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満足な顔と対なる刃

 床に倒れ込んだ晴人の姿に、狼はしばし呆然となっていた。

 安堵も喜びもない。ただ身体には抜けきれない緊張感と背筋に張り付く冷たさがある。

「まだ、安心はできない」

 ゆっくりと晴人へと足を運ぼうとしていた狼を戒めるように、身体の至る所が負傷しているアーサーが目を細めてきた。

 晴人の直撃をま逃れたのは、アーサーが放った衝撃波のおかげだ。けれどそのため、彼自信は晴人の攻撃の余波で負傷している。

 己への不甲斐なさと、アーサーへの申し訳なさが狼の胸を衝く。けれど、それでも狼の足が止まったのは一瞬だった。

「大丈夫です。きっと、あの人が、僕の父さんが攻撃を放って来ることはないですから」

 確証なんてなかった。

 けれど、狼は断言して晴人の元へと近づく。

「父さん、僕は理事長を止めたい」

 目をうっすらと開け、視線を自分へと向けてる晴人に狼がはっきりと自分の想いを口にする。

 すると、晴人がフッと少し愉快そうに笑みを浮かべてきた。

「別に宣言しなくてもいいのに。そういう変な所で律儀なのは、高雄に似てのかな?」

「いや、別に律儀になったつもりじゃ……」

 妙に気恥しくなって狼が言葉を濁す。すると晴人が笑うのをやめて、口を開いてきた。

「僕は過去の人ではあるけど、やっぱり今の狼を見れて良かったよ」

 晴人の言葉に狼も深く頷いた。

「僕も、どんな形であれ父さんと会えて良かった。本当にそう思うんだ」

 偽りのない言葉を晴人へと送る。

 床に寝そべる晴人の呼吸が妙に乾いていて、狼の耳に響く。

 ああ、父さんは二度目の死を迎えようとしているんだ。

 そして、この結果は自分が選んだ事でもある。

 狼は無意識のまま、仰向けに倒れる晴人の横に膝をついていた。

「狼が、気にする事ないよ。さっきも言ったけど、僕は過去の人間だ。言ってしまえば、今こうしている事自体がおかしいだけなんだから。それに……前よりずっといい。一人で死ぬわけじゃないから」

 そう言って、再び笑みを浮かべてきた晴人が目をそっと閉じた。

 満足気な表情で。そんな晴人の顔に狼の瞳から落ちた涙が落ちる。

 悲しむべきじゃない。

 そう思ったものの、狼は瞳から涙を流さずにはいられなかった。




「こんな美人に助けられたら、はりきらない訳にはいかねぇーよな?」

 真紘とフィデリオの攻撃に挟撃されそうになっていた和巳が、口許に笑みを浮かべていた。そしてその笑みの先にいるホルシアが、眉を潜め苦悶の表情を浮かべている。

「私とした事が……こんな下劣な男を助けてしまうとは」

 辟易とした溜息は、ずっしりと重い。心底、自分が仕出かしてしまった事に後悔している表情だ。

「後悔している暇はないぞ」

「黒樹様も呑気に笑っている場合ではない、とお見受けしますよ?」

 真紘がホルシアを叱咤し、天宮城が和巳に呆れた様子で注意を促す。

「貴様に指図されずとも分かっている」

 ホルシアが言葉を吐き捨て、動いた。ホルシアの向かう先には、大剣を肩に担いでいる和巳へと肉薄するホルシアの周りに、鉄粉が収束し、姿形を形成していく。形成され現れたのは、甲冑に全身を包んだ騎士だ。そしてもう片方に形成されたのは馬にホルシアが跨る。

 ホルシアより先に全身した騎士が手に持った柄の部分が長い槍を、自由自在に回しながら和巳を襲撃する。

 けれど、次の瞬間に、鉄の騎士の頭が宙に舞った。槍を持っていた手が

飛び、胴が下半身と分離する。

 目では追えない速さで鉄の騎士を切り刻んだ和巳に、ホルシアが笑みを浮かべる。

「下衆にしては中々の動きをする。だが所詮はその程度だっ!」

 ホルシアの言葉が力強く響く。その瞬間に、切り刻まれ、鉄の塊へと帰した物がさらにへんかする。鉄の塊だったものが、まるで高熱の熱でも加えられたように液状へと変化し、勢いよく、和巳の身体へ飛散し、捕縛せんと動く。

 和巳がそれをすんでの所で跳び躱す。液状の鉄が床を跳ね、標的である和巳を追う。その間に、真紘は気配を消していた。変わりに、フィデリオの因子のが周囲に放出される。

 すぐに目晦ましであることは、気づかれるだろう。

 しかし、分かっていたとしてもフィデリオの因子によって掻き消された真紘の因子の気配を探るのは無理だろう。

 ましてや、ホルシアの技から逃げている最中だ。

 周囲に放出されたフィデリオの因子が、和巳やホルシア、左京や誠、一番合戦の因子に反発して爆発を起こしている。

 その光すらも利用して、真紘は気配を殺しながら移動する。イザナミの刀身は紅く燃え上がり、まるで炎のように揺らいで見える。

 今か、今かと自分が揮われる時を待つかのように。

 真紘の視線の先で、和巳が因子の熱を上げ始めた。そして、自分に向かってくる鉄に目を向けることなく、ホルシアへと強烈な一閃を放っている。

 和巳が揮った一閃の攻撃範囲は、斬撃とは思えないほど広範囲だ。軽く横に避けただけでは避け切れない。

 ホルシアが眉を潜めながら、和巳へと向けていた鉄で自分へと向かってくる斬撃から身を守る。

 中規模な爆発が起き、爆風がホルシアの身体を強く振り揺らす。

 けれど、彼女は無傷だ。

 ホルシアが間隙入れずに、和巳の足元を狙い無形エネルギーによる斬撃を放った。

 和巳が跳躍する。

 そしてその瞬間に、和巳の背後でフィデリオが動いた。

 聖剣四技 ボレアース

 当てた者を凍てつかせる冷風を纏った竜巻が、和巳の背後で巻き起こる。跳躍していた和巳は空中で踏ん張る事はできない。

「逃げられないなら、立ち向かうしかねぇーな。そうだろ?」

 和巳が誰を見る事もなく、問いかけてきた。

 けれど、その問いは自分へのものであり、挑発だ。と真紘は考えた。

 気配を消し、虎視眈々とこの時を待っていた真紘に『やれるものなら、やってみろ』と言い放っているのだ。

 だが、それは……

 俺の言葉だ。

「はぁあああああああ」

 声を張り上げ、真紘はフィデリオの放ったボレアースに刃を突き付ける和巳へと疾駆する。

 和巳が放った幾重にも重ねられた斬撃は、フィデリオのボレアースを食い潰そうと衝突を繰り返し、幾つもの破裂と爆発を繰り返している。

 その余波でまだ宙にいた和巳が、自分へと向かってくる真紘を視認してきた。口許にはあの男らしい酷薄な笑みを浮かべている。

 もはや、自分の身を隠す必要などなかった。

 もうすでに自身の因子は満ち、放たれる瞬間を、この時を待っているだけだなのだから。

 大神刀技 晦冥極夜(かいめいきょくや)

 光の斬撃が狼の放つ千光白夜だとすれば、この斬撃が放つのは万物を飲み込む闇だ。闇が和巳を侵食せんと向かって行く。

 次の瞬間、闇が和巳の姿を飲み込んだ。


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