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確かに変わったもの

「まさか、自分たちがこんな大きな歴史の節目に関わるなんてなぁ……」

 狼たちが豊との戦いを終えてから、ひと月ほどが過ぎていた。

 豊が起こした騒動は、今でも世界中で大きく報じられる。

 米国を初め、世界中の各軍が動いたことも相俟って、歴史的世界暴動(World Riot)として取り上げられており、テレビの中のニュースでは、飽きる事なく豊が起こしたクーデターの事を取り上げている。豊の事を暴掠的趣向で人格破綻者だと述べる者もいれば、国防軍及び日本政府を弱腰姿勢であると批難する声も多く上がっていた。

 しかし、これを機にアストライヤーと軍部の確執が大きく上がったことにより、世界各国の政府が二つの組織に向ける立ち位置や方針を一から考え直す、と宣言している。

「まぁね。でも、今はそんな事を言ってられないわ。今は勉強よ。補修課題二〇科目を平均95点でクリアしないと進級できないんだから」

 狼の呟きに、根津が課題プリントを見ながら溜息を吐く。

 今、狼たちは多目的室で補修プリントをやらされていた。この補修を受けているメンバーは、デンメンバーに、真紘、希沙樹、陽向、正義、棗、セツナというメンバーだ。

「あはっ。これもあの馬鹿理事長の所為じゃない? むしろ、暴動を食い止めたんだから免除しろって感じ」

「無理よ。あの人はそんな融通が効くタイプじゃないもの」

「希沙樹ちゃんが、可愛い妹として可憐な涙を浮かべてたら、違ったかもよ? あはっ」

「ぞっとしないこと言わないで」

「だが、俺はこんな風に補修を受ける事がなかったからな。なかなか新鮮な気分だぞ?」

 にっこりと爽やかに笑う真紘の言葉に、希凛と希沙樹が会話を止めて苦笑を零している。

「でもさ、宇摩理事長の後って誰が務めるの?」

「あっ、それ私も気になってたの。今は校長先生が代役してるけど……ずっとってわけにもいかないもんね」

 鳩子の言葉に、国語で苦戦をしていたセツナがぱっと顔を上げる。一時期は、明蘭も存続が

危ぶまれたが、豊が理事長を早々に解任して難を逃れたのだ。

 しかし、まだ後任が正式に決まっておらず、空白の状態になっている。

 そのため生徒の間でも、あの灰汁の強い豊の後は誰がなるのか度々話題に上がるくらいだ。

「そこら辺は、真紘の方が詳しいと思うよ。噂だとまた九卿家の誰かっていう話もあるし」

 首を傾げ合う鳩子とセツナに、棗が顔を上げて真紘の方に視線を向けた。

「そうなんだ。じゃあ、マヒロはもう次の理事長が誰か知ってるってこと?」

「そうなのか? まさか、黒樹とかはないよな」

 セツナが爛々とし視線で、狼がやや渋い視線で真紘の方を見る。

 二人からの視線を受けた真紘が、微苦笑を浮かべて口を開いてきた。

「そうだな。実はこの間の九卿会議で決まったぞ。とは言っても重蔵様ではないな。勿論、立候補はしていたが」

「はは。立候補してたんだ。あの人……」

「えっ、でもまさか大城とかないわよね?」

 根津が恐る恐る一番最悪な状況を口にする。

 狼が重蔵の名前を出した時よりも、皆が真紘の顔色を窺い始める。

「ああ、勿論……大城も立候補した」

 皆の顔が一気に「うげっ」と引き攣った。大城時臣がもし明蘭学園の理事長になったら、それこそ学園内で恐怖政治が始まるようなものだ。

「だが、大城でもない。雪村が強く意を唱えたからな」

「ああ、そっか。なら良かった」

 皆の顔に、一気に安堵の表情が広がる。

「じゃあ、齋彬家の御当主とかか? あの方なら理事長にぴったりな気はするが」

 陽向が安全牌の人を上げる。けれど、真紘はそれも笑顔のまま首を横に振って来た。

「残念ながら、齋彬は立候補すらしなかった。勿論、何人かの当主が齋彬の事を推薦したんだが……本人があまり乗り気ではなくてな」

「真紘は学生だから、無理だとして……残りは四家。その内の誰かって事か」

 正義が四本の指を立てながら、真紘に訊ねる。しかし真紘はそれにも首を振って来た。

「実はな、次の理事長になる者は九卿家の当主ではないんだ。勿体ぶって済まないな。実は、次の理事長に就任するのは、俺の祖父という事に決まった」

 真紘の言葉に、一瞬だけ皆が目をパチパチと目を瞬かせる。

「まさか、真紘のおじいちゃんが名乗り上げるとは……鳩子も予想してなかったな」

「まぁ、分かる。ああ、そう来たかって感じだね」

 鳩子と棗が自分たちの予想外の結果に、妙に悔しそうにしている。

 だが、そんな鳩子と棗を余所に真紘が言葉を続けて来た。

「それから、もう一つ報せがあってな。宇摩の次期当主が條逢先輩で確定となった」

 真紘のさらっとした言葉に、全員の反応が遅れる。

「「「「「えっ、えっ、えっ、ええええええええええええええええ!」」」」」

「どういう事だ? 輝崎!」

「ちょっと、條逢慶吾が宇摩の当主ってどういうこと? 鳩子に詳細プリーズ!」

「信じられないわね。あの人って、九卿家の当主なんていう地位に興味なさそうじゃない」

 希沙樹の言葉は、まさに狼も思う所だった。

 確かに、慶吾は今でも情報操作士の中で世界トップの実力を保持している。その実力からして、当主となっても可笑しくはない。

 しかし、慶吾という人物を考えると、とても九卿家の当主になっていると思えない。

「詳しい事は分からないが、條逢先輩の意志らしい」

「條逢先輩の?」

「ああ。今の時点で宇摩の当主になることは、幾ら実力があろうと厳しい選択だ。宇摩の当主として、色々と立ち回らなければならないからな」

 真紘の顔には、やや厳しい色が浮かんでいる。

「でも……」

 そんな真紘の厳しい表情に、狼が言葉を続ける。

「條逢先輩が決めたなら、大丈夫だと思う」

「確かに。あの條逢が周りの批難に、根を上げてるのが想像つかないもんね」

「むしろ、根を上げてたら動画でしょ?」

 そんな鳩子と棗の冗談を聞きながら、狼は思わず口許に笑みを浮かべていた。

『なーに、ニヤけてんの?』

 何で、因子越しなんだろう?

 普通の言葉ではなく、因子を介して話しかけて来た鳩子に狼が首を傾げる。しかも周りの反応を見る限り、狼だけに声を飛ばしている感じだ。

 そのため、狼も因子越しで鳩子に答える。

「いや、ニヤけてたわけじゃないけど……皆が前に進んでるんだなぁって思ったら、気持ちが明るくなったっていうか……」

『なるほど、なるほど。だからほっこりしちゃったって事ね』

「うん、まぁ……」

『でもさ、それを言うなら狼も前に踏み出さないといけないことが、あるんじゃないの?』

「えっ?」

 鳩子の言葉に狼がきょとんとした表情を浮かべる。すると鳩子が音にはせずに、呆れ顔を浮かべて来た。

 しかし、そんな顔をされても分からない物は、分からない。

『まぁ、狼が鳩子の気持ちを汲み取ることはできないって思ってたけど……』

「いや、そんなにガックリされても……人の気持ちは難しいだろ?」

『そこを読み取るのが男の見せ所でしょ?』

「男の見せ所と言われても……」

 狼が困り顔を浮かべると、鳩子が頭を抱えて来た。

「頭を抱えなくても良いだろ? ……って鳩子?」

 頭を抱えた鳩子が一瞬だけ、寂しそうな表情を浮かべているように見えた。そんな鳩子の表情に狼が戸惑う。

 けれどすぐに鳩子が表情を戻して、狼へと視線を戻して来た。

『急かすわけじゃないけど、もう少しメイっちの事を考えて上げたら? ってこと。狼がメイっちに気があるのなんて、鳩子ちゃんにはお見通し』

 ん? ……んんっ?

「なっ……!」

 驚きと何か良く分からない気恥ずかしさが、込み上げてきた。

「狼、どうしたの?」

 思わず肉声で驚愕の声を上げた狼に、隣に座っていた名莉が首を傾げて来た。

「あっ……いや、何でもない。少し課題の問題に驚いちゃって……」

 動揺を隠すように、狼がそう答えると、

「何で、問題に動揺するのよ? 今、狼がやってるのって数学の計算問題でしょ?」

 という向かい側に座っていた根津が追い打ちをかけてきた。

「あはっ。何か怪しい〜〜」

 希凛が満面の笑みで、更なる追撃。

 二人の追撃により、この場にいる全員の視線が狼に向かう。

「えーっと……本当に特に意味はないんだ。本当に」

「黒樹、そこまで動揺していると説得力に欠けるぞ? 一体、どうしたんだ?」

 一番自分の味方になってくれそうな、真紘にまでこんな指摘をされたらどんな言葉も無意味な気がする。

 といっても、言える事でもない。

 狼は全員の視線を受け止めながら、身を縮めるしかない。

 そんな時、脱力していた狼の手に名莉の手がそっと触れた。触れた瞬間に、横にいる名莉と視線が合う。

 自分と視線の合った名莉が、少し恥ずかしそうにしながらも口許に笑みを浮かべてきた。

 狼もそんな名莉につられるように、照れ苦笑を浮かべさせた。

 そしてごく自然と流れるように、狼は名莉の手を握っていた。

 自分の中で、確かに変わった物を感じながら。

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