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少女たちの想い

 イギリスの勝利に沸き立つ会場から離れ、結納は公家様に容易された個室に入った。そこにある鏡に映った顔は、とても沈んでいる。

 自分があんなことをしてしまったばかりに・・・・。

 日本の試合の時、後ろに下がれと命じられた真紘を見て、結納は心が引き千切られる思いがした。きっと、真紘に動揺を与えてしまったのは自分だ。

 真紘が挨拶しに来た時、彼は心底驚いた顔をしていた。まるで死んで会えなくなった人間と会ってしまったかのような顔つきで。

 だがそんな顔をしてしまうのも無理はない。

 真紘の中で、自分と会う事はもうないと思っていたのだから。

 結納自身もそう思っていた。

 もう会う事は出来ないのだと思っていた。

 だからこそ、会ってしまった時に抑えが効かなくなってしまったのだ。会えた嬉しさに気持ちが舞い上がった。

 あの時の自分を軽率で愚行だったと、思い返したところでもう遅い。

 どれだけ自分を責めたところで、それは無意味だ。

「うぅ」

 自分の愚かさに涙が出てくる。泣く資格なんてないことは分かっているが、止められずにはいられない。

 自分はただ会いたかった。ただそれだけだ。でも、それは真紘を動揺させ困らせた。また嫌われるような事をしてしまった。

 昔から自分は彼の足手まといだ。それに加え、今では手枷にもなっている。彼の自由を殺している。

 真紘は輝崎の当主として、会いたくもない自分に従わなくてはならないのだから。

「こんなところで独り、何をしている?」

 結納ははっとして、涙を拭き、毅然とした表情で声の主の方を向いた。

「何用でしょう?九条様」

 扉の前には、気怠そうな雰囲気を出しながら立っている綾芽がいた。

「用なら一つあるが・・・その前に訊こう、何故貴様がここに来た?」

「それは父の御意思です」

「ふん。気に入らんな。貴様の所為で輝崎の奴が使い者にならなくなってしまったではないか」

「それは・・・」

 結納は俯いて言葉を詰まらせた。

 それでも綾芽は話を続ける。

「貴様が来れば、あれがどうなるかは、想像がつくであろう?」

「・・・・」

「まぁ、良い。それよりも要件だが、これは宥一の奴に言っておけ。国防省の奴が何やら不穏な動きをしているらしいぞ」

「それはいったい・・・」

「さぁな。でもまぁ、行方の方がそこは内々に調べるだろうが」

「・・・分かりました。それは父の方に話を通しておきます」

 結納がそう返事をすると、綾芽は「そうか」と言って去って行った。

 再び一人になった結納は、短い溜息を吐いた。

 嫌な予感がする。

 その予感が当たるのか、当たらないのか、それすらも分からない。だが、その予感があったてしまえば、大変な事になるというのは分かる。

 国防省での不穏な動き。

 それがどのような物かも分からないが、見過ごすわけにはいかないだろう。唯でさえ、公家と国防省の間には、見えない確執があるのは知っている。

「私はどうすれば・・・」

 そう呟いて、結納は唇を噛み締めた。

 自分に出来ることなんて、たかが知れている。その事実に胸が痛んだ。

「私は何の為にここにいるのでしょう?」

 自分自身に自分の存在価値を問う。

 そして、答えが分からないまま、そのままその場で泣き崩れた。




「やっぱり、彼も駄目駄目ですね。私と同じで・・・」

 会場の隅で、壁に寄り掛かりながら雪乃は一人でそう呟いた。とても嬉しそうな顔で。

 そんな雪乃の視線の先には、独りで立ち尽くしている真紘の姿があった。

 真紘は眉を潜めながら、顔を歪ませている。

 雪乃にとって、その顔はとても滑稽すぎて逆に愛執が湧いてくる。

「ふふふ。あんな子に会ったくらいで、あんな様子じゃ、駄目駄目です。そう、所詮輝崎の家も駄目駄目なんです」

 雪乃は遠くにいる真紘を指でなぞりながら、うっとりとした声音でそう言った。

 会いたかった。会ってみたかった。

 あの日を境にずっと、自分が望んでいた願望。そしてその願望が今叶い、目の前にいる真紘には愛憎の念が湧いている。

 その事実が可笑しくて仕方ない。

「でも、私はもっと彼を知らないと・・・・いいえ。知る必要なんてありませんね。彼は私と同じなんですから」

 そう彼も自分と同じで駄作なのだ。

 なら他の事を知る必要なんて無い。

 雪乃にとって、必要なのは駄目な人間か、駄目な人間ではないのか。それだけが雪乃の中にある評価基準だ。

 そして彼女は真紘のことを『駄目な人間』として評価した。だからこそ、嬉しくなった。

 輝崎という名門からの、駄作。

 そう考えて、雪乃の気分は一気に昂揚した。

 自然と息が荒くなった。

 壁に身体を這わせ、熱くなってきた身体を捩る。

 そして真紘と重ねた唇に手を当て、気分は絶頂を迎えた。




「はぁー、結局何も分からず仕舞いか」

「いきなり、来てって言われたから何事かと思った」

「本当。しかも行った場所が会長のところなんて・・・何の罰ゲームかと思ったわよ」

 マルガとアレクシアからの不平不満の声を浴び、セツナはがっくりと肩を落とした。

「ごめん」

「別に良いけど・・・セツナ、一つ訊いても良い?」

「何?」

 セツナが顔を上げて、真剣な表情を浮かべているアクレシアの方を見た。

「どうして、そんなにマヒロがメンバーから外された事を知りたがってるの?」

「それは、気になるでしょ。だって、マヒロが出ないなんておかしいもの。アクレシアたちだって、マヒロが強いことは知ってるでしょ?」

「それは知ってるけど。でも、彼をメンバーから外すって大将である会長が決めたんだから、それを受け入れるしかないんじゃないの?」

 アクレシアの言っている事は、正しい。

 だが、セツナはその言葉にむっとした。

 友人がいきなりメンバーから外されて納得がいかないと言うのは、可笑しな事だろうか?怒ってはいけない事だろうか?

 そう思いながら、セツナが沈黙しているとマルガが口を開いた。

「セツナがマヒロを尊敬してるのは、分かるけど・・・それにしたって過敏に反応しすぎ」

「過敏って、ちっとも過敏なんかじゃない。だって、このままだとマヒロは一試合も出れないかもしれないのよ?そんなのあんまりよ」

「そうだけど。でも、マヒロが出てなくたって、他の人も頑張ってるんだから」

「そうよ、セツナ。さっきのロウとか見てなかったの?」

「それは・・・」

「見てなかったんでしょう?」

 マルガの言葉にセツナが俯く。

「やっぱり」

「まったく。それって頑張ってる人に失礼じゃない?」

「分かってるけど・・・」

 あの時は、まったく試合に集中していなかった。視界的には試合を観戦していたが、それはダイジェストのように流れ去り、頭の中に残っていない。

 その事実にセツナはアクレシアとマルガに言われ、ようやく気づいた。その為、胸には罪悪感のような気持ちが喉元まで登ってくる。

 友人が頑張っている姿を応援せずに、別の事をばかりに気を取られていた。

 でも、それでも・・・・

 こんな申し訳なさを感じている今でも、片隅では真紘がメンバーから外された悔しさが残っている。

 もし真紘があの試合に出ていたら、どんな試合を見せていただろう。自分にどんな衝撃を与えたのだろうと。

「それに、あたし的にはマヒロがメンバーから外されて良かったと思うけどね」

 信じられないマルガの言葉に、黙考していた意識をマルガに向けた。

「馬鹿な事言わないでって、思ってる?」

「当たり前でしょう」

 セツナが険しい顔をしながら答えると、マルガも少し苛ついた様な表情をした。

「だってそうでしょう?もし、マヒロが試合に出てこのまま勝ち進んだら、いつかはフィデリオたちとも戦うんだよ?そしたら、セツナはどっちを応援するの?」

「そんなの今の話に関係ない。だってそうしたら、ロウにだって同じこと言えるもの」

「言えないね。だって、セツナにとってロウは本当に友達だけど、マヒロは友達じゃないもの」

「なっ、違うわ。友達よ」

「今のセツナを友達の為に怒ってますには、見えないけど」

「じゃあ、どういう風に見えるっていうの?」

「はっきり言わせてもらうけど、セツナはマヒロの事好きなんでしょう?」

 セツナは一瞬、何を言われているのか分からず、唖然としてしまった。

 自分が真紘を好き?

 嘘だ。だって自分はフィデリオの事が好きなはずだ。そのはずだ。

「その顔は気づいてなかったって顔だね」

「まぁ、セツナだからね~。無理もないわよ」

「でも、ようやく気付いたんじゃない?」

「そうね。だってセツナの顔・・・」

「え?」

 マルガとアクレシアがセツナの顔を覗き込みながら口を揃えて言ってきた。

「「顔真っ赤」」

 自分でも顔が熱くなっていることは分かっていたが、まさか赤くなっているとは思わなかった。そのため、その事が更なる羞恥心をお越し、セツナの顔を赤らませた。

 もう自分の中にある気持ちに目を背けることが出来なくなったと、セツナは思った。



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