平和交渉
テレサの呟きと共に、弾丸の速度が一気に加速する。銃器から離れた弾丸が空中で加速することなんて有り得ない。だからこそ、狼はその銃弾を完全に回避することが出来ず、身体に銃弾が撃ち込まれる。
撃ち込まれた傷痕が熱を持って、熱い。
狼がすぐさま因子をそこへと集中させ、止血をする。
そのとき観客からさらなる歓声が沸き立つ。
狼がそちらに向けると、砂嵐の治まった会場内でビリーが再び宙に浮かびながら、何かを見つめている。ビリーの見つめる先には、黒い影のような物が不気味に蠢いていた。
その黒い影の中から先ほど吹き飛ばされたように見えた柾三郎が無傷のまま、現れると、さらに歓声の声が大きくなり、ビリーは宙に浮いたまま、敵を待ち構える昔のヒーローのように仁王立ちしている。
「私はここに居るぞ、さぁ、掛かって来い」
こんなキメ台詞のような言葉も吐いて、この場のムードを楽しんでいるようだ。
そんなビリーに負けず劣らず、黒い影から現れた柾三郎も、クナイを構えながら
「偽物のヒーローが、本物の忍者に勝とうなど、百年早い」
そんな事を言っている。
何がしたいんだ、この人たち・・・。狼は内心で呆れた。
だがそんな二人でも一度、ぶつかり合えば口を開くこともなく、攻防戦が始まる。
柾三郎が黒い影を操り、宙に浮くビリーを追い詰めて行く。
ビリーはもの凄いスピードを出しながら、その黒い影から逃げていくが、柾三郎はそんなビリーを弄ぶように、黒い影を自由自在に操作する。
暗雲忍術 鋒刃増
黒い影が鋭い針や刃などに形が変わり、ビリーに向かって飛んでいく。
ビリーはそんな自分に向かってくる攻撃を真正面にすると、両手を前に伸ばし、雄叫びを上げる。
「はぁあああああああああああああああ」
ビリーの雄叫びが会場内の空気を揺らす。
雄叫びを上げたビリーの身体ラインがうっすらと光り、柾三郎が放った攻撃はピタッと宙に浮いたまま制止した。
そしてそのまま、ビリーが手を動かすと、静止していた柾三郎の攻撃は一気に柾三郎の方へと向きなおす。
「やっぱり、彼も摂取型だね」
そう呟いたのは、慶吾だ。
実際の慶吾は日本陣営の場所で、顔を上に向けビリーを見ている。
「そんな呑気なことを言っている場合じゃないですけど」
狼がそう苦言を漏らしながら止血も終え、テレサとの攻防戦を再開していた。
テレサは的確に際どいラインに弾を撃ち込んでくる。
「あはは。黒樹くんも大変だね。でも、けっこう相手の攻撃を見切ってるから、俺の手助けはいらないかな?」
必死にテレサの攻撃を躱しながら、反撃するチャンスを窺っている狼を余所に慶吾が冗談を言っている。
こんな時に冗談なんか言うなよ。と狼は言いたくなったが、慶吾の方にばかり意識を持っていくわけにもいかない。
「もう、あなたってけっこう粘るのね」
テレサが口を少し尖らせながら、狼に文句を言っている。
「そんなこと言われても・・・」
狼が眉を寄せながら、テレサに間合いを詰めた瞬間。
「オー、ノーーーーー!」
悲壮に満ちたビリーの声が会場に響く。
狼が驚いて再びビリーたちの方に向けると、何がどうなってそうなったのかは、わからないが、ビリーのトレードマークと言っても過言でない、マントが肩位の辺りで引き裂かれている。
しかも、その事が相当ショックだったのか、ビリーは頭を抱えて項垂れている。その所為か、アメリカ選手も周たちも手を止めて、ビリーに視線を注ぐ。
そんなに気落ちする事なのか?
狼も唖然としながら、ショックを隠しきれていないビリーを見ていると、そこにアメリカ選手が集まり、ビリーの肩を叩き慰めている。
「ビリー、元気出せよ。ちょっとニンジャ相手はきつかったな」
真面目な顔をしてライアンがそんな事を言っている。
どうやら柾三郎にマントを切られたらしい。
「マントを切られたぐらいで、士気が下がるなど・・・無骨の極みぞ」
そう叫びながら、綾芽は身体中に因子を巡らしライアンたちへと疾駆する。
「随分やる気だな。いいぜ。返り討ちにしてやるよ」
ライアンが再び光の刃を纏わせたBRVを復元し、真正面から綾芽とぶつかり合う。
二つのエネルギーが激しく衝突し、暴風が巻き起こる。
その二人に呼応するように、周と鞭型のBRVを持ったアダム・マッケンジーが同時にぶつかり合う。
「そんなに張り切るなよ。すぐにバテるぜ?」
「気遣いは有り難いが、もうそろそろ・・・平和交渉を始めようか」
周の傍らに砂が渦巻き、どんどんその量を増やしていく。
「あー、出たね。周の決め台詞。あれ出たときは絶対に勝つ自信がある時に言う奴だよ」
「そうなんですか?」
「うん、そう。あの言葉を言ったあと、彼が負けたことないね」
そしてその慶吾の言葉の通り、狼の目の前で劇的に場面が進展した。
アダムは手に持っていた鞭で地面を叩くと、そこの土が盛り上がり、虎の形を模り始めた。虎の形を模った土偶は、まるで本物の虎のように鋭い牙を剝きだし、激しい咆哮を上げている。
それを見た周が納得したように頷いた。
「なるほど。だからあなたの二つ名が『猛獣使いのアダム』というわけですね」
「そのとおり!!さぁ、始まるぜ俺と俺の猛獣たちによる楽しいショーが!!」
二度、三度アダムが地面を鞭で叩き、そこからライオン、チーターのような肉食獣が姿を露わし、周に向かって飛び掛かる。
周はそれに動揺することもなく、自身のBRVを復元する。周のBRVは砂時計の形をしたBRVだ。そして周がその砂時計を逆さに返すと、周に向かって来ていた土の猛獣が一気に砂となって崩れて行く。
「おいおい、これはなんのジョークだ?ミーシャ、情報を寄越せ!!」
狼狽しながらアダムがアメリカの情報操作士であるミーシャ・アレクトンに訴えている。
「残念だね。彼女もちょくちょく、周とかの、BRV内部の電子経路にアクセスして因子経路へのジャミングとかの仕掛けをしてきてるんだけど、先に俺が彼女のBRVの因子経路を全部切断しちゃったんだよねー」
焦った表情を見せるアダムを見ながら、狼の脳内に、慶吾の諧謔を含んだ声が聞こえてきた。
相手の情報操作士にそんな妨害を受けていた事にも驚きだが、その妨害者に先手をもう打っていた慶吾にも狼は驚きを感じた。
「楽しいショーを始めようとしていたみたいですが、時間もないので早めに決めさせて頂きます」
砂陣攻守技 流砂
アダムが生み出した猛獣たちが、周の操る砂の一部と化し、アダムに向かって襲い掛かった。既に情報網が潰され、混乱していたアダムは真正面から周の攻撃を受け、あっという間に戦闘不能の判定が審判チームから下された。




