人間的である
「はぁあああああっ!」
揺らめく炎を斬撃で打ち消しながら、狼が再び豊へと近づく。一歩踏み出す度に、自身の身体の重さを感じる。全身の傷が叫び出す。
それでも、自分の道を作ってくれた“これまで”が狼の背中を押してくれる。自分は決して褒められるような人間じゃない。失敗だってするし、逃げようとだってする。
けれど、それでもこんな自分を押してくれる人がいる。
こんな自分を必要としてくれる人がいる。
なら、自分がすべきことは……その人たちに答えるだけだ。いいや、答えたい。
狼の目の前に豊が払った刃が振って来た。
刀越しに見る豊は、感情を捨てたような冷たい表情をしている。
「父さんは、貴方のそんな顔が見たいわけじゃない」
言葉を吐き、イザナギで豊の刃を受け止める。受け止めた瞬間、イザナギの刃に含まれる因子が豊の刀を弾き返す。
「何も分かってないのは、貴方の方だ」
豊の刃を弾き返すのと同時に、イザナギの穂先で豊の肩を貫き、肉を削ぐ。豊の顔が一瞬、驚きの表情を浮かべた。
豊が手を抜いたわけではない。
少しの油断だ。
豊は狼の能力を高く買っていた。けれど油断もしていた。
だからこそ、先程の狼の切り返しの速さに反応が取れなかったのだ。
「やっぱりね」
豊が表情の変えぬまま、言葉を吐き出した。
何かを納得したような言葉。けれど、その真意を伏せている。
何時如何なる時でも、豊は豊かだ。
豊は言っていた。自分はコピー能力以外では何も出来ないと。けれど、狼からそれが全てではないと思う。
豊自身がそれに気づいているのか分からない。
いや、分かってないのか。
だからこそ、豊は自分などとと言うのだから。
狼がイザナギを払い、ながら左手で豊へと練った因子の無形弾を飛ばす。豊が狼の放った無形弾を避け躱す。
「この動きはよく晴人がやっていたね」
懐かしさを噛み締めるような声だ。
「晴人が使ったのかい?」
「そうです。僕はまともに喰らいましたけど」
「はは。そうだろ? 私も何回か喰らったよ……。私にとって5人で他愛ない話をしている時が一番好きだった。一番、安らげたといっても過言じゃない。けれど、それが下らない理由で壊された。君たちは言ったね? 不公平な世界を作りたくないと。だがね、もうそれはなっているんだ。自我を持った人間が知恵を持った時からね」
「分かっているなら、どうして? どうして、貴方は自分と同じ不幸を誰かに与えようとするんだ?」
「それもまた私が人間という証拠だよっ!」
豊が因子に含まれる圧力が狼を後ろへと押し返そうとしてきた。狼は歯を食いしばり、その圧力に必死に抗う。
豊の意志は強い。
自分の非を認めながらも、自分の意志を貫き通している。その姿は、簡単に真似できるものでもない。
言葉で押されるな。
狼は心の中で自分を叱咤する。
「黒樹君も知ってるんだろう? フラウエンフェルト家の遂行な計画を」
狼は次の手に向けての因子を高めながら頷いた。
ヴァレンティーネが言っていたnil計画の真相。
それを聞いたとき、狼は複雑な感情を抱いた。もしもの道を考え、悲しくなった。そしてそれと同じくらいに困惑し、意味もない事を呟いた。
「私も同じだよ。彼らの計画を知ったとき、まるで恐ろしい神の言葉に聞こえた。死よりも恐ろしい呪いの言葉にね。そんなとき、とある夢を見た。その夢はまさに英雄の物語だ」
「その夢が……」
切った狼の言葉の先に豊が頷いて来た。
「私の中での危機感が一つの物語を見せてくれたんだね」
豊が苦笑を漏らして来た。
けれど、その瞬間に豊の姿が消える。
現れたのは狼の背後。
咄嗟に狼がしゃがみ込む姿勢で身を低くする。その瞬間に、狼の首があった辺りに豊の刃が半弧を描いて通り過ぎて行く。
狼は身を屈めたまま身を捻り、右手に持っていた刃を背後にいた豊へと走らせる。
刃の先は、豊の足下を斬り裂く軌道だ。
速度も文句ない。
豊もそれが分かったのか、手に持っていた刃で狼の刃を受け止めて来た。
しかし、ここで狼は高めていた因子を放出する。
その気配に気づいた豊が退こうとするが、間に合わない。
大神刀技 天霆一刀
超至近距離から放たれた因子が豊の身体を容赦なく切り刻む。狼はそれと同時に豊と少しの距離を持ち、反撃に対する体勢を整える。
直撃はした。けれど油断はできない。
そして、その判断は正しかった。
「本当に、たった半年でここまで成長するとは思わなかった」
狼の首の根を勢いよく掴んで来た。そしてそのまま、狼の頭を床に思いきり叩き付けて来た。勢いよく叩き付けられ、視界が明滅した。目の前が顕微鏡の中に定まらない。
そんな狼の頭から血が流れ、視界が赤く染まって行く。
「全く現実は上手く行かないね。私はこの手で晴人の息子である君を手にかけたくはなかった」
豊がそう言いながら、右手で刀を刺突の構えを取る。
定まらない狼の視界で、豊が構える刀の穂先だけが怪しく光る。
首に掛けられた力で、上手く呼吸もできない。
それでも……
「僕は死にません。こんな所で、絶対に……死にません」
狼がそう言い切る。
「君の最後の言葉として、受け取っておくよ」
豊がそう言って、刃の穂先を狼の顔面へと走らせんと動く。けれどその手は二発の銃弾によって阻まれた。
撃たれた銃弾は、豊の右手を貫通し、刀を弾き飛ばす。
そしてもう一発が豊の左股を撃ち抜いていた。
「狼は殺させない。絶対に」
銃弾が飛んで来た先にいたのは、二丁の銃を両手に持つ名莉だ。




