主戦の始まり
狼は真紘や出流、名莉と共に豊と向き合っていた。
「元気そうで何より。それで……君たちの意見が変わらないということは、私たちは戦わなくてはいけない。残念ながら」
「良いではないか? 戦いのない革命など無きに等しいのだから」
嘆息を吐いた豊の背後から、煌びやかな和装に身を包んだ綾芽がやってきた。するとそんな綾芽の姿を見た真紘が一歩前へと出る。
「九条会長、貴方がそこに出るというのなら……俺は戦います。そうでなければ、貴女は大切な事に気づけないようなので」
「ほう? 生意気な口を聞く」
真紘の言葉に、綾芽が嬉々とした表情を浮かべた。綾芽の身体から一気に因子の熱が放散される。
綾芽の熱が狼たちの肌をヒリヒリと熱してきた。
身体に流している自分たちの因子と綾芽の因子が衝突し、火花が散る。
笑みを浮かべた綾芽の姿が消える。
黒い髪を棚引かせた綾芽が高速移動で真紘の前へと現れる。綾芽の蹴りが真紘を襲う。真紘がそれを避けかわしながら、反撃を放つ。
綾芽の拳打が真紘の斬撃を散らした。そんな綾芽の右腕へと名莉が銃弾を放つ。
綾芽が手刀で銃弾を斬り捨てるのと、同時に銃弾が爆散する。
その爆発に紛れて、狼と出流が正面に立つ豊へと動いた。
出流が弓を豊かに向かって、掃射した。しかしその矢が豊にダメージを与える事はなかった。豊に向かって隙間なく飛んで行く矢は豊の眼前で、小規模な爆発と引き起こしながら、霧散している。
「まさか、勝利さんの……」
防がれる出流の攻撃を見て、狼が思わず呟く。しかしそんな狼の呟きに豊が首を振って来た。
「残念ながら、勝利君の技ではないね。彼の技をコピーできれば、私としても有り難かったんだけど」
「そうか。なら壊せるな」
出流がそう言って、さらに弦を引く。小規模な爆発の数がさらに数を増す。すると豊の姿に亀裂が入り始めた。それはつまり豊を守る防壁の崩壊が近いということだ。
熱風が周囲に広がり、衝撃波で床がガリガリと削れた。
綾芽が剥離した床を、硬球のように真紘や名莉へと投擲している。名莉の銃弾がそれらを粉々に粉砕し、真紘が間合いを詰める。
狼は、豊の周囲を覆う様に漂っている防壁をイザナギで切り裂く。斬り目から因子同士の衝突による爆発が生じ、粉塵が舞う。
粉塵に覆われ、豊の姿が一瞬だけ消えた。
狼が因子を流す。
瞬間に、粉塵の中へと消えた豊へと出流が矢を放つ。
そこに矢の邪魔をする壁は存在しない。
粉塵の中に、炎の赤が混じった。しかしすぐにその炎が吹き飛ばされる。
来るっ。
粉塵の中から出流の攻撃を吹き飛ばした強烈な斬撃が、狼と出流へ放たれる。狼が自らやって来た斬撃をイザナギで弾き返す。斬撃に含まれる圧力が、イザナギを握る狼の腕に圧し掛かる。痛みが両腕を走った。
「はぁああああああ!」
声を張り上げ、弾き返す。
弾き返した斬撃がそのまま部屋の天井部分を消滅させる。音のない消滅は、斬撃の威力を無言で訴えてきた。
思わず、狼は喉を鳴らす。
出流へと放たれたもう一つの斬撃は、出流の眼前で姿を消す。
そして次の瞬間には、足刀を繰り出そうとしていた綾芽の前に現れる。
「小賢しい真似をっ!」
綾芽が苛正しげに声を荒げ、現れた斬撃を足刀で弾く。斬撃に触れた綾芽の左足から血が吹き出す。
そして、その瞬間に真紘の刺突が綾芽の首元を狙う。
体勢を崩していた綾芽が、やや無理な体勢で真紘のイザナミへと掌手を放つ。綾芽の掌手と真紘の刺突が押し合いを始める。
火花が散る二人の衝突が拮抗し、まるで静止画のようだ。
けれど静止しているわけではない。
戦いは目まぐるしく回っている。豊が一歩前へと出る。
その瞬間、見えない衝撃波が狼と出流を後方へと吹き飛ばしてきた。狼と出流が空中で身を翻す。斜下には目を細めている豊の姿がある。
狼がイザナギを上段から下段に払う。
大神刀技 天下一閃
放った斬撃が真っ直ぐに豊へと向かって行く。斬撃の速度は光の速さだ。避け切れるものではない。しかし……
「次は私の番だ」
狼の斬撃をかわした豊が、出流の背後に現れる。
出流が自分の背後に現れた気配に、身を捩る。その瞬間に豊の刃が左下から右上に振り上げられた。刃が走るのと同時に出流が弦を引いた。
刃が出流の身体を裂き、無数の矢が豊の身体の数か所を貫く。けれど豊への攻撃はこれで終わらない。
狼が豊へと肉薄する。
上段に構えたイザナギを豊へと振り下ろす。
神王剣技 軍神の剣
狼が刀を振り下ろす前に、豊が強烈な斬撃を放ってきた。咄嗟にイザナギを身体の前にたてて直撃を辛うじてよける。
イザナギに込められた因子と斬撃が衝突し、爆圧の衝撃波が狼の身体を一瞬で後ろに後退させる。
衝撃波の波に飲まれながら、少しずつ体勢を調整し床へと着地する。
狼の視界横で強烈な閃光と共に、爆発が起きた。
見れば、一瞬の強烈な閃光は止み、白い粉塵が先の視界を悪くしている。けれど、その中で真紘と名莉が綾芽への攻撃を続けていた。
けれど、そんな二人の猛攻に綾芽も屈していない。二人の息の間を獰猛に見極め、攻撃を躱し、反撃を繰り出している。
するとその時、狼の足元の床に出流の放った矢が突き刺さる。狼がその矢から離れる様に跳躍した瞬間。床に突き刺さった矢に凝縮された因子が爆発を引き起こした。
爆発は狼の頭上に移動していた豊を飲み込む。いや、飲み込まれていない。ギリギリの所で壁を作り、爆発に呑まれるのを回避している。
狼が爆発を斬撃で払拭しながら、豊へと跳躍する。
豊が防壁を消し、刀を構える。
そして斜下に見る狼へと再び斬撃を放つ。
大神刀技 千光白夜
「なっ!」
驚嘆を漏らした狼を白い光を放つ斬撃が襲ってくる。狼はわき上がった驚愕を呑みこんで、イザナギに因子を流す。
大神刀技 天之尾張羽
自分へと向かってきた千光白夜を、迎え撃つ。
刀身を蒼く光らせたイザナギが千光白夜に斬り込んだ瞬間に、光の熱が狼の皮膚から水分を奪う。視界を奪う。
しかしイザナギを掴む手を離しはしない。
これは僕の技だ。色々な思い出の詰まった技だ。
そんな技をコピーされた挙句、その攻撃で倒れるわけにはいかない。
狼がさらに因子をイザナギへと込める。甲高い金属音が狼の耳を揺らした。これはイザナギに負荷が掛かっている証拠だ。
けれど、それでも狼が因子を流す。
その瞬間、甲高い金属音は千光白夜を切り裂いた爆発音に掻き消される。
「おやおや、割とあっさり防がれてしまったもんだ」
「別に驚くことじゃないだろ?」
片目を瞑り、豊へと矢の標準を合わせる出流が笑みを浮かべる。
狼が出流の言葉に頷き、豊へと肉薄する。
千光白夜を切り裂いたイザナギを大上段で構えた。
「生徒の成長を舐めるなよ」
狼がイザナギを振り下ろし、出流の矢が風を切り豊へと放たれた。
振り下ろされたイザナギが豊の上半身を切り裂き、出流の矢が豊の下半身を消滅させる。
しかし、狼と出流が同時に眉を顰めさせる。仕留めたという手応えがまるでない。驚いていると、自分たちの背後に豊の気配を感じた。
二人がすぐさま振り返り、同じ場所を見る。視線の先には、豊が刀を下げ悠然とした姿で立っていた。
「侮っていたわけじゃないけどね。ただ黒樹君の因子はここに来るまでに吸収させてもらったと思っていたから、驚いてしまったんだよ」
いつもの笑みを浮かべながら。




