課題
「はぁああああ」
気合いの入った左京の一声が、学園にある道場で響く。
「ちょっと、えっ、そんないきなり!?」
そんな狼の叫びも虚しく、袴姿の左京が振り下ろす竹刀が狼の頭に直撃する。そのまま狼は道場の床に倒れ込んで、のたうち回る。
「黒樹様、そのような弱腰ではいつまで経っても上達しませんよ?」
「それは、わかってるけど・・・」
それにしても、最初から気合いが入り過ぎていると思う。そもそも何故、いきなり左京との訓練をしているのかと言うと・・・
トゥレイター施設への奇襲から戻った狼たちは、まず宇摩豊の所へ行き、季凛が今後学園にいられるように、掛け合いに言った。すると、豊はあっさりと「いいとも!」の返事をし、季凛の学園生活は継続になったが、問題なのはその後だ。
季凛の事が一段落して、安心していた狼たちは次の日に予定されていた事をすっかり忘れていた。
そう、九条綾芽との試合だ。
九条綾芽との試合は朝早く行われた。
一年で首位の実力を持つ真紘と、新しい技を覚えた狼を相手に、対する綾芽は一人だ。普通に考えれば、綾芽が不利なのだが・・・
狼たちは綾芽に完封負けをしてしまったのだ。
綾芽に負けた敗因は、大きく二つ。
一つ目は狼の実戦不足。
二つ目は真紘と狼の連携が取れなかったということ。
狼よりは実戦経験も技量もある真紘だが、それ故に連携技を必要としてこなかった。そのため、御座なりとなった連携に、狼の実戦不足も重なり、まともな攻撃が撃てない状態となってしまったのだ。あの時の試合はっきり言って、最悪と言って過言ではなかっただろう。
そして綾芽に惨敗試合をしてしまった狼たちを見ていた左京が「このままではいけない!私が稽古に入ります」と名乗りを上げた。
そんなわけで左京との鍛錬が始まったのだが、これが異様に厳しい。最初に基本の型の練習に入ったまでは良かったが、すぐに次の段階へと移動し、今は左京と討ち合いをしている。
左京は狼の型が崩れると容赦なく、そこに竹刀で打ち込んでくる。それでもなんとか持ち堪え、反撃を試みるがそれすらも、すんなりと受け止められてしまう始末だ。
隣では真紘が誠と打ち合いをしている。
素人の狼から見ても、良い討ち合いをしているとわかる。
あれくらい自分も出来ればいいのだが、そう人生うまくはいかない。何回か討ち合って、狼がへばり、少しの休憩を入れ、また討ち合う。そういう流れがすでに出来上がっていた。
「あはっ。狼くんファイト!!すっごい今ダサいけど、しつこい油汚れみたいに、立ち向かっていかなきゃ。ホントにダサいけど。でも、仕方ないよね?左京さん強いもんね。女の人に負けるってダサいけど」
「ダサいダサい連呼するな!」
すっかりもとの調子が戻った季凛が、他のデンメンバーとプラス希沙樹という面子で、同乗の端に正座して座っている。
名莉はいつものようにぼーっとしながら、こちらを見ているが、鳩子と根津はなにやら別の話をしている。
そしてその隣にいる希沙樹は、狼などに脇目も振らず、真紘を一心に見つめながらうっとりとしていた。
なんかやる気のない、応援だなー。
狼はそう思いながら、短くため息を吐いた。
最初にデンのメンバーが来たのも、狼を応援するという名目だったのだが、それがまったく行動に移されていないのはどうだろう?最初は応援する気だったけど、あまりにも狼の手ごたえがなさ過ぎて、応援する気が失せたということなのか?
あるいはもともと、応援する気はなく暇潰しのために来たというのも考えられる。
「すみません、真紘様と黒樹様、少しこちらに集まってくれませんか?」
左京からの招集がかかり、狼と真紘が集まる。
左京は狼と真紘の顔を一瞥してから、口を開いた。
「これから真紘様と黒樹様には、課題を出したいと思います」
「課題?」
狼が聞き返すと左京は頷いてから、言葉を続けた。
「ええ、課題です。今回、九条様に惨敗をなさって、各々の欠点が見えて来たと思います。そしてそれを改善するための鍛錬なのですが・・・今回の敗因の一つである連携を身に着けて頂こうと思い、ある課題を出すことにしました。それがこれです」
そう言って、左京が取り出した紙にはどどんと『真紘様と黒樹様の絆を深めよう大作戦!!』と筆を使った綺麗な字でデカデカと書かれていた。
絆を深めるって・・・・
一歩間違えれば、変な疑いを掛けられそうだ。でも、それをまったく気にしてない左京は何故か満足そうな表情を浮かべている。
それを隣にいた誠が「おお!」という目で見ている。そんな表情をする必要がはたしてあるだろうか?狼には理解が出来ない。
そこに興味津々でやってきた女子の面々が、左京の書いた文字をまじまじと見ている。
「なんか、微妙な題ね」
「あはっ。センスなさすぎ~」
「いや、一定の人には需要あるかもよ・・・」
「どんな需要だよ!!」
思わず鳩子の言葉にツッコんだ狼だが、そのときに見せた鳩子のニヤっとした顔を見て、深くは追及しまいと決めた。
しかもそんな鳩子の笑みの後に
「そういうの迷惑だから、止めて欲しいわ」
という希沙樹の声に、狼は背筋を凍らせた。
あえて狼は希沙樹の方から視線を逸らし、左京の方に目を向ける。
「課題の題は分かったが、俺たちは何をすればいいんだ?」
「そうですね。では課題の内容について説明に入ります。まず真紘様たちには、明蘭学園が昔BRVの保管庫として使っていた建物が、ここから電車で二時間、車で三時間の場所にあるのですが、そこでとあるBRVを持ってきて欲しいのです」
「なるほど。そのBRVを取って来ればいいんだな?」
「はい、そうです」
「内容は理解したが、そのBRVを取りに行くのと、連携の鍛錬ではどのような繋がりがあるんだ?」
「それは・・・・行けば否が応でもわかります」
その言い方・・・なんか嫌だなぁ。
狼の中で地味に嫌な予感する。この左京の物言い。絶対に何かあると確信できる。しかも冥蘭が昔使っていた場所ともなれば、何が起きてもおかしくはないだろう。
だがしかし、この場にある空気では「行きたくない」とは到底、言えやしない。
「では、そこに向かうのは土曜日と致しましょう。それまで、基礎鍛錬を怠らないように。以上、これにて今日の鍛錬を終わりにします」
狼は未だに嫌な予感を胸に抱きながら、デンのメンバー道場を後にした。
「それにしても左京、少し焦りすぎなのではないか?」
狼たちが出て行った所で、誠が左京に話しかけた。
左京は誠の方に目を向けてから、首を横に振った。
「いや焦りすぎなどではない。実を言うと私も少し驚いているんだ」
「何にだ?」
「黒樹様にだ。黒樹様は飛躍的な伸びがある。今はまだ討ち合いを始めたばかりのため、私に討ち込まれているが、私も本気ではないにしろ、直に見極められてしまうだろうな」
「そうなのか?」
誠が左京の言葉を聞き、目を見張った。
「ああ、佐々倉、貴様も討ち合えばわかるだろう。・・・それに、私は教えられることは教えておきたいからな」
少し目線を下に下げた左京が、ゆっくりと口を開いた。
「数日後に九卿家による査問にかけられることが決まった」
「なっ」
「驚く必要はない。当然のことだ。九卿家の一つである輝崎の家を奇襲したのが、その臣下の家の者なのだからな」
「だがしかし、それでは腑に落ちない!そうだろ?」
困惑混じりの誠の声が、左京の胸に痛みを走らせる。腑に落ちないという気持ちは左京自身にだってあるからだ。けれど、右京が自分の半身であることに変わりはない。そしてそんな自分の半身の罪に対して、自分が受け入れるべきだとも思う。
だからこそ、自分はここまで冷静なままでいられるのだろう。そう左京は思った。
「佐々倉、貴様がそう言ってくれて、私も幾分気が済んだ。だが右京の事を知られてしまった限りは、それを受けいれるしかない。私はそう思っている」
そんな左京の言葉を聞き、誠も口を閉ざすが、やはりその顔は不満そうな表情を浮かべている。
自分の代わりに、不服を漏らしている誠を見て、左京は苦笑を溢す。
「そんな顔をするな。さっ、我々も切り上げよう」
そう言って、左京は道場を後にした。




