家族
「貴様は真の阿呆だな」
控室に戻ったとき、綾芽に真正面からそう言われた。
「すみません」
狼は頭を下げながら、そう謝るしかない。自分でもあんな所で扱けると思っていなかっただけに、自責の念は強い。
「何を勘違いしている?妾は別に貴様を責めているのではない。ただ阿呆だと思ったから、阿呆だと言っただけだ」
「え、怒ってないんですか?」
綾芽の意外な言葉に、狼が驚いて聞き返した。すると綾芽は狼の頬に手を添えて、不適な笑みを浮かべた。
「なに、デモンストレーションで貴様の技を見せてしまうのは、惜しいとも思っていたのだ。だからこそ、妾は貴様があのような粗相を起こした事について、言及はしまい」
「そ、そうですか」
でも、自分なんかの技を出し惜しみする理由があるのだろうか?あまり、変な期待をされても困る。
内心でそう思ったが、今は御咎め無しというのなら、別に良いだろう。
するとそこに早足で万姫が狼たちの方へとやってきた。そして、狼の前に立つ。
「啊呀~、本当にアンタには驚かされるわね」
「別に驚かせるつもりはないけど・・・」
狼が微妙な表情を浮かべながら、そう言い返すと万姫は顔をぐいと近づけてきた。
「子供の癖に随分と生意気ね。少しは目上の者に対しての敬意の使い方を教えてあげるわ」
「え、別にいいよ。頼んでないし。とういうか、この為だけに来たの?」
狼たちがいるのは、日本選手の控室だ。控室と言っても、ただのロッカーが在るだけの簡易な物ではなく、汗を流すためのシャワー室や、広いトレーニング室、横になって休むことも出来る休憩室にもなっている。
「残念だけど、あたしはそんな暇人じゃないわ。あたしがここに来たのは、宣戦布告するためよ。まっ、小国である日本にこの「眠れる獅子」である中国の代表、武・万姫が負けるわけないけどね。覚悟しときなさい」
ビシッと人差し指の先を狼たちにむけて、そう告げると踵を返し控室から出て行ってしまった。
「まったく、弱気者はすぐ吠えるというが・・・まさにだな」
綾芽が呆れたように溜息を吐いた。
「でもまぁ、あれの姿も見方によっては、潔くて良いとは思うが」
呆然としながら、真紘はそう呟いた。
「黒樹くんも、色んな人から注目されて大変だね」
にっこりと微笑んでいる慶吾はまるで他人事だ。
そんなやりとりをしている内に、今度は周が控室に入ってきた。そして入って来るやいなや
「申し訳ありません」
そう言って、綾芽に頭を下げた。
「どういうことだ?行方・・・」
「実はさきほど、トーナメントで試合の順を決める抽選をしにいったのですが・・・」
周が目線を下に下げ、言葉を濁す。
もしかして、嫌なクジでも引いたのだろうか?
狼がそう危惧していると、周が口を開いた。
「我々日本は、シードになってしまいました・・・・」
「何?」
綾芽の眉がぴくりと動く。
「申し訳ありません」
再び頭を下げた周。そして壁に取り付けられたモニターに映し出されるトーナメント表。
それでは、日本はシードとなっている。次に戦うとすればアメリカかイタリア、どちらか勝った方だろう。
だが、トーナメント戦でシードとなったのは、良い事のはずだ。色んな国の状況も見れて、体力も温存でき、二回戦に進める。この上申し分ない権利だと思う。
だがそのことを綾芽が喜ぶはずもない。
綾芽は一刻も早く戦いたいのだから。
だからこそ、周は申し訳なさそうに謝っているのだ。
行方先輩も可哀想に。
綾芽が戦闘狂でなかったら、「よくやった」と言われ、申し訳なさそうに報告することもなかっただろう。
狼は周を不憫に感じながら、綾芽を見ると、綾芽は不服そうな表情を浮かべながら、控室に用意させた御座に、寝そべった。
無言だからこそ、尚更恐ろしい。狼は強く思った。それは周も同じだろう。心労が課さっているかのように、手で額を押さえながら壁に寄り掛かっている。
「少々残念ではあるが、仕方あるまい」
そう言ったのは、どこからともなく現れた柾三郎だ。
「柾三郎先輩!?いきなり来てどうしたんですか?」
何の気配もなく現れた柾三郎に狼が驚きながら訊ねると、横にいた真紘が代わり答えた。
「ああ、黒樹に言っていなかったな。柾三郎先輩は補欠だ」
言われてみれば、柾三郎も狼と同じ黒色ベースの選手着を着ている。いつもの網シャツを着ていないだけに、少し違和感を感じるが、そんなことより。
どうせなら、僕を補欠にしてくれればいいのに。
はっきり言って、自分なんかよりも柾三郎の方が、実戦経験も豊富で何の心配もなく、試合に臨めると思う。だが、この選手を決めたのは綾芽。
どんなに反論しようと、聞き入れてもらえるはずなどない。
「ああ、そうだ。これを輝崎と行方に伝えなくてはいけないことがあった」
「伝えたいこと?」
そう言って、真紘と壁に寄り掛かっていた周が顔を見合わせる。
「そうだ。行方総一郎首相からの伝言だ。この後すぐにゲストルームへと来い、だそうだ。なんでも公家の者が来ているらしく、その方への挨拶との事だ」
「公家はここにもおるのだがな・・・」
綾芽が寝そべったまま、意地悪くそう言った。
「ここでは、公家というのは伏せているらしいが?」
柾三郎が口元をニヤリとさせ、綾芽に言い返した。
綾芽はさっきのこともあり、ご機嫌斜めという感じに鼻を鳴らしている。
「会長はともかく、黒樹と條逢は行かなくてもいいのか?」
真紘がそう聞き返すと、柾三郎は「ああ」と答えた。
「行方は首相の息子として、そして輝崎、輝崎の当主として来いということだ」
「なるほど。そうか」
納得したように真紘は頷いて、周と共に控室を出て行った。
真紘と周がいなくなり、控室には狼、慶吾、綾芽、柾三郎の四人になったわけだが・・・何となく落ち着かない。
気まずいというまでには行かないが、誰かが話し出すというわけでもない為、会話も生まれない。こんな時、デンのメンバーだったら、誰かが何かしら話し出すかもしれないが、ここにはそのメンバーがいない。
どうしようかな?
でも、僕もこれと言って話すこともないんだけど。
「のう、黒樹。妾と愚弟は似ておるか?」
えっ?
狼は思わず自分の耳を疑った。
「はよ、答えよ。それともまた呆けているのか?」
綾芽はただの暇潰しで話す様に、さらりと訊いてくる。
「あ、すいません。なんか整理できてなくて・・・その愚弟って・・・」
ニヤリ。綾芽が不適な笑みを浮かべる。
「輝崎が訊いてきた、トゥレイターにいるという男のことよ」
狼は思わず慶吾と柾三郎の方を見る。
二人はいたって冷静だ。慶吾はわからないが、柾三郎は冷静さを装っているだけかもしれいが。
「・・・似てると思います。あの、そういうってことは、本当にイレブンスは・・・」
狼は言葉を詰まらせた。
イレブンス。
その呼び名がトゥレイターであることを生々しく伝えているような気がして、狼は喉を引きつらせた。
「・・・佐々倉教官の弟は、九条会長の弟なんですか?」
呼び方を変え、狼は直球に聞きたかった事を綾芽に訊いた。
すると綾芽は一欠伸を掻いて、これもまたさらりと答えた。
「そうだ。その者は妾の愚弟だ」
きっぱりと答えられ、狼は目を見開いた。
「じゃあ、なんで会長の弟である人が、佐々倉教官の家にいるんですか?」
「ああ、それは・・・妾と愚弟は双児なのだが、どちらも良い具合に因子を持って生まれてきた。妾的には許せぬことに、見事に一つの因子を二つに分けたかのような分配でな。だが、当時、どの家が帝になるか、公家の中で拮抗していてな。当然、その時男児がいる三条と我が九条が有利となるが、そんな時、まだ幼子だった愚弟が何者かによって、連れ去られたのだ。まっ、当然騒ぎにはなるが・・・それもすぐに治まった」
「子供がいなくなってるっていうのに、なんで騒ぎがすぐに治まるんですか?変ですよ」
すると綾芽がくすりと笑った。
「当たり前であろう?愚弟を連れ去ったのが公家の中にいるのだから」
「公家の中にいるって、親戚の人じゃないんですか?」
「そうだ、親戚だ。疎ましいな。だが、公家の中の者の仕業とういうのは、確定だ。公家を取り囲む警護網を誰に気づかれることなく、抜けるなど不可能だ。ならば、中の者と考えるのが妥当であろう?なんせ、その時は公家の内部が逼迫し合っていたのだから。上座の取り合いでな」
綾芽の言葉に狼は返す言葉がない。
「それに我が父も、然程気にしていなくてな。もし死んでいたらそれまで、と。生きていたら妾とどちらが強いかを競わせようとするだろうがな」
「そんな・・・」
慶吾の話でも思ったが、アストライヤーに関係する家は、どこも子供に対して、どこか冷酷すぎると思う。
何故、純粋に子供を子供として愛を持っていないのか?普通の人とは違った力を持っている為なのか?
もしそうだとするなら、とても、とても不幸な事だ。
ゲッシュ因子という特殊な物を持った代償として、親からの愛を失う。
だが、その特殊な環境ということすら、子供自身も気づかない。
そんな不幸をもはや、どんな言葉に表せばいいのかさえ、わからない。
ああ、そうか。
狼は内心で確信した。
だからこそ、父である高雄は、自分と小世美をこの環境に置かなかったのではないかと。本当は九卿家と言われる程の、家の出でありながら、本島から離れた島で暮らしていたのではないのかと。
綾芽は狼に投げかけるわけでもなく、譫言を呟いた。
「これで妾の楽しみが、一つの願望が叶うかもしれんな」
狼はそんな綾芽の呟きを聞きながら、控室を出ようとした瞬間、腕を掴まれた。
腕を掴んだのは、慶吾だ。
そして慶吾は、実に慶吾らしく一言、狼に投げかけた。
「黒樹くんのご両親は、すごく優しかったんだね」
「・・・まぁ、それなりに優しかったと思います」
「思いますねぇ。君はそうやって、逃げるのが上手だね。それが君の処世術かい?」
「いえ、別に。そんなんじゃないですから。失礼します」
そう言って、狼は控室を出た。
「あの人、何が言いたいんだ・・・」
狼は眉を曇らせて、そう呟いた。
廊下の遠くの方からは、もうすぐ試合が始まるのか、観客たちの熱が籠った声が聞こえてくる。
「みんな、どこらへんにいるんだろう?」
狼は気分を変える為に、情報端末でデンのメンバーに連絡を入れることにした。
狼がディスプレイを見ながら、メッセージを打っていると、前から声がかかった。
「あの、すみません」
狼が端末から目を離し、前を向くとそこには明蘭の制服を着て、薄紫色の髪を肩まで伸ばした女の子が立っていた。
「どうかしましたか?」
狼がそう少女に訊ねると、少女は何か迷っているような仕草を見せてから、口を開いた。
「輝崎真紘さんって、まだ控室にいますか?」
「いえ、いませんけど。何か用だったんですか?」
すると、少女は儚い微笑みを作ってから、首を横に振った。
「用って程ではないんですけど。ただ顔が見たくて・・・。あ、私先週から、一軍に転校してきた如月雪乃です」
「そうだったんだ。僕は黒樹狼っていうんだ。よろしく」
狼がそう言うと。雪乃はニコッと微笑んでから、礼儀正しくお辞儀をしてきた。
一軍って言ってたけど、真紘のファンの子かな?
前に高坂先輩たちが、輝崎真紘ファンクラブがあるとか言って、嘆いていたような気がする。しかも、それに比例するように男子の中では「輝崎真紘被害者の会」という物もあるらしい。
その会員の殆どは、「ごめんね、私、輝崎君が好きなの」という理由で恋に破れた男子たちらしく、他にも模擬戦で、木端微塵にやられたなどの理由もあるらしい。
きっとそれを発足したのは、あの高坂、稲葉、久保の三人だろう。前に「また会員数増えたよー」「こんなんじゃ、収集大変っすね」とか、まるでサラリーマンみたいなことを呟いていたくらいだ。
「よくやるよなー」
そう狼が呟いた時に、端末の画面が光った。鳩子からのテレビ電話だ。
「やっほー。もう、そっちは良いわけ?」
「まぁね。僕たちはシード権だから、ちょっと時間あるんだ」
「そうみたいだねぇ。こっちにあるモニターでもトーナメント表が出てたから見た見た。あたしたちがいるのは、二階席にいるんだけど。来れる?」
「うん。大丈夫。すぐそっちに行くから」
「了解!!」
そう言って、電話を切った。




