与えるのは
出流がトーマから視線を外し、オースティンの方を見る。化物となったフォーガンと対峙しているが、まだまだ優勢のように見える。
アイツは、オースティンに任せてても大丈夫だな。
そう判断した出流が、リリアを補足したマイアの元へと向かう。
リリアは鎖鎌の鎖で手を後ろに縛られ、床に座らされていた。
近づいてきた自分を見て、リリアが不敵な笑みを浮かべてきた。自分の立場を分かっていないのだろうか?
リリアの態度に不快さを感じながら、出流が口を開く。
「おまえに幾つかの質問がある。今からそれに答えろ」
「私に質問するまえに、先に進んだ二人の後を追ったら? この先が安全なんて保障はないでしょう?」
「下手な揺さぶりには乗る気はない。まず一つ目の質問だ。この船にある因子の貯蔵庫はお前等が造ったのか?」
「ええ、そうよ。でも貯蔵庫に関していえば……私は言われた部品を取り付けただけ。メインは彼が担当していたわ」
質問に答えたリリアが意味あり気に、雄叫びを上げているフォーガンを見た。
「こう言えば、自分がこの件から逃れられるとでも? 俺が納得するとでも?」
「違うの?」
悪戯っぽく笑みを浮かべたリリアに、出流の不愉快感はさらに増す。
リリアは少なからず確信しているはずだ。自分に絶対的な危機は陥らないと。そう、自分がこうして可能性を濁していれば、時間は稼げる。
時間が稼げるということは、自分にとって幾つもの岐路が増える事にも繋がっていく。
「別の質問だ。あの化物たちはどこで製造してる?」
「そうね……世界の各地かしら」
「融資者は?」
リリアが笑みをはっきりと笑みを浮かべた。
「お金と名声を欲しいままに得た人たち。貴方も分かるでしょ? あの人たちの危うい冒険心を」
「おまえはその冒険心を揺さぶって、自分の好きな事をやってるクズだ」
「まぁ、見る人が見ればって奴かしら? さっきのあの子もそうだけど……強さを手に入れる為に志願した人は、七割ほどいるわ。その人たちからすると、私は薬を無償で与える女神じゃない?」
「おまえが女神? 笑わせんな」
人の切望に付け込み、自分の欲を満たそうとしているリリアに乾いた息を吐いた。そして、リリアが持つ価値も頭から追いだす。
ここで、これ以上の話は聞き出せない。なら、先に行かせたヴァレンティーネと操生の方に向かった方が良い。
しかし、そんな出流の出鼻を挫くように、空気を震わすほどの雄叫びが耳に響いてきた。
そちらに視線を向けると、アメリカの代表候補が、最初のサイズよりもかなり大きく変化している。
アメリカの代表候補たちが、行け、行け、と自分の思うがままに暴れ回った結果だろう。
「悪趣味なBRVで遊んでる場合かよ……。マイア、コイツが下手な動きしないように見張っててくれ。おい、オースティン。そっちは片付いたか?」
出流がフォーガンを相手にしていたオースティンへと声を掛ける。
その瞬間に、強烈な閃光と爆音と共にフォーガンだったものが崩壊する。
「答えるまでもないだろ」
したり顔のオースティンがそう言う。
けれど、出流の視線はしたり顔のオースティンよりも、その手元に目が行った。
「オースティン……お前の銃……」
出流の言葉に、オースティンの表情が一気に引き攣った。
オースティンの手元にあるのは、いつものバレットM82ではあるはず。けれどその色は赤く塗装されており、銃身に小さい羽のようなオブジェらしき物がついている。
「何なの? その品のない銃は?」
リリアの嫌悪感が籠った言葉に、オースティンの顔が絶望に染まって行く。まるで消したい記憶を思い出してしまったかのような表情だ。
まぁ、気持ちは分からなくもない。
けれど、同情の気持ちよりも自分の銃を見て、頭を抱えるオースティンの姿に笑いが込み上げてくる。
しかし、ここで笑うとオースティンが半狂乱になって、あの銃から弾を至る所へ乱射しかねない。
ここは努めて、冷静に諭してやろう。
「オースティン、諦めろ」
攻撃の余波で吹き飛ばされたのか、燃えたのか分からない布を探すオースティンに言葉を投げる。
「どんなにお前が布でその銃を隠した所で、俺はもう生まれ変わったお前の銃を忘れないし、忘れられない。……ディブに感謝だな」
今の状況を忘れて、腹を抱えて笑い飛ばしたい気持ちを辛うじて堪える。けれど、その努力が無意味であることは、オースティンの怒り混じりの焦った顔で分かる。
「あのクソ老人……血祭りだ。生まれてきた事を謝罪させるくらいに」
「おい、老人苛めするなよ。お前のBRVの性能を3%も上げてくれたんだろ? それに合わせて外装も3%上げたんだって」
「おい、品がねぇクソ野郎。これ以上、俺の銃について言葉を発してみろ? 後ろのデカイ化物諸共、お前の胴体に大きな風穴を空けてやるからな」
米神に青筋を立てているオースティンに睨まれ、出流がわざとらしく咳払いをした。
「自分の銃が素敵すぎる改造をされたからって、八つ当たりするなよ? 俺に風穴を開けたって、おまえの銃は変わらないんだから」
肩を上下させて、出流がデザート・イーグルから和弓に持ちかえる。
細々とした技では、あのデカイ怪物は倒せない。
与えるのは、一撃のみ。
「オースティン一撃だ。一撃で片付けるぞ」
「チッ。品がねぇーー」
小さく舌打ちを返してきたオースティンが横に立ち、化物へと銃口を構える。
化物の周りにはアメリカの代表候補の五人がいる。
出流とオースティンが因子の熱を上げた。
「あの馬鹿たちに、声掛けるか?」
「はっ。必要ねぇ―よ」
口の端を上げたオースティンに、出流も笑みを浮かべる。
「おまえも当てる気なんてねぇーだんだろうが?」
「当然」
オースティンに出流がそう答えた瞬間。ライアンたち五人が化物から離れる。それは偶然にできた一瞬だ。
しかし、その一瞬を逃す気はない。
オースティンが引金を引く。
出流が引き絞った弦から弓を放つ。
空間変奏 戦弓
電磁投射 プレデターショット捕食の銃弾
弓から放たれた矢と銃口から発射された銃弾が同時に、化物の胸を貫通する。電流が皮膚を引き裂き、矢の熱が身体の中にある細胞を焦土させていく。
音なき爆発の閃光が周囲を白に染め上げ、化物の身体を内外破壊する。
全ては一瞬の出来事だ。跡には何も残らない。
爆発が静まり、閃光が霧散する。一瞬の静寂のあと……この場にそぐわない軽快な拍手音が部屋に響いた。
「ブラボー! さすが私が改造したBRVだ。おかげで悪は滅んだ」
勿論、拍手をしているのはオースティンの銃を哀れもない姿に改造したディブだ。
「まっ、時にヒーローは縁の下の力持ちになることも必要だからな」
「そうね。出来れば私も一躍したかったけど……次の機会に取っておくしかないわね。オースティンもそう思うでしょ?」
「お前たちは誇りに思っていい。俺の正義の拳でも破れなかった悪を滅ぼしたんだからな」
「これは勲章に値する。君たちは今、このとき真のヒーローになった」
とディブに続いて、ライアンたちが妙に上から目線で拍手してきた。
「なぁ、あいつ等……何か役に立ってたか?」
「あいつ等が立つわけねぇーだろ。ったく、見てるだけでストレスだ」
何故か一仕事終えた感満々の顔で、腕を伸ばしたりしているライアンたちを見ていると、殺気の熱が一気に冷める。
「とりあえず、お前が後は面倒見ろよ」
「はっ? 何で俺があいつ等の面倒を見ないといけないんだ?」
「お前の仲間だろ? だったら最後まで面倒見ろよ。友達が減るぞ?」
「ほっとけ。むしろ俺はあいつ等と絶縁したいんだ」
「そうか。なら絶縁できるまで頑張れよ」
まぁ、当分は無理だろうけど。
そう思いながら、出流がオースティンたちから踵を返す。
「これで終わったつもり? おめでたい子たちね」
出流と視線を合わせたリリアが、冷笑を浮かべてきた。どことなく瞳にはこちらを挑発するような意志が宿っている。
そんなリリアの姿を出流は、妙に滑稽に感じた。
「……なるほどな」
納得して呟く。けれどそんな出流の言葉にリリアが眉を顰めて来た。けれど、これ以上、リリアに掛ける言葉に意味なんてない。
出流はリリアから視線を外し、マイアを見た。
「ここはオースティンたちに任せる。俺たちは先に行くぞ」
マイアが出流の言葉に頷く。
「ちょっと、待ちなさい!」
リリアが自分から視線を外し、先に進み始めた出流たちに声を上げて来た。
けれど、出流たちに足を止める気はない。
リリアの言葉を無視して、出流とマイアは先に行ったヴァレンティーネたちの元に急いだ。




