理想図
狼は名莉と共に、先に進んでいた。
晴人と戦った部屋の奥にある扉を抜けると、長い廊下が続いている。そこに自分たちを邪魔するような気配はない。驚くくらいの静けさがある。
「メイ……僕さ、思うんだ」
「何を?」
「僕はいつだって、色んな人に助けられてここまで来てるんだって」
狼は肩眉を眇めながら、苦笑を浮かべる。
先ほどのアーサーにしてもそうだ。
アーサーは晴人の攻撃の余波で、次の戦闘が厳しいほどの重傷を負ってしまった。今は、先ほどの部屋で治癒力促進剤を投与し、回復に専念している。
「狼、そんな顔しないで。助けて貰えるのは悪い事じゃないから。人が助け合って生きることは、当然だと思う。今回こうして助けてもらったなら、次は私たちが助ければ良い。ただ、それだけ」
「……そうだね」
狼は静かに頷いた。
「僕はそれを気付けて良かった」
きっと、それは今に限らず大切なことだ。
狼は隣にいる名莉の姿を見た。自分の隣に居てくれる事が、凄く心強い。
それを心の底から感じながら、狼は長い廊下の先にある扉を開いた。
扉の先は巨大な倉庫になっていた。床には戦闘機などを誘導する時に使う誘導灯などが埋め込まれている。
狼たちが入って来た瞬間に、遥か頭上にある天井が大きな音を立てて、左右に開き始めた。
それに続いて、狼たちが立っている床が光った。
正しくいうなら、狼たちが立っている床は厚い強化ガラスになっており、その下の空間に灯りが灯り始めた。
「これって……」
強化ガラスでできた床下にあったのは、大陸弾道ミサイルが横三列、縦二列に並べられていた。
「中々ない体験だろ? ミサイルを真上から見るなんて」
ゆっくりとした足取りで、豊がいつもの笑みを浮かべて狼たちの前へと現れた。
「宇摩理事長……」
「黒樹君たちのお友達のおかげで、愚かにもこちらに向けて発射されるミサイルは阻止出来ている。感謝するよ」
「そんな事どうでも良いです。理事長、もうやめませんか? こんな事……」
狼は喉が引き攣りそうになるのを必死に堪えながら、豊を見た。微笑む豊からはこれまでにない威圧を感じる。
顔は笑っている。けれどそこに何の感情も籠っていない。
「黒樹君。君はさっき晴人と再会したね?」
「はい。しました」
「私は君と晴人を会わせるということも、かねてからの願いだったんだ。それがこんな形で叶って、私は凄く満足しているんだよ。晴人もこれで少しは幸せに眠ることができたと。私は心底、そう思っている。おかげでそれを叶えるための研究を重ねなくてはいけなかったけれどね」
狼と名莉が豊の放った最後の言葉に思わず眉を寄せる。
豊がいう研究には、多くの犠牲が含まれている。その事が容易に想像ついたからだ。そんな狼たちを見て、豊が口を薄く開き笑みを深めてきた。
狼たちの内心を読んだかのように。
「狼君。君はこう考えている。私は己の美しい記憶のためだけに、多くの犠牲を払ってきた思っているだろ? けれどそれは違うよ。私の研究はこの先の未来に欠かすことはできなくなる。そういう研究なんだ」
「どういうことですか?」
顔を顰めながら、名莉が豊へと訊ね返す。
「あの化物たちはね、私たち因子持ちが生きてく上で凄く大切な存在だ。なにせ、彼等には私たちにとっても、そして因子を持っていない人間にとっても、悪になる存在だからね」
「つまり、私たちのゲッシュ因子という物を絶対にするために、マッチポンプを行うということですか?」
豊は全く悪びれない様子で頷いてきた。
「そうでなければ、ゲッシュ因子を持たぬ人間は、我々を悪だと見做し牙を剥いて来るからね。けれど、他の悪があり、それを我々が倒してはどうだろう? そうなると我々は脅威ではなく、戦士になるんだよ。素晴らしいだろう? このミサイルもその種をより多く撒くための装置に過ぎない」
絶対的な悪については、狼だって考えた。
そういう物がいれば、人間同士の争いは少なくなると思ったからだ。
けれどそのために誰かを犠牲するなんて、可笑しい。
狼が豊の自分勝手な理想論に奥歯を噛みしめる。
「あっ、そうそう。輝崎君たちは傷ついた国防軍の兵士を手厚く匿ってくれるようで良かったよ。彼等には、ゲッシュ因子を持つ人間に対して偏見を失くし、新たな見解を同胞たちに流布させて欲しいからね。悪玉菌を善玉菌に変えるみたいに」
「なるほど。貴様の考えはよく分かった」
「でもそれで、俺たちがおまえの言葉にいいねするとでも思ったか?」
狼の背後から現れたのは、イザナミを構える真紘と和弓を構えた出流だった。




