触れることのできる一番の存在よ」

 こんこんと、会話の合間に苦しそうに咳をしながらも、お姫様は最愛の騎士に微笑みます。

 花の騎士はお姫様のひどく冷たい手をそっと握り、いつものようにお姫様の手の甲にくちづけしました。


 お姫様と花の騎士は、毎日のように一人には広すぎて二人でもやはり広いお部屋で、今日生きて手を握りあえることに感謝をしながらすごしておりました。


 ですが、雪のお城に悲しきことが降りかかってしまいます。

 一年中降り続け降り積もり続ける雪が、一日、一日とたつごとに降る量が減り、また雪がどんどん溶けてゆくのです。


 あんなに美しく光を反射してきらめいていた雪のお城も日に日に溶けてゆき、結晶の調度もつららの城壁も、みるみるうちに形をなくしてしまいました。

 使いの者たちはとうに溶け、とうとう王様とお妃さまが手を取り合って水となり交わりあったころ。最後に残されたのは今にも崩れそうな雪のお城と、雪のベッドに横になったお姫様と花の騎士だけでした。


 こんこんと止まぬ咳をしながら、お姫様は騎士に笑いかけます。

「わたくしの素敵な騎士さま、お父さまもお母さまもついに溶け合い消えてゆきました。涙の砂時計が流れ落ちてしまった瞬間(とき)に、きっとわたくしもこの城とともに崩れ溶け、そうして水となり空気の一部となるでしょう」

 いつも以上にぐったりとベッドに沈みこんでいるお姫様に、花の騎士はお姫様の最後を知ると同時に首を横にふって嘆きました。


 私の姫様、貴女が溶けてしまったときに私も共にいってしまいたい。ですが姫様、私は白き花の騎士。貴女が消えてしまっても、共にゆけずに咲き続ける。

 ああこの身がひどく憎い!いっそ枯れてしまいたい!


 身を嘆きお姫様の手を握る花の騎士に、お姫様はいつものように微笑みかけました。

「いいえ、わたくしの素敵な騎士さま。貴方がいてくれたからわたくしは今まで独りにならずにいられ、貴方がいたから今日を喜び明日を願うことができた。貴方が氷のように溶けてしまわないから、わたくしはあなたと手を繋ぎあうことができたのです」

 いつも以上にひどい咳をひとつしたあ と、お姫様はか細い吐息と、だんだん消え 入りそうな咳を苦しそうになさいます。


「わたくしの素敵な白花の騎士さま、わたくしが溶けきり水となってしまったときに、どうか貴女を癒す糧であれたら、それこそ一番の幸せなのですよ」

 お姫様は、貴方のことが大好きです――そう一言呟き、咳を止めました。


 花の騎士は気づきます、お姫様の咳が止まってしまった今、お姫様がつきてしまったことを。

 手のひらの上にはわずかな水があり、そうしてそれが砂時計の涙が落ちきるのと同時に、ぽたりとこぼれてゆきました。



 雪のお城は崩れ溶け、今ではその姿を見るものもおりません。

 ですが、冬になると咲く涙のような白き花が、雪のなかに埋もれながらもあると言われております。


 雪の音がこんこんと言われていることも、彼のスノードロップと呼ばれる白花が冬に咲くことも。記憶と風化し忘れ去られた、とあるお話の忘れ形見なのでしょうね。




『雪のお姫さまと白花の騎士』おしまい

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