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KURONEKO  作者: 天猫紅楼
3/19

初めてのキス

 翌朝、教室にはすでに坂野の姿があった。 窓際の自分の席に座って肘を突き、窓の外を見つめている。 いつもの格好だ。 俺は坂野の様子を見ながら自分の席についた。

「よ、おはよう!」

 勢いよく背中を叩きながら、谷口が声をかけてきた。 朝イチの刺激に驚き、背中の痛みを堪えながらもそれを軽くいなして、

「な、今日の坂野、何か変わったこと無かったか?」

と尋ねてみた。 谷口はいぶかしそうに顔を覗き込みながら

「今度は、坂野が気になるのか?」

とにやけ顔を見せてきた。 俺はその鼻をつまんで遠ざけ

「そんなんじゃねーよ」

と面倒くさい雰囲気で返事をした。

「ふうん? 別に変なことはなかったぜ。 いつものように、挨拶ひとつなかったからな。 相変わらず、無愛想なヤーツー!」

「そうか」

 もう一度坂野の様子をちらりと見た後は、谷口ともう次の話をしはじめていた。 やっぱり昨日のアレは涙ではなかったんだろうか? きっと、ただ勘違いしただけなんだろう。 あいつがちょっとやそっとで泣くわけないしな。 そう思い、俺はあのことは忘れることにした。

 

 

 帰り道、いつものように唯と一緒に歩いていると、少し遠く前を歩く坂野に気付いた唯が声をかけた。 昨日のことは、勿論唯は知らない。 だからこそ俺はどこか罪悪感を感じながら、唯に誘われおとなしく一緒に歩く坂野をのぞき見ていた。 二人が話す様子は、いつもと全く変わったところはない。 坂野が唯に話した素振りもないし、何だか俺だけが一人で空回りしている様に思えた。

「わぁ、夏芽ちゃん、新しいキーホルダー買ったの?」

「えっ? あ、う、うん」

 唯が坂野のバッグを指差した。 見ると、昨日俺が坂野にあげた黒猫のキーホルダーが揺れていた。

「すごく可愛い! ね、どこで買ったの?」

「あ、えっと……」

 坂野は珍しく言葉を躊躇してから、気持ちを振り切ったように微笑んだ。

「唯とよく行く雑貨屋さんだよ、商店街の」

「へえ~! 知らなかったよ! 今度一緒に行こう! それ、夏芽ちゃんみたいで可愛いよ! ねっ!」

 唯は不意に俺に同意を求め、慌てて

「あ、ああ、そうだね」

と話を合わせた。 背中を一筋の汗が伝い落ちたように感じた。

 唯はそれが大変気に入ったらしく、しきりに誉めていた。 もしかしたら、プレゼントをそっちにしたら良かったんじゃないかと複雑な心境でいると、不意に坂野と目が合った。 すると坂野は一瞬瞳を揺らしたかと思うと、すぐに視線を反らして、唯に違う話を振った。 俺も何だか気まずい。 そんな戸惑いを抱えたまま、家路を歩いた。

 

 

 

 そして数日後……。

 

「はい、これ」

 俺は満を持して唯にプレゼントを渡した。 差し出された紙袋を見つめ、俺の顔を見上げた。

「誕生日おめでとう!」

と言うと、唯ははち切れんばかりの笑顔になって、受け取ったプレゼントを見つめた。

「開けても、いい?」

 頬を赤らめている唯に

「気に入るかどうか、分からないけど」

と頷くと、彼女はそっとシールを剥がして中を覗いた。 俺もこの瞬間は異常に緊張していた。 中を確認した唯に再び笑顔の花が咲いた。 それを見て、俺も心底安心した。 何しろ、付き合って初めての贈り物だからな。 ここでつまずくのは恥ずかしすぎる。 紙袋からそっとウサギのぬいぐるみを白く細い指で包み込み、優しく抱き締めながら

「ありがとう!」

と言う唯が可愛すぎる! 本当に俺は、唯の彼氏で良いのだろうか? どこかで罰が当たるんじゃないかと不安になった。

「大切にするね!」

 そう言って、唯はウサギによろしく、と小さくキスをした。 

『うらやましい!!』

 俺はウサギを片手に左腕に絡み付いてくる唯と、夕刻の商店街を歩いた。 貧乏な高校生には、デートと言っても行くところは決まっている。駅前の商店街か公園か、海岸通り……たいして金を使わなくても楽しめるところ。 でも、たまには唯が喜ぶような美味しくて豪華で贅沢なことを体験させてやりたい。 まるで天使のようにふわふわと髪の毛を揺らしながら楽しそうに笑う唯を見ながら、強く思っていた。 やはり男なら誰でもそう思うだろう。 俺は心の中で、一代決心をした。

 

「唯、俺さ、バイトするよ」

 

「えっ?」

 休憩に座った海岸通りのベンチで、隣の唯は小鳥のように首を傾げ、俺を見上げた。

「どうして?」

「だってさ、いつもこうやってブラブラしてるだけじゃ、つまらないだろ? たまには唯に贅沢させてやりたいしさ! ほら、俺、貧乏だし、いつまでも親の小遣いをあてにしてるわけにもいかないしな」

 頬をこりこりと指で引っ掻きながらそう言うと、唯は寂しそうに肩を落とした。

「そっか……」

 そう言って俯くと、スカートの裾をいじった。

「じゃあ、あまり会えなくなるのね……」

 そう呟く唯に、胸が痛んだ。

「そう……だけど、これは唯のことを思ってのことだし……分かるよね?」

 唯の顔を覗き込むように言うと、唯は静かに顔を上げた。 そして小さく頷いた。

 俺はその柔らかそうな髪の毛に触れた。 軽くて細い茶色の髪の毛に指を通し、もう片方の手で唯の顎に触れた。 軽く上げると、唯は目を閉じた。 形の整ったピンク色の唇に、俺はゆっくりと自分の唇を重ねた。 

 俺にとって初めてのキスだった。 

 唯にとっては? そんなことはもう、どうでもよかった。

 柔らかく温かい感触は、いつまでもそうしていたいほど甘くいとおしかった。

 俺は唯の肩を抱き締めながら、夕刻の暖色の波を眺めた。 左胸に、唯の軽い頭の重さを感じていた。 海から吹いてくる風が唯の髪の毛を優しく揺らし、心地よい香りが鼻をくすぐった。

 夏が近づいていた。

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