納得の答え
自らの望みを叶えるために、戦っている。
狼が下段から上段へと振り上げた刃を綾芽が受け止める。爆発がお互いの位置を離し、そして再び衝突する。
衝突しながら、狼は先ほどの綾芽の言葉を思い返していた。
自由を掴み取るために戦う。それは綾芽の願いだ。そしてその願いを叶えるために綾芽は戦っている。
そして、それは大かた間違いではないはずだ。
だから、一瞬、自分と綾芽は同じだと思った。願いのために戦っていると。けれど、それと同時にそれだけではないとも思った。
願いを叶えるためではなく、自分が戦う理由。
それは……何だ?
答えが出ている感覚があるのに、それを上手く掴む事が出来ない。それがもどかしい。
何だろう?
綾芽との衝突は続いている。
そのため、深く自分の胸に靄をかけている正体を突き止める時間もない。狼は一度、自分の頭をその部分から切り替えた。
目の前で、自分の願いを押し通すために綾芽が猛攻を続けているのだから。
狼と名莉が綾芽と衝突している間に、真紘は出流と共に豊と対峙していた。
「ん? ナチュラルにメンバーチェンジかな?」
「見ての通りだ」
豊の言葉を真紘が、一言で切り捨てる。静かに因子を練り込む。衝突は一瞬の出来事だ。その瞬間の為に、万全を整えたい。
「先に俺をダウンさせたいんじゃなかったのか?」
出流が豊に言葉を吐き捨てながら、和弓からベレッタM92F(銃)へと持ち変え豊へと発砲を開始する。飛んでくる銃弾を豊が跳躍移動しながら、刀で弾いていく。刀身で弾かれた弾が火花を散らし、床や壁に黒い穴を開けて行く。
「うん、そうだね。私も刀ばかりに固執していては味気ない」
ふと気持ちを切り替えるように、豊が刀からワルサーP38に持ち変えてきた。
「こう見えて、私も銃撃戦をやったりするんだよ」
豊がニヤリと笑みを浮かべ、出流……それから因子を練っていた真紘へと発砲してきた。放たれた弾は五発。一発目がイザナミを持つ手元を狙っており、遅れて発射された二発目から五発目が、胸、三発目は左足、四発目が額、五発目が真紘の左横腹へと狙いを定めている。
五つの銃弾が真紘へと到達するまでの時間は、コンマ数秒の世界。刀を揮って銃弾を散逸させるか? それとも斜め上に跳躍し銃弾を避けるか? もしくは……
思考が決断する前に、本能が動く。
攻撃とは最大の防御でもある。真紘は右手に握るイザナミを揮うことなく、因子を放出する。放出した因子が風をかき集め、凝縮し、不可視の壁とする。風の壁が飛んできた銃弾が空中で弾け、床へと転がり落ちる。
床へと落ちる銃弾を見ながら、真紘が腰辺り、中段で構えていたイザナミを上段へと振り上げ、豊へと振り下ろす。
大神刀技 疾斬
真紘が放出した因子が強風となり、豊を激しく吹き付ける。そして豊の身体を風が吹きつける度に、パシュッという破裂音が真紘の耳朶を打ってきた。
それは、真紘の放った疾斬が豊の身体を斬りつけている音だ。豊の身体から血が流れ、その血をも風の刃が執拗に斬りつけている。
真紘はその姿を見ながら、訝しげに眉を顰めさせる。豊が自らの因子を放出させ、真紘の刃によるダメージを最小限にしていることは分かる。
しかし、どこか違和感がある。
己の直感に呼応するように、真紘が自身の技を打ち破るように斬撃を放った。追撃で放たれた斬撃によって、疾斬が霧散する。
「どうした? 何かあったのか?」
自身の攻撃を殺した真紘に、出流が疑問を口にする。
「いや、少しな……」
具体的な答えが分からない。そのため、真紘が言葉を濁す。するとやれやれと言わんばかりに、豊が息を吐きだしてきた。
「輝崎君の直感は、末恐ろしいね」
苦笑を浮かべる豊に、真紘がはっとして目つきを鋭くさせた。
「コピー能力か」
「良い技だったからね。良い物は自分の物にしたくなるだろ?」
素知らぬ顔でニコニコと笑う豊に、真紘は奥歯を噛みしめる。自分の直感は正しかったという事だ。
つまり、豊は相手の技を受けることにより、その技をコピーしているということだろうか? いや、だがそれでは納得できない。
それこそ、瞬間移動などの技は攻撃系ではない。そうなると自身で受けることは不可能だ。それに、以前豊はフィデリオの技を使って来ていた。
しかし、フィデリオが豊と戦ったという話は耳にしてない。
これらを考えると、技を受けてコピーするというわけではなさそうだ。
では、一体どうやって豊は相手の技をコピーしている?
相手の能力の構造が分からない限り、安易に技を放つことができない……。
だが、その瞬間に真紘の頭に一つの答えが導き出された。そしてその答えは、先ほどの技を受けることによる物より、納得がいく。
「だが、貴様はもうこれで俺の技をコピーする機会を失ったはずだ」
答えを求め、真紘が豊へと言葉を投げる。
すると豊も真紘の意図を即座に読み、やれやれと首を動かしてきた。
「そうだね。いつもなら簡単に終わる作業なのだけど、今はタイミングが悪いみたいだからね。残念だ」
遠回しに真紘の考えを豊が肯定してきた。
やはり、自分の仮説の答えは当たっていたらしい。
豊のコピー能力は、その技の因子構造を知った上で成り立っているのだ。とはいえ、情報操作士でもない自分たちが、相手の因子の構造を知るのには手間がかかる。
きっと普段はその構造分析を慶吾にやらせていたのだろう。
しかし、今は何らかの理由で慶吾の手が空いていようだ。
「つまり、こいつに最悪なタイミングってことは、俺たちにとっては最高のタイミングって事だろう?」
「ああ。つまりはそう言う事だ」
出流の言葉に真紘が大きく頷いた。出流が豊への因子で形成した銃弾の発砲を開始する。それに合わせて、豊も銃撃で交戦してきた。
因子の銃弾に衝突した実弾が、弾け床や壁に傷を作って行く。銃火が鎮静することはなく、さらにその激しさを増していく。
豊が瞬間移動能力を合わせ、至る方向から出流へと銃弾を放って来ている。出流がそれら全てを銃撃で逸らす。
真紘が因子を放出し、空気中に気流を生み出す。その生み出した気流で豊の足を取ろうとするが、やはり瞬間移動を使う豊を捉えるのは難しい。
何とか瞬間移動を無効にする方法を見つけたい。
「おい、バカ殿。あの厄介な瞬間移動を使わせないようにするぞ」
「何か考えがあるのか?」
「一つ。けどそれをやったらアイツだけじゃなく、他の奴らにも支障が出るけどな」
「だが、それしかないのならやってみる価値はある。これからの牽制にもなるだろうからな」
「分かった。じゃあこれから空中戦に切り替えだ」




