被害者の会
「はい!」
狼が返事をすると、部屋の扉が開いて秀作と瞬や俊樹の三人が入ってきた。
「よぉ!って、・・・なんだ先客か?」
「ああ、ドイツの代表選手でフィデリオ・ハーゲンとデトレス・ゲルハルトっていうんだ」
秀作たちにフィデリオたちを紹介すると、三人は「ああ」と似たような、テンション低い声を出した。
なんだ、この微妙な反応・・・?
三人の微妙な反応をフィデリオ達も察したのか、不思議そうに肩を竦めている。
「まったく、黒ちゃん、なんで、俺たちが来るって知ってるくせに、こんな女子から黄色い声を浴びまくってる男と仲良くしてんだよ?俺たちの中では、こいつは海外版、輝崎真紘だぜ?」
そう言って、フィデリオを見ながら溜息を吐いた。
だがその言葉を聞いて、狼は納得した。
「先輩たちって、揺るぎないですね」
「当たり前だろ。俺たちは揺るがずイケメンの敵で居続けるぜ」
何故か三人が親指を立て、キメ顔で宣言してきた。
「そんな事をキメ顔で言ったって、カッコ悪いだろ!」
「なに言ってんだよ。こういう事でも全力を出す。それが俺たちのモットーだ」
またまたキメ顔で言ってきたので、狼は無視をすることにした。そして話を本題へと進める。
「先輩たちの下らないモットーは分かりましたけど、それで真紘についての話って何なんですか?」
今の狼にとって、秀作たちのモットーは、はっきり言ってどうでもいい。重要なのは真紘についての話だ。
だからこそ寝ずに起きていたのだ。
「ああ、そうそう。実は俺たちは飛んでもない時に居合わせてしまったんだ・・・」
秀作がすごく神妙な顔つきで、口籠っている。
「飛んでもない時って?」
狼がゆっくりとした口調で話を進めるように促す。それに合わせてフィデリオとデトレスを真剣な表情で秀作たちが口を開くのを待っている。
「はぁ・・・。俺たちはまんまと輝崎に騙されたよ」
騙された?真紘に?
「騙されたって、真紘が先輩たちを騙すなんてこと、しないと思いますけど」
「いやいや、あいつはあのキャラで俺たちを巧みに騙し続けていたんだ。クソ、あれを見なければ俺たちは未だにアイツに騙されていたわけか。これだから清純キャラぶってる奴は嫌いなんだ。まったくアイツだったら俺たちの方が全然、清純キャラを名乗れるぜ」
握り拳を作り、歯を食いしばっている秀作は本当に悔しそうな顔をしている。
秀作たちが清純キャラを名乗れるかは、一先ず置いておこう。色々ツッコミたくなるから。
「いったい、先輩たちは?」
「・・・俺たちが見てしまったのは・・・・」
「「「見てしまったのは?」」」
狼とデトレス、そしてフィデリオの声が揃う。
「はぁ・・・、アイツ、女子と如何わしい事をしてた・・・」
「え・・・」
「女子と」
「如何わしいこと・・・」
狼が驚き、デトレスとフィデリオが一番耳を疑う言葉をリピートする。
そして一瞬、狼たち三人が顔を見合わせ、険しい顔をした秀作たちと向かい合う。
女子と如何わしいこと・・・・・・・。
「ええええええええええええええええええええええええええええ!!」
狼は後ずさりながら、声を張り上げた。
「ちょっと待って下さいよ。それって本当なんですか?」
「本当だとも。初心な俺たちは気が動転しすぎて、忘れるべきではなかった相手の女子が誰なのかを確認せずに、その場から立ち去ってしまったくらいなんだから」
俊樹がため息混じりにそう説明し、隣にいた瞬が
「あれはガチだったぜ」
と真剣な表情で言ってきた。
デトレスは「あちゃー」という顔をしているが、狼とフィデリオは完全に狼狽えていた。
ちょっと、ディープすぎるんじゃ・・・
狼と同じことを考えていたのか、苦笑を浮かべながら赤面しているフィデリオと目が合った。
そんな狼とフィデリオを余所に、デトレスが腕を組み「んーーー」と唸りながら、何かを考えている。
「デトレス、どうかした?」
「いや、その相手の女子が誰なのかなと思って。だって、見た感その日会った女に手を出す感じには見えなかったし」
「え、じゃあ知り合いってこと?」
「いや、俺が見た感じがそうだから、そこらへんは、俺よりこいつらの方が詳しいだろ」
そう言って、デトレスが狼たちに視線を向けてきた。
「確かに。真紘の性格からして知らない女子とっていうのは、考えられないよ。そもそも真紘がこんな時期に、女子とその、そういう事をしたって言うのも、まだ半信半疑な所あるくらいだし」
「まぁ、黒樹の気持ちはわかるよ?確かに輝崎に限って、そんなことするはずないって思ってしまうのは頷ける。でも、俺たちが現にそれらしき所に居合わせてしまったのも事実だ」
真紘が普段とは違うという事もあって、秀作たちの話が嘘とも思えないが、それでもやはり信じがたい。
狼が納得できずに微妙な顔をしていると、隣で黙りこくっていたフィデリオが深刻そうな顔で口を開いた。
「まさか・・・その相手、セツナじゃ・・・」
「いや、さすがにセツナはないだろ」
深刻な顔をしているフィデリオの意見を、デトレスが一蹴した。狼もデトレスと同様にセツナはないと思う。セツナはいつもマルガやアクレシアと行動することが多いし、セツナもセツナでこんな時に、そんな事をする様にも見えない。
だがもし、秀作たちが言っている事が本当なら、相手は一体誰なのだろう?
・・・・・・・・・・さすがに、無いよな。
少し考えてから、狼は自分の頭の中で思い浮かべた人物を掻き消した。
狼が想像した相手とは、勿論、真紘に抱きついていた公家の少女だ。
抱きついていたくらいだから、そういう事があってもおかしくはないと思うが、なんせ相手は公家の人だ。そこは真紘だって弁えてるだろうし、だからこそ、狼たちが目撃した時でも、真紘は若干だが拒むような仕草を見せていた。
「ヘルツベルトかぁ~。でも意外にありえそうだよな。地味に輝崎と仲良いし。それにヘルツベルト可愛いしな。あれは俺たち二軍生男子の癒しだよ。うん」
「そうなんだ。セツナって、誰にでも親切だし、笑顔も可愛くて、だから俺、セツナの事好・・・あ」
フィデリオは失言といわんばかりに、自分の口を慌てて塞いだ。だが、もう最後の方まで聞こえてしまった為、口を塞いでも意味はない。
フィデリオって、セツナのこと好きだったのか。
そう思い、狼はようやくフィデリオたちが真紘の所に来たのかを理解した。
でも、なんでセツナと真紘が仲良い事知ってるんだろう?セツナからでも聞いたのかな?
狼そんなことを考えながら、顔を真っ赤にさせたフィデリオを見た。フィデリオは狼やニタニタ顔で見てくる秀作たちの視線を浴び、すごく気まずそうにしている。
「そうか。おまえ、ヘルツベルトの事好きなのか。ひゅー、色男!!」
まるで酒が入った中年のおっさんのような冷やかしを秀作たちがしている。
バレる相手に運がなかったなぁ~。と狼がフィデリオの不運さを感じた。
しかも瞬が隅にある机で、何かを掻き始めた。そしてそれを終えると、どどんとフィデリオの前にその掻いた物を突き出してきた。
「ようこそ。輝崎真紘被害者の会へ。本当はイケメンの会員はお断りなんだけど、ここで知り合ったのも何かの縁だ。俺たちも歓迎するよ」
もう、フィデリオが被害者っていう前提で話を進めてるよ。迷惑な。
狼が露骨に嫌な顔で、瞬が突き出した輝崎真紘被害者の会の会員カードを見ていると、フィデリオがすごく真剣な顔でそのカードを受け取った。
「ここの会員にならないように、俺、頑張るよ」
「健闘を祈る!!けど、俺たちはいつでも君を受け入れる準備を整えているから、それは覚えておくように」
地味に失礼な事言ってないか?いや、言ってる。
だがその事実を分かっていない様に、フィデリオがこくんと大きく頷いた。
恋は人を盲目にさせるっていうけど、これはけっこう重症だな。
狼はつくづくそう感じた。




