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価値観

 狼が金曜日の集会の内容を言い終える頃には、前にいたイレブンスは腹を抱えて笑っていた。

「くははは。おまえら、そんなどうでも良い事に時間使ってんのかよ?いや、もう暇人つーか、ただの馬鹿っていうか・・・はははは。しかし、さずが正義の味方!!そうだよな、正義のヒーローは純潔じゃないとなぁ」

 イレブンスは壁を叩きながら、笑い続けている。

 狼と真紘は言い返す言葉もなく、黙って受け入れるしかない。

 馬鹿な事を話合ってしまったのは、消えない事実だからだ。

「そんなに笑うけど、イレブンスはどうなんだよ?」

 少しむくれた声で狼が訊ねると、イレブンスは狼の方を向いた。

「俺が童貞(チェリー)なわけないだろ。てか、その年になって、童貞の方がおかしいんだよ」

 狼はイレブンスにそう言われ、心から「訊かなきゃよかった」と後悔を胸で噛み締めた。そして、そんな狼を見て、イレブンスがおもしろがって、笑っている。

「で?馬鹿殿の相手は誰なんだ?」

 笑いを止めたイレブンスが真紘の方を向いた。

「何故、いきなり俺に話の矛先を向ける?」

「そこは、聞いとかないとなー。なんで、そこまで隠したがるんだよ?」

「それは・・・」

 真紘は視線を下に向け、口籠った。

 そんな真紘を見て、イレブンスが何か閃いたようにニヤっとした。

「おいおい、やめてくれよ?まさか、自分の頭の中のバーチャル彼女相手とか?もし、そうだったら、同じ男として引くからな」

「そんなわけないだろ!!誰がそんな物作るか!!」

「何言ってんだよ?世の中には、バーチャルに飛んで帰ってこれない奴もいるんだからな」

「ふざけるな」

 心外というように、真紘が鋭い目つきでイレブンスに猛抗議している。

「まぁまぁ。真紘も落ち着いて」

 狼がそんな真紘とイレブンスの間に立ち、仲裁するが、真紘の顔は不満そうだ。

「でも、本当にお前らのとこって、変人多いのな。なかなか、そんな変人近くにいない・・・・いや、いた。俺の近くに・・・」

 イレブンスは呆れたように、短い溜息を吐いた。

 狼はそんなイレブンスを見ながら、あることを思い出した。

 それは、あの高雄に似たナンバーズのことだ。

「あのさ、イレブンスに訊きたいんだけど。ナンバーズの中に大剣使う人いるだろう?」

「ああ、いるけど。それがどうした?」

 ここでは、普通に接しているが、一応敵であるイレブンスに訊くのも、どうかと思うが狼の中で訊かずにはいられない。

「いや、そのナンバーズの事、何か知らないかなぁと思って」

 狼がそう訊くと、イレブンスは怪訝そうな表情で首を傾げた。

「あんなふざけたおっさんの事なんて、俺が知るわけないだろ。あれとは、勝手にバディーを組まされただけだしな。それにしても、なんでおまえがフォースの事なんて知りたがるんだよ?」

 イレブンスの疑問はもっともだ。

 でも何の確証もないのに、「自分の知り合いかも」と言うのも、妙に気が引ける。

「いや、それなら良いんだ。なんでもない」

 狼は笑顔を作って、話を終らせた。

 その様子にイレブンスは腑に落ちないような顔をしていたが、そこは気にしない様にした。

「では、次は俺から質問をさせてもらう」

「ったく、なんだよ?次から次へと・・・」

 イレブンスが面倒臭そうに呟いていたが、真紘は構わず質問を続けた。

「貴様たちの研究施設にいた、あの化物はなんだ?」

 真紘が低い声で、静かにあの研究施設にいた化物についての話題を持ち出した。

 すると、さっきまで気怠そうにしていたイレブンスが、狼と真紘の方に視線を合わせ、険しい表情を作った。

「化物?」

「ああ、そうだ。ゲッシュ因子を持つ者に襲い掛かるように造られているように見えたが?」

 すると、イレブンスは乾いた笑い声を漏らした。

「はっ。そんな化物知らないね。むしろ、化物を隠し持ってんのはお前らの方だろ?」

 そう言うイレブンスの表情は、前に戦った時のような殺気が滲みでている。そんなイレブンスから出る静かな殺気に、狼の背中にぞくっとした悪寒が走る。

「白を切るな。現に俺たちは貴様らの研究施設で、俺たちが言う化物と戦っている。それに、俺たちは、化物など隠し持ってはいない」

 きっぱりと真紘がそう言いきった。

「ふざけんなっ!!白を切ってんのはどっちだよ?」

 イレブンスが声を荒げて怒鳴る。

「ふざけてなどいないし、白を切ってもいない。全て事実だ」

 真正面からイレブンスに言葉をぶつける真紘。

「何も知らない餓鬼が!!」

 そう言って、イレブンスは復元したアサルトライフルの銃口を真紘へと向けた。

「貴様、本気を出さずに俺に勝てるとでも思うのか?」

「ふん。おまえになんか本気出すまでもないね」

「俺も随分と舐められたものだな・・・。では、いくぞ!!」

 真紘がイザナミを復元し、まさに一触即発の空気が流れ始めた、丁度その時。

 真紘と狼、イレブンスの間の床・壁・天井に亀裂のような線が入り、イレブンスが立っている床が下へ。狼たちが立っている床が上へ。まるでエレベーターのように床が動き始めた。

 その変化に狼たちが戸惑っている内に、見る見るイレブンスの姿は見えなくなってしまった。

「っていうか、これどこまで上がって行くんだよ?」

 止まる気配のない床を見ながら、狼が呟く。

「まったく、予想外のことばかり起こる場所だ」

「確かに。・・・それにしても、さっきは驚いた。いきなり二人ともBRVを取り出し始めるし」

「あっちが殺気を出しているのだから、当然だろう。それとも黒樹は丸腰のままであの場が治まる

とでも思ったか?」

「それは・・・そうだけど・・・」

 狼は少し俯きながら答えるしかできない。

 真紘の言う通り、イレブンスがすごく殺気を出していたのは、狼でもわかったくらいだ。

 だがしかし・・・

「僕、思ったんだけど、イレブンスって悪い人じゃないと思うんだ。口は悪いけど良い人っていうかさ」

 そう言いながら、狼が横目で真紘を見ると、真紘は短く息を吐いた。

「ああ、確かに。奴は気に食わないところもあるが、根は良いのだろうな」

 想像もしていなかった真紘の言葉を聞いて、狼は思わず真紘の方に顔を向けた。だが、真紘は固い表情を崩さないまま、話を続けた。

「だが黒樹、勘違いをしないでくれ。人間の性格という物は、戦場に置いて、関係ありそうで実は無関係なんだ。戦いにおいて一番重要視されるのは、一個人が持つ価値観なんだ。もし、その価値観が違うのであれば、人は戦う。価値観が合えば共闘する。それが人だ。考えてみてくれ、人はこれまでに色々な戦いをしてきた。その戦いの中で、人の性格が重要視されたことなど、一度たりともない。皆、自身の願望、思想、理想・・・そう言った類の物を叶える為に、また相手に誇示するために、人は矛を取るんだ。だからこそ、俺も武器を取る。そして奴もな」

 そう口にした真紘の表情は硬く、そして真剣だった。

 確かに真紘が言っていることは正しいのかもしれない。いや、きっと正しい。けれど、狼にはそれを素直に受け入れる気にもなれない。

 自分が良い人だと思った相手に、武器を向けたくない。これが真紘の言葉で言う、狼の中の価値観なのだ。

 やっぱ、僕には難しいな。

 真紘からしたら、こんな狼の考えは甘いのかもしれないが、狼にとって戦わなくていい相手なら、戦わない方が良いと思う。

「それにしても、俺も甘く見られたものだ。汎用型BRVを使用されるとはな」

「汎用型?」

「ああ、黒樹も一回使ったことあるだろう。学園の模擬テストで」

 狼は少し考えてから、「ああ!」と答えた。

「奴が今まで使っていたのは、全て汎用型BRVだ。きっと自身のBRVは他にあるだろうがな」

「でも、BRVって、一人一つなんじゃないの?」

「ああ、そうだ。それはトゥレイターの者であっても、BRVの使用制限は同じだろうからな。だが、汎用型は言葉の通り、ゲッシュ因子を持つものであれば、誰でも使えるBRVだ。ただ、本人の技量の良くて60%くらいの力しか、出せない。そのため、相手の実力が自分より下位の者にしか使用できないから、汎用型を使う者はまず、いない。最初は変形型とも思ったがな」

「そういえば鳩子も前に似たようなこと言ってたかも。・・・へぇー、汎用型かぁ。だから真紘は本気出せって言ったのか」

「そうだ。まぁ、奴が戦っているのは前に一度見たことがあるが、汎用型とはいえ、何種類も使い、それでも戦えるということは、かなりゲッシュ因子の量が豊富みたいだな。きっと量だけで言えば、俺よりも上だろう。・・・やはりというべきか」

 最後に真紘が言っていた言葉が、少し引っかかるが、そんな疑問は、次の瞬間に掻き消された。

 真紘は畏まったように、狼へと身体を向き直し、強い意志を宿した目で狼を射貫く。

「だが、奴の事よりも・・・量も質も右に出る者はいないのに、己をまるで分かってない。黒樹、貴様はいったい何者だ?」

 狼は何も答えることもできず、ただ、ただ唖然としてしまった。

 いきなりの意味不明な真紘の問いに、困惑する。

 自分が何者かなんて言われても、自分は何者でもない。狼にあるとすれば、「黒樹狼」という名前だ。だが、そんな名前は真紘だって知っている。

 では、真紘は何を訊こうとしているのか?

 真摯の瞳で何を視ようとしているのか?

「僕は・・・」

 狼の頭の中が掻き回され、胸の中で急速に何かが膨れ上がる。

 目の前にいる真紘の顔が見えない。だが見定めようとしているのは分かる。

「僕はッ・・・・!!」

 そこで上へと上がっていた床が、鈍い音を立て停止した。

 狼たちが立っている床は、別の床と床の間で停止し、丁度、連結部分のような役割になっている。そして一本の廊下となった床を見ながら、狼は急速に膨れ上がった物が引くように、真紘へと向き直り、きっぱりと答えた。

「僕は、何者でもない。明蘭の二軍生で、黒樹高雄の一人息子だ」

 すると、真紘は少し瞬きした後、「そうか」とだけ答え、あとは何も訊いてこなかった。

 そして黙ったまま廊下となった、床を歩いて行く。

 隣にいる真紘が今、どんな事を考えているかは分からないが、狼はこれ以上話を掘り返そうとも思わない。

 なので、狼も黙ったまま足を進める。

 真紘と狼が長い廊下を進んでいると、前方の暗がりから人影が現れ、こっちへと近づいてきくる。狼は目を凝らしながら、その人影を追うと、その影がため息混じりに何か呟いているのがわかった。

「ホントに、なんなのよ?ここ!!」

 その声は、とても聴きなれた声で、文句を言っている。

「あの声って・・・もしかして、ネズミ?」

 半信半疑で狼がそう問いかけると、想像通り目を見開いた根津が現れた。

「狼!?アンタ、今まで何してたのよ?」

「いや、思ってたよりBRVが見つからなくて・・・、僕も真紘も大変だったんだ」

 狼が肩を落としながらそうぼやくと、目の前にいる根津が不思議そうに首を傾げた。

「真紘なんて、どこにいるのよ?」

「何言ってるんだよ?僕の隣にいるだろ・・・」

 そう言いながら、狼が真紘の方に目を向けると、そこにいるはずの真紘の姿がない。

「あれ?さっきまで一緒にいたはずなのに・・・」

「え?何それ?・・・・もしや、神隠し?」

 神妙な顔つきで、根津がそんな事を呟いた。


 


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