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敵情視察

 やっぱり自分の悪い予想は当たってた。

 そう思いながら、フィデリオは自分たちが宿泊する予定のホテルへと歩いていた。

「そんなにしょげるなよ。まだ付き合ってるわけじゃなんだから」

「うん、そうだけど・・・でも・・・」

「まぁ、気持ちはわかるけどな」

 前を向きながらそう言ったデトレスの声は、フィデリオに気遣っているのかとても静かだった。

 フィデリオとデトレスは、エジプトとの試合を終え、暇を潰しているところで、セツナたち三人の話し合いに遭遇してしまったのだ。

 出来れば聞きたくない内容だったが、聞いてしまったもの、もう遅い。

「あんなセツナの顔、初めて見た」

 そう、あんなに複雑そうな顔して悩む表情も、あんなに気恥ずかしそうに顔を赤らめる表情も見たことがない。

 そしてそんな二つの表情をセツナにさせている人物が、輝崎真紘という人物。

 悔しくないと言えば、それは嘘だ。

 本当は叫び出したいくらい悔しい。でも、それをやるだけの気力が湧いてこない。自分は今までセツナの何を見て来たのだろうか?どんな顔をさせていたのだろうか?

 自分は少し自惚れていたのかもしれない。

 幼い頃から近くに住んでいたセツナを一番知っているのは自分だろうと。もしかしたら、その危険な安心感に呑まれて、大切な部分を見落としていたのかもしれない。

「本当に俺って、馬鹿だ・・・」

 遠く見るように、フィデリオは夜と昼の境の空を仰ぎ見た。そこに一陣の風が吹く。それがフィデリオをとてもつもなく、切ない気持ちにさせる。

「確かにおまえって、少し押しが弱い所もあるけど、馬鹿とは限らないだろ?」

「いいや。俺は肝心な所で動けてない。それって俺に意気地がないからだと思う。だから、セツナの気持ちを他の奴に、奪われたんだ」

「それで?」

「それでって、何が?」

「何がじゃないだろ。それでおまえは引き下がるのか?はっきり言って、まだ勝負もしてない状態なんだ。このまま引き下がるって、少しなぁ・・・。それこそ、意気地がないってもんだろ」

「それはそうかもしれないけど。何をどうやって戦うんだよ?別に俺とセツナは幼馴染ってだけだし、付き合ってたわけじゃない。それにキザキの事だって、何も知らないんだ。戦い様が無い」

 フィデリオが不満そうな顔でそう言うと、デトレスが不適な笑みを浮かべた。

「だから、敵情視察しに行こうぜ?」

「敵情視察って、もしや・・・・」

「そう、そのもしやだよ」

 フィデリオはデトレスの考えが分かり、思わず目を見開いた。デトレスは今から真紘たちの所へ行く気なのだろう。

 その為、歩くペースがいつもより速いのは気のせいではないだろう。

「よぉーし、今からキザキの所に行って、『セツナは俺のだ』って宣言してこいよ!!」

「そ、そんなこと言えるか!!」

 デトレスの奴、絶対に楽しんでる。

 仲間の遊び心を感じ、フィデリオは溜息を吐いた。

 でも、これで少しは輝崎真紘が分かるかもしれない。セツナが好意を持った相手が、どんな人物なのか。それを知ることで自分に何が足りないのかも見えてくるかもしれない。

 そうだ。まだ負けたわけじゃない。だったら、まだ間に合うかもしれない。

 胸中で自分に叱咤をし、少し前を歩いていたデトレスの後に続いた。




「結局、真紘のこと捜し出せなかったな・・・」

 狼は大会中に使用することになっているホテルの自室で、ベッドの上に仰向けで寝そべった。

 この部屋は真紘と狼で使う事になっているのだが、真紘がこの部屋に戻ってきたという感じはない。もしかしたら、部屋にいるかもしれないと、淡い期待をしてみたが、見事に討ち砕かれた。

「まったく、どこ行っちゃったんだろう?みんな心配してるって言うのに・・・」

 ベッドで横になっている所為か、一気に疲れが全身に伝わる。このまま夕食の時間まで眠りたい衝動が起きたが、今はそれが出来ない。

 さっき狼がホテルに入ろうとした矢先に、ホテルのロビーに屯していた秀作たちから、後で部屋に行くと言われてしまったのだ。

「ああ、なんでこのタイミングで・・・」

 寝たいのに寝れないというのは、はっきり言って辛い。だが、秀作たちから「輝崎の事で話がある」と言われてしまい、断るにも断れない。

「なんかなぁ・・・」

 イギリスとロシアの試合が終わってから、希沙樹たちと共に真紘捜索をしていたのだが、その間中、希沙樹と季凛がずっと「あの女が真紘を誑かした」とか「あはっ。公家のお嬢様の癖に、イケメンには弱いってことか」など文句を言っていたが、狼は真紘が恋愛事情であんなに余裕がなくなるのは、無いような気がする。

 確かに真紘だって、年的に考えれば普通の十五の男子だから、好意を持つ女子がいてもおかしくはないと思うが、あの時に見た真紘からは女性関係で悩んでいるようには見えなかった。

「まっ、僕が偉そうに言えた義理じゃないんだけど」

 虚ろになってきた意識でそう呟いた。

 狼もよく男子寮で恋愛事について男子から色々と質問を受けたりもする。例えば「デンメンバーの中で好きな子はいないのか?」とか「島で良い感じの子はいなかったのか?」とかからかい半分で訊かれるが、狼はいまいち恋愛面において、理解していない。

 恋愛事というよりも、今の環境に馴れる事に精一杯で、そんな余裕もなかった。

「真紘もそんな気がするけどな・・・」

 コンコンッ。

 部屋の扉が叩かれる音が聴こえ、狼は身体を起こした。

「はい、どうぞ」

 そう言いながら、狼が部屋の扉を開くとそこには秀作たちの姿ではなく、まったく予想もしていなかった人物の姿があった。

「こんばんは。いきなりで申し訳ないんだけど、少し良いかな?」

 フィデリオが少し申し訳さなそうな顔で、そう訊いてきた。

 何だろう?そう思いながら狼がフィデリオともう一人、ドイツの大将を務めているデトレスを部屋に入れた。

 そして、フィデリオとデトレスは狼たちの部屋に入ると、部屋の中をキョロキョロと見回している。

「なんか、珍しい物でもあるかな?」

「あ、いや。別に無いんだけど・・・その、キザキ選手って戻ってきてる?」

「真紘?いや、それがまだなんだよね。真紘に何か用でもあった?」

「え、いや、用っていう程の物じゃないんだけど・・・」

 フィデリオが少し動揺しながら、目を泳がせている。

 なんか、怪しい。

 狼は何故か挙動不審のフィデリオを見ながら、そう思った。隣にいるデトレスがそんなフィデリオを肘で押し、何か訴えているが、フィデリオは手を横に振っている。

「えーっと、多分真紘に用なんだよね?僕で良ければ話聞いとくよ。きっと、まだ、真紘帰ってこないと思うし」

 むしろ、今日部屋に戻って来るかな?それすらも危うい。

 それにしても、フィデリオたちの用とはいったい何なのだろう?これと言って特に接点が無いようにも思える。

 もしや、敵情視察とか・・・?

 その予想を頭の中で考え、十分にあり得ると思った。

 なんせ、アメリカ戦で戦っていないのは真紘だけだ。なら、真紘がいったいどんな選手なのか知りたいのは、当然にも思える。

 でもな・・・、こんな単刀直入に調べに来るかな?いくら情報操作士を頼れないからと言って、こんな直に来るなんて滅多にないだろう。

 目の前にいるフィデリオとデトレスは狼に背を向けながら、何かをドイツ語で話合っている様子だ。

 怪しい。自分が分からない言語なだけに尚の事怪しい。

 狼は少しだけ身構えながら、二人が話し終るのを待つ。

 そして待つ事数分。

 デトレスが勢いよく、狼の方に向き直ってきた。

「よし、フィデリオ、おまえが訊けないなら俺が訊いてやる。その、正直に訊くけど、キザキって、セツナと仲良いのか?」

「へ?」

 予想外の質問に狼は鳩が豆を喰らったような気分になった。

「やっぱり、仲良いのかな?」

 唖然としている狼に、フィデリオが意を決した顔で、再度訊き返してきた。

「あ、うん。仲は良いんじゃないかな。相性は良いって」

 稽古場での討ち合いを想像しながら、狼がそう答えると、何故かフィデリオの顔が真っ青になった。

 それに加え、デトレスがフィデリオの肩を叩いている。

「相性って・・・・そんな仲になってたなんて・・・」

「クソッ。不覚だったな」

 この二人、何言ってるんだ?

 二人の会話の意図が分からず、狼は首を傾げた。

 すると、そこに再び扉を叩く音が聞こえた。


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