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KURONEKO  作者: 天猫紅楼
4/19

喫茶サウスノエル

 バイトをするには学校への届け出が必要だったので、親の承諾書など、必要書類を揃えて提出した。 親の説得に時間は掛からなかった。 

「社会勉強」という言葉は、時に便利な効果を生む。 彼女の為に稼ぎたいなどという、浅はかな理由を知る由もないだろう。

 バイト先は、駅前商店街から少し離れた住宅街の中にある喫茶店【サウスノエル】だ。 

 店長の寺角護テラカド マモルさんが谷口の知り合いで、店員に夏休みを与えることになって、ちょうど人手が欲しかったということで、紹介してくれたのだ。 というか、なぜかその谷口も一緒にバイトを始めた。

 

「何でお前まで付いてくるんだよ?」

 白い目で見る俺の肩に肘を乗せて寄り掛かりながら

「だって俺も金欲しいしさ、ここにいれば、唯ちゃんも遊びに来るんだろ?」

「お前、それが目当てなんだろ?」

「いつも制服姿だからさ、私服はどんなのを着てるのかなぁ? 唯ちゃんだったら、きっと何着ても可愛いんだろうなぁ」

「当たり前だろ」

 軽くいなして谷口の肘を叩き落とすと、まだ手になじみ切っていないトレイを手に取った。

 

 

 カランカランカラン……

 

 

 軽いカウベルの音がして、客が入ってきた。

「いらっしゃいませ~!」

 途端に谷口が元気に声をかけると、俺の手からトレイを取って、いそいそと席へ案内していた。

「あれはあれで、なかなか器用な子なんだよね」

 俺の後ろで、店長がにこりと微笑んだ。

 面長の顔に唇の上に生やしたひげがよく似合う。 黒のベストの下はアイロンのしっかりかかった白いカットソー。 カウンターの向こう側で佇む細く長身の姿は、それだけで絵になる。 

 そう思っている間に、注文を受けた谷口がスタスタと戻ってきて

「アメリカンひとつ!」

と告げた。

「寺角さん、バイト代は、出来高制でしょ?」

 そう言う谷口に店長は鼻で笑いながら、

「時間給だよ。でも働きが悪かったら、そこから引くからね」

と、からかうように俺たちを見比べた。 勿論、さぼるつもりはない。 普通に働いていれば、それなりに稼げるってわけだ。 俺は初めての接客業に緊張感を覚えながら、トレイを握り締めた。

 住宅街の中の小さな喫茶店とはいえ、近所にはなかなかの評判らしく、朝のモーニングタイムからランチタイム、そして昼下がりから夕刻にかけて、客足はほとんど途絶えることはなかった。 俺と谷口は、忙しく店内を歩き回った。 万歩計があったら、結構な歩数になるかもな。

 

 

 接客にも慣れた数日後、唯がやってきた。 夕刻の人並みが一段落した頃だった。

 唯は、一人で来るのは勇気が無かったと言って、坂野も連れてきた。 当然ながら、二人とも私服だった。

「二人で買い物をして、その帰りなの」

と微笑む唯は、裾にフリルの付いた白とピンクのワンピースに、薄いピンク色のリボンが付いた、白いツバ広帽子を被っていた。 膝丈の裾から伸びる素足が細く綺麗だ。

「唯はいつも可愛いなぁ」

 不意に谷口が俺の気持ちを代弁するように耳元で囁いた。 俺はトレイで谷口の額を軽く叩くと、二人を窓際の席に案内した。 

 唯の対面に座った坂野は、ロック調のデザインがされた黒のタンクトップに黒く短いタイトスカートで厚底の靴を履き、足を長く見せていた。 腕に引っ掛けていた黒っぽいデニムのジャケットを、隣の椅子に置いた荷物の上に乗せた。 

 唯は受け取ったメニュー欄を坂野と見ながら何やら相談したあと、唯はイチゴパフェとアイスレモンティー、坂野はチョコブラウニーケーキとアイスコーヒーを注文した。

 店内は冷房もよく利いていて、むしろひんやりするくらいだ。

 俺は店長に頼んで、温度を少し上げてもらった。

「お、なかなか気がきくじゃないか?」

 どこか先輩面した谷口に

「風邪をひいたら大変だからな」

とつんと答えて、洗い場の皿を片付け始めた。 

 唯と坂野は、楽しそうに何かを話しながら美味しそうにスイーツを口に運んでいた。 ここのケーキは、店長の手作りだ。 この店長、一見むっつりした寡黙な人間と思いきや、かなり繊細で本格的なスイーツを作るというので、女性に人気の喫茶店なのだと、谷口が言っていた。

 

「何か、黒猫みたいだな」

 

「えっ?」

 ふと呟いた谷口の視線に従って坂野を見ると、全身黒い服に包まれ、ストッキングや靴まで黒い彼女は、谷口が言うように黒猫の様だった。 この間坂野にあげた黒猫のキーホルダーを思い出し、俺の無意識の中にもソレがあったんだな、と納得した。

「ぷっ!」

 思わず吹き出した俺を唯たちがちらりと見たので、俺は慌てて空いているテーブルを拭いた。 

 可愛らしい唯をずっと見ていたかったが、時折入ってくる客の応対に追われることになった。 やがて話も切りが付いたのか、レジにやってきた唯たちに、

「いいよ、今日は奢りで」

と言うと、唯は嬉しそうに

「わぁ、ありがとう! パフェもすごく美味しかったから、また来るわ! 弘志くんもいるし!」

と笑った。 その後ろから坂野が手を差し伸べると、自分の分のお代をお釣り受け皿の上に置いた。

「あ、坂野の分もいいんだぜ? 来てくれたお礼!」

と返そうとすると、坂野はひょいっと身をすくめて

「私は払うから」

と抑揚の無い声で言って、きびすを返した。

「いいのに……」

と少し拍子抜けた顔で呟く俺に、唯は申し訳なさそうに眉をひそめ

「ごめんね、弘志くん! また来るねっ!」

と手を挙げて、もう店の外に出ている坂野の後を追っていった。

「ホント、愛想無いよな、アイツって。 素直に奢られときゃ可愛らしいのに。 唯ちゃんも、よく付き合ってるよな、あんなやつと」

 谷口のぼやきを聞きながら、俺は坂野が置いていったお金をレジスターにしまった。 ほのかに温かい小銭が妙に気になって、ふと外を見た。 すると、店を出たところで唯たちが若い男に声を掛けられているのが見えた。

「マジかよっっ!」

 慌てて窓に張り付くと、谷口も

「あれ、ヤバいんじゃね?」

と俺の不安を煽った。慌てて外に出ると、二人の若い男たちに腕を捕まれている唯が必死で振りほどこうともがいていた。

「いいじゃん! 今からちょっと付き合ってくれるだけでいいんだからさぁ!」

 いかにも何か良からぬことを企んでいるらしい、にやけた顔で言う声が聞こえた。

「やだっ! 離してよ!」

 悲痛な唯の声に弾かれたように、俺は駆け出した。

「おい、お前ら--」

 その時、唯の向こう側で同じように捕まれた腕を離そうと暴れていた坂野が

「やめてって、言ってるでしょうっ!」

と叫んだかと思うと、足を跳ね上げた。 故意か偶然か、その足は男の股間へとジャストミートした。

「うがっ!」

 声にならない叫び声とともに坂野の腕を離したかと思うと、その手で思い切り彼女の頬を叩いた。

「きゃあっ!」

 唯の悲鳴と共に、坂野の体がへたり込むように尻餅をついた。

「夏芽ちゃんっ!」

「なんだよこの女っ! 男をなんだと思ってんだ! なめんじゃねーよ! いいや、こいつだけでも連れて行こうぜ!」

 股間を押さえる男の向こう側で、もう一人の男が唯の腕をぐいっと引き寄せると、その肩を抱いてなおも強引に連れていこうとした。

「待ちなさいってば!」

 坂野は気丈に立ち上がると再び唯をつかむ男に向かっていったが、股間をやられた男に髪の毛を掴み引っ張られた。

「いたぁっ!」

「こいつ、もうただじゃすまさねえ!」

 股間男は坂野の顎をつかむと、強引に自分に向けた。

「よくもやってくれたよな?」

 冷たい目で蔑み、股間を抑えていた手を握り振り上げた男の頬に、全速力で駆け寄った俺は思い切り拳を叩きつけた。

「なっ……なんだてめぇ!」

 いきなり殴られた男は、泡を食ったように目を丸くして俺を見た。 解放された坂野が二、三歩後退りをしながら頭を押さえているのを見ながら、俺は拳の痛みに耐えていた。 人を殴ったのなんて初めてのことだ。 一番驚いているのは俺の方だぞ。 息が上がり、心拍数が急上昇していた。

「弘志くんっ!」

 もはや泣き声の唯の声が聞こえた。

「なんだ、こいつの男かよ?」

 唯を捕まえている男の舌打ち。

「唯を離せ」

 意外にも静かな声が出たことに驚きながらも、視線はしっかりと男たちを睨んでいた。 こんなところで、しかも唯の前でこいつらになめられるわけにはいかない。 でも喧嘩の経験がない俺にとっては、睨み付けるだけで精一杯だった。

 すると、後ろから革靴の足音が聞こえてきた。

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