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信じる者は救われる

 下へと向かったイレブンスの乗った床も鈍い音をたて、停止した。

「ったく、なんなんだよ?こっちは不完全燃焼だろうが」

 イレブンスが手に持ったアサルトライフルを消しながら、文句を呟いた。

 そしてイレブンスが顔を表に上げると、そこにはいないはずのヴァレンティーネがお人形のように座っていた。

「あらあら、イズルが上から降って来たわ」

 大きな目をぱちくりさせ、驚いた顔をしている。

「なんで、おまえがここにいんだよ?」

「それは、イズルが遅いから迎えに来たんです」

「一人で、か?」

「いいえ。マイアと来たわ」

「でも、あいつの姿ないぞ?」

「そうなんです。一緒にここに入って、気づいたら逸れていたんです。どうしましょう?」

 困り顔で首を傾げたヴァレンティーネに、イレブンスは一気に気落ちしてしまった。

「おまえって・・・本当に・・・人を戦意喪失させるの得意だよな」

「そうかしら?私は何もしてないわよ?」

「わかったから、いつまでも座ってないで立てよ」

 疑問符を浮かべながら首を傾げているヴァレンティーネを立たせ、イレブンスは暗い廊下に視線を向けた。

 暗い廊下の突き当りには、どこかの部屋の扉のような物があり、反対側の突き当りは行き止まりとなっていて、行くとしたら前にある扉に行くしかない。

 窓が一つもないため、地下なのかとも思ったが、この機械(からくり)屋敷だと、その考えすら怪しい。

「とりあえず、あの部屋に入るしかないな」

「はい!」

 さっきまで困り顔をしていたヴァレンティーネは、この場に不具合な元気な声を出してイレブンスの腕に掴まってきた。

 こいつ、呑気だな。

 横目でヴァレンティーネを見ながら、イレブンスは苦笑した。

 廊下にあった扉を開けると、そこは部屋ではなく、ミラーハウスのように鏡が入り組んだ道が続いているだけだ。イレブンスとヴァレンティーネは顔を合わせてから、首を傾げた。

「ここってまるで、遊園地みたいね」

「そんな楽しい所じゃないけどな」

 そう言い合いながら、鏡が張り巡らされた廊下を進む。自分とヴァレンティーネの姿が何枚もの鏡に映り、何重にも映し出され、不思議な感覚に陥りそうだ。

 それにしても・・・あいつらが言っていた化物ってなんなんだ?

 冷静になった頭でさっきの事を考える。

 狼と真紘はトゥレイターの施設で化物を見たと言っていた。だが自分もあの施設で戦っていた。だが狼たちが言う化物を見たことはないし、聞いた事もない。

 自分が見たとすれば、四年前の夏にアストライヤーの者に襲われた時に見ただけだ。自分が見た化物と狼たちが見た物が同じかはわからない。だが、自分が見た化物は、真紘たちが言っていた化物と違う点が一つある。

 それは、「ゲッシュ因子を持つ者を襲う」という部分。そこは、イレブンスが四年前に見た化物とは違う点だ。

 イレブンスが出くわした化物は、確実に因子を持たない者を狙っていた。だからこそ、自分はここにいるのだから。

 そう、だからこそ・・・・

 五十嵐は死んだんだ。

 自分の前で人とも言えない姿に引き千切られ、捕食されていく友人。それを四年前の自分はなす術もなく見ているしかできなかった。

 どんなに自分がその時に持っていた力を出しても、化物にはまるで通用せず、それでも自分は意味ない攻撃を続けるしかできなかった。

 どんどん跡形もなくなっていく、友人の姿に無様に叫ぶしかできなかった。喉が切れ、声が擦れても叫び続けたが、それも所詮は無意味な事だ。

 イレブンスはその時、自分の弱さも、無能さも、そしてアストライヤーという制度の穢さも痛いほどわかった。強くならなければ、自分が守りたい物も守れないということも。

 だからこそ、あの時、あの場に現れたフォースの手を取り、トゥレイターに入った。

 上へと上がるために、同じ飯を食べ、会話をした者とでさえ、次の日には殺し合った。死ぬ気でやった。あの頃のイレブンスは、誠たちと同じように道場には通っていたが、誠たちと違って専門的な訓練をしていたわけではない。

ゲッシュ因子の使い方さえ基礎的な部分しか分からないため、ほぼ独学で覚えるしかなかった。

 トゥレイターでは、アストライヤー候補生のように戦い方から、BRVの使い方まで、一から教えて貰えるはずもない。全ては実戦から身に付ける。しかも、どんな場面でも対応できるように色々な武器をトレードに使わされ、データを取られる。それの繰り返し。そして、その中で飛び抜けられた者だけが、ナンバーズになれ、専用のBRVを与えられる。

 だからこそ、トゥレイターでは汎用型のBRVを使用する者が少なくない。イレブンスもその内の一人だ。

 そもそもイレブンスという数字に意味なんて物はない。ただ十一人いる強襲部隊の者を示す、識別コードでしかない。ただそれだけの数字だ。

 そして、イレブンスという数字も、ただ単に前のイレブンスが殺され、空番になった所に入っただけだ。

 そんな俺がアイツらと、何、普通に話してんだか。

 どんなに無害そうな狼たちだって、アストライヤー側にいるのであれば、自分の敵だ。そして左京や誠も。

「イズル?そんな怖い顔をしてどうしたの?」

 ふいに考え込んでいたイレブンスをヴァレンティーネが心配そうな表情で見ていた。

「いや、なんでもない」

「なんでもないようには、見えないわ。なんだかとっても、辛そうだもの」

「別にそんなんじゃない。おまえの考え過ぎだ」

 イレブンスがヴァレンティーネから顔を背けると、いきなり手を広げたヴァレンティーネが前に立った。

「・・・おまえ、何してんだ?」

「なにって、抱きしめてあげる!!」

「はぁ?」

 イレブンスが面を喰らったように、顔を顰めると、ヴァレンティーネはイレブンスへと近づき、イレブンスへと抱きついてきた。

「これじゃあ、抱きしめるじゃなくて、抱きついてるだろ」

「仕方ないわ。イズルが屈んでくれないと、抱きしめられないもの。だから、私が抱きつくことにしたの」

「なんだよ?その理屈?」

 イレブンスは思わず苦笑を漏らした。抱きついているヴァレンティーネは「むぅ~」と小さく唸っているだけだ。

「ねぇ、イズル?」

「なんだよ?」

「私はね、貴方のこともっと、もっと知りたいわ。だから、話してくれない?その分、私も自分の事たくさん話すわ。私の中で大きい事から、小さい事まで全部・・・」

 そう言いながら顔を上げたヴァレンティーネの表情はとても柔らかい笑顔を浮かべていた。イレブンスはそんなヴァレンティーネの頭を撫でながら思った。

 この笑顔なら信じられる・・・そう感じた。

 だからこそ、自分にこれまでにあった、全ての事を話そうと思えた。

 そしてこの笑顔だけは、例え何があっても守り抜こうとも。




「あはっ。マジありえないんですけど?この組み合わせ何?」

 ぐさっ。

 笑顔でそんな事を、面と向かって言われた勝利の胸に、鋭い季凛の言葉が突き刺さった。

「勝利様、そんな気を落とさない方がいいって。女子高生の言葉は完全スルーが一番」

 隣にいる大志が、勝利の肩を叩きながらそんなことを言ってきた。

「それにしても、左京たちの中に情報操作士がいてよかったですね~。無事に目的地に着けたし」

「真里、そういう不謹慎な言葉は慎め!!」

 そう言ったのは、眉間に皺を寄せた輝崎の懐刀である左京だ。

 そう、今はあの林で叫び声を上げた後、左京たちと合流をしたのだが、これがいけなかった。

 左京たちのメンバーの中には、大酉鳩子という情報操作士がいて、まんまとこの保管庫へのルートを教えらえてしまったのだ。

 しかも、何故か最初に保管庫へと入っていた者が、見当たらなくなってしまったのだ。そのため、この場にいるのは、勝利、大志、真里、左京、季凛というメンバーだ。

 真里たちよりは頼りになるだろうと思っていた左京も、真里に聞いた所大のオカルト嫌いということで、戦力外。

 もう一人の季凛という少女も、さっきからため息混じりについてきているだけだ。

 ため息つきたいのは、こちらの方である。

 だが、そんなこと言えば冷たい笑顔で、倍返しをされかねない。二十八の独身男からしたら、女子高生からの冷たい言葉は、まさに脅威。

「それにしても、この部屋なんもない」

 真里がそう言うように、目の前に広がる部屋には家具一つない。

「では、早く別の部屋に参りましょう」

 左京が入口付近に立ちながら、中を見回している四人を急かす。勝利もそんな左京の意見には大いに賛成だ。

 真里たちも、何もない部屋に興味はないのか、入口に意外とあっさりと頷いてくれた。

 ほっと胸を撫で下ろした勝利だったが、まだ胸を撫で下ろすのは早かった。

 いきなり左京の目の前で扉が閉まり、どこからともなく、椅子が現れた。

「あ、丁度いいから休んで行かない?真里、疲れちゃった」

「いいや。行くぞ。真里」

 これだから、肥満の奴は!!

 勝利がやれやれと首を横に振りながら、椅子に座った真里を立たせようとした勝利の膝裏に何かが当たり、まるで膝かっくんをされた形で、勝利も真里と同じように椅子に座らされてしまった。

「なんだ、勝利様も本当は座りたかったんじゃないですか~」

「断じて違う。これは物に当たった反動の勢いで座っただけだ」

 真里に反論した勝利が立ち上がろうとすると、・・・・ん?

 立ち上がれない。

 違和感に気づき、視線を自分の手足に移すと、いつの間にか手足に手錠が巻かれ身動きが取れない状況になっている。

「な、なんだ?」

 勝利がそんな声を上げると、別の方からも似たような声が上がっていた。

 見れば大志も季凛も、そして左京でさえも椅子に縛り付けられていた。

「は?何これ?意味わかんないんですけど?」

 季凛が驚愕混じりの声でそう叫ぶ。

「ちょっと、勝利様、何とかしてくださいよ」

「無茶言うな!!俺だって真里、貴様と同じ状況だ」

「そこをなんとかするのが、齋彬の当主でしょ」

 真里に続き、大志までふざけた事を抜かしてきた。なんとか出来るならもう既にしている。このくらいなら、ゲッシュ因子をただの無形のエネルギーに変換して、壊すことも考えたが、何故だか、身体に力が入らない、というより、身体に感覚がない。これでは例え容易な無形エネルギーの放出でさえ、できなくなってしまう。

 ゲッシュ因子を使用する場合、脳からの信号でどこから放出するのかを決めるのだが、どうもその信号が麻痺っているかんじだ。

 そのことを、自分以外の者も分かっているから、誰も椅子を壊すことも出来ずに、てんやわんやと慌てふためいているのだろう。

 左京にいたっては、状況がまったく呑みこめず、目を見開きながら固まってしまっている。

 しっかりしろ。蔵前!!

 しかも、部屋にあった窓は分厚いカーテンに覆われ、天井からは、物凄い勢いで、まるで四つん這いで歩いているような音が聞こえてきた。

「どうしよう?・・・いきなり、天井から髪の長い女の人がこんにちはとか・・・」

 真里がそんな物騒な事を呟く。

 そういうことを言うのは止せ。言霊方式で本当になったらどうしてくれるんだ!?もし、真里の言う通り、そんなシチュエーションが起こったら、まさに死亡フラグだ。

 その音は、嘲るかのように何週も何週も天井をぐるぐるしているようだ。

「あはっ。洒落になんねー」

 ですよねー。

「やばいって!!俺には分かる!これ絶対ダメな奴だ」

 大志、貴様じゃなくても、誰でもやばいことくらいわかる。

「ねぇ、なんかお経みたいなの聞こえてこない?」

「真里、何言ってるんだ?悪ふざけするにも大概に・・・」

 勝利が真里を窘めようとしたが、最後まで言葉にならなかった。

 聞こえてしまったからだ。

 本当に。

 お経を唱える声が。

 勝利含め、全員がお経が聴こえる方に向くと、目を瞑りながら左京がお経を熱心に唱えている姿が、全員の目に映った。

 ダンッ。ダンッ。

 左京のお経がだんだん大きくなると、天井での足音が消え去り、今度はまるで頭を打ち付けているような音に変わった。

「蔵前!!やめろ。相手を刺激するな!!」

「そうだよ。左京、あっちガンギレだって」

「余計なことしてんじゃねーよ!!」

「やばい、大志の心臓止まるかも・・・」

 そんな全員の言葉を受けても、左京はお経を唱えるのをやめようとしない。むしろ、恐怖のあまり周りの声が耳に入ってすらいない。

 気持ちは痛いほど分かるが、ここで理性を失っては奴の思うつぼである。

 そう考えている間にも、頭で天井を打ち付けているような音が鳴り続けている。

 もう嫌なんですが。

「ちょっと・・・あれ・・・」

 真里が引き攣った声で部屋の端に目を向けていた。

「いやいや、ないないない」

「もう、ホントにリアルにふざけんなよ!!」

 そんな大志の全面的な拒否声と、季凛の激怒混じりの悲鳴を背に、勝利と左京は首をまっすぐ固定したまま、動けずにいた。

 勝利と左京の中で「振り向いてはいけない。見たら終わる」という潜在的な危険意識が働いていた。

 じっと首を固定したままの二人は、ある異変に気付いた。

 音が止んだ?

 さっきまで天井に響いていた、不快な音が聞こえてこない。真里たちが騒いでいる間にもずっと鳴り響いていたというのに。

 勝利と左京が気になり、ふと天井を見上げた。

 すると丁度人一人くらいの顔の穴が開いており、そこから・・・

 目を見開きながら、左京と勝利を見つめる女性と目が合った。

 目が合った勝利と左京から血の気が引き、そのまま視界が真っ暗になった。


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