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KURONEKO  作者: 天猫紅楼
2/19

オレンジ色の公園

 それからの俺たちはいつも一緒で、何か話すとか用事があるわけでもないのだが、とりあえずいつも並んで一緒にいた。

 ある日、唯の誕生日が近いことを知ると、俺はプレゼントを用意しようと町へと繰り出した。 町と言っても、片田舎の小さな町だ。 洒落た賑わいの見せる大きな街へ行く手もあったが、何か掘り出し物があるかもしれないととりあえず向かった駅前の商店街は、帰り道を急ぐ会社員や、暇をもてあそぶ学生たちでそれなりに賑わっていた。 ここくらいしか、遊ぶ場所が無いのだ。

 その中を縫うように歩きながら

『さて、唯は何をあげたら喜ぶかな』

と思案しながら店の看板を眺めながら歩いた。

 付き合っている彼女に贈り物をするのは、小学生以来か。 当時好きだった女の子には、確かハンカチを渡した覚えがある。 その子はそれからしばらくして、親の都合で県外へ引っ越してしまった。 それ以来、連絡もしていないし、顔も見ていない。 まだ子供だったから、すぐに彼女の事は忘れてしまっていたが……

『懐かしいことを思い出しちまったな……』

と想いを巡らせていると、ふと前を歩く後ろ姿に見覚えがあった。 坂野だ。

『あいつ、この近くの家なのか?』

 俺は何気なく生まれた好奇心にしたがって、坂野の後を付いていくことにした。 カバンを左肩に引っ掛け、人込みの中を苦もなくスイスイと歩いていく。 慣れた足取りで、周囲の店に興味をそそられるわけでもなく、ただひたすら商店街を突っ切っていく――と思ったら、いきなり右に曲がり、細い路地へと入っていった。

『この先に坂野の家があるのか?』

 思えばあいつの事は謎だらけだ。 坂野とは同じクラスだが、教室にいても誰かと騒いだり話したりするでもなく、窓際の席からぼーっと外を眺めている様子しか見たことがない。 机に肘を突いて、横顔も髪の毛に隠れていて表情も分からないし、一体何を考えているのか、はたして楽しいのかつまらないのかも分からないほど、坂野には表情というものがなかった。 ただ唯や他の女子たちに話し掛けられるとそつなく相手をしているし、いじめにあっている風でもない。 逆に男子に対する態度は一変、恨みでもあるかのように睨むような視線を向ける。

「夏芽ちゃんはね、男の子が苦手なのよ」

と唯が教えてくれたが、それにしては反対に敵を作りそうな空気を醸し出している。

「あんな顔をしてたら、誰も寄り付かないと思うぜ」

と笑うと、唯も同じように笑った。 少しの同意と共に

「そんな夏芽ちゃんにも、可愛いところ、あるのよ」

とフォローしていた。 

『そんな可愛らしいところなど、唯に比べたらきっと、月とスッポンだろうけどな』

 そんなことを思いながら坂野の後ろを歩いていくと、途中にある公園に入っていった。

 ごく小さなその公園は、遊具も滑り台とブランコ、小さな砂場くらいしかない狭いものだった。

『こんなところに、公園があったんだな』

 そもそもこんな所まで来たことがなかったから、初めて知った小さな公園だった。 俺はその一角のベンチに腰を下ろす坂野の様子を、少し離れた場所から隠れて見ていた。 まるで探偵のような素振りに

『何をやっているんだ、俺は?』

と我に返った。 だがここまでくると、坂野が何をするのかひどく気になっていた。 

 坂野は、ひとっこ一人いない公園の中で、ぼんやりと空を見つめていた。 夕刻間近の、オレンジがかりだした空を見つめる坂野は、何かを羨んでいるような瞳をしていた。 まるでそのまま空に吸い込まれて行くんじゃないかというくらい、無心で見つめている様子の坂野に、吸い込まれるように心を奪われていた。

 

 

 どれくらい時が経っていたか分からない。 不意に何かに気付いた坂野は、視線を近くの植え込みに移した。

『何だ?』

 俺も気になってそっちを見つめると、なにやらゴソゴソと草むらが揺れ、飛び出すように小さな影が現れた。 まだ生まれたばかりほどの子猫だった。 黒と白がごちゃまぜになったようなブチ柄の子猫は、坂野に気付くとゆっくりとその足元に近寄っていった。 坂野の顔を見上げて小さく鳴き声をあげた子猫に、彼女はそっと手を伸ばした。 指先に頬を寄せて甘える子猫を抱き上げると、膝に乗せてあやしはじめた。

 俺はその坂野の顔を見て驚いた。 今まで見たこともないような笑顔を見せていたのだ。 坂野が笑顔になることはたまに見たことはあったが、あんなに優しい……なんというか、母性に溢れたような穏やかな顔は初めて見た。 俺は思わず見惚れてしまった。

『なんだあいつ、あんな顔、出来るんじゃないか』

 そう思いながら、膝の上の子猫と楽しそうに戯れる坂野を見つめていた。 時折子猫に向かって何か言いながら、坂野はずっと楽しそうに遊んでいた。 そうしているうちに、急に何かに気付いた子猫が突然身を翻して坂野の膝から飛び降りた。

「あっ……」

 小さな声を上げる坂野。 子猫は坂野から四、五歩離れると、草むらの方を見つめた。 さっき子猫が飛び出してきたのとは少し大きな揺れとともに、違う猫が顔を出した。 嬉しそうな鳴き声を上げて駆け寄る子猫。

『親猫か……』

 子猫と同じように、少し汚いブチ柄の顔を子猫に寄せ、しばらく戯れあうと、一緒に植え込みの中へと消えていった。

「…………」

 その姿を見送る坂野の顔は、まるで今にも崩れ落ちそうで、思わず俺は体を乗り出してしまった。 その途端、足元の砂利が音を立てた。

「えっ!」

 驚いて視線を向ける彼女と目が合った。

「や……やあ!」

 思わず浮かべた愛想笑いも、すぐに凍り付いた。 全く、余計なことをするんじゃなかった。

 後悔と共に坂野の反応を探るように視線を送ると、坂野はいつものように冷たいまなざしで俺を見ていた。 そして不機嫌そうに無言で立ち上がると、ベンチに置いてあったカバンを肩に引っ掛けて公園を出ようとした。

「ま、待って!」

 思わず呼び止めた俺は、無言で振り返る坂野に言葉を見失った。 それが分かったのか、再び坂野は背中を向けた。

「あ、ちょちょ、ちょっと待って! あのさ! 頼みたいことがあるんだけど!」

 何故かこのまま別れることに罪悪感を感じていた。 ずっとのぞき見なんてしていたからな……。

 

 

 

 数分後、俺と坂野は商店街の中を歩いていた。 俺の口から出たのは、

「唯の誕生日プレゼントを選ぶのを手伝って欲しい」

という言葉だった。 実際、坂野は唯と仲が良いし、何か助けてもらえるなら、それに越したことはない。 坂野は始め、眉をしかめて渋っていたが、なんとか言葉巧みに連れ出すことに成功した。

「で、何か案はあるの?」

 やっぱり不機嫌そうに言う坂野に

「いや、それがまだなんだ。 一体どんなものが喜ばれるのか、さっぱり見当が付かなくて」

「何でもいいと思う」

「えっ?」

「あんたからの贈り物なら、何でも喜ぶと思う」

『そんな、根も葉もないことを……』

 でも本当にそうなら嬉しいし有難いけど、やっぱり心のこもった贈り物をしたい。

「ハンカチとか」

と言うと、坂野は途端に冷たい視線を俺に向けた。

「あんた、バカなの? ハンカチって『別れ』の意味があるのよ! もう唯と別れたいって思ってるの?」

「えっ! そんなわけないだろ!」

 焦る俺に、坂野はあきれたように口元だけで笑い、ちょうど通りかかった雑貨屋を指差した。

「唯はよくあの店で目を輝かせてる」

「雑貨かぁ……えっ?」

 それこそ、センスを問われるではないか! 俺は坂野に泣き落としを敢行した。

「頼む! 唯の好きそうなものを見繕ってくれ!」

 心のこもったプレゼントを渡したいと思っていたさっきまでの自分を蹴り飛ばして、ただ今は唯を喜ばせてやりたいばかりに、見境なく手を合わせて頭を下げる俺の頭をぽんと叩き、坂野は雑貨屋へと入っていった。 それは承諾とみて感謝しながら、俺は坂野の後を付いていった。

 小さな雑貨屋の中は、騒がしく今話題のJ-POPが流れ、狭い通路の両側に並ぶ棚には目一杯に並べられたキュートでスイートな雑貨の数々が溢れ返っていた。

 思わずその眩しさに瞳を細めながら坂野の姿を探すと、ぬいぐるみの棚の前に立っていた。 見るからに手触りの良さそうなぬいぐるみを前に

「ここら辺、唯のお気に入り」

と簡単に言い、俺に場所を譲るように少し体をずらした。

「へえ。 やっぱり女の子らしい物が好きなんだな。 唯のイメージにぴったりだ」

 そしてあれこれと手に取り、数分かけてやっと選んだウサギのぬいぐるみを手に取ると、坂野に

「これなんか、どうだ?」

と尋ねてみた。 坂野は少し離れた場所から、無表情に頷いた。

「よし、じゃあこれにしよう!」

 確信を得て、俺はレジへと向かった。

 

 

 会計を終えて振り返ると、店内に坂野の姿が見当たらなかった。

「あれ……? 帰ったのか?」

 俺は慌てて店を出て周りを見渡すと、人込みの中に坂野の黒髪がちらりと見えた。 俺はそれを追いかけると、坂野の名を呼んだ。 迷惑そうに振り返る彼女に

「何で先に帰るんだよ?」

と文句を言うと、坂野はなおも眉をしかめた。

「もう私の役目は終わったでしょう?」

「だからって何も言わずに行くことないだろ?」

 そう言いながら、俺は懐から、さっき唯へのプレゼントと一緒に買ったキーホルダーを取り出すと、坂野に差し出した。

「何?」

 目の前で揺れる黒猫のキーホルダーを見つめながら、ぶっきらぼうに言う坂野に

「付き合ってくれたお礼」

と強引に手渡した。 坂野は途端に目を見開いて俺の顔を見つめた。

「俺センス悪いからさ、気に入らないかも知れないけど。 気持ちだから。 急に誘って悪かった。 助かったよ。 ありがとな!」

 正直、ほんのお礼のつもりだった。 俺の渡したキーホルダーを握ったまま、まだ坂野は俺の顔を見つめていた。 

『やっぱり、気に入らなかったかな』

と申し訳なく思った時、次第に彼女の瞳に輝きが生まれてきた。 そしてそれが滲みだすのが分かった。 もしかして、涙……?

「えっ? 俺、何か--」

 言い終わらないうちに坂野はふっと俯き、

「ホント、センス無い!」

と言い捨てると、きびすを返して走り去ってしまった。 今度は追いかけるヒマもなく、俺はただ艶のある短い黒髪が揺れながら小さくなっていくのを見送るしかなかった。

『お、俺、何か泣かせること言ったか?』

 頭をかきながら考えたが、答えは見つからなかった。 しいて言えば、俺のセンスが悪かったということか。

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