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デモンストレーション

WVAの開会宣言は華やかに行われた。アリーナ中に響き渡る大歓声。その大きさは世界大会ならではと言えるだろう。

 開会宣言のために、室内グランドに設けられたメインステージには国旗の共に、五人の代表選手が並んでいる。そして選手たちが来ている服装は、実際のアストライヤーが着用する物と同じだ。

 できるだけ、国の代表ということを強調するために、そういう計らいが行われていた。

 そして、その真ん中にいるのが、開催国である日本と前回の優勝国であるドイツ。

 その二人がお互いに向き合い、それぞれの国の旗に向け、攻撃を放った。

 ドイツの代表であるデトレスは、大きな黒い鉄鞭から攻撃を放ち、日本の旗に大きな穴を開け、日本の代表である䰠(じんぐう)綾芽が手刀で、ドイツの旗を真っ二つに引き裂いた。

 本来なら、これは大いに失礼な光景かもしれないが、このWVAにおいては、『これから、正々堂々と戦う』という意思表示として行われている。

 そんな光景にアリーナ席で見守る観客たちからは喝采の声が上がる。

 その中で、一人顔を曇らせたまま少女が一言呟いた。

「やはり、九条様には、『九条』を名乗るな、と申したのですね。お父上は・・・」

 独り言のように呟いたのは、このWVAを開催した長として出席した、一条結()()だ。結納は白地に華やかな菊が絵がかれた着物を羽織り、幼さを少し残した佳麗な少女だ。

 結納は巨大スクリーンに映し出された綾芽の名を見て、溜息を漏らした。

 公家が選手として大会に出場するなど、言語道断。だが、それを綾芽が押し切ったため、仕方なく公家ということを隠し、母方の名を名乗らせているのだ。

 公家の中で因子を持つ家は、九条のみ。だからこそ、九条は帝の座に就くことはできない。

 以前は九条が帝に就いていたが、現九条の当主である九条彰浩になってから、その座から退いた。いや、他の公家が退かせたと言っても過言ではないだろう。

 だがそれを九条彰浩はあっさりと承諾した。

 彰浩の言い分は実に簡単な物だ。

「帝などに就いてしまえば、それこそ余が戦地に赴けないではないか。ならば、そんな退屈な座などくれてやる」

 という物だった。

 今の帝である父の(いみな)は一条宥一。宥一は、常に冷静に物事を見る人物で、国の事を第一に考える人物だ。だからこそ、戦い好きである九条を帝に就けさせることを良しとしなかった。

 だがそれでは、九条に反感を持たれ、公家内での秩序が乱れることを避けたかった宥一は、九条に条件付きとはいえ、戦わせることを許したのだ。

 結納は選手の列を見つめながら、手を強く握った。

「まさか、こんな形でお会いするとは・・・思いもしていませんでした」

 結納が見つめる先に、真紘の姿があった。

 一条に選任で就いている輝崎家。その現当主である真紘がこの大会に出場するというのは、事前に渡された名簿を見て知っていた。

 そのため、自分自身も覚悟はしているつもりだった。

 だがそれは無意味な覚悟だった。

 会場に入り、遠くから真紘を見た時、逃げ出したくなった。

 けれど逃げ出すことなんて出来はしない。自分がいなくなってしまえば、それこそ大事になってしまう。そしたら、確実に真紘にも迷惑をかけてしまうのは明白だ。そんな事は絶対にしたくない。

 そんなことしては、自分はもっと真紘から軽蔑されてしまう。

 それは嫌だ。

 どんなことよりも嫌だ。そう考えると結納は身体が震えそうになる。

 軽蔑されたくない。だからこそ、会いたくなかった。

 ・・・・・それは、本当に?

 自分の中で、違う自分に自問された気がした。そしてその声はさらに、言葉を重ねて結納の頭を叩いてくる。

 本当は会いたくて、会いたくて、ずっとずっと会いたくて。抱擁されたくて。微笑んで欲しくて。自分を見て欲しくて。そんな気持ちが恐怖よりも上回ったからこそ、この場に立っているのではないか。

 そう言葉を上げてくる。

 だが、そんなのは自分の醜い願望だ。叶いはしない。

 けれど、叶いはしなくとも一つだけ許されるのであれば・・・。

「どうか、無理はならないよう・・・」

 そう目を瞑りながら、結納は祈った。

 真紘の為に。




 メインゲートを潜り、狼たちは大歓声の中室内グランドへと入場した。

「うわぁ」

 観客席に座る数えきれない程の人の数に、狼は思わず声を上げた。島で暮らしていた狼にとって、圧倒される光景だ。

 人って、こんなにたくさんいるんだな。

 そんな当たり前なことを狼はしみじみと感じてしまった。真紘や周は生徒会メンバーということもあり、会場スタッフに選手が揃ったということを、報告している。狼が周りを見渡していると、そこにアリーナの外で会った、万姫の姿が見えた。

 あの子も代表生だったのか。偉そうだなとは思ってたけど。

 狼が万姫を見ながら、そんな事を考えると横から肩を叩かれた。

「へい、キッド。おまえが日本の代表なのか?」

 そう冷やかしのように、言ってきたのはアメリカ軍服を着たアメリカの代表生だ。

「・・・そうですけど?何か?」

 狼がそう言うと、アメリカの代表生は狼の頭に手を置き、大口を開けて笑った。

「こんな子供を代表にするなんて、とうとう日本も落ちたな」

「なっ、失礼すぎるだろ!!」

「おっと、子供を苛めて悪かった、悪かった。後でチョコでもやるから大人しくしろよ。・・・それにしても、日本のアストライヤーになるくらいだったら、国防軍に入った方がマシだな」

 さらに冷やかすような言葉を吐いてから、同じアメリカの代表生でもある仲間に話掛けている。すると話しかけられた仲間も失笑して「確かに」と同意した。

 狼がふざけるな!と怒鳴りそうになったが必死で堪える。

 ここで騒ぎを起こしても意味がない。ただ悪目立ちをするだけだ。

 するとさらにアメリカの代表生は、ニヤリと笑って

「まぁ、日本の跳んだパフォーマンスは大歓迎するぜ?それこそ、まさにニンジャでも出してくれよ。それと俺はライアン・アンダーソンだ。手加減して欲しかったら言いに来な」

 そう言って、ライアンは手を粗雑に振りながら、アメリカが並ぶ列へと戻っていった。

「なんなんだよ?腹立つな~~」

 狼が奥歯を噛み締めるように悔しがっていると、報告を終えた真紘がやってきた。

「どうかしたのか、黒樹?」

「いや、また変なのに絡まれちゃって・・・。あのさ、なんで日本のアストライヤーって、こんなに影が薄いのか、分かる?」

 曇った表情をしながら、狼が真紘に訊ねる。すると真紘は少し考える素振りを見せた。

「・・・・確かに、言われてみればそうだ。俺も自国のアストライヤーがいるはずなのに、まるでその者たちについて知らないな」

 真紘は今気づいたと言わんばかりの顔で、そう答えた。

「それって、おかしくないか?」

「ああ、確かに妙だ。初代のアストライヤーのことは、父の繋がりで知っていたが、それ以降は何をしているのかさえ、わからない」

 そう言ってから、真紘は自分に問いかけるように呟いた。

「何故、俺は何の疑問を持たなかったんだ?」

 そしてそんな小さな呟きを、マイクを使った司会者の言葉が、掻き消すように吹き飛ばした。

「やって来た!!やって来たぞ!!world  Valor AstraierことWVA!!司会進行は、マイクを握らせるために生まれてきたのではないか?と思わせる男、マイク・ピーターが務めるぜ。俺は司会者として更生なジャッチをするから、文句は言わせなーーい。そして、まずは開会宣言を前回優勝国であるドイツと開催国である日本に任せるぜ!!」

 マイクはベテランなのか饒舌な言葉で会場を盛り上げていく。

 グラウンドに設置されたメインステージに日本の代表である狼たちと、ドイツの代表である代表生、十人が並ぶ。

 ステージからは、グラウンドに整列する各国の代表が見渡せ、整列している選手たちの目も狼たちへと集まっていた。中国代表で、一番前に立っている万姫は、狼と目が合うと目をぱちくりとさせ、無言のまま驚いた顔をしている。

 きっと、狼が日本の代表生とは思っていなかった為だろう。

 そして大将である綾芽が、ドイツの大将と向かい合う。

 綾芽の苗字が変わっている事に、狼が真紘に訊ねると「公家の諸事情」で変えたらしく、綾芽を呼ぶときに注意して欲しいと言われた。

 そんなこと、言われてもなぁ・・・・。

 すでに九条という名で呼び馴れてしまったため、ぱっと瞬間的に名前を間違えずに言えるのかが心配だ。

 家の事情という事もあり、深くは訊かないが、大会当日に言わなくてもとも、狼は思った。

 狼が頭の中で、綾芽の呼び方を考えていると狼たちの後ろに日本の国旗が、ドイツの代表生が自身のBRVを復元し、鉄鞭の先を日本の国旗へと向けた。そして次の瞬間、鉄鞭の先から熱エネルギーの籠った一弾を放ち、日本の旗を焼き焦がした。

 それに対する綾芽は、何の物怖じもせず、静かに手を横に払う。すると何の前触れもなく、ドイツの国旗が真っ二つになった。

 そして二つの国の旗が下へと落ちた瞬間、観客から雄叫びが上がった。

 すごいな。

 狼は完全にその光景に圧倒されていた。

 だがずっと、圧巻されているわけにはいかない。大将の次は副将である慶吾が前へと進み、相手の副将であるルカ・フリッツが前へと出る。慶吾は微笑みながら右手を徐に上に上げた。

 すると会場の天井一体が満点の幾多もの星が瞬く夜空へと変わり、幻想的な光景を造り出す。それは勿論、慶吾のBRVによる物で、ゲッシュ因子を特殊な光信号へと変換し、それを会場全体に流しているのだ。そのため、慶吾以外の人からすれば、ただのドーム型の天井が一変し、雄大にして優美な星空へと変化したような錯覚になる。

 そんな光景に会場にいた全員が息を呑んだ。

 目の前にいたルカもその綺麗な光景に一瞬、言葉を失っていたが、すぐに慶吾に向き直り、ニヤリと笑った。ルカは自身のBRVである指揮棒を復元すると、まるでリズムを取るようにそれを揮う。

 すると慶吾が造り出した星空に文字が浮かび上がった。

「Ich werde diesen kampf bewundern(この戦いを称賛しよう)」

 ドイツ語で書かれたその言葉に慶吾は小さく口笛を吹いた。そして副将である両者が後ろへと下がった。すると、星空は消失し普通の天井へと戻った。

 そして次に周とアデーレが前へと出て、アデーレが自身のBRVである刃がクリスタルで出来たレイピアを出し、周に向け突き出した。

 だが、その突きを周は微動もせず、その代わりに周の前に砂が巻き上がり、周の盾となった。

「へぇー」

 そんな感嘆をアデーレが漏らし、くすりと笑った。だが開会宣言でのデモンストレーションのため、それ以上は責めることせず、レイピアを引っ込めた。そしてそのまま引っ込めたレイピアを防御の構えを取る。すると周の周囲に漂う砂が、まるで銃弾のようにアデーレに向かって飛んでいく。それをアデーレが高速の突きで、止める。だが漂う砂は突きだけでは、回避できない。では、どうするのか?皆がそう思った時、アデーレは宙にレイピアで十字を切った。するとそこから水が放出され、宙に漂う砂を固め、床に砂を落下させた。

 そしてお互いの攻防を見せた所で、周とアデーレは引っ込んだ。

 とうとう僕の番か・・・。

 狼は一回肩を動かしてから、前に出る。

 狼の前にはドイツの代表選手の一人であるヤーナがぺこっと頭を下げながら、前に出てきた。その顔には狼と同じように緊張しているのが分かる。

 そのため、狼は少し安心した。

 緊張しているのは自分だけではない。

「・・・行くよ」

 そう言って狼は、イザナギを復元した。

 すると、観客がざわつく。

 その刀にしては規格外の大きさと、柄のない奇妙な形をしているためなのかは分からない。だが、狼が持つイザナギに注目しているのは確かだ。

 よし、やるぞ。

 そう息込んで狼が、イザナギを構え前に踏み出し、ヤーナもそれに呼応するように前に出た瞬間・・・ツルン。

「へ?」

「え?」

 狼とヤーナの驚愕な声が重なる。

 そして狼とヤーナが先ほどのアデーレの放出した水で湿った床に足を滑らせて、見事に扱けた。

 狼は顔から。

「いたっ!」

 ヤーナは尻餅をつくように。

「きゃあ」

 そしてそんな二人を見て、観客からは笑い声が飛び交う。周りのメンバーは唖然としている。むくりと立ち上がった狼とヤーナは恥ずかしさのあまり、顔を下に向けるしかない。

 このどうしようもない恥ずかしさは、転んだ者同士しかわからないだろう。

 しかも・・・

「おおーっと、これは誰が予想していたパフォーマンスでしょうか?いやー見事なこけっぷりだー。けっこう長い間司会者を務める俺でも、初めて見た、身体を這ったパフォーマンスだぜ」

 マイク的には、フォーロを入れているつもりだろうが、まったくと言ってその効果はない。

 その為、狼とヤーナは終始無言のまま、後ろへと引っ込んだ。

 狼が溜息も付けない程落ち込んでいると、ポンと肩を叩かれた。

 叩かれた方を見ると、真紘が無言のまま「貴様の無念は俺が討つ」と言わんばかりの顔をして、真紘が前に出た。

 フィデリオも恥ずかしそうに俯くヤーナに軽く声をかけてから、前へと出て、真紘はイザナミを。そしてフィデリオは西洋剣型のBRVを復元し、間合いを取るように見つめ合った。

 そこに、観客の方から黄色の声援が上がった。主に女子。

「きゃあああああああああああああああああ。フィデリオ~~~!こっち向いてーー」

 そんな黄色の声援が飛び込んでくる。

「これは、すごいぞ。ハーゲン選手。さすがドイツのプリンス、「コールブランド・プリンス」の異名を持つだけはある。父親もドイツのアストライヤーであり、息子も次のアストライヤー候補ナンバー1。そして、女子からの人気もナンバー・・・1ッ!羨ましいぜ。このヤロー」

 マイク・ピーターが女子の声に便乗するように、そんなコメントを残してきた。それを聞いたフィデリオは顔を赤らめ、恥ずかしそうにしている。

 いきなり上がった女子の大きな声援に真紘も驚いていたが、すぐに顔を引き締めた。

 そして真紘はフィデリオに一礼をしてから、イザナミを構えた。

「はぁあああああああああ」

 真紘が声を張り上げ、フィデリオに向かって行く。フィデリオも真紘の刀身を受け流す。だが、受け流された真紘は既に次の構えへと入っていた。その速さにフィデリオが目を見張っている。

 狼は流石だな、と思った。

 フィデリオも真紘の攻めを防いで、鍔迫り合いとなっている。

 その時の真紘の表情はまるで、力を見定めているような表情だ。

 そして、何度かの討ち合いをしてから、両者は離れ、真紘は一礼してから後ろへと退いた。

 これでやっとデモンストレーションは終えることは出来たが、狼は腑に落ちない。

 なんで、僕ってこんな時に・・ああああああああああ、最悪だ。

 狼は気分をがくっと落としながら、ステージを降りた。



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