戦地での仲間
今の状態から空中戦への切り替えを、手短に話し終えた真紘はすぐさま行動に移す。豊からの銃撃を避けかわしながら、真紘が幾つもの上昇気流を生み出す。
生み出した気流を大きくさせ、倉庫全体に暴風が吹き荒れる。暴風となった風に煽られ、そのまま身体が吹き飛ばされた。
それは、真紘だけではなくここにいた全員が宙へと吹き飛ばされる。
経緯を知らない狼たちの方からは、驚愕の声が聞こえてきた。天井部分が開いているため、そのまま艦上へと吹き飛ばされる。
風はどんどんその激しさを増し、もはや定位置に留まることはできない。
黒樹たちには悪いが……
少しの間だけ辛抱してもらうしかない。
この暴風の中では、豊の瞬間移動能力は意味を成さないはずだ。
豊が保有する能力数を把握していない以上、これは賭けでもあった。しかし、その賭けは半ば勝ったともいえる。
なにせ、敵の豊も風に煽られ、その身を空中へと放り出されている。
真紘がすぐさま、斬撃を放つ。
普通なら、この暴風に煽られて斬撃の軌道が逸れる恐れがあるだろう。しかし、これは真紘が作り出した暴風だ。己の斬撃に支障を来すことはない。
斜下にいる出流が豊へと発砲する。
といっても、弾は空間を歪ませ豊へ零距離発射だ。暴風による影響は限りなく少ない。
「空中に投げ飛ばされた挙句、そのままお陀仏じゃ……ちょっと格好がつかないね。君たちもそう思うだろ?」
しかし、それと同時に豊もまた動いていた。
斬撃と銃弾が豊の元に到達するのと同時に、豊からも因子が放出される。その瞬間、倉庫内外を席巻していた爆風が消え去り、真紘の放った斬撃と出流の銃弾がその意味を失くしてく。
風によって宙に浮いていた身体が落下を始める。
一瞬だけ、自分たちの攻撃を霧散してきた豊に眉を潜めそうになった。けれど、すぐに豊が以前、コピーしたヴァレンティーネの能力であることに気づく。
ならば、と真紘が足元に空気を圧縮させる。それを床代わりとして蹴り、豊へと前屈みの体勢で肉薄した。
肉薄する真紘を見て、豊が拳銃を刀へと持ち変えてきた。
自分よりも下にいた床に向かって、真紘が落下を続けながらイザナミを振り下ろす。
豊が持ち変えた刀で真紘のイザナミを受け止める。受け止めた瞬間に豊が腕を払うように、イザナミを弾く。その瞬間に、豊が顎を引いてきた。豊の鼻先を出流の銃弾が掠める。真紘による刺突が豊を襲う。
避け切れるわけがない。
真紘が確信したのと同時に、視界が赤く染まる。血が大気に混ざり滴となってあたりに拡散する。
イザナミの握る手に、確かな手応え。イザナミの穂先が豊の左腕を貫通していた。真紘がすぐさま刃を引き抜き、刃を切り返す。
だが、真紘がイザナミを振り上げた瞬間に、豊の右手が真紘の胸の辺りをついていた。
しまっ……
衝撃が真紘の身体全身に走った。肺が圧迫され、口から血が零れ落ちる。肺を中心に走った衝撃で呼吸が一瞬だけ止まってしまう。
口を開いても、まともに呼吸ができない。
逆に開いた口から出るのは、逆流してきた血だけだ。しかしそんな自分の身に起きたダメージするらも無視して、真紘はイザナミを振り下ろす。
止まってなどいられない。
相手を討つことだけ考えて、刀を走らせる。ただ、それだけだ。しかし、そう簡単に斬れる相手でもない。振り下ろした刃は豊へと止められていた。
気づけば、真下には倉庫内の床が見えてきた。
息が苦しい。胸辺りを中心に因子を流し、衝撃で破壊された細胞を修復していく。けれど完全に機能を修復するには、もう少し時間がかかる。
酸素が足りない成果、頭が回らない。
こんな時に、意識を朦朧させている場合ではないというのに。真紘は唇を噛む。豊がそんな真紘の様子に気づいた。口許が微かに開き、そして噤む。
「終わりかな?」そう言われている気がした。
豊の刀が意識の鈍った真紘へと走る。真紘がスレスレの意識でそれをかわそうと身体を横に逸らす。その瞬間に二回の銃声が聞こえた。
一発目が真紘の右肩部分を撃ち抜き、もう一発が豊の鎖骨辺りを撃ち抜く。右肩に熱の籠った痛みが広がるのと同時に、意識が痛みによって取り戻される。倉庫内の床がすぐそこにあった。すぐさま、前屈みの体勢から着地の態勢を取る。
「かはっ」
その瞬間に、肺に溜まった空気が口から溢れ出た。それから身体が酸素を求めるままに、荒い呼吸を繰り返す。
気づけば、肺の機能も回復している。
「何とか間に合っただろ?」
真紘の横に着地した出流が苦笑を浮かべてきた。先ほど出流が真紘へと撃ってきたのは、ただの銃弾ではなく、回復促進剤を含ませたものだったらしい。
「まさか、宇摩にもそれを撃ったんじゃないだろうな?」
「アホか。そんな間抜けなヘマするか」
「冗談だ。おかげで助かった」
口許の血を拭いながら、真紘が微笑を浮かべる。
「こんな状況で、おまえが冗談か……。明日なんか不吉な事が起きたらお前の所為な」
「どんな状況だろうと、少し肩の力を抜くのは必要だ。それこそ、次のためにな」
言葉が終わるのと同時に、真紘と出流が左右に開く。
二人の間を、正面から豊の放った斬撃が飛んできたからだ。
「やっぱり、さっきの攻撃くらいだと起き上がってくるか」
出流が軽く溜息を吐き、豊へと疾駆した。豊へと距離を詰めながら、出流が銃弾を放つ。出流の放った銃弾は、八〇、九〇、一〇〇……と数を増やして行く。豊の姿が無蔵の銃弾に埋もれている。異様な光景だ。
しかし、それを豊が防いでいる。放たれた銃弾が火花を上げ、床へと散乱して行く。しかし引金を引く出流の手も変わらない。
自分の放つ銃弾が幾ら弾かれようと、構いはしないという表情だ。そして、真紘もそれを見ながら真紘も次なる攻撃に動いていた。
豊自身に放った所で防がれる可能性がある。なら、次の手は豊の隙を作り出すための攻撃だ。
出流が、撃ち込む銃弾の中に爆発を引き起こす一発を仕込む。
空間変奏 曳火
銃弾の中に紛れこんだ砲撃サイズの光弾が豊の頭上で炸裂する。その瞬間に真紘がその砲撃に合わせて斬撃を放つ。
大神刀技 夕霧・炎
白い霧の刃である夕霧が熱線を放つ曳火と接触する。一瞬にして炎を纏った風が辺りに広がり、目の前が炎の赤一色となった。炎の勢いが止まることはなく、炎が酸素を受け燃え上がり、辺りに漂う白い霧がその熱を喰らい、刃の鋭さを生む。
二つの攻撃による余波は、倉庫内の壁を吹き飛ばす。今までびくともしなかった強化ガラスに巨大な亀裂を走らせる。
受けとけるか? 先ほどのようにコピーした因子でこの攻撃を消すか? それとも、自分たちの方へと移動し避けるか?
一番高い可能性としては、自分たちの側へと移動してくることだろう。もしも、ヴァレンティーネの因子が燃費の良いものだったら、先ほどのように攻撃を消されていただろう。
しかし、ここまで広範囲に広がった攻撃を一斉に消すとなると、かなりの量の因子を消費することに繋がるはずだ。
そして、この攻撃を無理に受け止めようとすることは、まずないだろう。
出流が後ろへ下がり、真紘が前へと出る。
先ほどの攻撃の炎はまだ続いており、前へと出た真紘のすぐそばに炎の壁が反り立っている。炎の熱が真紘の皮膚を乾かし、髪先が火粉によって焦がされる近さだ。
けれどこれで、豊がもし自分たちの間に移動してきたとしても、前後での挟撃も可能だ。そしてその時のために集中力を上げ、因子を練る。準備を整える。出てきた時を狙う。
例え、少しのダメージだとしても、それを重ねることに意味があるはずだ。
真紘がそれを考えていると、不測の事態が起きた。
豊だけに集中しすぎて、完全に意識から抜け落ちていた。
「まだまだ、宇摩の首は取らせぬぞ?」
狼たちと戦っていた綾芽が、出流へと肉薄してきた。肉薄した綾芽が出流を真紘の方へと向かって蹴り飛ばす。
両手を前にして、出流が綾芽の蹴りを受け止めるがその勢いを殺すことはできない。
勢いを殺せなかった出流が、炎の壁を突き破り、後方の床へと叩きつけられる。
「戦地に於いて、頼もしい仲間は必要不可欠。今の私はそれを身に沁みて感じているよ」
陣形が崩れた真紘の前に、酷薄とした笑みを浮かべる豊が現れる。
「これは、いつかのお返しだ」
豊がそう言いながら、真紘の横腹を刀で勢いよく貫いてきた。




