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特別な自分

 非常に腹が立つ。無性に腹が立つ。

 自分がこんな想いをしてるのも、全て目の前で好き放題に戦っている二人の所為だ。

「ちょっと、煌飛兄さん!!」

「煩いぞ。何だ? 万姫?」

「目の前に雨生がいるからって、はしゃぎ過ぎなのよ!」

 如意棒を振り上げた万姫の言葉に、煌飛が不快そうに顔を歪めてきた。

「そうなのか? そういう所はさすが兄妹だな? 素直じゃない」

「ちょっと、素直じゃないってどういう意味?」

「気色悪いことをほざくな」

 万姫に続いて煌飛が苛立った声音が室内に響く。それと同時に煌飛による鋭い貫手が雨生へと繰り出され、雨生がそれを避ける。

 そんな繰り返される光景を見ながら、万姫が奥歯を噛んだ。

 やはり。そう、やはり……

 煌飛は、万姫など見ていない。まるでここにいる脅威は雨生しかいないとでも言うかのように。そんな実兄の態度が気に入らない。

 確かに、煌飛は強い。そこは認める。むしろ、自分の兄なのだから強くて当然だ。けれど、だからって、自分を無視することは看過できない。できるはずがない。

「どいつも、こいつも……」

 怒りが因子の熱となって溢れだす。

 万姫のBRVから放出された炎に、煌飛と雨生が視線を向けてきた。そしてその瞬間に、万姫は煌飛に向かって、跳躍していた。

 煌飛を斜に見下ろす間もなく、万姫が如意棒を振り下ろす。けれどその振り下ろした如意棒は、煌飛によって受け止められる。

 受け止められた瞬間に、如意棒に込められていた衝撃が自分へと振り返って来た。痛みで表情が歪まないようにと努める。

 ここで、苦悶の表情を浮かべてしまったら煌飛たちに侮られる。

 そんなの、絶対に嫌っ!

 痛みを振り払うように、万姫が強気な表情を浮かべ、そのまま煌飛へと足蹴りを繰り出す。

「万姫……お前は誰に向かってこの足を出している?」

 如意棒を受け止めた腕ではない腕で、万姫の足蹴りを止めた煌飛が威圧を放ってくる。煌飛からの威圧に万姫も気圧されそうになる。

 煌飛が受け止めた万姫の足を掴み、そのまま後方へと投げ飛ばす。その瞬間に、雨生の放った窮奇(きゅうき)を往なす体勢へと転じている。

 万姫が身を翻し、少し放たれた所に着地したときには、煌飛の因子が破裂するように高まっていた。

 煌飛が掌手の構え。

 突き出す。

 八極拳技 非天

 煌飛が放った掌手である赤い波動の非天と雨生が放った窮奇が轟音を上げ、衝突した。

 非天は、掌手の勢いを、強烈な熱の波動とする武家の奥義であり、雨生が放った窮奇も武家の奥義の一つだ。

 どちらも、武家の奥義の中でも攻撃威力が高く、習得できた者は大勢いる門下生の中でもほんの一握りだ。

 武家の血縁者である自分ですら覚えていない。

 いや、接種型ではない自分では覚えることができないと言った方が正しい。

 そもそも万姫が接種型を選ばなかったのには、父親の強い意向があってのことだ。そのため、煌飛や雨生が使う武家の奥義を殆ど使えない。

 昔は武家の奥義が使えない事に劣等を感じていたこともあった。

 けれど……

 ある時、万姫はふとこう思ったのだ。

 武家の中で武家の奥義に頼らずに、強くなれるのは自分だけ。そう、自分は武家の中でも特別なのだと。

「啊呀――。ここで新技を披露するしかなさそうね……。煌飛兄さんにこれを使うのは心苦しいけど……あたしを怒らせた煌飛兄さんがいけないのよ」

 とはいっても、今から使おうとしている新技には問題点もある。

 まず、使い慣れていないが故に因子を練り込むまでの時間を要すること。もう一つは、成功したのがまだ、一、二回程度しかないことだ。

 けれど決まれば、自分を可愛い妹だと侮っている煌飛に痛手を負わせることが可能なはずだ。

 一か八かではある。

 しかし……

「やってやるわ。嘻嘻(クシクシ)。煌飛兄さん、ついでに王雨生……今に見てなさい」

 悩んでいるのは、自分の性分ではない。

 非天と窮奇の衝突は喰い喰われの拮抗状態だ。

 万姫はすぐさま、因子を練り始める。静かに穏便に、というのは万姫としては不得意ではあるが、煌飛に邪魔されないためにはやるしかない。

 でも、少し漏れても雨生を相手にしている煌飛は気にとめないだろう。癪ではあるが。

 因子の熱が腹の下からグングンと熱を上げ、首の裏から頭部にかけても熱が上がって行くのが分かる。そしてそれを自身のBRVである如意棒へと流し入れる。

 身体の奥から因子を吹き出し、熱を上げている所為か身体が燃えるように熱い。

 目の前で煌飛と雨生が、目にも止まらぬ動きで戦っている。

 二人の一打、一打はぶつかり合うたびに雷鳴のような音が鳴る。

 けれど、そんな二人の戦いに臆することはない。正確にいえば、因子の熱を上げ過ぎて感覚が少し麻痺していると言った方が良い。

 熱に浮かされて、頭がフワフワとした感覚。

 目の前で繰り広げられる戦いがまるで夢現つの中の出来事のように見えてしまう。

 それだけ、自分の中の因子が高まったということだ。

 しかしまだ、これだけでは技の成功に繋がるわけではない。

 この熱を、自分の矛として制御してこそ技としての意味をなすのだ。

 そして、それを出来るのはこの自分。武万姫のみ!

 やってやるわ。

 拮抗している煌飛と雨生の戦いを、他でもない自分が終わらせるのだ。

 それを思うだけで万姫の気持ちが高まる。けれどその高まりを一度深呼吸して落ち着かせる。

 ここで、浮かれて失敗したらただの馬鹿だわ。

 自分にそう言い聞かせて、感情を冷静にさせる。けれど、その瞬間に、自分の中で練り上げていた因子の熱に斑が生じて来た。

 万姫の因子は、自分の感情の波に比例してくる。

 だから、自分の感情を押さえ込んだために、因子の熱も最高潮の状態から退いてしまっているのだ。

 まずい。

 こんな不完全な状態で、技を放つことはできない。

 それでは、煌飛に止められてしまうかもしれない。

 駄目よ、駄目。

 変な事を考えたら、それこそ……

 因子の熱がまたさらに下がったのを感じて、万姫が唇をぎゅっと噛む。

 目の前では、雨生と煌飛の戦いが苛烈を極めている。

 集中よ。集中。あたしが兄さんを倒すビジョン! それこそが今のあたしに必要なこと!

 自分にそう言い聞かせる。

 すると、その瞬間……

「万姫っ! 避けろっ!」

 雨生の叫びが聞こえて来た。

 目の前には、煌飛が放ったと思われる衝撃波が万姫へと向かって来ていた。

「そんなっ!」

 避けるにはすでに手遅れな距離だ。技を受ける? いや、駄目だ。今の状態で受け止めたら……今まで練り上げていた物が意味を失くしてしまう。

「不覚を取ったな? 雨生?」

 攻撃を避けない万姫を見て、煌飛がニヤリと笑みを浮かべた。そしてその瞬間に、万姫の前から衝撃波が霧散する。万姫が驚くのも束の間、万姫の方へと意識を向けていた雨生が煌飛の蹴りを受けて、後方へと勢いよく吹き飛ばされていく。

 万姫の視界に、雨生から流れ出る血が飛び込んできた。

 思考が一瞬で真っ白になる。

「啊ー……」

 もう一度、万姫が後方へ吹き飛ばされる雨生を見る。自分を囮にし、獰猛な笑みを浮かべる煌飛を見る。

 万姫の中で押さえ切れない怒りの熱が込み上げてきた。

「煌飛兄さん……よくもやってくれたわね? もう、許さないわよ。あたしの物に手を出してんじゃないわよっ!!」

 神通技 美猴王(びこうおう)

 怒りのまま如意棒を突き出した。

 突き出された瞬間に、炎を纏った巨大な体躯に、黄金に輝く皮膚に赤い顔、獰猛な二本の牙、長大な尾を持つ、ハマヌーンが現れる。

 ハマヌーンが大きな口を開き、雷鳴のような咆哮が轟く。その咆哮は、万物を一瞬で粉砕する炎だ。

 煌飛が襲い来る炎を纏った咆哮に逃げもせず、正面で身構える。その顔は驚愕混じりの嬉々とした顔をしていた。

 これは煌飛がここに来て初めて、万姫を脅威として認めたということだ。

「ふんっ、今さら遅いのよ。あたしを誰だと思ってるわけ?」

 万姫が鼻を鳴らし、

「あたしは武万姫。中国の頂点に立つ女よ!」

 万姫が想いのままに叫んだ。

 その瞬間、万姫の攻撃が煌飛を吹き飛ばした。

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