表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
481/493

ぶつける決意

 刃と刃が衝突する度に、イザナギを持つ手が痺れる。目の前にいる豊はまるで何事もないかのように涼しい顔をしている。

 何故、こんな涼しい顔を続けられるのだろう? 

「どうして、なんですか?」

 狼がそっと口から漏らした言葉に、豊が不思議そうな表情を浮かべて来た。まるで今さら、自分に答える事などないかのように。

 狼はそんな豊の表情に、何とも言えない怒りが込み上げて、その後から悲しみが胸に込み上げて来た。

 悲しいという感情から怒りが沸き起こってくる。その熱が狼の因子の熱に比例した。刃が衝突した際に上がる火花も大きくなる。

「今の貴方の目には、何が映ってるんですか?」

 狼が豊への質問を投げる。今の豊にこの意味がどれほど通じるか分からない。もしかしたら、伝わらないかもしれない。

 狼が豊からの刺突を防ぎながら、豊の表情を見る。

 自分に突きの一手を放って来た豊の表情。その表情には涼しい顔は浮かんでいない。何の感情も浮かべていない。

 まるで、先程の狼の言葉など聞こえてなかったといわんばかりに。

 しかし、そんな態度が逆に豊の本心を透かしているように、狼には見えた。

「正直、僕は理事長の気持ち……少しは理解、できます。僕だって、自分の大切な人たちが理不尽に殺されたら、悔しいし、悲しい。それに怒ると思います。いや、僕や理事長だけじゃない。きっと誰でも思う、普通の事なんです」

 狼自身、小世美が死んだとき悲しくて、苦しくて、全てを投げ出したくなった。嫌な事に目を瞑り、耳を塞いでやり過ごしたいと強く思った。

 全てがどうでもよくて、ただ自分の胸に空いた穴を塞いで欲しかった。

 しかし、それは自分自身に嘘を突き続けるだけということも分かっていた。どんなに目を瞑ったって、耳を塞いだって、自分の大切な人が帰ってくることはないのだから。

 けれど、それを思うよりも前に、逃げないと決められたのは、自分を大切だと思ってくれる人たちがいたからだ。

「でも、ずっと昔の事に捕われていたら……今の貴方を大切だと思ってくれる人の事が分からなくなります。そんなの、馬鹿みたいじゃないですか?」

 その瞬間に、狼の首元に豊からの肘打ちが襲って来た。狼は息苦しさに咳き込みながら、後ろに下がる。

「……今の理事長のこと……父さんも母さんも大切に思ってます。僕や真紘だって……出流は、分からないけど、もう、殺したいほど貴方を憎んではいないと思います。それに、僕は少し前に條逢先輩から頼まれてたんです」

 それは、狼が京都にいるときに慶吾からの通信で言われた言葉だ。

「慶吾が頼み事なんて珍しいね……」

「僕もそう思います。けど、言われました。前を向かせて欲しいって」

 狼がイザナギを構え、豊へと向かう。

 因子を練り上げながら、狼が豊に向かって走る。そんな狼に豊が小さく息を吐き出してきた。

「本当に驚きだよ。頼み事を慶吾がする事にも驚きなのに、まさかそんな内容なんてね。けど、慶吾自身も、分かってるはずだよ。私がどういう人間かをね」

「それが何だって言うんですか?」

「もう私は立ち止まれないという事だよ」

 豊からの斬撃が狼へと襲いかかって来た。飛んで来た斬撃を狼が構えていたイザナギで斬りかわしながら、さらに豊へと疾走する。

 肉薄する狼へと豊からの斬撃が次々に襲いかかる。

「立ち止まれないのなら、進むしかないだろう!?」

 刀を揮い斬撃を放ちながら、豊が声を張り上げさせる。狼はその斬撃を切り分けながら豊へと進むが斬撃を斬った瞬間に巻き起こる風圧で思うように進めない。

 しかし、少なからず先程の慶吾との話に豊の感情が揺れているのは間違いない。

 それなら、まだ望みがあるはずだ。

 斬り躱せない斬撃は、斬撃で相殺する。炎の勢いが激しさを増し、荒れ狂う炎が狼の身体を激しく揺さぶり、一瞬だけ意識が飛びそうになる。けれど、ここで意識を途切れさせるわけには行かない。そしてその炎に狼が焼かれずに済んでいるのは、紛れもなく真紘による風が炎の手を食い止めているからだ。

 そんな真紘のアシストに感謝しながら、狼は揺らめく炎の奥に立つ豊を見る。

 炎の中に立っている豊はどこか茫然としていて、目の前にいる自分など見ていないように見えた。けれど、狼が動けば、きっと豊も動くだろう。

 それは空気の中に混じる因子の気配から分かる。

 狼たちが気づかない内に、この倉庫内には豊の因子が広がっていた。その証拠に、狼の因子を含む、全ての因子と倉庫内に満たされた豊の因子が衝突し、小規模な破裂を繰り返している。

 もし、豊がこの場に拡散した因子の熱を上げれば……それこそ爆発と共に狼たちは海へ投げ出されるはずだ。

 緊張や恐怖がないといえば嘘になる。手元だって微かに震えている。喉だってカラカラだ。

 しかし、それでも……

「僕は貴方を止める」

 それが今の狼の決意だ。

「息子との約束を守ってくれることに感謝しないとね」

「……勿論。條逢先輩に頼まれたってのもあります。けどそれだけじゃないですよ。父さんたちのためでもあるし、いち明蘭の生徒としてでもあります。まぁ、貴方から何かを教わった記憶なんてないけど」

 狼がそう言葉を吐き捨てるのと同時に、イザナギの刀身が狼の因子で満たされる。

 大神刀技 斬踏

 イザナギから放たれた斬撃が無数の爆発を巻き起こしながら、目の前に広がる紅を切り裂いた。

 全ては豊へ自分の決意をぶつけるために。

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ