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KURONEKO  作者: 天猫紅楼
14/19

スキー研修

 やがて数日は風のように過ぎ……。 

 俺は

『きっと唯の滑る姿は可愛いだろうなぁ~』

と浮き足立った気持ちでスキー研修を迎えた。 

 

 だったのだが……

 

「マジか……」

 落胆し肩を落とす俺に、谷口が優しく手を回してきた。

「これは無いよな……」

 同意を求めるように顔を上げると、谷口も沈んだ顔で静かに頷いた。

 確かに観光バスで向かう途中は楽しかった。 カラオケをしたり、ビンゴをしたり、映画のDVDを観たり。 そして数時間かけてやっと到着した宿泊先のホテルで俺たちに渡されたのは、全員統一されたぶ厚い上下揃ったスキースーツだった。

 まばゆいばかりに光沢のある、明るい青色。 雪の中では目立つ。 遠くにいても、同じ学校の者だとすぐに分かるだろう。 そして丁寧に畳まれたそのスーツの上には、両肩に引っ掛けて腹と背中にその数字を強調させる、【ゼッケン】が乗せられていた。

「団体行動だからな……」

 谷口は指先でゼッケンをつまむと、口を尖らせた。 これに帽子とゴーグルが揃うと、もうはた目では誰が誰だかの区別は付かない。 ゲレンデを格好良く滑空するイメージを想像していたが、全く程遠いものになってしまった。

 当然唯を探すのも、番号だけが頼りだ。

「つまんねえ……」

 肩を落として空を仰いだ。 妄想していた唯の可愛い姿は、もろくも冬の山肌を撫でる凍てつく風に吹き飛ばされた。

 もう一つ、俺には心に引っ掛かることがあった。 

 坂野が来なかったのだ。 

 やはり、何の相談もなかった。 家の都合とはいえ、俺には何もしてやれなかったのが悔やまれる。 こんなダサい格好になることにはなるが、きっと気晴らしにはなったはずだ。 前日まではいつもと変わらない様子だったが、やはり考えは変わらなかったのかもしれない。

 

「弘志! 行くぞ~!」

 谷口が呼ぶまで、俺はぼんやりと自分のゼッケン番号二六八を見ていた。

 集合場所へ行くと、見事に同じ服を着こんだ青い集団がロビーを埋め尽くしていた。

 堀永先生が何やら叫ぶように注意事項を言っているなか、俺は唯の姿を探していた。 隣のクラスだからとはいえ、探し当てるのに多少の時間がかかった。 彼女も俺に気付いて、途端に笑顔になると

「あ!」

と小さく手を振った。 体型もくそもないダボダボの服に身を包み、可愛さも半減している。 だが、その笑顔は絶大だ。 俺も笑って近付くと、お互いの姿のおかしさに、どちらからともなく吹き出した。

「仕方ないよな」

 諦めたように肩を落とす俺に

「番号は覚えたわ。 弘志くんの格好良い滑りを期待してるわ」

といたずらっぽく唯が笑った。

 それから俺たちは別れ、それぞれにスキーを堪能した。 俺は元々たしなんでいたから、上級者コースで何度も滑り、谷口や唯が初心者コースで何度も転んでいるのを横目に見ながら優越感に浸っていた。 

『本当なら俺が手取り足取り教えてやるのに』

という物足りなさも感じながら。

 

 一通り滑った後、宿舎に戻って着替え終わると、夕食も兼ねて自由時間だ。 谷口とフラフラしていると、何やらロビーで人だかりが出来ているのが見えた。

『何だろう?』

と気になって近づいていくと、その中にいた唯が振り向いた。

「弘志くん! 猫がいるのよ!」

「猫?」

 見ると、人だかりの中心に一匹の黒猫が転がっていた。 皆の手指にじゃれながら、愛想を振りまいている。

「可愛いぃ~~!」

「ほら、肉球がピンク色~~!」

 等と黄色い声が飛びかっている。 皆の会話を聞いていると、どうやらこの猫はこの宿舎で飼われているらしい。

「ほら、弘志くん! 可愛いでしょ?」

 唯が俺に向かって猫を抱き上げた。 猫は嫌いじゃないので、俺は素直に手を差し出して猫を受け取った。 少し怯えたような上目遣いで見つめてくる猫に、俺は不意に坂野を重ねてしまった。

『アイツ、今ごろ何やってんのかな?』

 またひとりで夜の街にふらふらと歩き回ってるんじゃないだろうかと、余計な不安を抱きながら、俺は黒猫をひとしきり撫で回した後、唯に返した。 黒猫のぬくもりが、しばらく俺の腕にしがみついていた。

 

 

 次の日も快晴だった。 滑るのには絶好の景色だったが、今日はリクリエーションで雪像を作った。 グループごとにドラえもんのような雪だるまだったり、山のようなでかいおにぎりとか、趣向を凝らした(?)個性的な雪像がゲレンデに並んだ。 それを思い思いに批評しながら笑っていると、不意に頬を冷たいものが触れた。

「冷たっ!」

と驚いて振り向くと、唯がにっこりと見上げていた。 その手には、両手に収まるくらいの小さな、雪で作られた丸っこいものが乗っていた。

「……ウサギ?」

と尋ねると、唯はにこりと笑った。 身なりはダサいスキースーツだが、やはり唯は可愛い。 そんなことを考えながら唯と見つめ合う俺の側頭部に、強い衝撃があった。

「いってえなぁ!」

 二人の時間を邪魔する奴は誰だ、と、頭をさすりつつ睨みながら振り向くと、雪の玉を持った谷口がポンポンとほうり投げながら、恨めしそうな視線を送っていた。

『こいつ……まだ坂野にふられたことを引きずってんのか?』

 俺は足元の雪をひとつかみすると、ぎゅっと握って、思い切り谷口に投げつけた。

「八つ当りをするんじゃねーよ!」

 雪の玉は見事に谷口の額に当たり、玉は砕けて飛び散った。 くぐもった声を出して首をのけぞらせた谷口は、

「そんなんじゃねー! 人前でイチャイチャしてるからだろうが!」

「それが焼きもちっつうんだろーが!」

 二人が雪合戦を始めると、唯は笑いながら、逃げるように走っていってしまった。 そうこうしているうちに、騒ぎを聞きつけたクラスの奴らが集まってきて、いつの間にかクラス対抗の雪合戦が開かれた。

 その後、堀永先生にこっぴどく叱られたのは言うまでもない。

 

 

 初めはまるで乗り気じゃなかったが、なかなか楽しいスキー研修だった。 あっという間に過ぎた二泊三日。 帰りのバスの中は、ぐったりして寝息をたてる奴が多かった。 途中で止まったサービスエリアで、俺は坂野に土産を買っていた。

『ま、ちょっとくらい雰囲気を味わってもらっても良いだろ?』

 俺の手の中に、スキー靴が並ぶ小さなストラップが握られていた。

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