魔の手
「結局、口を割ってもらえなかったね」
席に座りながら、狼が脱力していた。
見た目から口が堅そうというのは、薄々感じとってはいたが、まさかここまで頑なだとは思ってもいなかった。
「左京の方は、絶対に口割らなそうだから、狙うとしたら誠だな」
低い声でそう呟いたのは、狼の隣に座って足を組んでいる季凛だ。
狙いって・・・。
言い方はあれだが、確かに左京と誠を比べたら、比較的話してくれそうなのは誠だろう。口は開かなかったものの、表情は左京程、硬くなかった。
「やっぱり、気に入らないわね」
季凛の横にいる希沙樹が、渋い顔をしながらそう言った。
「あの二人?」
そう聞き返したのは鳩子だ。
「ええ。昔から真紘の横にいたから、私にとって邪魔で仕方なかったわね」
「なるほど。でも昔からいるんだったら、メイっちもじゃない?」
「ああ、名莉は別にいいのよ。真紘にそういう下心を持っていないって、分かるもの」
「でも、あの二人だって、そういう気持ち持ってないだろう?」
ため息混じりに答えた希沙樹に、狼が口を挟むと希沙樹からジト目で睨まれた。
「黒樹くん、あなたちゃんと目玉ついている?あの女たちは、いつ下心を表すか分からないじゃない。特に誠!!」
「あー、わかる。左京さんは精神的乳は出してないけど、誠さんの方は出すの上手そうだよね」
鳩子が腕を組みながら、頷いた。
精神的乳って。
狼はまたも微妙な言い回しに、微妙に呆れた。
「あはっ。誠のやつ、男のナイトコンプレックスを掻きたてるの上手そうだもんね」
「そうそう。だからあんなのに、懐刀をやられてるのが苦痛で仕方ないわ。真紘に群がる雑魚は多いけれど、あの二人は古株でもあるからね。駆除が難しいわ」
「でも、昔から良い人」
誠と左京のフォローに入ったのは、名莉だ。
「名莉・・・、貴方はまだあの女たちの恐ろしさを知らないわ。あの二人は、『私、恋愛なんて興味ありません』って顔で男に近づくの。ほら、よく言うでしょ?悪魔は最初人のフリして船に乗り込むって。・・・だから、一緒に稽古をやっている黒樹くんにもいつ魔の手が伸びてくるか・・・・」
「それはダメ」
何故か、名莉が希沙樹の言葉を強く否定して、首を横に振っている。
「なに言ってるんだよ?そんな五月女さんたちが言う魔の手なんて伸びるわけないだろ」
「あらそう。そうね、黒樹くんは真紘と比べると魅力が半減するものね」
にっこりと笑みを浮かべながら、希沙樹が失礼なことを言ってきた。
「そんなことないよ!オオちゃんは優しくて、すっごい頼りになるよ」
「小世美・・・」
狼は小世美の優しいフォローにジーンと感動していると、後ろに座っていた鳩子から頭を殴られた。
「なんで僕、殴られたんだよ?」
「シスコンの兄には、制裁を」
「別にシスコンじゃないし、てか、僕そんなことで殴られたのか?」
狼が鳩子を見ながら、口を尖らせる。だが鳩子はそっぽを向いて、謝罪する気がさらさらない。しかもそんな鳩子の両側に座っている名莉と根津からは、冷たい視線が送られてきた。
僕が何したっていうんだよ?
理不尽に思いながら少し考えてみても、思い当る節がない。
腕を組みながら考えている狼に、季凛から一言。
「あはっ。度の過ぎたシスコンは口を揃えて、そう言うよね」
「微妙に責められてる気がするんだけど、僕の気のせい?」
「あはっ。気のせい、気のせい。あははは」
笑って誤魔化された。
少し狼が肩を落としていると、そこに足音が近づいて来た。
「駄目だ、真紘の奴どこにもいないぞ」
近づいて来た足音の主は、眉を潜めている正義とその後ろに陽向と棗がいた。
「そう・・・。どこに行ったのかしら?棗は調べられないの?」
正義の後ろにいる棗に希沙樹が訊ねると、棗は溜息を吐きながら肩を上下させた。
「BRVが使えれば、簡単に調べられてるよ。でも、この大会中って、代表選手以外はBRVの使用を禁止されてるだろ?」
「それはそうだけど・・・。BRVなしでもある程度は調べられるでしょ?」
「まぁ、できるはできるけど、こんな世界各国から人がわんさかいる場所で、信憑性の薄い、荒い情報を辿っても、時間の無駄だろ?」
棗の言葉に、希沙樹が唸る。
WVAを行う際、注意事項として言われたのが『代表選手以外の生徒及び、BRV所持者のBRV使用を一切禁じる』という事だった。
そのことについて周に訊ねたところ、日本の防衛省を含む内閣がこの大会を開催するにあたって、そう決定したらしい。政治についてのことは詳しくは分からないが、正しい判断だと思う。会場内で下手な喧嘩が起こったりなどしたら、当然ゲッシュ因子を使えるのだから、BRVも登場するだろう。そうともなれば、怪我人続出というもの考えられる。
人は十人十色だ。しかも違う国から来ているのだから、考えは本当に様々だろう。その中で変な事件が起きても大変だ。
それを踏まえての処置なのだろう。
「本当に、真紘のやつどこ行っちゃってるんだろうな?」
「まぁ、輝崎の事だ。下手な事は起こさないだろう」
確かに陽向の言うことも一理あるが、そんなに安易に考えて良いものだろうか?真紘がいつもの状態だったら絶対に大丈夫と言いきれるが。今の真紘は普段の真紘と違う。
これは狼が勝手に感じたことだが、最後に見た真紘はまったくと言って良いほど、余裕がなく、殺気立っていたような気がする。
試合の時も真っ先に相手の懐に入り込んで行ったくらいだ。
それが分かっているからこそ、希沙樹の表情は曇ったままだ。
「でも、さすがに夜はホテルに帰って来るだろ?確か、黒樹は真紘と同じ部屋だよな?」
正義がそう言って、狼の方に向いてきた。
「うん。そうだね。もし、真紘が夜になっても戻ってこなかったら、みんなに連絡するよ」
「おう。もし俺も真紘を見かけたら、連絡する」
「わかった。みんなもそれでいい?」
狼がその場に居る全員に意思確認をすると、みんなこくんと頷いた。
ワアアアアアアアアァァァァァァァァァ。
狼たちが話合っていると、周りから歓声が沸き起こった。狼たちがその歓声に驚いて周りを見ると、どうやらグラウンドで初日最後となる試合、ロシア対イギリス戦が行われようとしていた。
グラウンドに通じるゲートからは、両国の代表選手が入場してきた。




