家族
イレブンスと同じように、天井へと叩きつけられた狼は、イレブンスとは別の場所の床へと落ちていた。
狼は暗くなった廊下を見ながら、深々とため息を吐いた。
「はぁー、もう帰りたい・・・」
ついつい口から本音が零れた。
堪った疲労感と比例するように、空腹感も狼の溜息の原因でもある。狼が最後に口にした食べ物はここに来る前に食べた、鮭と昆布おにぎりが入った弁当。もちろん、狼が朝早めに起きて作った物だ。
そのお弁当を頭の中で思い返すと、ますます空腹感が加速しそうで狼は頭を振って、出来るだけ考えない様にした。
だが、自分の身体は実に正直だ。
その証拠にお腹の虫はさっきから、幾度となく鳴っている。
「ああ、お腹空いた・・・」
お腹を擦りながら、そう呟く。
そう呟いたとき、ふと幼い頃に高雄が作ってくれたケーキのことを思い出した。
小さい頃、狼と小世美が高雄に連れられて、本島に行った時のことだ。
本島にあるケーキ屋さんの前を通った、狼と小世美は自身の顔を店の窓に押し付けながら、陳列棚に並べられているケーキを見入っていた。
特に二人とも高雄にケーキを強請るようなことはしなかった。いや、できなかった。
だがそんな狼と小世美の気持ちを察してか、ある日、不格好ながらケーキを作ってくれたのだ。
今でも覚えている高雄作のケーキは、お世辞でも上手とは言えない、ひどい出来だった。スポンジがお皿の上に散乱し、生クリームも疎らに塗られ、中の苺も飛び出している状態。
そんなケーキ屋で売られているケーキとはかけ離れた、残飯のようなケーキを見て狼と小世美は思わず絶句してしまっていた。
「いやー、ちょっと個性出し過ぎちゃったな~。まぁ、味はケーキだ。食ってみろよ」
あっけらかんとそう言う高雄を見て、狼は正直不安になった。
そんな不安そうにケーキを見る狼を余所に、小世美がフォークを掴み、一口ケーキを口に運んでいた。
そんな小世美の様子を、黙って狼と高雄が見ていた。
小世美は食べたケーキをゆっくりと喉の奥へ押し込んだ。
「美味しい・・・美味しいよ、お父さん」
笑顔でそう言う小世美を見て、狼は思わず口をぽかんと開けた。
「そうだろ、そうだろ。お父さんに不可能のことなんて、ないんだから、当然だな」
高雄がそんな調子の良い事を言っている横で、狼も高雄が作った不格好なケーキを一口、口に運んだ。
口の中にケーキを入れると何とも言えない甘さが口の中に広がり、溶けた。
「・・・ホントだ。美味しい・・・」
唖然としながら呟いた狼を、小世美と高雄が微笑みを浮かべながら見ていた。
狼たちが小学校の高学年頃になると、高雄はもうケーキを作ってくれなくなったが、今でも狼と小世美の中では、どんなケーキよりも美味しいと思っている。
「今考えても、よく父さん作れたよなぁ」
高雄は超がついてもおかしくない程、手先が不器用なのだ。それなのに、高雄は幼い狼と小世美のためとはいえ、ケーキを作ったのは快挙と言えるだろう。
だからこそ、高雄が苦戦しながらもケーキを作っている様が容易に思い浮かぶ。
いや、そんな高雄が近くにいたからこそ、狼が狼らしくいれたのだろう、とも思う。
そんな高雄に尊敬すら抱いている。
「本人には絶対に言わないけど」
狼は一人そう呟いて、天井の方へと視線を向けた。天井は何の変哲もないただの板張りの天井だ。
狼はぼーっとしながら、それを眺め、ぼそりと呟いた。
「僕の家族は、父さんと小世美の三人家族なんだ・・・」
ちくりと胸が痛む。
欺瞞に満ちた言葉を吐いているからなのか。だが狼にとってはそれは紛れもない事実だ。
「あーあ、やっぱ僕疲れてるや」
自分に言い聞かせるようにして、狼は瞼をそっと閉じた。




