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KURONEKO  作者: 天猫紅楼
15/19

黒猫と店長

 地元に帰ってきた翌日。 

 俺は疲れた体ではあったが、坂野の家に向かった。 買ってきた土産を学校で渡すのも、なんだか気が引けたからだ。 そこで坂野の家に行くっていうのも何だか変な話だが、連絡先を知らないから、呼び出すわけにもいかないからな。

 坂野の住むアパートの前まで行き、二階を見上げながら、俺は躊躇していた。

 昼下がりの暖かな陽の光が降り注ぐ快晴の今日、果たして家にいるのかどうか。 坂野に、家にいるイメージが全く無いから。 

『どうしようか……ここまで来たはいいけど、玄関まで行っても良いんだろうか?』

 しばらく悩みながら立ち尽くしていると、俺のすぐ傍を、二人の男女が通り過ぎた。 中年っぽい感じの顔立ちだが、若そうなスーツをラフに着こなしていて、その腕は女の肩をがっしりとつかみ、ぴったりと寄り添っている。 仲良さそうに何やら囁きあいながら、二人は階段を上がり、坂野の住む部屋の扉を開けた。

「えっ? まさか!」

『あいつが、坂野の父親なのか?』

 香水の残り香に胸焼けを感じながら、俺は二人が消えていった部屋の扉をじっと見つめていた。 その後から部屋に行けるわけが無いと、俺はノエルサウスに向かうことにした。 このまま家に帰るのもつまらないし、唯は昨日の今日で疲れてるだろう。 

『少し時間をつぶしてから帰ろう』

 そう思いながら店の扉を開けると、

 

 カランカランカラン……

 

といつものベルが鳴り、珈琲の芳ばしい香りが俺を包んだ。 この匂い、落ち着くから好きだな。 和みながら、何気なくカウンター席に視線を移すと、見覚えのある後ろ姿が見えた。 その黒く細い背中を見ながら

『あれ、もしかして……』

と思いながら近付き、

「坂野?」

と声をかけると、振り向いたのはやっぱり坂野だった。 驚いたように目を丸くしたが、すぐに目を逸らせた。 不思議に思いながらも、俺はいつもの坂野だと思って明るく話し掛けてみた。

「ここにいたのか! なんか、久しぶりに会ったみたいな感じだな、元気だったか?」

 坂野は小さく頷いた。

「さっき坂野のアパートの前まで行ったんだけどさ、親が出てきたら気まずいなぁと思って、玄関までは行かなかったんだ」

「うちまで来たの?」

 坂野はまた驚いたように俺を見た。

『余計なこと言ったかな?』

と思いながら、苦笑いと共に頷いた。 俺は、坂野の父親とすれ違ったことは話さないことにした。

「何か用?」

 相変わらずの冷たい言い方だ。 その分、変わり無いのだろうと安心したのは確かだ。

「うん、ちょっと……」

と言い掛けたところへ、店長が水を出してくれた。

「あ、俺は、珈琲を」

「かしこまりました」

 店長も相変わらずダンディーな雰囲気だ。 落ち着いた動作で、珈琲を煎れてくれている。 そうしながら、

「楽しかったですか?」

と尋ねてきた。 スキー研修旅行のことだろうな、と察知した俺は、坂野の様子を伺いながら

「まあね」

と返した。 すると店長は

「弘志くんたちが居ない間、夏芽ちゃんはずっと、うちに入り浸りだったんですよ」

と笑った。

「えっ? そうなの? なんで? っていうか……」

 俺に動揺が走った。

『なんで店長、坂野を名前で呼んでんだ?』

 言葉を飲み込み二人の顔を何度も見比べる俺の前で、坂野は答えるのを一瞬躊躇した後、

「これからは、店長さんに守ってもらおうと思って」

と小さく、だがはっきりと答えた。

「えっ? それって……」

 俺は、答えを煽るように店長の顔を見た。 が、彼は何か含んだような微笑みを返しただけだった。

『それだけじゃあ、分からん!』

 そう言いたかったが、俺は、店長には頭が上がらない。 何だか胸が騒めき始めたのを感じながら、俺はわざとらしく笑ってみせた。

「あはははは! そうか、店長だったら、安心だもんな! そりゃ、俺も安心して居られるよ。 店長、坂野のこと任せたよ!」

 出してくれた珈琲の味も分からないまま、熱いのを我慢して一気に飲み干すと、懐から代金を出した。 それと同時に、坂野の前に小さな紙袋を差しだした。

「こんなので悪いけど、土産。 やるよ!」

 言葉を無くしたように見上げている坂野の視線を振り切るように、俺はきびすを返して店を出ていった。 

 遠く小さくなるベルの音を聞きながら、早く店から遠ざかろうとひたすら早足で歩いた。 俺は、何だか分からない胸焼けをどうすることも出来ずに、谷口を呼び出した。

「オレ、今日は一日ゆっくりしたかったんだけど……」

と寝起きの顔で、それでもやってきた谷口に心の中で感謝しながら、ゲームセンターに引きこもった。

「何かあったのか?」

と怪訝な顔で尋ねる谷口に、俺は

「別に。 たまには俺と遊ぶのもいいだろ?」

と適当に答えて、ゲームに巻き込んだ。

 

「なぁ、何かあったんなら、聞かせてくれよ? せっかく来てやったんだからさぁ」

 帰り道、谷口は愚痴っぽい口調で俺の肩口を小突いてきた。 よっぽど俺の異変が気になるらしい。 俺は、

『まあそれもそうだな』

と納得はしたが、坂野が店長に頼っていることを素直に話すには、どうも気が引けた。 話したら、発狂しそうだったのだ。 谷口が、じゃなく、俺が、だ。

『俺にしか話していなかったことを、店長には話したのか? この三日間、店に入り浸りだったって? ずっと一日中、あの二人は一緒だったってことなのか?』

 そんな心の狭いことを考えてしまうのだ。 だが、訝しげに俺を見つめる谷口を見ていたら、こいつの気分も害してやりたくもなった俺は

「坂野、ノエルサウスの店長と付き合ってるらしいよ」

と吐き出すように話した。

「はああっ? マジか、それっ?」

 思っていたとおり、谷口はひどく驚いた顔をした。 そして髪の毛を掻きむしりながら

「寺角さんかあ……」

とテンションの低い声で呟いた。

「じゃあ、ふられても仕方ないよな……」

 谷口はすっかり夜になった空を仰いだ。

「あきらめよう……」

『なんだ、谷口、やっぱりまだ坂野のこと想ってたのか?』

と意外に思いながら苦笑すると、谷口ははっと俺の顔を見た。

「で、何でお前が落ち込んでんだよ?」

「は?」

「お前、もしかして坂野のこと……」

 怪訝な顔で言う谷口は、次の瞬間には笑っていた。

「そんなことないよな! だってお前には、唯ちゃんという素敵な彼女がいるもんな!」

「そ、そうだよ! 何言ってんだよ? 唯と坂野なんて、雲泥の差だぜ!」

と両手で大きく上下に振りつつ谷口に同意しながら、何故か胸が痛んでいた。

『何故だ?』

 俺は、それが何なのか分からずに、それを振り切るように、谷口の背中を思い切り叩いた。

「いってえええ!」

 暗い路地に響く谷口の声。

「ま、そう落ち込むなって!」

と笑ってみせた。 笑いながら俺は、自分がどんな心境なのか、まったく理解できずにいた。

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