表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/493

友人

昼のチャイムを耳にしながら、狼は居た堪れない空気に耐えていた。

 それもそのはずだ。あんなド派手なことを起こした張本人が学校に来ているのだ。クラス中の生徒から、いや、学校中の生徒から見られたり、ひそひそ話をされるのは当然ともいえる。

 そうなることは狼自身わかっていた事なのだが、さすがに全校生徒からされれば、さすがにこたえる。

「人気者は大変だね~」

 悪戯っぽく笑いながら鳩子が近づいて来た。

「まったく笑い事じゃないんだけど・・・」

 机に顔を伏せて、鳩子の言葉を流す。

「まっ、別に気にすることないんじゃない?言いたい奴らに言わせておけば。そうすれば少しずつ収まるでしょ」

 あっけらかんと言い放つ鳩子を見て、狼は苦笑を漏らした。

「確かにね」

 狼が頷くと鳩子も満足そうな表情を浮かべた。

「ちょと、いつまでも席に座ってないで、さっさと行くわよ?お昼も食べないといけないんだし」

「ああ、そうだね」

 教室のドア越しに、手にお弁当を持っている根津が時計を見ながら立っている。その後ろには同様にお弁当を持った名莉もいる。

 今日のお昼の時間に、少しだけBRVの練習を付き合ってもらう約束を根津と交わしていた。狼は席から立ち上がり、根津の方に駆け寄る。

「ごめん」

「まったく。・・・鳩子もミイラ取りがミイラになってどうすんのよ」

「あはは。ごめん~」

「あんたねぇ・・・」

 鳩子軽い謝罪をすると、根津は呆れたようにため息を吐いた。

 中庭を通り、部室棟の横にある部室小屋まで向かう。その間にも生徒たちの視線が狼に集まっていたが、狼は気にしないことにした。

 部室棟の建物が見えてきた辺りで、横から声がかかった。

「あれ?黒樹じゃん。怪我して入院したって聞いてたけど、もう退院してたのか?」

 両手に購買に売っているパンを持ちながら、久保が笑みを浮かべている。

 久保が浮かべる友好的な笑みに、狼はほっとした。

「ええ、まぁ。怪我って言っても大したことなくて」

「へぇー。でもよかったじゃん。それにしても黒樹、おまえってスゲー強い奴だったんだな!」

 目を爛々と輝かせながら、嬉々とした声を上げている。

「全然すごくないですよ。強くもないし。あんなの強さでもなんでもないですよ。・・・というか、なんで久保先輩はそんなに嬉しそうなんですか?」

 狼が首を傾げると、久保の顔が一気に破顔した。

「そんなの当ったり前だろ!俺も含めた二軍から、一軍の奴らでも使えないような攻撃をババーンって使ってさ、トゥレイターの奴らを退けたんだぜ?すごくないわけないだろ。おかげで一軍の奴らも面喰らってんじゃないの?」

 そう言いながら久保は心底嬉しそうに笑っている。

「だから、俺たち二軍の生徒の中には、おまえを応援してる奴らもいるんだよ。もちろん、俺もその内の一人」

「はぁ・・・」

「よしっ、黒樹。この調子でどんどん活躍して、天狗になってる一軍の鼻をへし折ろうぜ!」

 狼は久保に背中を叩かれながら、自分が知らない内に変な期待をされていることに重圧を感じた。だが、それと同時に自分のできる限りを尽くして期待に応えたいとも感じた。

「できる限り頑張ってみます」

「よっしゃ、その意気で頼むな。これはほんのお裾分け」

 そう言って久保は持っていたパンの一つを狼の手にのせた。そして上機嫌で去っていく久保を狼は手を振って見送る。

「あーあ、あんなに期待させちゃって良いの~?」

 横から鳩子が首を出してきた。

「そうよ。アンタこれから練習を始める癖に」

 困ったような表情を浮かべて、反対側からは根津が首を出してきた。

「いいんだよ。まだやってみなくちゃ結果なんてわかんないんだからさ」

 狼が答えると、根津と鳩子が二人で顔を見合わせた。

「少しはポジティブになったみたいね」

「まぁね」

 根津の言葉に答えて狼はにっこりと笑みを作った。

 すると根津は、目を見開いて顔を紅潮させている。そしてすぐさま前に向き直ってしまった。そんな根津を鳩子が目を細めて見ている。

 どうしたんだろう?

 狼は根津と鳩子が取る態度の意味がわからず、首を傾げるしかない。

 狼が首を傾げていると、後ろから裾を引っ張られた。その感覚に狼は堪らなく嬉しさを感じた。もちろん、裾を引っ張ったのは名莉だ。

「どうかした?」

 振り返って尋ねると、名莉はすぐ手を離してしまった。

「ううん、なんでもない」

 裾から手を離した名莉が一瞬、何かに戸惑っているような表情を見せた気がした。そのため、狼は自分がまた何かしてしまったのではないかと、心配になる。

「本当に?もしなんかあったら・・・」

「大丈夫!狼はなにもしてないから」

「・・・そっか」

 ここまで名莉が否定するのだから、自分の思い過ごしなのだろうと狼は思った。

 ただ名莉が一瞬見せた表情がすごく気になったのは確かだ。だがしかし、これ以上詮索するのをやめることにした。

 これ以上聞いたら、名莉を困らせてしまうような気がするからだ。

 一軍が使用する部室棟の前に行くと、部室の前に五月女希沙樹が立っていた。

「希沙樹・・・」

 ぼそりと名莉が呟く。希沙樹は黙ったまま名莉を一睨みして、狼へと向き直る。

「その様子だと、あの時よりはまともになったようね・・・なら今度こそ決着をつけましょ」

 希沙樹は、すぐさま自分のBRVを展開して、矛先を狼に向ける。

「駄目。どうして希沙樹が狼と戦うの?」

 狼狽えながら、名莉が狼と希沙樹の間に割り込む。

「邪魔よ。退きなさい」

 言葉自体は丁寧だが、その口調はとても辛辣だった。

「・・・それは、できない」

 希沙樹を睨み返しながら、名莉が答える。

「そうですか、なら先に貴方から片付けてしまいましょう」

 希沙樹は狼に向けていた矛先を名莉に変える。

「私が狼を守る」

「セット・アップ」

 そう唱えて、展開されたのは名莉の二双拳銃ではなく、イザナギだった。

「五月女さんが戦いたいのは、メイじゃなくて僕だろ」

「ちょっと、狼っ!」

 後ろにいた根津が狼を止めようと、声を上げる。隣に立っている名莉や鳩子も不安そうに顔を曇らせている。

 そんな三人を見て狼は、言葉をかけずに微笑んだ。

 そして希沙樹と向き合う。

 自分が敵うとは、毛頭考えていない。だが逃げるということも考えていない。それなら自分ができる範囲で頑張るしか、今の狼にはできない。

 希沙樹は真剣な眼差しで狼を射抜いている。空気に緊張感が走る。

「ではー・・・」

 希沙樹が掛け声のように口を開いた瞬間、光弾が放出され地面に穴を開け、破裂した。

 その破裂した衝撃で砂塵が舞う。

 狼はイザナギで砂塵を振り払い希沙樹を見ると、前に立っている希沙樹は上の方を見て、睨んでいた。

「なんか、楽しそうなこと始めてんじゃん」

 声がした方に顔を上げると、見知らぬ男が砲をこちらに向け、部室棟の屋上に立っている。

 男は外見からして狼たちと同じか、少し上くらいに見える。切れ長の目が印象的な端整な顔立ちをしていた。

「この声・・・イレブンスと呼ばれていたトゥレイターの一人ね」

「だったら、なんだよ?」

「五月女家の名において、排除いたします」

 言葉を言いながら、希沙樹は敵に向け攻撃を開始していた。

 希沙樹が持つ突撃槍から冷気を帯びた白い霧が現れ、希沙樹の姿を覆ってしまった。

「小賢しいな。おまえにかまってる暇なんて、こっちにはねぇーよ」

 イレブンスは人が使うには大きすぎる砲を持ち、白い霧に向けて電磁砲を放つ。だがその放たれた砲撃は、何かが砕け散るような音と共に消失した。

 白い霧がイレブンスの攻撃によって霧散され、希沙樹の姿が露わになる。

 だが、霧ができる前とは少し様子が違っていた。

 そこには複数人となった希沙樹が立っていた。

「増えた?」

 声を上げたのは、根津だ。

 そこに補足説明をするように、鳩子が口を開いた。

「あれは氷槍奥義、千本桜。確か自身の残像を生み出し、相手を攪乱させる技。でもあの技は、相手を攪乱させることが目的じゃなくて・・・」

「貫きなさい。痛みなど、忘れさせるほどのスピードで」

 氷槍奥義、寒緋桜。

 冷気を放つ巨大な氷柱の槍が知らぬ内に、イレブンスの周りを包囲していた。

 そして、希沙樹の言葉と共にイレブンスに向かって氷柱が猛撃する。

 強烈な希沙樹の攻撃で辺りは、砂塵と共に白い霧がたち込め、イレブンスの姿が見えなくなってしまう。

「すごい・・・」

 目の前の出来事に、根津は驚嘆の声を上げていた。

 だが、次の瞬間。

 部室棟の壁に亀裂が走り、建物が歪に傾きながら半壊した。

 砂埃が舞う瓦礫の中から人影が浮かぶ。そしてそれと同時に希沙樹の体を無数の銃弾が貫通していた。

「まさか・・・」

 自分の身に起こったことを、処理しきれないまま希沙樹が地面に倒れ込んだ。まるでスローモーションでの映像を見ているのかと錯覚してしまう程、目の前で起きた光景が狼の脳裏に焼き付く。

「五月女さん!」

 狼は頭で考えるより先に、希沙樹の元に駆け寄っていた。

 抱きかかえた希沙樹は、呼吸が荒い。

 体には無数の弾痕があり、そこからは鮮血が流れ出している。妙に生暖かい血が狼の手にも伝う。その感覚に狼は痺れるような恐怖を覚えた。

「ちょっと見せて」

 そう言って、鳩子が希沙樹の容体を確認している。手際よく傷口の程度と脈を測ると、鳩子は狼の方に向き直った。

「今の段階では、命に別状はないけど・・・早く手当をした方がいいのは確実」

「そんなっ・・・」

 狼は痛みで顔を歪ませている希沙樹を見て、奥歯を噛みしめた。

「許さない」

 そう言ったのは名莉だ。

 名莉は狼と希沙樹の前に立ち、銃口をイレブンスがいる方向へと向けている。砂埃が霧散し、瓦礫の中にイレブンスが、含み笑いを浮かべて立っていた。

「おまえ、俺に銃撃戦で勝てるとでも思ってんのかよ?いい度胸してやがる。・・・ロック・オフ」

 イレブンスは手に持っていた散弾銃を、アサルトライフルに切り替える。

「なに二人だけで、楽しもうとしてるのよ?悪いけどあたしも参加させてもうわ。・・・いいわよね?」

 青龍偃月刀を構えながら根津が、名莉を見た。

 根津の視線に名莉は、黙ったまま頷く。

「めんどくせー」

 一言イレブンスは言葉を吐き棄て、根津と名莉に発砲する。

 根津と名莉は向かってくる銃弾を躱し、イレブンスへの攻撃を開始する。最初に根津が名莉よりも前に出て、近距離戦へと持ち込もうとする。だが、そんなことはイレブンスも分かっている。そのためイレブンスは後ろに後退しながら、幾度も銃撃音を響かせる。

 根津は目の前に来る銃弾を青龍偃月刀で防ぐ。そして、その間に名莉が後ろからイレブンスを銃撃する。容赦なく自分へと飛んでくる銃弾をイレブンスは自信の放つ銃弾で迎撃する。

 見事に真正面からぶつかり合う銃弾は、地面にこぼれ落ちる。

 だが、それを気にすることなく名莉は発砲を続ける。名莉が放つ銃弾はイレブンスの迎撃似合い瞬く間に地面に撃ち落とされる。

「ちょっと、なにやってるのよ?なにか違う策を考えないと。こんなのただ弾を消耗するだけよ!」

 繰り返される光景はまさに根津の言う通りだった。地面には二人の撃ちあった薬莢が無数に転がり落ちている。

 いくら撃ち合っていたとしても、これでは何の意味もない。

 名莉からの返事はなく、銃撃戦は続いている。

 なら・・・自分がこの消耗戦を終らせるまで。

 根津は手に持った青龍偃月刀にゲッシュ因子を流し込み、地面を強く蹴った。

 月刀技、神無月。

 根津の放った斬撃は目には見えない。その見えない斬撃がイレブンスへと放たれる。

 イレブンスは根津の攻撃に気づくと、横に跳び攻撃を躱す。もちろん、イレブンスには根津の放った攻撃は見えていない。けれど、イレブンスの昔からの戦闘経験が身体を無意識に動かしていた。イレブンスは根津の攻撃を躱し、地面に足を着けた瞬間。

「火炎爆技、爆砕」

 イレブンスの足元に散らばっていた銃弾が一気に破裂した。瞬く間に爆風が辺りに広がり、狼の所にまで吹き荒れる。希沙樹を庇いながらその風に耐える。

「くっ」

 あまりにも強い爆風に、思わず苦い声が漏れた。

 第一波の爆撃から爆発は、花火のように続いている。さすがのイレブンスもこの攻撃では、ただでは済まないだろうと狼は思った。

 そんな狼の考えを裏切るように、名莉は顔を顰めていた。

 さっきのイレブンスとの撃ち合いは、ただ銃弾の浪費をしていたわけではない。名莉は放った銃弾一つ、一つにゲッシュ因子を込め、技を発する準備をしていたのだ。

 そしてそれは、確実に敵を捕らえていたはずだ。それなのに敵を倒した気になれない。爆発はいくつもの銃弾が爆弾となり、誘爆し合っている。

 名莉は、注意深く相手の気配を探す。

 気配はすぐに見つかった。

 いや、見つかったと言うよりは、背後からやってきたという方が正しい。

「残念だったな」

 次の瞬間、真横から強烈なイレブンスの蹴りが名莉に直撃し、そのまま蹴り飛ばされた。

 イレブンスは蹴り飛ばした名莉の足元や肩などの数か所に追撃を加える。

「ううっ」

 撃ち抜かれた痛みに、名莉は身を丸め悶えてから、名莉が動かなくなる。

「メイっ!」

「はぁぁぁぁっ」

 狼の叫びと、根津の咆哮が重なる。

 左右対称となった二つの三日月型の斬撃が、イレブンスへと迫る。展開された斬撃は目の前にいる男を真っ二つに切り裂く鋏のように、斬撃が重なり合う。

 月刀技、三日月鋏。

 だがイレブンスは、そんな根津の攻撃を前にしてもまったく動じていない。逃げようともしていない。

 そんなイレブンスの泰然自若とした様子に根津は舌打ちをうつ。

 完全に舐められている。そう根津は思った。

「余裕こいてんじゃ・・・ないわよ!」

 自身を奮い立たせるように、根津は青龍偃月刀を構え、イレブンスへと突撃する。そして二人がぶつかり合った瞬間、稲妻のような発砲音が響く。

 発砲音は根津のすぐ真後ろから聞こえた。そして身体からは赤い液体が流れ、衣服を染める。

「なん・・・で・・・?」

 擦れた声を出しながら、根津の意識は途絶えた。



「こんなの嘘だろ?」

 目の前で友達二人が倒れたのを見て、狼は力なく呟いた。

「信じられないけど、事実みたい・・・」

 やや強張っている鳩子の声は、自体の大きさを象徴しているように、狼は感じた。

 あまりにも予想外な現実に、思考が追い付いてこない。

 希沙樹もやられた。名莉もやられた。それに続いて根津もやられた。

 だが、それだからといって動かないわけにはいかない。いけない。

 狼は抱えていた希沙樹を、鳩子に預け立ち上がる。

「次は、僕が相手だ」

 狼はイレブンスと向き合い、睨みつける。

「やっとお出ましかよ?おまえが早く出てこないから無駄弾を使っちまっただろうが」

 そんなイレブンスの軽口に、狼の中で激しい怒りが込み上がってくる。

 こんな奴に希沙樹や名莉、そして根津が倒されてしまったのだ。そして三人がこんな危険な目にあったのは、自分の所為だということにも、さらなる怒りを感じる。

 狼は怒りに身を任せてしまわないように、息を吐きだし冷静さを保つ。

 そうでもしないと、またこの前の時と同じになってしまう。そう狼は直感じていた。

「よし、いくぞっ」

 イザナギを復元し、イレブンスに向かって飛びかかる。

 イレブンスに向かって切りかかるが、イレブンスは銃を使うことなく易々と狼の攻撃を躱す。それでも狼はイレブンスに向かって行く。それがまったく無意味な行為だとしても。

 だがそんな狼をイレブンスは、今度は避けることなく、狼の顔面を蹴り飛ばす。

「隙だらけだっつーの。とんだ馬鹿だな」

 顔面を勢いよく蹴られた狼の視界は、ぐにゃぐにゃと歪んでいる。脳震盪を起こしている狼には、絶叫している鳩子の声が聞き取れない。

 口の中には血の味が広がった。

 狼は口の中に溜まった血を吐き棄て、口元を手で拭うと再びイレブンスに立ち向かう。

 しかし結果は同じだ。

 変わったといえば、蹴り飛ばされる方向。それか殴られるかの違いだろう。

 口の中が切れているせいか、生唾を呑みこむのにさえ痛みが走る。

 馴れないことをしているせいか、体力を消耗するのが早い。そして続けて受けたダメージで体もへとへとになっている。

 それでも狼は、あきらめたくはなかった。

 そんな襤褸雑巾のような狼をイレブンスは怪訝そうな表情で見ている。

「おい、いい加減にしろよ?この前の動きはどうした?」

 イレブンスの言葉に狼は黙るしかない。

 あの時の自分は自分であって自分ではない。だが、そんなことイレブンスが知るはずもない。イレブンスは苛立たしそうに舌打ちをしている。

 どうすればいい?

 狼は頭の中で考えていた。はっきり言って今の狼にイレブンスに勝つための方法なんて持ち合わせていなかった。

 身体能力だけでカバーできるような相手ではない。それはさっきので理解している。

 狼は絶望的な状況に怖気付きそうな自分にかぶりを振る。

「逃げちゃ駄目なんだ。僕がやらなきゃ」

「やっと本気か?・・・さっさと来いよ?似非ヒーロー」

 狼は静かに呼吸を整え、右手に持っているイザナギに集中する。集中すると血流ではない何かが、右手を伝ってイザナギに流れ込むのを、狼ははっきりと認識した。

 ゲッシュ因子がイザナギへと練り込まれると、青白い光が刀身を包む。

 狼はイザナギを構え、そして空を切る斬撃をイレブンスへと向け走らせる。

 イザナギから放たれる斬撃を銃身で跳ね返し、イレブンスは狼へと向け銃撃を開始する。花火のように鳴り続ける銃声に、狼は戸惑いながらも狼は斬撃を放ち銃弾から身を守る。

 斬撃とぶつかった銃弾は、空中でそれこそ花火のように飛散する。

「やった・・・」

 短い賞嘆を漏らす。

 だが状況はまったく変わらない。

 狼の目の前にはすでに対物ライフル用の銃弾、数弾が狼に向かって飛んできている。

 あんな映画でしか見たことないような弾を目の前にして、顔が引きつる。イザナギで切り落とすことなんて、今の狼にはできない。

 そのため、あと一歩というところで躱すことしかできない。

「うわっ、危なかった~。あんなの命中したら溜まったもんじゃないよ」

 そんなことを狼が呟いていると、いきなり狼が立っている場所に影ができた。

 え・・・?

 不思議に思いながら狼が上を向くと、薄笑いを浮かべたイレブンスが今度はガバメントを持って、狼の真上に跳躍していた。

「ちょっと、待った!!」

「待ったなしっ!」

 言葉と同時に二丁の銃が火を噴いた。真上から降ってくる雨のような銃弾が狼に容赦なく降り注ぐ。

 狼はイザナギを真上に構え、自分に飛来する弾を弾き返す。

 僅かながらの振動が手に伝わってくる。

 このままじゃ、駄目だ。・・・相手を攻撃しないと。

 頭では理解しているものの、身体がそれに伴わない。歯ぎしりをして、今もなお続く銃弾から身を守る。

 そして自分の身しか守れない自分が、物凄く情けなく思えてくる。これではデンのメンバーに女々しいと言われても仕方ない。

(なに、しけた顔してんの?)

 突如、耳に聞こえてきた声に狼は目を見張る。

 声の主は鳩子だ。

「え?え?・・・・何で鳩子の声が?」

(そりゃあ、あたしが狼の端末にアクセスしてるから。あたしは天才、情報操作士だからね)

「へぇ・・・通信機にもなるのか~」

 狼は感心してブレスレットを見る。

(今は感心してる場合じゃないでしょうが。・・・いい?よく聞いて。アイツの武器は色々な銃に形を変える変形型のBRVの可能性大ね。はっきり言って近距離型の狼が遠距離型のアイツに勝つのは無理。しかもアイツ、拳銃格闘も相当できるわね)

「じゃあ、どうすれば・・・」

 未だにイレブンスからの攻撃は続いている。しかも鳩子の説明によると体術もできるらしい。

 そんな戦闘のプロに自分は何ができるというのか?新たな情報が狼の気分をより一層重くさせる。こんな相手にどう勝てばいいのか。

 そんな狼の気持ちとは背反するかのように、鳩子の声は軽かった。

(そんなの簡単。・・・・ババーンでバーンよ)

 いや、意味がわからないんですけど――狼は鳩子の分かりづらい言葉に呆れてしまう。

(あー、つまりイザナギの遠距離投射砲を使えってこと。あれだったら、確実に相手を倒せると思うけど。・・・・まぁ、あんな規格外の投射砲だったら倒すっていうより、消滅の方が正しいかもね~)

「そんな危ない奴、却下ッ!」

(えー、この前みたいにぶちかましちゃえばいいのに~)

 駄々をこねている子供のような声を出す鳩子に、狼は肩を落とす。

 だがしかし、鳩子のおかげでさっきまでの消極的思考が払拭されたのは確かだ。

 きっと鳩子なりに狼を励ましてくれたのだろう。

 まだ、諦めるのは早いと。

「ありがとう・・・」

(鳩子ちゃんは、優しいからね)

 そんな鳩子の言葉に狼は苦笑を零す。そうしてから狼はイザナギにゲッシュ因子を流し込み、薙ぎ払うようにして、銃弾を一掃する。

 イレブンスは狼から少し離れた場所に立っていた。手にはガバメントを持っているが、その手は降ろされている。

 目の前に立っているイレブンスは狼を見ているようで、まったく別の者を見ているかのように狼は感じた。

 そしてそれを確信させるように、イレブンスの呟くような言葉。

「やっぱ・・・ヒーローなんてこんなもんか・・・」

 苦い顔をしたイレブンスが口にした言葉に狼は不意を突かれた。

 空間変奏、小糠雨。

 狼がいる辺りの空間が水面のように揺らぎ始め、そこから無数の凶弾が襲いかかる。

 なんとかいくつかの弾は避けたものの、全てを回避するのはできず、凶弾は狼の左肩や脇腹等に激痛を埋め込んでいく。

「くぅぅぅぅ」

 あまりの痛みに自然と呻き声が漏れる。負傷した部分が熱を帯び熱い。そしてその痛みは確実に狼の動きを鈍くする。

 この攻撃で希沙樹を、そして根津を仕留めた技だろう。

 本来なら、狙撃手の動きを見れば攻撃に対して身構えることが可能だ。だがこの技は突如として、現れる。

 そうイレブンスの能力は、ただの射撃能力だけではない。空間を歪ませ物質を移動させることもできるのだ。それはまさに空間移動能力。

 だがらこそ、銃弾が自身に向かってくるまで誰も気づかなかったのだ。

 瞬間移動能力なんてありえないだろ・・・。

 狼は自分を襲う痛みに、嫌な汗が滲む。本当なら地面に倒れ込んでしまいたい。だが、ここで自分が倒れ込んでしまうわけにはいかない。

(狼、このまま真っ向からぶつかって行っても勝てないわ。あたしが対処法を考える。だから、狼はできるだけ逃げて。何があっても隠れてるのよ)

 狼の返事を聞かずに、鳩子はすぐに通信を切ってしまった。きっと鳩子は鳩子なりにイレブンスに勝つための方法を考えているのだろう。

 だったら、自分は鳩子に言われた通り、時間稼ぎをすればいい。

 よしっ―――。

「うっおおおおおお」

 狼は咆哮を上げた。ありったけの声を喉の奥から掻き出した。

 別に相手を威嚇するためのものではない。

 こうでもしないとイザナギを振る事さえままならないからだ。

 狼は二、三発の斬撃を放ち、全速力で後ろへと後退する。イレブンスはすぐさま狼の攻撃を津撃墜し、他の攻撃も躱していく。その動きには、まったく無駄がない。

 狼は近くにある大きな瓦礫の裏に座り込む。そして授業で習った応急処置を施す。

 身体全身にゲッシュ因子を流し込み、傷口を止血する。これで出血多量で死ぬことはないだろう。だが、これは戦闘中の応急処置であって、怪我が治ったわけではない。

 あんまり、無茶は出来ないだろう。

「おい、隠れてないで出てこいよ!」

 何発かの銃弾が狼の横をかすめていく。

 固唾を呑んで狼は、じっと鳩子からの連絡を待つ。

 イレブンスは狼からの返事がないことにしびれをきたし、苛立った声を上げる。

「てめぇが出てこないんだったら、そっちにいる奴等から殺す」

 そう言って、イレブンスは砲口を鳩子と倒れている希沙樹の方に向ける。気絶している希沙樹と戦闘タイプではない鳩子では、イレブンスの攻撃になす術もない。

「なっ」

 狼は思わず立ち上がろうとすると、再び鳩子からの通信が入った。

(きついと思うけど、このまま一番遠い瓦礫の裏まで、移動すること。それから出来る限りアイツに見つからない様に隠れてて)

「え?どういうこと?」

(質問はあと。いいから、今はあたしの言う通りにして)

「・・・わかった」

 狼は鳩子に言われた通りに、一番遠い瓦礫裏まで移動を開始する。

「ったく、無駄な時間稼ぎとかやめろよな」

 狼の動きに合わせて、再び空間が歪む。

 やばい。

 恐怖と焦燥感で嫌な汗が溢れだす。だが、止まるわけには行かない。狼はできるだけ飛んでくる銃弾に気を配りながら、鳩子に言われた場所まで走る。

 その間にも銃弾は狼の横をかすめる。

 やっとの思いで一番遠い瓦礫の裏まで駆け込む。

 一応、移動は出来たけど・・・この後、僕はどうすれば・・・

 ずるっ。

 え・・・・・?

 狼は自分に何が起きたのか理解しないまま、後ろへ倒れ込み強く頭を強打する。

 狼が頭の痛みにのたうち回っていると、鳩子からの通信が入る。

(何一人でずっこけてるのよ?間抜けなんだから)

「そんなこと言われても・・・こんなところにビニールシートが落ちてるなんて思わないだろ」

(はいはい。・・・話を本題に戻すけど、ここまで移動してきて気づいたことない?)

「気づいたこと?」

(そう)

 そんなこと言われても・・・と呟きながら、狼は必死にさっきのことを思い返す。そして思い返して気づくことは、突如として現れる銃弾のこと。あれを何とかしなければイレブンスに勝つのは不可能だ。

 だがあんな攻撃をどう防げばいいのか、見当がつかない。

 唸っている狼に、鳩子が呆れたようにため息をついた。

(やっぱり、気づかなかったみたいね。一つ聞くけど、狼、アンタはいつ奴から攻撃される?)

 電話越しのような声で問いかけてきた、鳩子に狼は顔を上げる。

「えーっと、僕が相手に向かって行ったとき・・・かな?」

 歯切れの悪い声で答えると

(それで?)

 鳩子からの質問が続く。

 その質問に答えられず、狼は沈黙してしまう。

(まったく。さっき狼は自分が相手に向かって行ったときって言ったわよね?それって相手に見えてるときってことよ。つまり、アイツのあの攻撃は的を肉眼で捉えているときしか、通用しないってこと。げんに今、アンタ攻撃されてる?)

「・・・されてない」

 イレブンスの方を見ると、憮然としたまま動いていない。

 予想外な狼の弱さにやる気を削がれているようにも見える。そのため、少し釈然とはしないが、今はその事に助けられているのも事実だ。

(アイツの技のからくりも分かったことだし、普通の銃弾は頑張って避けなさいよね)

「わかった」

 鳩子からの通信を終え、狼は自分の足元に落ちているビニールシートに目をやる。

 ほんの一瞬でいい。ほんの一瞬でも相手の隙を作れれば攻撃のチャンスも生まれてくるだろう。そうと決まれば後は行動あるのみだ。

 狼はビニールシートを手に掴み、イレブンスの眼前へと飛び出すように突き進む。

 ゲッシュ因子によって、跳躍を限界にまで高め一気に詰め寄る。だが、その瞬間、イレブンスの手に持たれていたガバメントが声を掻き鳴らし、狼へと向かってくる。

 狼はイザナギを使い、銃弾を防ぐ。

 そしてあと一歩。

 イレブンスへと縮めようとした瞬間。

(狼、後ろッ)

 鳩子の声が響く。

 後ろから一発の銃弾が狼の頭をめがけて飛んできていた。

「しまった!」

 迂闊だった。

 イレブンスの元へと辿り着くことに必死で、イレブンスの放った伏兵弾に気づけなかった。

 銃弾はもう避けられない距離に飛んできていた。

 まずい。

 血が抜けるような感覚が脳天から足先まで伝わる。そのためか、身体の痛みと疲労感が一気に襲いかかる。

 もう、どうすることもできない。

 そう狼が諦めかけた瞬間、一発の銃声が轟音した。

 その銃弾は、イレブンスの放った伏兵弾を撃ち落とす。音がした方を見ると上半身だけ起こした名莉がBRVをこちらに向けている。

「メイ・・・」

 足を撃たれて動けないはずの名莉が、自分を助けるために頑張ってくれたのだ。そんな名莉に精一杯、自分も答えないといけない。

 名莉は必至に立ち上がろうとするが、負傷した体でゲッシュ因子を使ったために、すぐに地面へと倒れてしまった。

 狼はそんな名莉の姿を見て、折れかけた心を叱咤する。

「まだ動けたとはな・・・。根性だけは認めてやるよ。けど次で終わりだ」

 そう言って、イレブンスはガバメントを散弾銃に形態を変え、狼に向ける。

 狼は手に持っていたビニールシートを広げ、イレブンスの方に投げた。

 投げたビニールシートは、バサッと音を立ててイレブンスの頭上に覆いかぶさる。

 すぐさま狼は後ろへと後退し、イレブンスとの距離を作る。

「なっ」

 ビニールシートを頭から被ったイレブンスは、短い声を上げた。

 狼はその内に、イザナギにゲッシュ因子を収束させる。そして、イレブンスがビニールシートを退け、散弾銃をコンマ単位で狼へと向ける。

 だが、狼もすでに攻撃を放つ準備は整っていた、

 後は、どちらの攻撃が先に相手に届くか。

 そこが勝敗を決める。

 そして、二人が同時に攻撃を放とうとした、まさにその時だった。

「・イ・・・―ンス」

 遠くから聞えたため、上手く聞きとれなかったが、確かに人の声が聞えた。

 しかも、その声はだんだん大きく、鮮明に聞こえてくる。

 すると、イレブンスの方から短い呻き声が漏れた。

「・・・まじかよ」

「イレブーンス、あなたのスイート・ハニーが手伝いに来たよー」

 声がはっきりと聞こえた時には、上空に米軍専用ヘリで、こちらに大きく手を振っている少女が見える。そしてその少女は、なんの躊躇いもなくヘリから飛び降りた。少女は、綺麗なブロンド髪で、クリクリとした碧眼の可愛らしい少女だ。

 ヘリから飛び降りた少女は綺麗に着地してから、イレブンスの元へと駆け寄り、イレブンスの頭を掴むと、これまた躊躇いなく・・・・

 ぶっちゅ~~~~~~う。

 あまりにも場違い且つ、予想外の光景に狼は開いた口が塞がらない。

「え、え、え―――――――ッ」

 あまりにも大きい狼の驚嘆な声に、イレブンスから顔を離された少女は耳を両手で塞ぎ

「・・・・persistent(五月蠅いわね) .oh earth(いったい) what(何事よ) is(?) it?」

 と英語で呟いている。

 英語での呟くような声のため、何を言ったのか狼には分からなかったが、少女は怪訝そうな表情を浮かべている。

 何故、自分がそんな顔をされなくてはいけないのか狼にはまったく理解できない。

 すると、少女に抱きつかれたまま鬱陶しそうな顔をしているイレブンスが口を開いた。

「おい、サード。なんでおまえがここに来たんだよ」

「ん~~、そんなの当然。あたしはイレブンスの手助けにきたの」

「そんなこと、頼んだ覚えねぇよ」

「えー、だって、イレブンスが“キザキ マヒロ”っていうアストライヤーを倒しに行ったって聞いたから」

 サードと呼ばれた少女は、わざとらしく頬を膨らませている。

 というか、日本語が話せるなら話して欲しいと狼は心ながらに思った。

「誰から聞いたんだよ?そんなこと・・・。とにかく、おまえは必要ない。すっこんでろ」

「でも、もうミサイルの準備できちゃったし~」

「ちょっと待って!」

「何よ?」

 いきなり話に割って入った狼をサードが訝しんだ目でこっちを見ている。

「ミサイルってどういうこと?」

「どうもこうも、ここに米国でも使用されているICBM(大陸間弾道ミサイル)を撃ち込むのよ。っていうか、アンタが“キザキ マヒロ”?話で聞いてたより全然弱そうね」

 サードは嘲笑を浮かべて狼を見ている。

「弱そうって・・・確かにそうだけど。本人を目の前にして言うことないだろ。それに、僕は真紘じゃないし」

「紛らわしいわね。じゃあ、あなた誰よ?なんであたしのイレブンスと戦ってるの?」

「いや、おまえのじゃねぇーし」

 強調された部分をイレブンスが即座に否定する。

 だが、その言葉をサードは聞こえていないフリをして流している。

「そっちが勝手に勘違いしたんだろ。僕は真紘じゃなくて、黒樹狼。それで、戦っていたのは、・・・襲われたから」

 交互にイレブンスとサードを見ながら、狼は律儀にサードの質問に答える。

「それと君もやっぱり、そいつの仲間なの?」

 外見からしてテロリストには、見えない少女を見ながら質問する。

 だが、口を開いたのはサードではなく、イレブンスの方だった。

「そいつじゃなくて、イレブンスだ。呼び方くらい覚えろ、ガキ」

「なっ」

 ただ質問しただけなのに、『ガキ』呼ばわりをされ、狼は反論したい気持ちを抑える。そのためか、顔が自然と引き攣る。

「イレブンスの言う通りよ。ちなみにあたしはトゥレイター、強襲部隊のサード。バリバリの米国人でーす」

「へぇ・・・トゥレイターにも海外の人っているんだ・・・」

 なんとなくだが、感心してしまう。

「それにしてもおまえ、随分と余裕だな。これからミサイルが飛んでくるっていうのに」

「あっ・・・」 

 そうだった。一番肝心な所が頭から抜けていた。こんな呑気な話をしている時間なんてなかった。狼は自分の失態に頭を抱え込む。

 いや、今は頭を抱え込んでいる暇はない。

「ミサイルって、あとどのくらいでここに来るの?」

「敵に質問すんなよ。そんなこと教えるわけ・・・」

 イレブンスが呆れながら『ない』という言葉を言う前にサードが口を開く。

「うーんとねぇ、あと3分弱くらい」

 人差し指を顎先に当てながら、サードがケロッとした表情で答える。

「ありがとう」

「お礼してんじゃねーよ。というか、サード。おまえも普通に答えんな」

 そんなイレブンスの言葉に、狼とサードは「えっ?」という表情を浮かべている。その表情を見たイレブンスは呆れを通り越して、ドン引きしていた。

 そんなイレブンスの気持ちを余所に、一機のヘリが近づいてくる。そしてヘリのドアが開くとそこから、足掛けが降りてきた。

「イレブンス、サード、聞こえる?お楽しみところ悪いけど、撤退よ」

 そう言ったのは、ヘリから顔を覗かせた少女だ。少女は真向かえにいるサードとは違い、きりっとした表情をした綺麗な少女だ。

「おまえまで水差しに来たのかよ?」

 不機嫌そうにイレブンスがため息を吐く。

「水差し?まさか・・・。あたしは、上からの命令で来ただけよ。あなたたち二人を回収しろってね。それともミサイルが飛び交う中、しかもまだ完全に完治したとは言えない体で火遊びしたいなら、止めないけど?」

 少女は淡々とした口調で答える。だがその割に少女の目は鋭かった。

 イレブンスは舌打ちをしながら、ヘリの足掛けに捕まる。そしてそれを追うようにサードも掴まった。

 それを確認すると、ヘリはすぐさま上昇し、飛んでいく。その時サードが悪戯っぽく、ウィンクしたようにも見えた。

「危ない物を飛ばしといて、自分たちだけいなくなるなよッッ!」

 一人取り残された狼は、飛び去るヘリに向かって叫ぶ。

(ちょっと、あたしが気絶した三人を移動させてる間に、何が起きてるのよ?上からものすごい数のミサイルが来てるわよ)

「えーっと、説明したいのはやまやまなんだけど。今は・・・」

(わかってるわよ。ミサイルが突っ込んでくるまであと35秒。数、30)

 鳩子は狼の考えを理解し、欲しい情報を知らせている。狼が上を見上げると、上空に幾つかの斑点模様が浮かび上がる。

 あれか。

 狼は一心にミサイルを見つめ

「鳩子、出来るかわかんないけど、ババーンでバーンするよ」

(うぇ?)

 いきなりの狼の言葉に、鳩子が可笑しな声を上げる。そんな鳩子の反応を聞いて狼は苦笑を浮かべる。

 そして、狼は目を閉じてイザナギに元々、収束されていたゲッシュ因子に追加するようにゲッシュ因子を流し込み、反粒子の濃度を高める。

 もうミサイルとの距離はわずか15メートル。

 次の一瞬で決める。

 狼はイザナギを飛んでくるミサイルの方向、上空へと刃先を向けた。

 大神刀技、千光白夜。

 狼が放った攻撃の衝撃は、狼の予想を遥かに上回った。

 どこまでも真っ白な光の熱が放たれる。

 放たれた攻撃により、狼が立っていた地面を大きく削りとられる。

 狼はその反動に耐えるように、歯を食いしばる。集中しなければ、意識が一瞬で吹き跳んでしまいそうになる。

 上空では、ミサイルの破裂する音が次から次へと爆音で、耳に流れ込む

 爆ぜ続けるミサイルの熱風に焼かれてしまう感覚に襲われる。いや、ゲッシュ因子で肉体の保護能力を強化していなかったら、焼死してしまうだろう。それでも身体には爆風の熱で、いたるところに火傷ができる。

 しかもこの時、すでに狼の体力は限界に来ていた。

 そのため、イザナギからの反動に狼の膝が笑い出す。

 こんなときに、へばってる場合じゃないのに。

「ぐおおおおおお」

 狼は半ば強引に声を張り上げ、ゲッシュ因子を出しきる。

 そして、千光白夜の真っ白な光は静かに霧散し、狼は静かに地面に尻から座り込んだ。

「疲れた・・・」

 今の狼の頭にはこの言葉しか浮かんでこない。

 でも、これでやっと終わったんだ。

 そう思うと、なんとも言えない安堵がこみ上げてくる。

 だが・・・

(狼、残念だけど、まだ休めないわよ。あと残留機、一機が近づいてくるわよ!!)

 そんな鳩子からの通信と共に

 ピュ――――――――――。

 と、何かが風を切るような音が聞こえる。

 空から飛んでくる物を見つめ、狼は目を丸くしてしまう。

「嘘だろー・・・」

 はっきりいって、もう体を動かす気力も体力も残っていない。そんな狼に一機のミサイルが容赦なく近づいてくる。

 自分より少し大きめなミサイルは、つい先ほど狼が撃ち落としたミサイルよりも近い距離にいる。

 狼が覚悟を決め、目を瞑った瞬間凄まじい風が吹き荒れた。

 その風に驚き目を開けると、目の前に一人の姿があった。

「真・・・紘・・・?」

 名前を呼ぶと、真紘が横目で狼を見て微かに笑みを作る。

「黒樹、遅くなってすまなかったな。もう心配ない。あとは俺に任せろ」

 そう言うと、真紘はすぐさまイザナミを復元し、ミサイルを上空へと薙ぎ払い、そして。

 大神刀技 鎌鼬。

 空気の刃は、上空へと舞い上がったミサイルを形も残さず切り刻んだ。

「すごい・・・」

 無駄のない真紘の攻撃を見て、狼は素直に感嘆してしまった。

 これが、“輝崎真紘”という人物なのだ。

 狼はそのことを目の前で、ありありと見せつけられてしまった。

「もう残留機はないな?」

「あ、うん」

「そうか」

 真紘はイザナミを戻し、狼と向き合う。

「・・・ありがとう」

「いや、礼を言われるほどではない。黒樹は今まで一人で戦っていたのだからな」

 少し申し訳なさそうに真紘が顔を苦笑させる。

 真紘の頭には未だに包帯が巻かれている。

 まだ怪我が治ってるわけじゃないんだ。

 その事実に狼ははっとした。

「真紘、ごめん。僕の所為で・・・」

 俯きながら狼は次に言う言葉を考えていた。だが何も思いつかない。

 するとそんな狼を見て、真紘はまたも申し訳なさそうに苦笑する。

「この怪我のことは、気にしないでくれ。対応しきれなかった俺にも落ち度はある。だから、この間の事も、もう気にする必要はない」

 やっぱり、自分とは違うな。

 真紘からの気遣いを感じ、狼は改めて思った。

「あのさ、ちゃんとした自己紹介ってしたことないだろ?」

「そういえば、確かにしていないな」

「じゃあ、改めて、僕は黒樹狼。よろしく」

 そう言って、狼は真紘へと手を差し出す。それを見て真紘も同じく手を狼へと差し出し、握手を交わす。

「俺は輝崎真紘だ。こちらこそよろしく頼む」

 そして、二人は友人となった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ