大ばか者
「すごいな・・・」
観客席でアメリカと日本の試合を見ていたフィデリオがそう呟いた。
日本を見くびっていたわけではないが、まさか前回二位のアメリカが二回戦目で敗退するとは思っていなかった。
だがこれで、まったく情報が掴めていなかった日本の情報が少し入手できた。きっと、どの国も似たような事を考えているだろう。
アストライヤー関連で日本が他国と関わったということを聞いたことがない。つまりどこの国も日本がどのようなBRVを持ち、どのような選手で、どのような戦い方をするのかが分からないのだ。
だが、今回の試合で少しは見えてきた。
選手のレベルは高い。
だからこそ、いつ自分たちと当たってもおかしくない。
「どうして・・・?」
考え込んでいたフィデリオの隣で、そう呟いたのは一緒に試合を見ていたセツナだ。
セツナが呟やいた言葉の意図が分からず、フィデリオはセツナの顔を覗き込んだ。
セツナの表情は試合に勝った友人に祝福を送るような顔ではなく、眉を潜めた表情をしている。
普段のセツナなら席を立って、飛び跳ねながら喜んでいるだろう。だが、今のセツナにそんな素振りはまったくない。
どこか茫然としているようにも見える。
「セツナ?」
心配になりセツナの顔を覗き込む。
するとセツナは、膝で造った握り拳を強く握り直して
「だっておかしいもの。マヒロがあの場にいないなんて・・・私、納得いかない」
そう言ったセツナは、とても悔しそうな顔を作っている。
だが、そんなセツナにどんな声を掛ければいいのか、フィデリオは困った。
フィデリオは真紘をよく知らない。
真紘との認識は、開会宣言時のデモンストレーションの時のみだ。
確かに真紘と少しだけとはいえ、剣戟戦を行ったが、正直な感想は驚いた。真紘の動きにはまったくと言っていいほど、無駄も隙もなく、それに加え切り返しもすごく速かった。
純粋に剣戟戦を行えば、負けるかもしれない。そう思った。
自分だってドイツの代表として、簡単にやられるつもりはない。だがそれでも、一瞬、負けるという事を考えてしまったのだ。
そこに悔しさはやはりある。
でもそんな自分の悔しさと比肩するほど、気がかりなのは・・・
セツナの表情だ。
隣で苦い顔をしているセツナは、今まで見たことがない。確かにドイツにいた頃も模擬試合や、訓練で上手くいかなかったときは、悔しそうな顔だったり、悲しい顔などはしていたが、このときに浮かべている表情は見たことがない。
だからこそ、気持ちが落ち着かない。
もしかして、セツナは・・・・
嫌な想像が頭の中を一瞬、過ぎる。
なんとかしないといけない気がする。
少しでも今の距離から近づけるように、行動するべきだ。ということは重々わかっているつもりだ。
それなのに、一歩が出ないというは、やはり自分が臆病者なのだろうか?
よくデトレスにも、『誰かにセツナを奪われる前に、行動しろ』と耳が痛くなるほど言われた。自分でもそうすべきだとは、もう何度も思った。
こうやって離れて、セツナの変化を見てしまったのなら、尚の事だ。
そうだ。今動かないでいつ動くんだ!俺は!
「セツナ!あのさっ!」
「フィデリオ!!」
意を決して、セツナに話しかけたのだが、先に声を上げたのはセツナだった。
セツナはさっきの曇ったのではなく、何かを決意し、意気込んでいるような顔をしている。
「え、何?」
セツナの気迫に押されて、フィデリオは少し後ずさりながらセツナに訊ね返した。
「私、やっぱり納得いかない!だから、会長に直談判してくる」
そう宣言したと思ったら、セツナはすぐに立ち上がり直談判をしに行ってしまった。
「はぁ・・・」
フィデリオは溜息を吐きながら、自分の情けなさと無念さで、そのままベンチに横たわった。
俺の大馬鹿野郎。
「疲れたー」
狼がそう言いながらデンメンバーや小世美がいるアリーナ席に戻ってくると、そこにはじっと黙ったまま座っている名莉、鳩子、根津、小世美の横で、何故か不敵な笑みを浮かべた季凛と希沙樹が座りながら、顔を狼の方に向いてきた。
なんだろう、この空気・・・
狼は何故か嫌な寒気に襲われながら、みんなの元に近寄ると
「あら、お疲れ様。黒樹くん。待ってたのよ」
えっ・・・・!?
狼は絶対に自分に向けてこないだろう笑顔を向けてくる希沙樹に、身構える。
すると希沙樹のように、ニコニコと笑顔を作っている季凛が口を開いた。
「あは。実は季凛もすごく狼くんの事、待ってたぁー。もう、遅いぞ☆」
え、ええーー!?
さらに、狼は困惑した
しかも、そんな妙なテンションの割に、名莉たちのテンションは低い。
これ絶対、ダメな奴だ。うん、絶対ダメな奴!
狼は試合の時に掻いた汗とは、異なる種類の冷や汗を掻きながら、さらに身構える。
そんな狼を笑顔の二人は・・・
「あら、どうしてさっきからそこに立っているの?試合してきたんだし、座ったら?」
「そうそう。あは。丁度季凛たちの隣空いているから。ねっ!」
そう言って進めて来たのは、何故か不自然に空いている、希沙樹と季凛の間の席。
うわっ、わざとらしい・・・。
罠だと分かっていても座らなければいけないプレッシャー。
そんなプレッシャーを受け、狼は仕方なく、怪しく微笑む二人の間に腰を下ろした。
「うふっ」
「あはっ」
「はは」
狼は二人の間に座りながら、ぎこちない笑みを交わし合う。
「さてと・・・そろそろ・・・」
希沙樹が口火を開く。そして・・・
「「本題に入りますか」」
季凛と声まで合わせて、狼の胃を重くさせた。




