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約束の戦い

 季凛との一件が落ち着き、狼は真紘と共にもう一つの戦いに臨もうとしていた。

 練習着に着替えた狼は、真紘と共に明蘭学園のグランドに立っていた。正面には酷薄な笑みを浮かべながら、綾芽が仁王立ちしている。

 空は文句のつけようがないほど、晴天だ。

「黒樹、九条会長は強い。心して掛からなければ例え試合と言っても、大怪我をするぞ」

「……うん、そうだろうね」

 真紘の言葉に狼は素直に頷いた。いや、むしろ言われずとも綾芽の危険さはすでに既知している。なにせ、生徒朝会で狼は綾芽の強烈な拳打を受けているのだから。

 狼たちの周りには、数多くの明蘭の生徒の姿があった。そこにはデンメンバーの姿もある。

 自分を応援しに来てくれた事は、嬉しい。けどそれと同時に強いプレッシャーも狼へと圧し掛かってくる。

「妾は、ずっと楽しみにしていたぞ? さて、輝崎に黒樹よ、しかと用意は出来ているであろうな? 妾に愉悦を(もたら)す戦場を」

「無論です」

 目を細めて笑う綾芽に、真紘が力強く頷く。

 しかしそんな真紘とは打って変わり、狼はまるで自信がない。むしろ全力で首を横に振り、さっきの言葉を否定したいくらいだ。

 どうして、真紘も頷いちゃうかな?

 真紘は綾芽の期待する戦いが出来るとしても、自分はそうではない。けれど、隣にいる真紘は、それ自体を頭の中に入れていない様子だ。

「セット・アップ」

 真紘がイザナミを復元し、狼も慌ててイザナギを復元する。すると合わせて綾芽も身体から因子の熱を放出し始めた。

 一気にその場の緊張が高まる。

「では、皆さま準備が整われたようなので……試合を開始いたします」

 ジャージ姿の左京が張りのある声で、試合開始の合図を告げてきた。

 合図の上がった瞬間、綾芽の因子が周囲に発散し、真紘がイザナミを下段に構えながら綾芽へと疾駆する。

 綾芽が拳を突き出し、真紘も紅く染まったイザナミの刃を走らせる。二つの衝撃が衝突する。空気が震え、その余波が周りにいた生徒たちを後ろに押しやる。

 す、凄い。

 思わず二人の衝突に狼は呆然としていた。真紘と綾芽の衝突は、今もなお継続的に行われている。綾芽の蹴りが真紘の頭部へと振り上げられ、真紘が綾芽へと刺突を繰り出す。容赦なく、大胆に。これは生徒同士が行う試合なのか? と首を傾げたくなるレベルだ。

 綾芽の蹴りを真紘が躱し、真紘の刺突を綾芽が躱す。二人の間に微かな距離が生まれた。

 その瞬間。

「黒樹。いつまでもそこで呆けているのではない」

 綾芽が視線を狼へと移してきた。綾芽が片腕を素早く横に払う。

 帝血神技 (おぼろ)

「黒樹っ! 避けろ!」

「えっ、避けろって……どっちに!?」

 何か近づいて来る気配はある。それが綾芽の放った攻撃であることも明白だ。けれど、攻撃事態が見えない。見えない攻撃をどうやって避けろというのか?

 狼がそう困惑している間に、綾芽の放った透明に近い衝撃波の刃が狼へと襲いかかって来た。

 綾芽の攻撃は透明というわけではない。衝撃波の刃は他の風景より白く濁ったような色身をしている。けれどそれを視覚で判別できるようになったら、もう遅い。

 狼へとカーブを描きながらやってきた朧は、狼の左横腹を容赦なく切りつけてきた。

 咄嗟にイザナギで攻撃を受け止めようとするも、逆に身体の体勢を崩して右方向へと、大きく飛ばされた。

 左横腹から出血した血が、宙に舞う。狼より前方にいた真紘が、素早く綾芽への攻撃を開始する。

 大神刀技 鎌鼬

 真紘がイザナミを払い、風の斬撃を生む。荒々しい風の斬撃が地面を削り、綾芽へとその牙を伸ばす。

 綾芽の身体に鎌鼬の牙が穿たれる。しかし綾芽は気にすることなく、真紘へと前進した。

「これ、輝崎……貴様にしては集中力が欠けているぞ? 黒樹が気になるか?」

 切りつけられ、腕の皮膚から血を滴らせた綾芽の拳が、真紘の顔面を容赦なく討つ。同時進行で、綾芽が真紘の足元に足刀を繰り出す。

 真紘も即座に反応し、自分の足を切断せんとする綾芽の足にイザナミを突き立てる。

 刃が肉を貫通する感触が伝う。その痛みが綾芽の全身へと伝播する。綾芽はその痛みに表情を変えぬまま、真紘の首元を狙った貫手を突き出す。

 真紘が上半身を後ろへと逸らす。綾芽の貫手が真紘の顎先のスレスレを過ぎ去って行く。

 綾芽が舌で自分の唇を妖艶に舐めまわす。

 しかしそんな真紘の背後で、狼が因子の熱を爆発するように膨れ上がる。

 真紘は、狼から発せられる因子に応じて自分の因子をイザナミへと練り送る。狼の攻撃で少しでも隙が生まれた綾芽を自分の攻撃でダメージを与える。

 しかし綾芽の性格、戦闘スタイルからして、攻撃を与えたことで安心はできない。むしろ危険度は増すだろう。綾芽は自分の前に壁が聳え建つほど、戦闘への熱が上がるのだ。

 そして一度火がつけば、それを消火することは容易いことではない。だからこそ、綾芽に火を付ける隙を与えないほど、継続的に技を狼と二人で放てばいい。

 真紘は頭の中で、これからの戦闘状況を巡らせる。綿密さに欠けてはいるが、今の状況では、考えている時間も惜しい。

 綾芽との衝突を繰り返しながら、真紘が因子の熱を静かに上げて行く。自分の因子は着実に上がってはいるものの、状況は(かんば)しくない。

 遅い。遅すぎる。

 真紘は背後で因子を練る狼をそう感じていた。

 けれど戦いに興じている綾芽のボルテージが上がり切る前に、そのボルテージを寸断してしまいたい。

「はぁあっ!」

 真紘は声を張り上げ、イザナミに注ぎ込んだ自分の因子を爆発させる。

 大神刀技 肱川荒らし

 真紘がイザナミを払った瞬間、白い霧を纏った風の刃が綾芽の身体を切り刻まんと広がろうと流動する。けれどそんな真紘の攻撃に同じタイミングで狼が放った黄泉酷女が直撃する。

「なっ」

 まったく予想していなかった事態に、真紘が目を丸くさせる。

 真紘の攻撃に合わせて、距離を取っていた綾芽も呆気に取られた顔をしていた。

「ご、ごめん! 真紘!」

 真紘に向かって謝る狼も、口をあんぐり開けて、しまった顔を浮かべている。

 想像していなかった事態に、狼も真紘も次の行動へと移せなかった。

 しかし綾芽は違う。

 綾芽は予想外の事態に驚きながらも、その攻撃の手を止めることはしなかった。

「貴様たち、何をしている? 味方同士で潰し合っても妾は倒せんぞ?」

 帝血神技 武甕槌(たけみかづち)

 綾芽による手刀が容赦なく、振り落される。真紘の右肩から勢いよく血が噴き出した。真紘の顔が微かに苦悶に歪む。しかもただ単に手刀で切られただけではない。

 イザナミを持つ真紘の手が、身体が、電流でも浴びたように痺れている。

 危機感を持った真紘が後ろへと後退しようと動く。しかしそんな真紘の動きを読んでいた綾芽が真紘を蹴り跳ばす。

 真紘はその蹴りを腕で防ぐものの、その衝撃を痺れた身体で受け止め、殺すことは不可能だった。

 呆気なく、いとも簡単に真紘が綾芽の蹴りで遠くへ飛ばされ……地面に身体を打ち付けている。

 狼はその光景を見て、思わず息を飲んだ。

 強い。改めて九条綾芽の強さを実感する。けれど強いのは真紘も同じだ。いくら綾芽が強いと言っても、真紘がこんな簡単にやられるはずがない。

 綾芽は公家の出身だと言っていた。そして真紘も由緒ある家の出だ。もしかしたら、そのことが少し関係しているのか? 

 いや、でも真紘が一度戦うと決めて、身分など気にするだろうか?

 この疑問が頭の中に浮かぶと、やはり真紘が思う様に戦えなかったのは、自分の所為じゃ……自責の念が狼の中で渦巻く。

 だが、今の狼はそんな考えに耽っている場合ではなかった。

「黒樹、貴様にはがっかりだぞ? もう少し骨があると思ったんだが期待外れだ」

 綾芽のその言葉が狼の耳に、低く響く。

 声が聞こえたのと同時に、鳩尾深くに綾芽の拳が穿たれた。

 そしてそのまま、狼の意識は闇の中へと埋もれて行った。


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