氷の亀裂
すぐに狼が二階の観客席に向かうと、鳩子が手を振ってきた。
そこには、デンメンバーと共に、セツナ、マルガ、アレクシアの姿があった。
「主役のおでましね」
「すごい扱けっぷりだったけどね」
「でも、逆にそっちの方がロウらしくて良いと思うけど?」
そんなことをアレクシアたちが声を掛けてきた。その言葉に狼は頭を掻いて苦笑を溢すしかない。見られてないわけがないと覚悟していたが、言葉にして言われるとやはりまだ恥ずかしさが腹の底から込み上げてくる。
「あはっ。そんな恥ずかしそうにしたって事実は消えないからね?」
いつも通りの季凛のきつい一声。
狼そんな季凛の言葉攻撃を防御することも避けることもできず、見事に受けてしまった。
「あはは。だよねぇ・・・・」
狼は意気消沈して、デンメンバーと小世美がいる場所の席に座って、肩を落とした。
その姿を隣に座る小世美も名莉も鳩子も根津も「仕方ないよね」的な表情で狼を見ている。
みんなが狼を気遣って、声を掛けないのだろうが、むしろこれはこれで季凛とは違う重圧を狼にかけてくる。
みんなの優しさが痛い。
狼は悔し涙を奥歯を噛んで、ぐっと堪えた。
「ねぇ、ロウ。マヒロは?」
セツナがそう訊きながら、辺りをキョロキョロと見ている。
「ああ、真紘なら偉い人の所に挨拶しに行ったよ」
「そうなの。ロウが来るって言うから、てっきりマヒロも来ると思ってたんだけど」
少し残念そうな表情でセツナがそう言った。
するとそこに、肘で腕を組んだ希沙樹に、明るい笑顔を見せる正義、しかめっ面の陽向、眠たそうに目を擦っている棗がやってきた。
これを見ると、まるで希沙樹が部下を引き連れてやってきた様に見える。
「あはっ。来なくてもいいのが来やがったよ」
ぼそりと季凛が笑顔でそんな事を言っている。
もちろん、まだ少し離れた場所にいる希沙樹には聞こえないとは思うが、みんなが慌てた様子で季凛を見た。観客が選手よりも先に熱いバトルを繰り広げられては困る。小世美はまだ明蘭に来て日が浅いため、どうして皆が慌てているのか分かっていない様子だ。
「あら、溝鼠に金髪の悪魔が揃ってるじゃないの?何?もしかして、二人で悪巧みでも考えて私の真紘に何かする気かしら?」
そういう希沙樹の顔は、もちろんにっこり笑顔。
「あはっ。今なんか私のって聞こえたんだけど・・・季凛、幻聴でも聞こえたかな?ストーカー女の妄想とか」
「だから、なんで私が金髪の悪魔なの?」
そんな季凛とセツナの疑問に、希沙樹は首を振りながら溜息を吐いた。
「これだから教養の欠けた子たちは・・・」
まるで「私の考えが理解出来ないのは、おまえたちの頭が弱いからだ」といわんばかりの、口ぶりだ。
「あはっ、カチン」
「キョウヨウ?」
季凛が笑顔でそう言いながら、手にはクロスボウがしっかりと復元されている。セツナは教養の意味が分かっていないのか、頭に疑問符を浮かべている。
「というか、何でセツナ、アンタ金髪の悪魔って呼ばれてるの?」
アレクシアが半ば呆れながら、セツナの呼び名について疑問を口にする。
「わかんない。勝手にキサキとキリンから、そう呼ばれてたんだもん」
「ふーん。金髪の悪魔ねぇ・・・」
マルガがセツナをジロジロと見る。セツナはそんな視線から逃れるように身を捩っている。
そんなセツナたちの隣で、未だに希沙樹と季凛の冷戦が続いていた。
「どうしよう?このままじゃ、セツナはともかく、季凛と五月女さんが衝突しちゃうんじゃない?」
狼は季凛に聞こえない様に、デンメンバーに耳打ちをする。
「ありゃあー、やばいね。希沙樹もすぐにBRVを出す気満々だろうね」
「でも、何か止めに入ったら、もっとややこしくなりそうじゃない?」
「けど、見て見ぬフリするわけにもいかないだろ?」
「よし、ここは代表である狼に任せた!!」
「ちょっと、鳩子、それ無しだろ。不平等すぎる」
「じゃあ、どうするのよ?」
根津が困ったように、指で季凛と希沙樹の方を指しながらそう言った。
そうやって狼、鳩子、根津が話していると、名莉が口を開いた。
「二人とも、楽しそう」
「「「えっ?」」」
名莉の言葉を聞き三人が顔を顰める。
「うん。確かに。メイちゃんが言うように、私も楽しんでるように見える」
小世美が笑いながら、名莉の意見に賛同しているが、狼たちからしてみれば、どこからどう見てそう見える?という感じだ。
そんな事を考えていると、誰かが近寄ってくる足音が聴こえてきた。その足音はまっすぐこちらに近づいてくるのが分かる。
「セツナーッッ!!」
そう言って、近づいて来たのは爽やかな笑顔を浮かべている、ドイツの代表選手であるフィデリオ・ハーゲンだ。
その声にセツナが立ち上がって、周りをキョロキョロと見回している。そしてセツナの目がある一点を捕らえると、大きく手を振った。
「フィデリオ!!」
そんな二人の光景を見ながら、季凛が一言。
「あはっ。なんか昔の安いメロドラマみたい」
だがそんな季凛の言葉など聞いていなかったように、セツナがフィデリオの元に走り寄った。
「あーあ、フィデリオって女子から人気あるのに、あれじゃあねぇ・・・」
頬杖を突きながら、マルガが呆れている。
少し離れた場所でセツナと話すフィデリオはとても嬉しそうな表情だ。
「セツナたちって、ドイツの代表選手の子と知り合いだったんだ」
狼がマルガとアレクシアに話しかけると、二人とも頷いた。
「そりゃあね。あたし達三人とフィデリオは家も近いから仲良かったのよ」
「へぇー、そうなんだ」
アレクシアの言葉に答えてから、再びセツナとフィデリオの方に狼は目を向けた。
するとそんな狼に気づいたのか、セツナがフィデリオの手を引いて狼たちの方へと連れてきた。
「はい。こっちから紹介すると、キリン、ミサキ、ハトコ、メイリ、コヨミで、あっちにいるのがキサキ、ヨウ、マサヨシ、ナツメ。それでここにいる彼が日本の代表選手のロウよ。みんな私の友達なの」
セツナが全員を指差しながら、笑顔でフィデリオに紹介してくれた。
フィデリオは、友好的な笑みを浮かべて
「えっと、セツナの幼馴染のフィデリオ・ハーゲンです。よろしく」
そう言って、頭をぺこっと下げた。
それから狼へと向き直り、手をすっと前に出してきた。
「同じ代表選手として、よろしく」
「あ、こちらこそ」
狼も笑顔でフィデリオと握手を交わした。
「君って、さっきステージで・・・」
「あっ」
フィデリオの言いたい事がわかって、狼は思わず短い声を漏らした。
「あ~、なんかドジなとこ見せちゃって・・・」
狼は頬を掻きながら、微妙に視線をフィデリオから逸らすと、フィデリオが首を横に振った。
「そんな気にしなくて大丈夫だよ。実際俺もかなり緊張してたから、ヤーナとロウが偶然とはいえ、ああしてくれて助かったよ。じゃなきゃ、俺が何かしてたかも」
そんな苦笑を浮かべるフィデリオの言葉を聞いて、狼は感心してしまった。
前回優勝国の代表選手なのに、気取っている様子もなく、むしろ狼を励ましている。
いい人だなぁ。
こんな人が代表なら、誰も文句なんて言わないだろう。一部の日本の代表選手、主に綾芽を思い浮かべて、少しは見習ってもらいたいと狼は思った。
「それにしても、ロウのBRVってすごく大きいから、重くないの?」
「確かに大きいんだけど、重さはそこまで感じないかな。どうしてなのか、僕にもよく分かってないんだけど」
「そうなんだ。やっぱ日本のBRVって、他の国と違うんだなぁ」
感嘆を漏らしながら、フィデリオがそう言った。
「確か、マヒロのBRVも変わってるのよね?」
「うん。僕のイザナギと真紘のイザナミって、やっぱ変わってるらしい」
「マヒロって、俺と討ち合いした人?」
セツナと狼の会話を聞いて、フィデリオが訊ねてきた。
「そうそう。マヒロって、すごいのよ。私も日本の剣技を習ってるんだけど、まったく敵わないもの」
「うん、僕も」
狼とセツナが真紘や左京たちとの稽古を思い出しながら、頷き合う。
「へぇー、そんなに強いんだ」
「「強い」」
フィデリオの呟きに、セツナと狼がユニゾンして答えた。
その時。
「あ、こんな所にいたんだ」
少し息を切らしながら、フィデリオと同じく代表選手のヤーナが小走りでやってきた。
そして走ってきたヤーナが狼と目が合うやいなや、「あ」と声が漏れだすのを、両手で押さえた。
「ヤーナ?どうかしたの?」
「あ、そうだ。あと三十分後に私たちの初戦が始まるから、早めに準備しといてって、デトレスが」
「わかった。ありがとう」
フィデリオが頷くと、ヤーナが満足そうに顔を綻ばせた。
「そっか!デトレスも来てるんだもんね。デトレスとも会いたいな・・・」
「会えるよ。デトレスも会いたいって言ってたし」
「本当?じゃあ、後で私とマルガとアレクシアの三人で会いに行くね」
満面の笑顔でセツナがそう答えると、フィデリオの顔が赤く染まった。
「あ、うん。いつでも来て。その方が・・・俺的にも嬉しいし」
照れ隠しのように視線を下に下げたフィデリオの声はだんだん小さくなっていき、最後の方はほとんど聞き取れない。そのため、セツナは首を傾げながら、フィデリオの顔を覗き込んでいる。
「あはっ。あのままあそこでくっつけばいいのに」
「本当よね。その方が私たちにとっても万々歳だわ」
「ダメッ!!」
希沙樹と季凛の会話に、大きな声を上げたのはヤーナだ。
その場にいた全員がヤーナへと視線を向けると、ヤーナ自身も戸惑っているように後ろへ後ずさりしている。
「あ・・・、わたし・・・」
今にも泣きそうな声でヤーナが困惑を見せていると、それを掻き消すように希沙樹がヤーナの横を通り過ぎ、目を見開いている。
「いったい、どういう・・・・こと?」
驚愕の色を滲ませた希沙樹の視線の先。
そこには、綺麗な菊の描かれた着物を着た、少女が真紘の胸に抱き、それを真紘が顔を強張らせながら、少女の肩に手を置き何かを話している光景だ。
唖然としていた狼たちの耳に、氷に何か亀裂が入るような音が聞こえた。




