ready fight ②
ゲームのモニターは真紘の目線くらいの窪みにあり、そのモニターには剣を背中に背負った小型キャラクターが草原のような場所に突っ立っている様子が映っている。カーソルを動かせば、キャラクターもその方向に動く。これは俗にいうアクションロールプレイングゲームという物だろう。
真紘は、内心でこんな小さな剣で、大型モンスターを相手にするなど無謀な。とも思ったが、これはゲームなのだから、何でもありなのだろうと考え直した。
ゲームが開始されると、怪獣型モンスター一体は、大口を開けながら真紘へと突進してきた。すぐさま真紘は躱す為にカーソルを動かすが、上手く躱すことができず、体力ケージのような物が、少し減ってしまった。
「くっ、何故だ?」
真紘は思わず、苦言を呟いた。
真紘は戦闘時に置いて大切な、相手との間合いを取ろうと、後ろに後退したのだが、画面が目まぐるしく動き、怪獣モンスターの姿を見失ってしまったのだ。
必死で真紘は辺りを徘徊して、敵を探しているが見当たらない。その間にも部屋の水位は上がって行く。
しかも、真紘がやっとのことでモンスターを発見したと思えば、いきなり画面が別のステージに切り替わってしまった。
「なんだ?」
真紘がそう呟いた隣で、希沙樹が顔を下に下げたまま謝った。
「ごめんさない。私もこういう物はやったことなくて・・・その、色々なボタンを押していたら、何か他の場所に出てしまったみたいなの」
「そうか。だが気にするな。不慣れなのは俺も同じだ」
「真紘・・・」
希沙樹が感激したような声を上げる。
「それにしても、場所は変わったが、体力ゲージは回復しないみたいだな。回復をしたいんだが、それはどうすればいいんだ?」
隣にいる希沙樹も分からない為、真紘はそう呟くきながら、メニューボタンで持ち物を確認した。
メニューバーの中には、ポーション×3、エーテル×3、手榴弾×2・・・などの言葉が表示されている。真紘はすぐにポーションを選択し、ダメージを回復させた。
「よし、これで敵に見つかっても大丈夫だろう」
満タンになった体力ケージを見て、真紘が一息つくと、メニューバーの下の方に気になる表示があった。
「・・・ボイス?」
そうメニューバーには、ボイスとはっきり書かれている。
「なにかしら?」
希沙樹も真紘と同じように、首を傾げて『ボイス』という表示を覗き込んでいる。
「ボイスということは、声のことよね?」
「ああ、そうだな。よし、ここは試しだ。一回試してみよう」
「それじゃあ、わたしも・・・」
そう言って、真紘と希沙樹が『ボイス』にカーソルを合わせ、選択すると、いきなりMPと書かれている所の数値が10も減り、そして小人のようなキャラクターが画面上で上を向き、叫んだ。
『ウッ、ウッ、ウゥー!』
『ハァアアアア、ハッ!!』
その姿に思わず、真紘と希沙樹は沈黙してしまった。
いったい、なんだったんだ?
画面ではキャラクター達が叫んだだけで、それ以外のアクションは何一つ起こらない。意味が分からず、真紘が再びメニューバーを開いた。そこにあるチュートリアルを見ると、キャラの動かし方や、HPについて、そしてMPについての事が書かれている。さっき数値が減ったMPについての解説を読むと、そこには『魔法や特殊技を使用するときに必要なポイントです』と書かれている。だが、ボイスについての説明は無し。
急いで、メニューバーに戻り、魔法を選択すると、サンダー、MP5と表示されている。これは、これを使うためには、MPが5消費されるということだろう。
それは分かった。理解した。
だが分からないのは、何故あんな意味もない『ボイス』で10もポイントを費やしてしまったのだろうか?ボイス一回で、サンダーが2回も使えるということだ。
そんな事を思いながら、真紘と希沙樹が落胆していると・・・スーッという寝息のような物が聴こえた。
真紘がセツナを見ると、セツナが真紘に掴まったまま寝息を立てて、寝ている。
「なっ、私と真紘にこんな苦労させて、しかも自分は羨ましいことに真紘に抱きつきながら寝るだなんて、どれだけ図太い神経をしてるのかしら?」
希沙樹が不服たっぷりの表情でスヤスヤと寝息を立てるセツナを睨む。
「まぁ、そう睨むな、希沙樹。下手に恐怖心を与えるよりはいいだろう。ヘルツベルトは水が苦手らしいからな」
真紘にそう言われ、希沙樹が仕方なく口を噤んだ。
内心、真紘もやれやれと思いながら、画面に視線を移すと、真紘と希沙樹のキャラクターが地面に寝そべり、欠伸を掻いていた。
「なっ、戦場で地面に寝そべるなどッッ!この者にはやる気という物はないのか!?」
真紘はゲーム上でのキャラクターというのを忘れ、静かに憤慨した。
しかも真紘が少し、カーソルを動かすと、ゲームのキャラクターはゆっくり立ち上がり、手を伸ばして、もう一度欠伸をした。
「この者、戦場を舐めている。これではマンゴー姫を救えるものか」
そう呟いている真紘を見て、横にいる希沙樹が心配そうな視線を真紘へと送っているが、真紘は気づいていない。
そんなリラックスムードを漂わせていた、二体のキャラクターの前に上から翼を羽ばたかせ、怪獣モンスターが飛来してきた。
すぐさま真紘と希沙樹がコントローラーをきつく握る。だが、意外にもモンスターの動きは俊敏で、太い尾を真紘と希沙樹に向け、叩きつけてきた。
それを躱すこともできず、見事に喰らってしまった真紘と希沙樹は地面に倒れたまま、頭の上で星をだしている。
「さっきまで怠けていたから、こうなるんだ!早く立て!!」
「そうよ!早く立って、真紘を援護しなさい」
二人は一瞬、自分たちが操っていることを忘れ、まるで指揮司令官のように画面に向け叫ぶ。
だがそんな叫びは無意味だ。ゲームにおいて強さというのはコントローラーを握る真紘と希沙樹の技量にかかっているのだから。
けれど二人にゲーマーとしての技量は皆無。そのため、何度も何度もモンスターに倒されてしまう。倒されてはまた振り出しに戻り、少し攻め方を変えてもやられてしまう。
「何故だ?何故倒されてしまうんだ?」
「わからないわ。このキャラクター反応速度が鈍すぎるんじゃなくて?」
理不尽な不満を真紘と希沙樹は漏らした。
だが不満を漏らした所で、モンスターに勝てるわけでもない。
こうしている内に、水位は既に希沙樹の胸の辺りまできてしまっている。そのため、残された時間はあと数分といったところだろう。
真紘はしばしの沈黙をすると、何かを決意したようにモンスターへと猛進した。
「希沙樹、ここは一匹ずつ倒すのではなく、総力戦だ。俺が奴を斬りつけている間、魔法などで遠隔攻撃を行ってくれ」
「わかったわ」
そして、幾度となくモンスターに倒れさているため、モンスターの尾、翼による攻撃が強力というのも、理解しているため真紘は、できるだけモンスターの懐にまで近づき、それらの攻撃を躱す。そして少なからず、真紘が斬りつけると、モンスターのHPが少しではあるが減っている。
その間に、攻撃発動に時間のかかる魔法系を希沙樹が準備し、一気にモンスターへと氷系、魔法の攻撃を放つ。
それを見ながら、実に希沙樹らしいと真紘は思った。こんな時でも氷系の技を使う希沙樹を見て、真紘は思わずはにかんだ。
希沙樹の攻撃を受けたモンスターは効き目抜群だったのか、真紘が与えたダメージよりも遥かにHPを消費している。
これなら、あと一撃、与えればこの一匹は倒せるだろう。
真紘は相手が弱って、怯んでいるような状態で一気に斬り込んだ。
すると、モンスターのHPゲージも無くなり、跡形もなくモンスターの姿はなくなった。
なんとも呆気ない消失の仕方だが、やっとモンスターを一体倒したことで、自然と真紘と希沙樹は笑みを浮かべながら、頷き合っていた。
後は残り一匹。
真紘と希沙樹は、姿の見えないもう一匹のモンスターを急いで探し回る。
そうして探し回っていると、いた。
真紘と希沙樹の前に、どっかりと座り込んだモンスターの姿が見えた。
「時間がないな。先ほどの作戦で行かせてもらう」
「了解」
そして、先ほどと同じ戦法で、真紘がモンスターに勝負を挑む。
モンスターは大口を開けながら、真紘に突撃してきたがそれを真紘は躱し、後ろから攻撃を加える。それに合わせてダメージも与えられたが、さっきとは違う事が起きた。
さっきのモンスターは、すぐに攻撃を加えた方の真紘へと向き直ってきたのだが、今度のモンスターは真紘に目を向けず、そのまま正面にいる希沙樹へと突撃しに行った。
「しまった!!」
希沙樹は魔法攻撃の発動のため、回避はできない。
だが、防御もせず真正面からの攻撃を受ければ、希沙樹のHPゲージがただでは済まなくなってしまう。
そうだ、後ろから手榴弾を当てれば・・・。
真紘はそう思い、急いでメニューバーを開く。
そして手榴弾を選択しようとした、その時。焦る気持ちが手元を狂わせた。
真紘が選択したのは手榴弾ではなく・・・・ボイス。
『ウッ、ウッ、ウゥー!』
「こんな時に唸るな!!」
流石の真紘も絶望的な気持ちになり、そう叫んでしまった。
こんなときにこんな大きなミスをしてしまうとは。なんという情けないことか。そう真紘が嘆いていると、希沙樹が声を上げた。
「真紘、モンスターの動きが止まったわ」
「何ッ!?」
そう言いながら、真紘が画面に目を向けると・・・本当にモンスターの動きが止まっていた。
きっと、ボイスとはモンスターを前にすると、威嚇という効力を発揮するのだろう。
「こんな効果があったとは・・・」
思わず感嘆してしまったが、真紘はすぐさま気を引き締めた。
「よし、一気に攻める」
そう言って真紘は、今度は間違えずに手榴弾をモンスターに向け投げ、尻尾辺りに命中させた。するとモンスターのHPがこれまでにない速度で減り、続けて希沙樹による魔法によって、一気にHPが底を尽きた。
二体のモンスターが消えると、ピロピロリーンという効果音と共に、マンゴー姫らしき服装をしたキャラクターが出てきて、万歳をしている。
それに続けて、『おめでとう!宝物ゲットだ』というテロップが画面上に流れた。
そのテロップを見た真紘が、水中の中にある宝箱を見ると、宝箱の蓋が開錠されていた。その中に、鍵のような物が括り付けられているのが、うっすら見えた。
「希沙樹、済まないがヘルツベルトを頼む」
そう言って、眠って力の抜けたセツナを希沙樹に託すと、真紘は水中へと潜り、宝箱に括り付けられた鍵を掴む。そしてそのまま、扉の鍵穴へと差し込み、扉を蹴破った。
扉が開かれ、部屋に溜まった水が外へと溢れ出す。上から注がれる水の方は真紘たちがゲームにクリアしたと同時に止まったため、これでもう安心だろう。
水が引き、真紘と希沙樹が一息ついていると、希沙樹に支えられていたセツナがうっすらと瞼を開いた。だが、その顔はまだ少し眠そうで、半眼となっている。
「いい加減に起きなさい。いつまでもそんな顔、はしたないわよ」
まるで姉が妹を叱るように、希沙樹がセツナを叱るとセツナは目を擦りながら、何とか眠気と戦っている。
「ごめんなさい。私、寝ちゃったみたいで・・・」
「本当よ。よくあの状況で寝れたわね。普通の人だと考えられない芸当よ」
呆れたように溜息を吐きながら、希沙樹はそう言った。
「あはは。最初は怖かったんだけど、マヒロに掴まってたら妙に安心しちゃって、それで、安心したら、マヒロが温かくてつい」
セツナは照れ隠しのように笑いながら、そう説明すると真紘に手を合わせて「ごめんなさい」のポーズをしている。
「俺は気にしていない、だから変に気にしなくて大丈夫だ」
真紘がそう言うと、セツナは顔をぱぁっと明るくさせ笑顔を作った。
「だが、寝てしまうほど緊張感がないのも、どうかと思うがな」
少しイジワルを真紘が言うと、セツナは慌てたように自身の頬を叩いた。
それを見て、真紘は失笑した。
そこまで慌てさせるつもりは無かったんだがな。
内心で真紘はそう思いながら、妙な満足感を感じていた。
きっとそれは、生まれて初めて少年らしい遊びを堪能した所為かもしれないと思いながら。




