ショートネタ、似てる似てない編(本編とは関係ありません)
「さっきの狼の態度……どう思う?」
鳩子がむっとした表情で、根津、名莉、小世美、に問いかける。
『異論なく、酷いと思いまーす』
他の三人もまたむっとした表情で答えてきた。
鳩子たちは、それぞれ私服に着替えて渋谷の歓楽街へと来ていた。街は自分たちと同じく、夏休みに入り浮かれた若者で賑わっている。
鳩子は、袖無しワンピースに鍔広の帽子を被っており、ワンピースは夏らしく向日葵柄だ。そして、隣を歩く小世美は、青と白のチェックのシャツに白のスカートを穿き、踵の低いサンダルを履いている。
その横に居る根津はカジュアルに袖無しのAラインブラウスに、デニムパンツを合わせた格好だ。名莉は少しボーイッシュさのある夏用の灰色パーカーに、白のショートパンツを着ていた。
三人とも、道行く男子からの視線を受けているが、ほとんどの視線を気に留めなかった。なにせ、皆が先ほどの狼の態度に腹を立てているから。
「オオちゃんは、全然女の子の気持ちが分からないんだから」
小世美が口をへの字にして、愚痴を零す。その小世美の意見に激しく同意を示す三人。
そうだ。狼は女子の気持ちが分かってない。ただ自分たちは狼と一つでも多く、楽しい思い出を作りたいだけだったのに、それなのに狼は……
「ゴメン。今日、古橋先輩に頼まれて一日だけバイトのヘルプを頼まれちゃったんだ。だから今日は皆と遊べなくなっちゃったんだ。だから三人で楽しんで来て」
とドタキャンをしてきたのだ。
自分たちとの予定より、先輩からの頼まれごとの方が大切だなんて。
しかも、古橋先輩といえば男子生徒から、巨乳で色気があると評判の先輩だ。
結局狼も巨乳の大人っぽい先輩に弱いということだ。
「舐めてる。狼はあたしたちのことを舐めすぎてる」
「本当よね。最近、狼あたしたちへの態度が粗雑になった気がするし」
鳩子と根津の言葉に名莉が落ち込み、小世美が「むぅ~~」と眉間に皺を寄せて唸って来た。
狼に怒る鳩子たちの一方で、同じく渋谷の街を歩く希沙樹、季凛、セツナの姿があった。
希沙樹は、花の刺繍の入ったAラインのワンピースに、半袖の黒いカーディガンを羽織っている。横の季凛は、薄い紺色のプリーツワンピースを穿いて、薄茶色のサンダルを履いている。
セツナは、シフォンブラウスにガウチョパンツを履いて、靴はスニーカーという格好だ。
「ねぇ、キサキ? 本当にマヒロが飲食店でアルバイトしてるって本当?」
セツナが希沙樹の方に顔を向けながら訊ねると、希沙樹は溜息を吐きながら頷いてきた。
「ええ。棗情報だから信憑性があるわ。真紘は今日、黒樹君と共にスペイン料理のお店で、アルバイトしているはずよ」
「そうなんだ。でも、真紘が飲食店でアルバイトってイメージないかも」
「あはっ。セツナちゃんの言葉じゃないけど、季凛もまったく想像できなーい」
二人の言葉に希沙樹が頷き返す。
「ええ。真紘はこれまでアルバイトなんて、したことがないでしょうね……でも、真紘がよく分からない女子たちから色目を使われるのは目に見えた事実よ。それを見す見す放っておくなんて、出来ないわ」
希沙樹が熱の籠った声でそう言う。
「あはっ。とかいって希沙樹ちゃん、ただ単に真紘君が働いてる所が見たいだけでしょ?」
季凛の言葉に希沙樹が口籠る。
なんか、キサキが口籠るなんて珍しいかも。でも、私も真紘がお店で働いている所、見て見たいなぁ。
とセツナが頭の中で、ウェイターの格好をした真紘を想像しながら、笑みを浮かべる。
きっと、キサキが言うようにマヒロ……女の人から人気なんだろうけど。
学校内でも女子から壮絶な人気を誇っている真紘だ。モテないはずがない。
他の子からモテている真紘を見るのは、胸がモヤモヤとするが……真紘の働いている姿をセツナはどうしても見たかった。
カジュアルなTシャツに、デニムのショートパンツ。腰には薄青い色のシャツを巻いて、顔には鼈甲縁のサングラスを掛けた、クロエが渋谷駅前の交差点に立っていた。
隣には、ワントーンコーデで白のシャツに白いスラッとしたパンツ姿のカリンが腕を組んで立っている。
「何であたしが、暇なアンタに付き合わないといけないわけ?」
不満たっぷりの視線をカリンがクロエへと向ける。
「だって、いくら支部の中を探してもイレブンスが見つからなかったんだもん。あーあ、本当はイレブンスと笑って肩組んで歩きたかったぁ」
「彼が笑いながら肩組んで歩く……ねぇ……」
クロエの言葉に、カリンが呆れたように苦笑を浮かべる。
「ねぇ、それよりお腹空いちゃった~。先に何か食べよー」
「でもどこも混んでるんじゃない?」
気づけば時間は12時を過ぎていた。しかしそんなこと、気にしない。今は自分のお腹を満たすことが最優先だ。クロエが辺りを見回して、どこか良さそうな店がないかを探す。出来ればお洒落な店が良い。
「あっ、あそこなんて良いんじゃない?」
カリンの肩を叩きながら、クロエが指差したのは外観がお洒落なスペイン料理屋だ。
スペイン料理といえば、パエリアにアヒージョ……。
「うん、あそこで決まり!!」
クロエは頭の中をスペイン料理で埋めながら、微妙な表情を浮かべるカリンの手を引っ張ってお店へと向かった。
「あはっ。どうして皆がここにいるの?」
「季凛たちの方こそ」
ばったりととある店の前で出くわした季凛たちに鳩子たちは目を丸くさせた。しかも季凛が一緒にいるのは、恋敵で本人いわく仲良くしたくない希沙樹とセツナだ。
意外な組み合わせを目にした鳩子たちが、首を傾げているとセツナが嬉しそうな笑顔で口を開いてきた。
「実はね、ここでマヒロがアルバイトしてるみたいなの」
「えっ? 真紘がバイト? 嘘でしょう?」
驚きの声を上げたのは、鳩子の隣に居る根津だ。
「事実よ。そうでなければこの人たちと一緒に、ここへは来なかったでしょうね」
「あはっ。その言葉季凛もそっくりそのまま返すね」
「えーひどいよ。私は二人と遊びに来れて嬉しかったのに」
「貴方はまた、そうやって……」
「あはっ。良い人アピールするんだから」
希沙樹の言葉を皮きりに三人のいつものやり取りが返しされる。
「なんだかんだ、季凛たち三人って仲良いよね」
「うん、私もそう思うなぁ」
鳩子の言葉に小世美が笑って頷く。
「まぁ、いいわ。早く店に入りましょう? なんか混んでるみたいよ」
根津が呆れた表情を季凛たちに向けながら、店へと入ることを促してきた。確かに見れば、店の前には、女子、女子、女子の列が出来あがっている。
「まさか真紘たち効果とかじゃないよね?」
「えっ、たちって?」
鳩子の言葉にセツナが首を傾げてくる。
「実は、狼もここでバイトしてるんだよね。多分真紘と狼二人がヘルプを頼まれたんだと思う」
「あー、そういうことだったんだ」
セツナが納得したといわんばかりに、手を叩く。狼に怒りを感じつつも結局、狼のバイト姿が見たくて、鳩子たちは狼がバイトする店にやってきていた。するとそんな鳩子たちに希沙樹が失笑を浮かべてきた。
「まぁ、黒樹君の影響なんて微々たるものでしょう。きっと大半の女子たちは真紘目当てよ」
「希沙樹、それは違う。狼も十分かっこいいし魅力的」
「そうよ。狼は知れば知るほど味わい深くなるタイプで……」
希沙樹の言葉に反論する名莉と根津だが、希沙樹はまったく聞いていない。むしろ「とりあえず、そうしときましょう」という表情だ。
そして、鳩子たちが順番を待つ列に入ると、前にいる女子大学生グループの話が聞こえてきた。
「なんか、ここの店、凄いイケメンの店員さんが多いらしいよ」
「そうみたいだよね。連絡先とか訊けないかな?」
「訊きたい、訊きたい」
などと普通に看過できない会話がされている。
「やばい。狼が女豹どもの標的に……」
「大丈夫。真紘はこういう軽い女はタイプじゃないの」
周りの女豹たちの脅威に怯えつつ、鳩子たちの順番が回って来て店内へと入る。
「いらっしゃいませ。あら、皆で食べに来てくれたんだ」
出迎えてきたのは、真紘と狼にアルバイトのヘルプを頼んだ古橋先輩だ。
「どうも~~」
鳩子たちが恨めしげな顔で、古橋先輩を見る。けれど古橋先輩はまったく鳩子たちの視線に気づく気配はない。それか気づかないフリをしている。
「黒樹君たちは、他のお客さんを接客中だから。ふふ。二人ともよく働いてくれてるし。お客さんからの評判も凄いわよ」
やっぱりか。
分かり切っていたことではあるが、鳩子たちの表情が一気に曇る。店は割と広々としていて、見える範囲に狼の姿はない。
「あっ、マヒロ!」
同じく辺りを見回していたセツナが、別の女性客を接客している真紘の姿を指差した。
真紘はフォーマルなウェイター姿をして、注文を取っている。
確かに、かなり様になっていて注文している女性客も真紘に釘付けだ。しかし鳩子が真紘と少し離れた所で、見覚えある後ろ姿を発見した。
狼ではない。
「あれって、出流じゃない? 何でこんな所に?」
鳩子が真紘の斜め後ろの席で、同じく注文を取っている女性客から熱い視線を送られている出流を見て口を開いた。
「えっ、もしかして貴方たち彼とも知り合いなの? 彼はウチのオーナーの友人の知り合いらしくて、彼もヘルプで働いてるの」
古橋先輩がそう言って、艶っぽいウィンクを決める。
それから、鳩子たちは奥の席へと案内された。
「まさか、出流までここにいるとはね……」
「確かに。あっ、あれ狼じゃない?」
「えっ、どこ?」
根津が指差した方を見ると、自分たちがいる場所からは遠い席の接客をする狼の姿があった。
「……やばい。狼のウェイター姿、超かっこいい」
思わず本音が鳩子の口からぽろり。
それに頷く根津と名莉と小世美。やっぱり、皆同じことを思ったらしい。
希沙樹たちも、注文を確認している様子の真紘にうっとり。そんな鳩子たちの隣に……
「えー私、向こうの席が良かった~~」
という言葉と共に、これまた見た事ある人物たちがやってきた。
会った場所は、この前行った海水浴場。そこにいたナンバーズの女性二人だ。
向こうも鳩子たちに気づいた様子で、セツナと同じくドイツ人であるカリンがわずかに目を細めてきた。しかし先に席についたクロエは、きょとんとした表情を浮かべている。
「あれ? 確かアンタたちって海にいた子たちよね?」
「ええ、そうだけど」
手前の席に座ってた根津が、頷き返す。
「ふーん。やっぱりね。見たことあると思った。それより、ここの席嫌じゃない?」
普通に話を進めるクロエに、カリンが「そういう問題?」と呆れている。しかし、鳩子たちからしても、下手にここで敵対心を出されるよりは、ずっといい。
むしろ、狼たちが頻繁に接客してる向こうの席に移りたいという気持ちは分かる。
「さっ。注文する物を決めちゃいましょう。いつまでも注文しないのは迷惑だわ」
「確かにそうだね。食べるもの決めなきゃ」
希沙樹の言葉に小世美が頷き、メニューを決め始める。やはり美食の国、スペインの料理を扱う店ともあって、どれも美味しそうな食べ物がメニューに載っている。
そのため、結局色々な物をシェアして食べるという結論に至り、パエリアを四つに、生ハムの乗ったサラダに、海老とズッキーニのアヒージョ、それから飲み物とデザートを注文することにした。
「誰が来るんだろうね?」
「ねー、楽しみ」
「知人サービスしてくれるかな?」
「んー。オオちゃんだと難しい気がする」
「あはっ。確かに。狼君ケチだもんね」
「ちょっと、真紘も頭が固いからしてくれそうにないじゃない」
「真紘は頭が固いんじゃなくて、真面目なの。ケチな黒樹君とは違うわ」
「じゃあ、イズルが一番してくれそうかな?」
「多分。可能性的に言えば」
という話をしながら、呼び鈴を押す。するとほどなくして、一人のウェイターがやってきた。
「あっ! 狼……じゃない」
一瞬やってきた狼とは別人の男性ウェイターを見て、一気に鳩子たちが肩を落とす。
「はーい。じゃあ注文を取りまーすぅ。てか、君たち可愛いねぇ。ここに来るの初めてぇ?」
こっちがテンションガタ落ちしてるというのに、やってきた少し狼と髪型が似た男性ウェイターが軽口で話しかけてきた。しかも妙に語尾を伸ばした、鬱陶しい話し方だ。
正直、楽しく雑談したい相手ではない。
「えーっと、注文は……」
相手の話を無視して、根津が注文をしようとする。するとそのウェイターが妙に身体を根津に接近させてきた。
「えっ、何? 近いっ! ちょっと離れて貰えます?」
根津が顔を引き攣らせながら、男性ウェイターから身体を仰け反らせる。
するとそんな根津に、その男性ウェイターが片目を瞑って来た。
ゾ、ゾゾゾゾゾ…………。
一気に席に居た全員の背中に鳥肌が立つ。隣の席にいるクロエとカリンもそんな鳩子たちの方を見て、憐みの表情だ。
すると、そこへ。
「こら、黒木殿。あんまり女性客を口説いては駄目でござるよ?」
えっ、クロキ? えっ、ござる?
「ちょっと、待って……どこから突っ込めば?」
「大酉さん、静かにして。変に聞かれても面倒よ」
思わず口を開けた鳩子に、気分悪そうな表情を浮かべる希沙樹が諌める。
「おっ、政弘ぉ? おまえも今からバイトぉ?」
「そうでござる。この間、一緒のシフトに入れたのをお忘れになったでござるか?」
「ま、まさひろ?」
語尾にござるを付ける、頬骨がやたらと出っ張った男の名前を聞いて、希沙樹が目を点にさせている。
「惜しい! あと一文字違い!」
鳩子がそう言うと、希沙樹が鋭い視線で睨んできた。
「あはっ、何? この悪趣味な偽物たち?」
季凛がいつものように、相手に構うことなく毒を吐くと、その政弘と呼ばれた男が季凛へと顔を近づけてきた。
「こらこら、綺麗な顔でそんな事を言う物ではないでござるよ? んふっ」
「キモッ! あたしに近づくな!」
うわっ。季凛が素でドン引きしてる。しかしここで、間に入って変なとばっちりも受けたくない。
「ちょっと、ちゃんと注文を訊いてもらえないかしら? こっちは早く注文を済ませたいの」
希沙樹が根津の肩に手を置こうとした黒木と、季凛に顔を近づけながら頬を赤らめる政弘を睨みつける。
すると、ちょっとビビった様子の政弘と、苛ついた顔を浮かべる黒木。
「あーいるぅ、いるぅ。こういう客ぅ。こっちの事情も知らないでぇ、急かす奴ぅ」
「く、黒木殿! ここは冷静に拙者たちが大人になるでござるよ!」
希沙樹から放たれる威圧に押された政弘が、妙に小さい目を歪める黒木を宥めて、注文を早口で取り始めた。
しかしその所為で、鳩子たちの席に政弘の唾が飛来してくる。
「唾飛ばしてんじゃねぇーよ。新手の嫌がらせか? てめぇ!」
唾が顔に付着したらしく、完全にガチ切れモードの季凛。
そんな季凛の怒声に、政弘が……
「バトンタッチでござる――――!」
と言って、黒木の方にオーダーを任せてキッチンの方へと去ってしまう。
「チッ。逃げやがった」
季凛が逃げた政弘を睨みながら、舌打ちをする。かなり凄みのある舌打ちだ。そしてようやく、鳩子たちの席のオーダーが終わり、嫌々そうに注文を繰り返しキッチンへと戻って行った。
「なんなの? あいつ等……詐欺じゃん」
ぐったりとしながら鳩子がそう呟く。
「向こうに、真紘がいなければ黒木を氷付けにしてやったのに」
鳩子の横で、希沙樹が黒木に対する怒りに燃えていた。
「ねぇ、一つ言っても良い?」
そう言って、鳩子たちへと口を開いたのは隣の席に座っていたカリンだ。
「なにか?」
カリンに名莉が首を傾げる。するとカリンが少し間を置いて一つの事実を言って来た。
「多分、貴方たちが接客して欲しい彼たちは、ここの席にやってくることはないと思うわよ?」
「ちょっと、カリン! それ、どういうこと?」
カリンの言葉にクロエが身を乗り出す。
「よく、あたしたちの周りの席を見て」
冷静な声のカリンに促され、鳩子たちが周りに視線を向ける。雰囲気のある店内。美味しそうな香りを放つスペイン料理……。けれどそこに一つ足りない物がある。
「えっ、ちょっと待って。周りのお客さん……妙に沈んでない?」
「た、しかに……」
「でも、向こうからはかなり黄色の声が響いてんね? あはっ」
もちろん、季凛が言う「向こう」とは真紘や狼、出流が接客している方だ。おかしい。何故、こんなに空気が向こうと、こちらでこうも違うのか?
まるで隣り合わせの別の店に入ってしまったのか? と錯覚するくらい違う。
「大丈夫だよね? 入り口一つしかなかったもんね?」
セツナが少し、引き攣った声を出す。
「ちょっと、怖い事言わないで。当然でしょ?」
「だ、だよね?」
「いえ、そうでもないわよ?」
不安を拭おうとするセツナと希沙樹に向かって、カリンが酷薄な笑みを口許に浮かべる。
「どういうこと……?」
希沙樹が口の中に溜まった不安を飲み込むように、ゆっくりとカリンに訊ね返す。
すると、カリンが席に立てかけてあるメニューの下の方を指差した。メニューの下には、入り口の上に書かれていた、お店のロゴが入っている。
これを指して、一体何が言いたいのだろう?
メニューのロゴを見ながら鳩子たちが眉を潜めていると、カリンが答えを口にしてきた。
「きっとここは、あっちと姉妹店で隣同士にあるのね。姉妹店ってことはメニューも同じ。だから向こうに空き席がなくなったら、自動的にこっちに通すシステムになってるんじゃない?」
この場にいた全員に衝撃が走る。いや、もう衝撃なんて例えようがない。もうこれは、お客への精神的テロだ。もうテロとした言いようがない。
「ちょっと、待って。嫌よ。嫌よ。せっかくイレブンスに巡り会えたと思ったのに。こんなのあり得ない! あり得ないぃぃぃぃぃ〜〜!」
クロエが頭をくしゃくしゃにして、嫌悪感を露にする。
けれど、カリンの話はちゃんと筋が通っており、あり得なくない話だ。
「そんなぁ〜……」
セツナも相当ショックを受けたのか、やや涙目だ。
すると、そんな鳩子たちの耳に別の席にいる女性客の声が聞こえて来た。
「ねぇ、どうする? デザート持ってくるのがアイツだったら?」
「えー、無理。本当に無理! デザート食べれなくなっちゃう」
という二人組女性からの不穏な言葉が出て来た。
「ねぇ、さっきの会話……何?」
目下の皮膚を引き攣らせる根津が鳩子たちに向かって、訊ねてくる。けれどそれは鳩子たちだって聞きたい。
持ってこられるだけで、デザートが食べれなくなるアイツとは、誰のことを指しているのか?
鳩子たちが恐怖に顔を引き攣らせていると……
「ほら、サラダだぞ」
としゃがれた声が聞こえて来た。しかも強烈な悪臭を漂わせて。
鳩子たちが恐る恐るそっちの方に視線を向ける。
するとそこにいたのは、ボサボサの黒髪にウェイターのシャツのボタンが今にも吹き飛びそうな腹。そして疎らに生えた髭。しかも目線は座っている鳩子たちとそれほど変わらない。
突如現れた男の姿に、鳩子たちだけでなく、クロエとカリンも目を丸くさせている。
ヤバい。黒木より政弘より強い奴が来た!!
しかも……
「いづる殿! それ置き終わったらゴミ出ししとくでござるよ!」
「へいへい、わかったぞ」
もう唖然として、言葉が出てこない。
「ちょっと、もう本当に何なの? これじゃあまるで地獄よ! 地獄! むしろ、同じ名前って悪意に満ちてるわ!」
クロエが混乱しながら、英語でそんなことを叫んでいる。
「で? どうする? あの臭い奴が運んで来た生ハムサラダ……?」
根津が煙たそうな視線で、テーブルの上に置かれたサラダを見る。
「私は遠慮するわ。あんな下品な人が持って来たの、食べれるわけないじゃない」
希沙樹が早くもサラダを食べない宣言をしてきた。一番、サラダに乗り気だった癖に。
「ちょっと、そういうの無しでしょ? 料理が余っちゃうじゃない?」
根津がリタイア表明をした希沙樹に怒鳴る。するとその間に再び、いづるがやってきて、今度はクロエたちの席に、キノコとトマトのアヒージョを置いて来た。
「ガーリックより、臭いってどういうことよ?」
「最悪。こんなの食べ物じゃない!!」
あからさまにいづるが残した残り香に、深い皺を寄せるカリンとクロエ。いや、しっかり隣の席に座る鳩子たちの方まで、しっかりその臭い残り香が臭ってきて、胃が縮こまる。
「どうしよう? 私、食べ物を食べれる気がしない……」
小世美が肩を震わせながら、ぼそりと呟く。
「大丈夫。それは私もだから」
肩を震わせる小世美を励ますように、名莉がそう言った。
ああ、遠くを眺めると腕まくりをして、綺麗な腕を見せる狼の姿が見える。
この料理を狼が持って来てくれたら……
「はーい、チキンとトマトのバジルパエリアですぅ」
「おまえのが見たいんじぇねぇーよ!!」
狼と同じスタイルでパエリアを持って来た黒木に思わず、鳩子が叫ぶ。すると何を思ったのか黒木は、叫んだ鳩子の元へと近づき……頭を手でポンポンとしてきた。
「あああああああ、あたしの髪に触るなぁ〜〜」
鳩子がそう叫ぶも、黒木はまったく動じることもなく分厚い唇から歯を除かせて、気色悪い笑みを浮かべて来た。
それから、何故か鳩子たちとクロエたちの席に料理を運ぶのは、いづる。最悪にも程がある。どれもこれも手を付けるに付けられない。
そのため、テーブルには綺麗に残った料理が並べられて行く。
「食べねぇーのかよ。これじゃあ片付かんねぇーぞ」
最後の一皿を置いたいづるが鳩子たちに向かって、悪態を吐いて来た。
誰の所為だと思ってんのだよ!! 誰の!
悔しさで奥歯を噛み締める七人。
するとそこへ、政弘が一つのお皿を持って、希沙樹の前にやってきた。いきなりやってきた政弘に訝しげ表情を浮かべる希沙樹。
すると……
「これはサービスでござる」
そう言って、希沙樹の前に置いたデザートプレートには……
『強気な奥方へ。拙者の愛を送るでござる』とチョコレートのペンで書かれていた。
あまりの衝撃的なデザートプレートのメッセージに希沙樹が言葉を失っている。
「政弘の奴……逃げてた割に希沙樹のこと気に入ってたんだね」
「やめて。何も言わないで。私が好きなのは政弘じゃなくて真紘なの」
希沙樹がそう言って、自分の肩を抱き身体を震わせている。
「あはっ。さすがに同情するわ〜〜」
季凛の言葉に誰しも頷いた。
そして、そのまま……七人は頼んだ料理を一口も味わえぬまま地獄を後にした。
けれど、そんな鳩子たちの前に……
「ああ! やっぱり似てる人がいると思ったら鳩子たちだったのか!」
ウェイターの格好から私服に着替えた狼、真紘、出流が立っていた。
「狼……」
地獄を見過ぎたせいで、目の前にいる狼が幻ではないかと思ってしまうほど、眩しく見える。自然と鳩子たちの目に涙が滲む。
「えっ、えっ、どうしたの? 皆!?」
涙を浮かべる鳩子たちに動揺する狼たち。けれど鳩子たちはそんな狼たちを見ながら、胸に込み上げる安堵感と嬉しさを押し込めるのに精一杯で、事情を上手く説明することができなかった。




