九卿家
木曜日の昼過ぎ、某御所。
まったくもって退屈だ。
齋彬勝利は欠伸が出そうになるのを堪え、退屈しのぎに自分がいる部屋を見回した。部屋は純和風の畳張りで、頭上は二重折り上げ天井。そうここは、輝崎、大城、雪村、黒樹、宇摩、御厨、烏山、嵩梁、齋彬から成る九卿家が集まる御所の一室だ。
九卿家はもともと、将軍家や有力な大名の家で、今は公家を護衛する家系ことだ。
そして今、その家が集まりある案件について話合っている。
それはこの間、発覚した輝崎に仕えている臣下の者が謀反を起こし、それについての処分をどうするか?という話し合いなのだが・・・・言ってしまえば、どうでもいい。
それよりも、もっと査問にかけるべき者は他にいる。
そう思いながら、勝利は自分の後ろにいる二人に目を向けた。
一人は小太りな体型をしている、望月真里。それとその隣で自分よりも遥かに興味なさそうに座っている細川大志。
この二人は言わずも、勝利の懐刀であり、勝利に忠誠を誓うべき者たちなのだが・・・
「はぁ、この会議退屈。・・・あっ、やばい、爪のネイル欠けてる」
と小さい声で真里が呟いている。
そんなネイルを気にするくらいなら、自分の体型を気にした方がいいだろう。勝利はそう思う。だが、真里曰く自分は「ぽっちゃりで、愛嬌のあるデブで、ただのデブではない」らしい。
勝利からしてみれば、どこに愛嬌があるのか教えて欲しい物だ。
大志にいたっては、ここに来るときに
「勝利様、今回の会議に出ればお金出るんですか?」
などと訊いてきた。
ふざけるなである。
「貴様達には他の懐刀のように忠誠心はないのか!?」
と怒鳴りつけたくなるが、そんな事を言っても無駄だということは分かっている。
どうせ、真里は
「えっ?あー、そりゃあね、勝利様が真里好みのイケメンだったら、身体張ってでも守るけど。・・・・ねぇ?」
ねぇの意味が分からない。
それではまるで、おまえはブサイクだから守る気が起こらないと言っているようなものだ。勝利からしてみれば、では自分も貴様のようなデブではなく、もっと綺麗な女性に護衛されたいと反論を返すだろう。
そして、大志に同じ質問をすれば・・・
「えっ?勝利様、何言ってんの?俺の体見て言ってる?俺実は、ドクターストッピ掛けられてて・・・」
という不明な言い訳をしだすだろう。
確かに大志は真里と背反するように、細い。学生時代のあだ名が「ゴボウ」というだけあって、細い。勝利もこいつ大丈夫か?と心配してしまうくらだ。
だがしかし、それでも懐刀は懐刀だ。
医者にストッピかけられてようが、関係ない。
ちゃんと役目を果たしてもらなければ。
そんな事を勝利が考えている最中にも、大城家の当主が威圧の籠った声を張り上げている。
「今回の事は、実に許されてはいけない事態だ!!それなりの処分を下すのが妥当といえよう!!」
あーあ、あんなに声を張り上げちゃって大城さんも。
輝崎に仕えるちゃんとした懐刀よりも、まっさきに処分を下すべき二人がここにいるのに。
再び後ろに勝利が目を向けると、真里と目が合った。
真里は『えへっ☆』という感じで舌を出してきた。はっきり言おう、可愛くない。むしろ目の毒だ。
そんな真里を無視して、大志の方に目を向ける。
大志は勝利と目が合うと、まるで合ってませんよー的なノリで目を横に動かしてきた。
舐めた真似を!!
「そうやって、大声を張り上げて・・・本当に下品な方ね?」
くすっと鼻で笑い、皮肉の籠った笑みで、雪村の当主が大城にそう言った。
雪村の家は、この九卿の中で唯一存在する女の当主だ。その姿は雪の様に真っ白な肌とそれを引き立たせるような紅い唇。そして、長い睫毛が特徴的な美女だ。
「なんだと?貴様、この場で首を取られたいのか?」
「できるものなら・・・」
両家の間にピリッとした空気が張りつめる。
そういえば、この二つの家は仲が悪く、いつもお互いの家を出し抜こうと競い合っているらしい。でもまぁ、齋彬には関係ないことだ。
勝利は睨み合っている大城と雪村の後ろにいる懐刀に目を向けた。
大城に仕えている懐刀は、自身のBRVを復元し雪村の当主を睨んでいる。そしてそれは雪村に仕える懐刀も同様に、静かな動作でいつでも迎え撃てる構えを取っていた。
実に忠誠心がある懐刀だ。
うらやましい。
「大城、雪村、そこまでにせい。お主たちが争うために、この場は設けられたのではないぞ」
そう言ったのは、九卿家の中でも、一番年長者である黒樹の当主だ。
黒樹の当主の言葉には、年長者ということもあり、言葉に凄味がある。それを感じたのか大城と雪村は静かに引いた。
両家が引いたため、御厨、嵩梁、烏山の三家はほっと胸を撫で下ろしている。もちろん、自分もその三家と同じだ。
この場で争いになっては、面倒だ。
今いる屋敷が崩壊してしまうだろう。
「あーやって喧嘩するの、マジ止めて欲しい」
ぼそっと真里が、呟くようにそう言った。
おい、そういう事言うのはやめろ。KYめ。もしどちらかに聞かれたら、一気に矛先がこちらに向いてしまうだろ。
ひやっとした気持ちで、大城と雪村の顔を窺うが、どうやらどちらにも聞かれていないようだ。
ほっと胸を撫で下ろした勝利は、あることに気づいた。
そういえば、宇摩の姿が見えない。
あの変わり者である宇摩が体調不良というのは考えにくい。用事というのも、この九卿が集まる場より大切な事など、公家からの呼び出し以外にありえないだろう。
だが、ほぼの九卿の家が集まっているのだから、宇摩だけ呼び出しをされているというのは、確率的に少ないだろう。
そうなると、やはりただ怠けただけなのか?
宇摩ならやりかねない。
そう思うと、自分がここにいるのが、本当に馬鹿らしく思えた。
自分だって、出来ればここに居たくない。
なんせ、この前殴られた顔が痛いのだから。
もちろん、自分を殴ったのは、公家の中でも戦闘狂と呼ばれる九条の当主にだ。「つまらん、退屈だ」の一言で、殴られた勝利は、その理不尽さに嘆いた。
だが反論することもできない。
そんな自分の不運さを恨めしく思いながら、視線を畳みの方へと向けた。
「あっ、やっぱ輝崎の当主、イケメン君だな~。いいなー、真里もあんなイケメン当主がよかったな。年下だけど」
そんな真里を背で聞いた、勝利は本気で後ろにいる懐刀を査問にかけよう!と心に誓った。もう嫌だ。こんな懐刀。
真里が視線を向けている方には、繊細な顔立ちをした輝崎の当主が真摯な眼差しで話し合いを続けている。
輝崎の家は現帝を務める一条様の配下で、この九卿家では、帝の配下の家が将軍役として、九卿家の中心となる。
そして、その大役を担っている輝崎の当主は 若さ故に、他の当主に気後れするということもなく、堂々と輝崎の当主として構える姿に、勝利も驚かされる。
この少年にはそれだけの覚悟があるのだと。
だが今はそんな事より、その整った顔立ちが何とも憎々しい。
なんであんな整った顔立ちをしているのか?意味が分からない。神は天に二物を与えないというが、与えている。
それだったら、自分にだって、凛々しい研ぎ澄まされた顔をくれてもよかったはずだ。
そうすれば、後ろにいる懐刀に舐められることもなかっただろう。
そう言えば、以前真里にこう言ったことがある。
「懐刀の者を自分で選べればよかったのだがな・・・」
懐刀の家は代々、大名の身分である自分たちに仕えている家が多いため、そう簡単に懐刀を変えることはできない。
そんな律はすでに知っている。
けれど、あまりにも忠誠心のない真里たちに、精一杯の皮肉を言ってやるつもりで言った言葉だった。
しかしその言葉を聞いた真里が、笑いながら
「えー、勝利様それないよ~。だって真里たちも当主を選べないだから、まぁ50/50じゃない。痛み分けてきな」
そう言ってきた。
しかもその横では大志が、真里に同調するかのように頷いている。
今それを思い返すだけでも腹が立つ。
もし出来るのであれば、緑の豆粒になって、あいつらの弁当箱に入り、一言。
「ねぇ、知ってる~?勝利は君たちの当主様なんだよ?」
と言って、二人の食欲を削ぎ取りたいくらいだ。
勝利はそう思ったが、すぐに考え直した。
あの二人なら、気にせず食べてしまいそうだからだ。特に真里。
「まったく、輝崎の家を落ちたものだ」
そんな大城の家の物言いに、今まで沈黙を保っていた輝崎が眉をぴくっと動かした。
「本当に・・・。これでは、一条様もさぞ気が気ではないでしょうね。やはり、その年では荷が重すぎたと言うことかしらね?」
大城の言葉に続くように、雪村の皮肉が飛ぶ。
「貴様達に何を言われても構わない。だが・・・俺は蔵前の者を、役から外す気はない」
そう断言した輝崎の目には、揺るがない強い意志が感じられる。
「よくもそんな呑気な事が言えるな。青いな。輝崎」
大城がギロッとした、鋭い目つきで輝崎を射抜く。輝崎くらいの年の者では、大城の相手を威圧するような低い声を聞いただけで、気後れしてしまうだろう。
だが、輝崎はそんな大城からの威圧にも臆すことなく、まっすぐに受け止める。
「言いたいことはそれだけか?」
「何?」
輝崎から一蹴された、大城は眉間に皺が寄せられる。
空気が再び張りつめた次の瞬間、大きな笑い声が部屋中に響いた。
「ふははははは。大城、これは一杯食わされたな。若造に言い負かされるとは」
膝を愉快そうに手で叩き、黒樹が哄笑していた。
「オジキ、俺にはオジキのツボが分からねぇーや」
そう言ったのは、黒樹の懐刀である一人の男だ。
オジキか。
なんか、フレンドリーの割に、敬意があっていい呼び方だなぁ。
おっと、いけない、いけない。
またも、他人の懐刀を羨ましくなっちゃったよ。
勝利は小さく頭を振った。
黒樹の懐刀は、黒樹の当主に生意気口を叩いた割には、口元を緩め、苦笑を浮かべている。
厚い信頼関係を垣間見た気がした。
その光景に勝利がジーンとしていると・・・
「チッ。二枚目気取りやがって」
後ろにいる大志から僻みの声が聞こえてきた。
黒樹の懐刀は、長身で引き締まった体つきをしている青年だ。威厳のある風貌があるが、性格は陽気そうだ。
真里とは違った意味で、自分と対照的な黒樹の懐刀を見て、大志は妬みの籠った目で見ている。確かに自分と違って、光っているからと言って妬むのは・・・仕方ない。許す、認める。
なぜなら勝利だって、コンプレックスくらいあるからだ。
幾つも。
だがそれの中でも、一番ネックなのがこの細い目だ。
以前、九条の当主である九条彰啓に呼び出された時のこと。
勝利が真剣な面持ちで、彰啓の言葉を聞いていると、いきなり拳打を腹に喰らわされた。
「余が話をしている時に寝るなっ!!」
いや、寝てません。しっかり起きてます。精一杯、目、開いてますけど?
心中ではそう思ったが、腹に走る激痛のせいで、身体を丸めるしかなかったが、今思い出しても、あれはむごい。
勝利は自分の腹を擦りながら、記憶の余韻に浸っていると
「次に、一人ずつの意見を取りたいと思う。良いな?」
そう黒樹が言ってきた。
黒樹の言葉に、周りの九卿が頷く。無論、勝利もだ。
けれど、勝利は内心焦っていた。
まったく、上の空で話し合いを聞いていなかったため、碌な意見も考えていなかったからだ。
勝利の番になるまでには、まだ少しの時間ならある。
自分の順番が来る前に、考えをまとめておこう。
そう決意して、勝利は細い目を、さらに細め意識を集中させた。




