ready fight①
うーん、いったいここはどこなんだろう?
「マヒロもどこ行っちゃたんだろう?」
セツナは一人、そう呟きながら肩を落とした。
「皆とも逸れちゃったし・・・特に変わった所も見当たらない」
何の変哲もない部屋や廊下を見ながら、セツナは「むぅー」と唸っていた。左京たちが心霊スポットだと言っていたから、少しは怪奇現象的な物が起こるかもとも、期待していたが、まったくそんな兆しは見えない。
さすがに友達になろうとは思わないけど・・・
怖いけど見たい。
セツナの中でそういった好奇心が渦巻いていた。それでもやはり、出てこないものは出てこないのだ。セツナは吐息を吐き出しながら、自分の縁の無さに嘆くしかない。
「早くマヒロに会いたいな・・・」
そう呟いてからセツナははっとした。
な、なに言ってるんだろう?私ッ!!いや、でも会いたいのは本当で。いやいや、ちょっと待った、自分。
こんな事を自分が考えているということが、もしも希沙樹にでもバレたら・・・
少し考えただけでも、ぞっと寒気がセツナの身体に走った。
「doch・・・」
真紘に会いたいと思ったのは事実だ。それを否定するというのも妙に気が引ける。
セツナは一個人として、真紘を尊敬している。それはただ単に強いからというわけではない。真紘という人は、自分の意思を突き通す人だとセツナは思っている。その姿は人によっては、嫌な風に映るかもしれないが、少なからずセツナは違った。
何事にも自分を突き通すというのは、誰にでも出来るものではない。
自分を突き通すということは、それだけの努力をしないといけない。そうでなければ、ただの傍若無人になってしまうだけだ。
だからこそ、真紘は誰よりも鍛錬を怠らず、強くあろうとしているのだと思う。
そしてその姿を、セツナは真紘に稽古してもらっている中で知った。その姿はとても眩しく思えた。
だからこそ、セツナは真紘の後を追い、できれば隣に立ちたいと思うし、今も早く真紘に会いたいと思ってしまう。
「今はいち早くマヒロを捜し出すとして・・・・。私は絶対、マヒロの隣に立つ!!それが私の目標!!」
セツナは頬を叩いて、自分に気合を入れ直し、続けて
「よーし!頑張るぞーーー!」
と自分を大きい声で鼓舞していると、後ろから声が掛かった。
「その声はヘルツベルトか?」
その声の響きに、セツナは何とも言えない嬉しさが込み上げた。
目の前からイザナミを手にした真紘がやってきたのだ。
「マヒロ!!」
「真紘!!」
不意に二つの声が重なった。
一つはもちろん、セツナのもの。
そして、もう一つは・・・
綺麗な髪に緩めのウェーブ髪を棚引かせて、真紘の後ろからやって来た希沙樹の声だった。
希沙樹もセツナの存在に気付いたのか、微妙に顔を引き攣らせている。
「あら、金・・・いえ、ヘルツベルトさんもいたのね。もしかして、私よりも先に真紘といたんじゃないでしょうね?」
希沙樹の表情は、穏やかに微笑んでいるが、何故かそこに凄味が感じられる。思わずセツナは後ろに身体を引いてしまうくらいだ。
そんな感じでセツナが希沙樹から出る妙な威圧に、気後れしていると、二人の間にいる真紘が口を開いた。
「いや、俺とヘルツベルトは先ほど会ったばかりだ。それにしても、何故二人りがここにいるんだ?」
真紘がセツナと希沙樹を交互に見ながら、そう訊ねてきた。
「マヒロとロウの帰りが遅いから、みんな、心配して来たの」
「そうだったのか。それはすまない事をしたな」
真紘が申し訳なさそうに、謝ると後ろにいた希沙樹が、真紘へと近づいた。
「いいえ。真紘が謝る必要はないわ。だって、ここがどういう所かも真紘は知らなかったんだし、こんな仕掛けだらけの施設なら迷ってしまうのも当然。現に私も含め、ここに来た人たち、全員迷っているんじゃないかしら?それはそうと・・・真紘は無事だった?」
希沙樹が真紘を心配そうな表情で見た。
すると、真紘はにっこりと微笑んで「大丈夫だ」と返事をした。
その光景を見ていたセツナは、何とも言えない疎外感を感じていた。
希沙樹は真紘を小さい頃からよく知っているのは、セツナも知っている。だからこそ「ザ・二人の世界」という空気を醸し出されているのだろう。
だからこの二人の空気は、仕方ないと言えば仕方ないのだが・・・何故か腑に落ちない。
セツナが腑に落ちない表情で、二人を見ていると、希沙樹が横目でチラッとセツナを見て、小さくガッツポーズをしている。
そんな希沙樹の行動理由も分からず、セツナは思わず口をあんぐりと開けた。
「じゃあ、先に進むか。ここにいても無意味なだけだしな」
「ええ、そうね」
「あとは、ロウとみんなを探さないと」
セツナがそう意見を出すと、異論はないのか真紘も希沙樹も頷いた。
三人で先へと進んでいると、下へと降りるための梯子が見えてきた。
「この梯子で下に降りられるみたい」
梯子を指差しながら、セツナがそう言うと、イザナミを持った真紘が下を覗くようにして、危険がないかを確認している。
「特に変な所はないな。では俺が最初に降りて、下の様子を窺い、危険が無いようなら合図を送る。それまで二人はここで待機していてくれ」
真紘の言葉にセツナと希沙樹が頷き、それを見た真紘が梯子を使い下へと降りて行く。
そして、数分経つと梯子の下から、風が凝縮された、野球ボールくらいの弾が上がってきて、静かに弾けた。
それが真紘からの合図だ。
その合図を受けたセツナと希沙樹も順に梯子を降りて行く。
梯子を降りると、そこには玩具の宝箱のような物が部屋の中央にあり、壁には分厚い鉄鋼で出来た扉がある。そして反対側の壁には、窪みのような物が開いていて、そこに一世代くらい昔のテレビゲーム機が置かれていた。
「何この部屋?」
部屋を見渡しながら、セツナはそう呟いた。
そんなセツナの疑問は、他の二名も同じなのか皆似たような表情を浮かべている。
そしてそんな三人の頭上で、バタンッという音がした。
三人が一斉に顔を上へと向ける。見上げた先には、自分たちが降りてきた梯子の方だ。しかも、そこから一定量の水が落ちてきている。
「へっ?」
思わず短い声を上げたのは、セツナだ。
その間にも部屋に水が溜まり始めてきている。
「これもここの仕掛けってわけね」
「ああ、そうみたいだな。よし、すぐにでも扉を破壊して脱出するか」
「ええ、そうね」
真紘と希沙樹が冷静に状況判断をして、意見を纏めている中・・・一人、もう既にパニックに陥っている人物が一人。
「Nein(嫌ッッ!)! Aber(本当に) Nein(無理!!)!!」
セツナはドイツ語で半べそを掻きながら、叫んでいた。
そして、そのままセツナは真紘にしがみ付く。
「ちょっ、貴方何してるの!?」
真紘へと抱きついたセツナを、希沙樹が引っ張り剥がそうとするが、セツナは頑なに真紘にしがみ付いて、離れない。
抱きつかれている真紘も、予想外の事で困惑した様子だ。
「落ち着け、ヘルツベルト。大丈夫だ!!」
いくら真紘が叫んでも、セツナは首をブンブンと振って、まったく聴く耳を持っていない。むしろ、部屋の中にある水の水位が上がれば、上がるほど真紘にしがみ付くセツナの力が強くなっている。
これでは、イザナミを揮うに揮えない。
「だから離れなさい!!」
半分躍起となった希沙樹が懸命に、真紘からセツナを引き剥がそうと奮起している。だがそれでも、セツナが離れないと分かると、希沙樹が鋭い目つきで、セツナを睨んだ。
「セット・アップ」
と呟くように言った希沙樹の手に、希沙樹のBRVである突撃槍が握られていた。
「こうなれば、強硬手段よ。私の前で真紘に抱きつくなんて、これは重罪よ」
そう言って、希沙樹がセツナに向け、槍を突く。真紘はそんな希沙樹の突きを、セツナを抱えながら躱す。
だがそれでも、希沙樹の突きは止まない。
「希沙樹も落ち着け!」
すると鬼神の如く、セツナに突撃槍の矛先を向けていた希沙樹の動きがぴたっと止まった。
だがそれでも、希沙樹の表情は曇ったままだ。
まるで「何故、真紘はそんな子を庇うの?」と言いたいような目で、希沙樹が真紘を見ている。
もう部屋の水位は、真紘の腰のラインまで上がってきているため、無駄に時間を費やす事は避けたい。
だが真紘にしがみ付いているセツナは沈黙したままだ。
ここまで水位が上がってしまうと、希沙樹に水を凍らせてもらうわけにもいかない。
真紘は部屋を見渡しながら、考えていると、壁の窪みにあったテレビゲームが独りでに起動し、そしてそのゲーム機から場違いなコミカルな音が流れ始めた。
テレビゲームのモニターを見ると、そこに小人のようなキャラクターが二人いて、敵キャラクターである、怪獣二対と対峙していた。
そして、その上に『脱出したければ、この怪獣を倒し、マンゴー姫を助け出せ!!』と表示されている。
真紘は、希沙樹と顔を見合って頷くと、すぐさまゲーム機のコントローラーを握った。
けれど、真紘はこれまでにゲーム機で遊んだ記憶がない。
それは隣にいる希沙樹も同じだろう。そのため、希沙樹も難しい顔でコントローラーを握っている。
「ここから抜け出すためにも、早々に方を付けるぞ」
まるで本当の戦闘を行うような、物言いで真紘が希沙樹に声をかけた。
「任せて」
そして、モニター画面に「ready・・・fight!!」という文字が表示され、二対二のバトルが開始された。




