代表メンバー
『当機はまもなく成田国際空港に着陸致します』
機内にそんなアナウンスが流れ、淡いオレンジ色の髪に、琥珀色の瞳をしたドイツの代表候補生であるフィデリオ・ハーゲンは窓の外を眺めた。
「ここが日本か・・・」
小さく見えてきた日本の風景を見ながら、フィデリオは呟いた。
「確かフィデリオの幼馴染が来てるんだっけ?」
意地悪そうな笑みを浮かべて、冷やかしを入れてきたのは同じドイツの候補生で、緑色の髪を片方で三つ編みにした少女、アデーレ・カーティスだ。
「まぁ、そうだけど・・・でも、セツナと会う為だけに来てるわけじゃないよ!俺だって、ちゃんとドイツの代表生として来てるんだから」
「はいはい。そういうことにしときましょうかね」
フィデリオ必死の弁解も虚しく、アデーレはフィデリオの言葉を軽く流した。だが、耳まで真っ赤にしたフィデリオが反論できるはずもない。そのためフィデリオは肩を落としながら、溜息を吐く。
こんなんじゃ、いつまで経ってもセツナとの仲なんて進展するはずないよなぁ。
セツナが日本に留学してしまってから、フィデリオは少し焦っていた。
もしも日本でセツナが良い人を見つけてしまったら・・・そう思うと肩に重い物が乗ったような気持ちになる。
いいや。でも、こんな見っとも無い姿をセツナに見せる為に、日本に来たわけじゃない。祖国の立派な代表生として、他の四人の候補生と共に明日から開催されるworld Valor Astraier・・・通称WVAに参加するために来たのだ。
しかも今年はかなり注目される大会となるだろう。
なんせ、開催地がアストライヤー発祥の地、日本なのだから。
アストライヤーはその国によって、統括している制度が違う。ドイツや大半の国家は軍と同一でアストライヤーを管理しているが、イギリス等の未だ王室を有する国は、軍は国、アストライヤーは王室、というような形式が取られていている。その為、認可を下ろすのも大変なのだ。
ドイツは大統領と首相、二人の認可が下りると、政治交渉にアストライヤーを出すという方式を取っているが、イギリスなどは王室の認可を受け、動くというパターンである。
確か日本は、首相が日本の帝にアストライヤーを動かすということを申告し、帝が認めればアストライヤーを政治交渉上に持ち出すことが出来ることになっていたはずだ。
だが日本は自らがアストライヤー発祥国でありながら、一度もアストライヤーを政治交渉に持ち出した事がない。日本政府の中で『アストライヤーは最後の砦』とも言われているらしいが、それにしても、アストライヤーを出し惜しみしすぎだ。日本のアストライヤーを見たのは、本当に一度だけ。
日本が国連にアストライヤー制度という案を持ち出した時に一度、その日本の代表者として五人のアストライヤーが来ただけだ。
そのため、各国のアストライヤー関係者からは「日本は逃げ腰国家」や「何を考えているのか分からない」などの声が聞こえてくるほどだ。これまで幾度も世界各地でWVAは主催されたが、それでさえたった一度も日本が出場したことがない。その日本の代表候補生が、今回のWVAでは出場するのだ。
そうともなれば、注目されないはずがない。
各国のアストライヤー関係者からすれば、まさに日本は未知の領域と言ってもいい。日本はBRV開発も独自開発を行っている為に、海外との共同開発と言う交流の場にも現れない。
だが、今回はそんな日本のアストライヤー候補生が姿を現す。
そのため、今回の大会は世界の目が注目している。世界各国のアストライヤーに携わる有名企業、政治家、王室。そんな様々な人たちがこの大会を見にやってくる。
自国のアストライヤー候補生が如何なるものなのか、見定めをする為に。
今回の大会の結果で、代表の候補生から外される者。そのまま邁進する者。そういうのが別れてくる大会だ。だからこそ、フィデリオも含め、選手は自分の力を発揮することに全力を掛けている。
それは、隣で眠たそうにしているアデーレも同じだろう。
「おい、フィデリオ。おまえ、セツナに日本の候補生の事は訊いたのか?」
後ろの席からフィデリオの頭を小突いて訊ねて来たのは、ドイツの代表候補生メンバーのリーダーであるデトレス・ゲルハルトだ。デトレスは焦げ茶色の短髪で、頼れるお兄さんというような男だ。デトレスはフィデリオより二つ年上だが、昔からの知り合いでセツナの事も知っている。
「いえ、何も・・・」
「そっか。そうだよな。先にどんな奴らか訊いたら意味ないもんな」
「ええ」
そう答えて、フィデリオはデトレスも自分と同じ考えを持っているのだと思った。
そう、先に訊いてしまったら意味がない。
だからこそ、フィデリオはセツナに何も訊かなかった。訊いてしまったら楽しみが無くなるような気がしたからだ。
「それにしても、他の国の候補生って、どんな奴等なんだろうな?」
デトレスは遠くを見るような目で、そう呟いてきた。
「分かりません。でも、それでも俺たちは・・・」
「勝たないとな」
フィデリオの言葉をデトレスが続け、満足そうに笑った。
そんなデトレスにフィデリオは「うん」と静かな声で頷いた。
するとデトレスの横に座っていた藍色の髪の少女、ヤーナ・アイクが顔を自嘲気味に覗かせてきた。
「わ、私も精一杯頑張るね」
愛らしい目を向けながら、少し恥ずかしそうにそう言ってきた。
彼女らしい仕草に、デトレスとフィデリオが笑みを零す。するとヤーナは顔を赤らめてから、小さく微笑んだ。
「ふぅー、やっと嫌なテストが終わったー」
鳩子が高らかに腕を伸ばしながら、そう叫んだ。
明蘭では期末テストには二種類あり、一般的な筆記科目とBRVを使った実技テストがある。だが、以前、九条綾芽が主催した『サマー・スノウ宣戦』で勝ち抜いたデンメンバーは、根津以外のメンバーが実技科目の免除を要請した。そのため、今回のテストは筆記科目のみ。
「どうせなら、実技じゃなくて筆記を免除してくれればいいのに」
根津がそんな不満を漏らす。
そんな鳩子と根津を見て、季凛が笑った。
「あはっ。みんなテストの話で気を紛らわせてるとかないよね?」
率直な季凛の言葉に鳩子と根津は一気に息を詰まらせる。季凛が何について言っているのか、分からないはずもないからだ。
根津の隣にいる名莉も俯いたまま沈黙している。
「みんな、集まって何話してるの?」
そう声を掛けて来たのは、無邪気な笑みが似合う狼の妹・・・小世美だ。
そうこの小世美こそ、ここにいるメンバーが気にしている話題の人物。
「いや、テスト終わったからねぇ。良かったって話」
「そっか。みんなは学期末テストだもんね。私は学期末が出来ないから代わりに転入試験をやったよ」
小世美が少し口を尖らせながらそう言った。
だがすぐに小世美は、彼女らしい笑みを見せ、少し畏まりながら頭を下げた。
「でも、無事にこの学校に転入できました。改めまして黒樹小世美です。これからお友達としてよろしくお願いします」
そもそも、小世美が何故、明蘭に来ることになったのかと言うと・・・。
「何で?小世美がここに?」
狼が驚愕しながらも絞り出したような声で小世美に訊ねると、小世美は少し困ったような表情をしてから、驚きの言葉を口にした。
「んー、実は私が通ってた高校が、壊れちゃったの」
「えっ?学校が壊れるって?」
「それが、私にもよく分からなくてね。なんか夜の間に学校が壊されちゃったみたいでね、朝に登校してみたら、学校が瓦礫の山みたいになってたの。学校の先生たちもすごく驚いてて、私もどうしようかな?って困ってたら、ここの理事長さんが何故かその場に居て『明蘭に来ちゃいなYO』って、言ってくれたの」
その話を聞いていた、全員があの理事長だったら、この絶妙なタイミングでそういうことを言いだしかねないと思った。
「ですが、明蘭に入る為には、色々条件がありますよ。第一条件にゲッシュ因子を持っていなくてはいけないとか」
そう言ったのは、一緒に話を聞いていた左京だ。
「そうそう、それがびっくりなんです。私、その何とか因子を持ってないと思ったら、実は地味に思ってたみたいで・・・だから、何とかその条件はクリアしました」
小世美は初めて話す左京に対して、人見知りをすることもなく照れ笑いを浮かべながら、そう答えた。
「・・・嘘だろ?」
狼が唖然とした表情でそう言葉を漏らした。すると小世美は少女らしい無邪気さで頬を膨らませた。
「こら、私が来たっていうのに、オオちゃんは喜んでくれないだね」
「うっ、別に喜んでないとかじゃなくて、この学校は普通の学校と違って変わってるから」
狼が慌てて、小世美にそう言うと、小世美はケラケラと笑っている。
狼はそんな小世美を見て、困り顔はしていたものの、やはりどこか嬉しそうに微笑んでいた。
その光景を思い出していた鳩子は溜息を吐き出すのを堪えた。
小世美が良い子という事は分かる。これがとてつもなく意地悪な子だったらと何度考えたことかわからない。
それに小世美が狼の妹だということも知っている。
だが、だがしかし・・・・。
何故か狼の妹として曖昧に思ってしまう。
妹というよりは、仲の良い男女という方がしっくりきてしまう。悲しい事に。
しかも小世美も自分たちと同じクラス。これは理事長の計らいだろう。実に恨めしい。
「それにしても、オオちゃんどこいったんだろ?」
小世美がそう言いながら、キョロキョロと周りを見回している。
それにつられるようにして、根津や名莉も周りを窺っている。
「テスト中はいたんだけどね・・・」
根津が唸りながらそう言った。
そんな根津の言葉に、季凛がまたくすりと笑った。
「あはっ。テスト中にチラ見ですか」
確かに。
鳩子は黙ったまま、頷いた。
「なっ、別に違うわよ!!」
顔を少し赤らめて根津が慌てている。
はぁー。ネズミちゃんってバレバレ。
鳩子はそう内心で呆れながら、横目で小世美の顔色を見た。小世美は目をぱちくりとさせているだけで、特に変わった表情はしていない。
気にならないのかな?
鳩子は内心で唸った。
「でも、小世美はここに転入してきたんだから、BRVとかは決まったの?」
根津が話を切りかえる様に、小世美に訊ねた。
すると小世美は首をふるふると横に振った。
「それがね、私はBRVを持たなくても良いよ、って理事長さんに言われたの?なんか、私に合うBRVがないんだって。それくらい因子が少ないってことなのかな?」
「へぇー。でも最初は狼も合うのがなかったわよね。まぁ、狼の場合はもうイザナギで適合してたからみたいだけど」
「じゃあ、私もそういうのがあるのかな?」
「あるかも」
「わぁー」
名莉の言葉に小世美が嬉しそうな声を上げた。
するとその声に重なるように、教室にあるスピーカーから放送が流れた。
「これより、一週間後に開催されるWVAの代表5名を発表する」
スピーカーから流れた声は周の声だ。
その内容に生徒たちがざわついた。
「WVAに出るの初だっけ?」「誰が出るんだ?」「どうせ、一軍生だろ」などの声が飛び交っている。
そんなざわつきを押しのけて、スピーカーからの声は続く。
「WVAに出る代表は・・・大将、九条綾芽。副将、條逢慶吾。中堅、行方周。次鋒、黒樹狼。先鋒、輝崎真紘。以上5名とする」
その放送に、その場にいた全員が目を見開いた。
そして、皆の驚きを小世美が先陣を切って呟いた。
「オオ・・・ちゃん・・・」




