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博識学者5

こちらへと近づいてきたリリアは侮蔑の視線でトーマを見ていた。

 リリアからの侮蔑の視線を受けたトーマは、動揺混じりに萎縮している。先ほどまでの異性が嘘の様だ。

 うんざり気な表情で、リリアが床で気絶しているフォーガンの傍で足を止めた。そして、白衣のポケットから一本の注射器を取り出してきた。

「これは、もっと良質な被験体に使おうと思ってたんだけど……仕方ないわね」

 そんな独り言を呟きながら、リリアがフォーガンの首筋に注射器を刺す。

 注射器を打たれたフォーガンの身体がビクッと大きく振動した。それを斜に見ながら、リリアが後ろへと下がる。

「さぁ。フォーガン博士はどんな進化を見せてくれるのかしら?」

 目を細めて笑うリリア。そこには、自分と同じ意志を持っていたフォーガンに対する感情はどこにもない。

 身体を微震させていたフォーガンの身体が徐々に変化していく。異様な速度で筋肉が隆起し、皮膚が裂け、血が滲み出る。

 断末魔のような叫びを上げたフォーガンが、荒い息を吐きだしながらゆっくりとした動きで立ち上がる。

 そこには人間だったフォーガン・ドレットの面影は希薄になっていた。身体の体積が先ほどの三倍くらい大きくなり、髪は抜け落ち、肌は青紫色に変化している。

「因果応報ってこういう事だろうな?」

 自分の仲間に化物にされたフォーガンを見ながら、出流は辟易とした溜息を吐きだした。けれど、フォーガンに対しての同情心は生まれない。

 この男も散々、他人の命を使って自分の欲求を解消していたのだから。そんな男のために浸る感傷なんて持ち合わせるだけ無意味だ。

「品がねぇ奴が、これ以上品が無くなってどうすんだよ……」

 オースティンがそう言いながら、品性の欠片もないレールガンで起きたて早々のフォーガンの上半身を削ぎ落す。

 オースティンの銃声を受け、リリアの登場に立ち尽くしていたトーマが再び動き始めた。

「オースティン、お前はそいつを相手にしろ。俺はコイツを相手にする。マイアはリリア・ガルシアの確保を頼む」

 デザート・イーグルを構え、自分へと接近してくるトーマに銃弾を飛ばす。トーマが自分へと向かってきた銃弾をスレスレでかわしてきた。そんなトーマに一気に接近し、取り出した汎用型名のナイフで相手の目元を斬りつけ、腰部に銃弾を撃ち込む。

 自分と同じ能力を使うのであれば、まず目を潰さなければいけない。そしてトーマに移植された因子の根源は、腰部にあるはずだ。

 さっき連続で銃弾を浴びせたときに、腰辺りの傷だけ他の箇所よりも再生が高かった。それを見ての憶測だ。

 そして、その憶測が現実味帯びてきた。

 目を潰されたトーマが、腰部に放たれた銃弾を手で弾いてきたのだ。そして弾いた瞬間に出流の左腕へと力一杯に噛みついてきた。

 然程、鋭くない歯にも関わらず、強靭な顎力で肉を突き破り、骨を砕こうとしている。激痛が身体中を駆け回る。

 歯を喰いしばり、自分の腕を引き千切ろうとしているトーマの首を歪で、捻じ曲げ弾き飛ばす。おかげで左腕が食い千切られることは回避したが、左腕に力が入らない。握っていた銃も床へと転がり落ちている。

 身体に因子を流し、腕からの出血を止める。けれど神経機能を回復させるまでの時間はなさそうだ。

 歪で吹き飛ばしたトーマの目は再生しており、その目が自分を捉えている。首を失った身体が出流の横腹へと足蹴りを入れてきた。

 その横蹴りを右腕で受け止める。

 受け止めた右腕に電流のようなビリビリとした痛みが走る。蹴りを受け止められた胴体の首元からは、すでに新しい顔が再生されていた。

「人間止めさせられて、よくあの女に従うな?」

 右腕に持ったナイフをトーマへと向けながら、出流が片目を眇めさせる。

「彼女は俺に強さをくれた。ただそれだけだ」

「化物にされてもか?」

「そうだ。強さがなければ、何もかもが奪われる。家族も、友人も、故郷も。そして俺の命も」

 トーマの瞳に、熱が籠る。

「弱い人間のまま終わるくらいなら、身体を改造された方がマシだ」

「大した根性だな」

 身体に因子を流す。重傷を負った左腕が微かに痛む。けれど構わず因子を流す。強さを求めるトーマの姿に、心がざわついた。

 強さを手に入れることで、何かが変わる。

 それは、自分も含めこの場にいる誰もが考えることだ。いや、むしろ出流はそれに一度は捕らわれた。

 だからこそ、トゥレイターに入った。勝手にアストライヤーを悪の象徴にして、強くなるための理由にした。強くなる事で自分の存在価値を高めようとしていた。

 情けない自分をなかった事にするために。

強くなるために、自分で化物になることを選んだわけか……。

 その結論に至るまでに、トーマがどんな経験をし、どれほどの葛藤に苦しんだのか。それは出流には計り知れない。

 自分は運良くゲッシュ因子を持って生まれ、それを研磨すれば良かった。

 けれど、目の前にいるトーマは違う。

 ゲッシュ因子を持たず、普通の人として生まれた。つまり、他人に侵されることない強さを持つには、因子持ちの自分よりも限度がある。

 そして、トーマは今の姿を選んだ。

「おまえ、今必死なんだろ?」

 出流の苦笑いにトーマが不愉快そうに表情を曇らせてきた。

「自分が選んだ選択を後悔したくなくて、必死なんだろ?」

 自分も同じだったからこそ、分かる。

 選んだ選択肢が後悔してしまえば、引き返せる場所もなく、足が止まってしまう。

 それを何よりも恐れていたからこそ、分かる。

 けれど、だからって……

「負けてやる気もないし、お前との戦いを続ける気もないけどな」

 出流がそう言って、ようやく痛みと共に戻った神経機能を復活させた左腕にデザート・イーグルを握り、引金を引いた。

 一発目の銃弾は、元から因子を含ませていた特殊弾。その弾がトーマの腰部を撃ち抜く。傷口が瞬間凍結され、再生機能を奪う。

 そこへもう一発の銃弾を重ねる。

 空間変奏 アンリミテッド バースト

 銃口から吐きだされた二発目が、トーマの身体に撃ち込まれ、無限大の爆発を引き起こして行く。再生能力を奪われたトーマの身体が一瞬の内に、爆発に飲み込まれていく。

「俺はッ、俺はッ、強くなって……俺を取り戻す」

 爆発に抗う様子を見せるトーマ。その姿さえ爆発が引き起こした炎に包まれた。


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