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思惑3

 しかし、これだけでは決定打とは言えない。最後の最後まで油断などはできないのだ。

 どんなに自分が練り上げた一打とはいえ、安心はできない。なにせ、和巳を飲み込んだ晦冥極夜に異変が起きているのが見て取れたからだ。

 攻撃は直撃した。

 イザナミの柄を握る真紘の手にも確かな手応えが残っている。

 受け切ろうというのか?

 技を放つ前に真紘と目を合わせてきた和巳の顔を思い出す。微かに口許を吊り上げる男の顔。あの顔は、まさにあの時……忠紘と戦っていた時に見せていた顔だ。

 真紘は、イザナミを抜き打ちの構えで持つ。

 あの闇を打ち破った時に、あの男への一撃を食らわせるために。息を付く暇など与えるわけには行かない。

 真紘が追撃に出る。敵へと前進を続ける。抜き打ちの構えから、刃を相手へと走らせる。その時、丁度、真紘の斬撃を破り、血まみれの状態で和巳が獰猛な笑みを浮かべていた。

 血の臭いが真紘の鼻を付く。

 臭いに顔を顰めることも忘れ、真紘の刃が和巳の首元を狙う。

 けれど、その刃を和巳が素手で握り受け止めてきた。血の臭いに肉の焼ける匂いが追加される。真紘の熱した因子の流れる刀身に触れたためだ。

 しかし、和巳は痛みなど感じていない様に、刃に肉を食いこませながら、物凄い膂力で力任せに真紘を横へ振り飛ばしてきた。

 横へ吹き飛ばされた真紘は、そのまま勢いよく床へと叩きつけられた。容赦なく全身に鈍い痛みが走り、真紘は小さく呻き声を漏らす。

 口の中が切れたのか、口の中に血の味が広がった。

 真紘は、それを吐き捨て真正面にいる和巳に視線を向ける。

 真紘の刃を受け止めた和巳の左腕は、大きく腫れあがり、だらんと下へ垂れ下がっている。あの様子だと左腕は完全に機能を失っているはずだ。

「先の攻撃は受け止めたようだが……次も同じに行くとは思っていないな?」

 和巳を睨み見据えた真紘が因子の熱を練り上げる。

 自分が何故、強くなろうとしたのか?

 自分の憧憬であった父を継ぐため? 自分の弱さを消し去るため? 自分の唯一の肉親である結納を守るため?

 いいや。もっとある。もっと、もっと……さらに奥に。己の本心がある。

 自分の因子を熱しながら、真紘はその本心を胸の奥から掘り出し、刀身に帯びさせる。

 自分が何故、強くなろうとしたのか?

 それは……

「貴様が持つ、醜態な強欲さを打ち破らせてもらうぞ」

 この男を倒すためだ。

 イザナミに練り上げられた因子を保持したまま、真紘は和巳へと向かって行く。

 真紘を真ん中として、左右に別れたホルシアとフィデリオが動こうとしているのが伝わってくる。けれど、手出しをさせるわけにはいかない。

 もうすでに、己の本心を自覚してしまった。ならば、もうホルシアとフィデリオの助けを借りるわけにはいかない。借りてしまってはいけないのだ。

 下段に気味に構えたイザナミを、和巳の前で振り上げる。和巳が振り下ろして大剣の刃と交叉する。そこから幾つもの死線が宙に描かれる。

 真紘の耳を掠めた斬線が、空気を伝い周囲を切り刻む。真紘の霞の構えから繰り出した刺突は、和巳の目を潰すことなく、分厚い壁に風穴を開けた。

 もともと何もない簡素な部屋が、今では鉄骨の骨組みが剥き出しになり、一気に廃墟への一途を辿っている。

 そしてそれを進行させているのは、紛れもない真紘と和巳による息もつかせぬ剣戟戦だ。

 二人の戦いを目にし、何かを察したのかホルシアとフィデリオの戦意も霧散している。

 刃と刃が交叉する度に、その刀身に注がれている因子が火花を散らしながら、小規模な爆発を起こす。

 しかし、真紘と和巳の視界にそんな爆発も目にとまっていない。

 爆発の余波によって、火傷を負っても気にならない。痛みに気を止めている暇もない。ただ、相手が見せるであろう隙を見逃さないために、そしてそこを突くためだけに、己が握る刃を揮っている。

 誰かが真紘にこう言った。

 才能だけでは、経験に敵いはしないと。

 真紘はその言葉を否定してこなかった。

 経験とは、長い時間を掛けてこそ得られるものだ。真紘自身もそう思っていたからだ。

 けれど、今は、今だけはその言葉を否定しなければならない。

 そうしなければ、真紘は黒樹和巳には勝てないのだから。

 この男には、強くなるための才能がある。そしてそれに付随する経験がある。

 才能と経験を兼ね備えた男に、自分が勝てるものとは何だ?

 真紘はずっと、ずっとそれを考えていた。けれど良い答えなど一向に見えてこなかった。正直、焦っていた時期もある。

 しかし、そんな自分に吹いた新しい風が、答えを教えてくれた。

 その答えが分かった途端、真紘は今までの自分が馬鹿らしくなって、笑い飛ばしたくなった程だ。

 才能があり、経験のある男に勝つ方法。

 それは、ただがむしゃらに、愚直に、敵へと食らい付く。それだけだ。どんなに愚かだろうと。どんなに滑稽だろうと。

 諦めず、相手の喉元に食らい付く。自分に出来る事はそれだけだ。けれどそれで十分だ。それが勝機へと繋がるのだから。

 二つの刃が衝突し、弾き合った。

 真紘がイザナミを、和巳が大剣を振りかぶり、斬り下ろす。袈裟斬り。

 刃を振り下ろしたのは、ほぼ同時……だったはずだ。

 けれど、ほんの一瞬だけ和巳の動きがぶれた。動きがほんの僅か、遅れる。

 だがその遅れは致命的な遅れだった。

 真紘の肩に和巳の大剣が斬り掛かった瞬間に、真紘の刃は和巳の身体に左の肩口から右脇腹へと深い斬傷を描いていた。

 細かい血飛沫が真紘の顔を飛んできた。

 肩に鋭く、鈍い激痛が走る。肩骨が折れているようだ。しかし、その剣がさらに奥に斬りかかることはない。

 すでに、大剣の柄を持つ和巳の右腕から力が抜けた。

 深手を負っているのだから、それは当然だ。けれど真紘からすると、それが酷く非現実的な事のように思えた。

 自分が長い間、倒したくて仕方なかった相手。ただただ強さを求めていた男が、その象徴でもある大剣から手を離したのだ。

 和巳の手から離れた大剣は、そのまま復元状態が解除されその姿を消す。

 手元から武器が無くなった和巳が尻から床に座り込む。

「あーあ、こんなガキにやられるようじゃ……俺もとうとう終わりだな。そう思うだろ?」

 力の抜けた声音の和巳が、自分の正面にいる真紘に視線を向けてきた。真紘は少しの間、和巳と視線を合わせてから、和巳の首元へとイザナミを突き出す。

 和巳は避ける気などさらさらなく、同じ姿勢のままだ。

 首元を一思いに突き貫く。

 真紘の脳裏にその光景が生々しく浮かんできた。

 後ろにいたフィデリオが、動こうとする気配。

 真紘がイザナミを構え、柄を握る手を前へと突き出した瞬間に起きた刹那の出来事。

「全ては杞憂に過ぎない」

 ぼそりと呟く。

 イザナミを突き出した真紘の手が止まる。イザナミの穂先は和巳の首元に突き立てられているだけだ。尖った先が和巳の首の皮を微かに裂いただけだ。

「どうした? ここに来て正義の心が働いたか?」

 和巳の言葉に真紘は、静かに失笑を零し、

「貴様に使う正義の心など、ありはしない」

「ほぉ」

「もし、このまま俺が貴様の喉元を貫けば……それこそ貴様の思惑通りになってしまう。俺は最後の最後まで貴様に踊らされはしない。つまり貴様を死なせはしない」

 そう断言し、真紘がイザナミの復元を解除する。

 すると、和巳が力の籠ってない苦笑を漏らして身体を後ろに倒し、仰向けの状態で寝転んだ。

「あーあ、かっこわりぃ……これなら、さっさと死んだ方が得だよなぁ?」

 和巳がわざとらしく大きく呟く。

 けれど、返答する者はいない。

「おまけに冷たいと来た」

 真紘はそんな和巳の言葉すら、無視した。

 しかし心境としては、悪くない。いや、いっそ爽快とさえ思っていた。なにせ、自分が嫌いで嫌いで堪らなかった男に大恥を掻かせているのだから。

 しかも、和巳が手を抜く前に、だ。

「見たか? これが俺の強さだ」

 仰向けに寝転がったままの和巳に真紘が口許に笑みを浮かべさせた。

「うるせー。ドS野郎。今のその顔を好きな女の子に見せたら一発で引かれんぞ?」

「そうか。一応、助言として受け取っておく」

 和巳の軽口をさらっと流すと、真紘は左京たちと戦うのを止めた一番合戦たちへと近づいた。

「答えろ。貴様たちの内、どちらが空間移動を使う?」

 すると、一番合戦と天宮城がお互いに視線を飛ばしてから、真紘へと視線を向ける。

「豊様の元に行くおつもりですね?」

 真紘に訊ねたのは天宮城だ。

「無論だ」

「……良いでしょう。もう既に準備は整った様ですから。最後の時を豊様とご覧ください」

 そう言って、天宮城が自分の背後にあった壁をそっと手で触れる。天宮城の『準備は整った』という言葉が気になるが、今はそれを言及している暇はない。むしろ、整ったというなら、事態は一刻を争う。

「私の能力は空間と空間を繋げる能力。つまり、どこでもドアです」

「どこでも……ドア?」

 真紘には聞き慣れない言葉だった。すると天宮城が少し驚いた表情を浮かべてから、すぐに表情を戻してきた。

 左京や誠も少し気まずそうな表情を浮かべている。

「とりあえず、こちらの扉を開けた先が豊様の居られる場所です」

 小さな疑問は残ったが、まぁいい。

 真紘が天宮城の示してきた扉へと歩き出そうとして、足を止める。

 そして後ろへと振り返った。

「済まないが、ハーゲンたちはここより下の階にあるはずの貯蔵庫の方に向かってくれないか?」

「私はそれで構わない」

「俺は……少し物足りないけど、いいよ。それから、真紘があの人の事を殺さなかった事を称賛する。罪は生きて償わせないと」

 フィデリオは最後の語尾を強めて、そう言いきって来た。

 何か思う所があるのだろう。だからこそ、フィデリオは最後の最後で真紘を止めようとしていたのだから。

「ああ。そうだな」

 そして、それはこれから対面する豊にも言えることだ。

 豊がやろうとしている事を、何がなんでも止めなくてはいけない。

「あの下世話な男の事は任せろ。途中で死なせはしない」

「俺はホルシアがあの人にとどめを刺さないか心配だよ」

「安心しろ。最大限に努力はするつもりだ」

 ホルシアとフィデリオの話を聞きながら、真紘はホルシアの努力が続く事を祈った。

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