わかりたくないもの
「なに公然の前で、女子から口説かれてんの?このアホオオカミ」
むっとした表情の鳩子から睨まれて、狼は身を一歩仰け反らせた。
いや、狼をジト目で睨んでるのは鳩子だけではない。名莉も根津も、そして小世美までも微妙な視線で狼を見てくる。
「え、あの、ほ、本当に驚きだよね。僕も本当に驚いたよ。あはは、うん」
わざとらしく狼がおどけると、皆から溜息をつかれた。
その女子からの溜息が狼の背中に微妙な冷や汗を掻かせる。
これって、別に僕が悪いわけじゃないないのか?
だが女子の冷ややかな視線に狼が反論出来るはずもなく、だまってその視線を浴び続けるしかない。
そこに、空気を読んでいない陽向が愉快そうな笑みを浮かべてやってきた。
「黒樹、良かったじゃないか。もう伴侶が見つかるなんて願ったり叶ったりじゃないか」
「別に願ってないし。わざわざそんな事を言いに来たのかよ・・・」
「そんなに照れるな。おまえにはお似合いだと思うぞ?」
「へぇー。照れてるんだー」
「あー、何か嬉しそうだもんねぇ」
「・・・よかったね。オオちゃん」
陽向の言葉に呼応して、女子がそんな言葉を狼に浴びせてきた。
「油に火を注ぐような事言うなよ!!」
「火に油ってどういう事よ?」
根津が目を吊り上げて、狼に訊き返してくる。
うっ。
狼は根津の鋭い目つきに、言葉選びを間違えたと感じた。
「それにしても、なんで貴様がそんなに怒ってる?」
「別に、陽向には関係ないでしょ」
陽向に問い質され、根津が少したじろいでいる。
そこをここぞとばかりに、鳩子がニヤっとした笑みを浮かべながら
「陽向もそこは、あんまり触れちゃいけない所だと思うよ?」
「なっ、大酉!それはいったいどういう事だ?」
「えー、そこは言えないよ。言ったら陽向、生きた屍になっちゃうだろうし。それにネズミちゃんも恥ずかしいだろうし」
「ちょっと、何であたしが恥ずかしいのよ!?」
「えっ、陽向くんって、ネズミちゃんのこと・・・」
「おいっ、黒樹妹、それ以上言うな!!」
「はい、小世美ストップ、ストップ!!」
「ちょっと、鳩子!あたしの質問にまだ答えてないわよ!!」
狼を蚊帳の外にして、騒ぎ始めた四人を余所に狼は息を吐いた。
まったく。何で僕の周りって、いつもこうなんだろう?まぁ、賑やかな事は良い事だ。それにしても、まだこっちに来て日も浅いのにも関わらず、この場に溶け込みつつある小世美も小世美だ。確かに、小世美は昔から人懐っこい部分がある。そこが良い所でもあるのだが、少し心配になってしまうのも事実だ。
「・・・・狼」
狼が小世美の方を見ていると、名莉から声をかけられた。狼は少しどきっとした。試合の時は試合に集中していたため、そこまで気にする事もなく話せていたが、今みたいに改まって名前を呼ばれると、今朝の事もあり少し気まずい。それにまだ名莉を傷つけてしまった理由もわかっていない。
狼が名莉にどんな言葉をかけて良いのか分からず、黙っていると
「狼、ちょっと来て」
名莉が狼の腕を掴んで、少し騒いでるメンバーから離れ、アリーナにあるロビーへと連れ出した。
そしてロビーついてから、狼は自分の腕を放した名莉と向き合った。
「えーっと、メイ、どうかした?」
「見てたから」
「見てた?」
「そう。狼が小世美を見てたから」
「あっ・・・」
自分が小世美を見ていた事を指摘され、狼はさっきとは別の気恥ずかしさを感じ、狼は頭を掻いた。名莉もイレブンスと同様に人を観察するのには長けている。それは戦場において、人の仕草というのはとても貴重な情報に成り得るからだ。だがしかし、今は戦場ではない。ごくごく普通の友人との戯れだ。
「狼は小世美の事、好き?」
「まぁ、好きだよ。当たり前だろ。僕と小世美は家族なんだ」
狼がそう答えると、名莉は首を横に振った。
「違う。私が言いたいのは、もっと別の事」
「別の事?」
「そう。女の子としての好き」
「えっ?」
狼は一瞬、頭の中が空っぽになった様な錯覚に陥った。自分が小世美を好きなのは当然だ。さっきも名莉に言ったように、家族なのだから。ずっと見て来て、ずっと一緒にいた存在なのだから。だから、小世美を名莉が言う異性としての好きとなると・・・
どうなんだろう?分からない。
そんな時に、名莉が不意にまた口を開いた。
「じゃあ、私の事はどんな好き?」
「それは・・・もちろん友人として一緒に頑張る仲間として好きだよ。メイは僕と違って強いし、すごく頼りになるから、メイがいると安心できる」
「・・・私も狼がいると安心する」
そう言った名莉の眼はすごく真っ直ぐに狼を見ている。狼は喉に何か詰まるような感じがする。分かりたくないのに分かってしまうもの。そんな曖昧な物が浮かび上がってくるような感覚。
「メイ・・・」
「あーーーーーーーーーーーーー!!ちょっと、妻がいない間に別の女と一緒にいるのよ?」
いきなり大きな声で叫ばれ、狼が振り返るとむっとした表情の万姫が立っていた。そして万姫があっという間に狼へと距離を詰めると、腹に鉄拳を喰らわせてきた。
「~~~~~~いっ、・・・・何するんだよ!いきなり!」
「旦那の浮気に妻が怒るのは当然でしょ?それとも何?日本では男の浮気は許容されてるのかしら?」
「別に違うけど、僕は君の旦那でも何でもない!!」
「啊呀―。もう、いくらあたしが美人すぎるからって、そんなに遠慮することなんてないわ。良い?狼、アンタはあたしに選ばれたの。だから、そうね、狼だったらあたしの部屋に来て、一緒に寝ることも許してあげる」
そんなことを言いながら、万姫は何を考えたのか、両頬に両手を添えながら幸せそうな顔をしている。
「一緒に寝るって、寝るわけないだろ!!」
「そんな心配しなくても良いわよ。あたしだって、その、初めてだからね。二人で戸惑いながらも甘い夜を作り上げればいいのよ。そう!夫婦っていうものは、つまりそういう事なの!」
「言ってること意味わかんないし、勝手に話を進めるな!」
「そうね。そうよね。これは二人にとって大事な事なんだから、色々と準備って必要よね?あー、もう、きゃーーーーーー」
駄目だ。まったく話が通じてない。
一人でテンションを上げている万姫に狼はそう思った。
「・・・狼、私先に戻ってる」
「あっ、ちょっとメイ、僕も一緒に・・・ぐほっ」
狼が踵を返した名莉を追おうとすると、妄想から戻ってきた万姫の鉄拳を再び受けた。今度は頭に。それに加え、狼の言葉で立ち止まった名莉もすぐに会場内へと入って行ってしまった。
「まったく油断も隙もないだから。はぁー妻であるあたしも苦労するわね」
がっくりと肩を落とす狼の横で、万姫が呑気な事を言っている。
狼は鉄拳を受けた頭を押さえながら、深い深い溜息を吐き出すしかなかった。




