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父親として

 晴人から放出される因子の量に、鬼武者たちと戦っていた名莉とアーサーたちが目を見張っている。

 狼はそんな晴人の因子を正面から受け、表情を歪めていた。

「狼、ここからは僕の方からも攻めさせて貰うね。もう分かってるとは思うけど、僕は大城晴人であって、大城晴人じゃない。言ってしまえば、人造人間。造られた人口肉体に大城晴人という人間の個人データを脳と同じ機能の場所に保存している。だから、強さとか思考とかは、大城晴人が死んだ時と同一なんだ」

「じゃあ、どうして僕が自分の息子だと? 正直……大城晴人が死んだ時の僕はまだ小さなかっただろ?」

 自分が人工物であることを打ち明けてきた晴人に、狼が訊ね返す。

 すると、目の前にいる晴人が狼の事を指差してきた。

「その顔で、息子じゃありません……っていう方が無理あるんじゃないかなぁ。小さい頃から僕に似てたけど、まさかここまで似るとは思わなかったよ」

 後ろ頭を片手で押さえて、ははっと晴人が笑ってきた。

「いや、僕もそう思うけどさ……そこは突っ込まないでくれよ。メイとアーサーさんに笑われるから」

 狼がそう言うと、今まで静かに肩を震わせて笑っていたアーサーがわざとらしく咳払いをし、名莉も微かに深呼吸をしている。

「すまない。私が思っていた事を彼がそのまま言うものだから……いや、でも紳士的ではなかったな」

「いえ、そんなフォロー要らないですから」

「大丈夫。もしかしたら私も狼と同じ事訊いてたかもしれないから」

「いや、同調もしなくていいからっ!」

 名莉たちにそう返しながら、狼がイザナギを構える。

 するとこっちの戦意を削ぎ落しそうな笑みを浮かべていた晴人も、すぐさま刀を構えてきた。

 来るっ!

 キィィィィィィイィィィィイィィン。

 正面から突っ込んできた晴人が振り下ろした刀をイザナギで受け止める。腕に受け止めたときの衝撃が電撃のように走る。速い。

 狼が来ると思っていた時には、すでに晴人は狼の眼の前に居て刀を振り下ろしていたのだ。狼がその刃を受け止められたのは、今までに培ってきた反射的行動としか言いようがない。

 一気に空気が張り詰めた。晴人が受け止められた刀を離し、素早く身を翻しながら後ろへと退いてきた。

 どうする?

 ここで斬撃を放ったとしても、さっきのように跳ね返されるだろう。

 けれど、何もせずに距離を詰めるのも危険だ。

 細い糸が縺れ合い、絡まるように良い答えがみつからない。

「はぁあっ!」

 晴人が雄叫びを上げた。

鬼神刀技 千人斬り

「これって……」

 雄飛が使っていた技だ。恐ろしい程の熱量を含んだ斬撃は、黄金に輝き、狼へと押し迫る。その斬撃より先行して波及する衝撃波が、狼の身体をビリビリと刺激する。

 狼も晴人が放った千人斬りに抗う様に、天下一閃を放った。狼へと向かってくる千人斬りよりも狼の放った天下一閃の方が、規模的には小さい。

 けれど……

 二つの斬撃が衝突した瞬間、熱の籠った爆風が水面のように広がり、部屋の壁を吹き飛ばし、鬼武者たちも、一瞬で粉砕されていく。

 晴人と対面していた狼を熱風が押し寄せる。余りにも強い風に床から足が離れ、天井へと押し上げられる。

 余波を受けて天井に激突なんて冗談じゃない。

 狼が頭を床の方に向け、天井を足裏で蹴る。

 するとそんな狼の方へ、刀を中段で構えた晴人が跳躍していた。あれほどの暴風の中で、どうやって自分の真下まで来たというのか?

 そんな疑問を残したまま、狼と晴人が再び衝突した。

 受け止めるだけじゃ、駄目だ。攻めないと。狼は交叉した刃をすぐさま離し、下段の構えから刀を振り上げるように斬り返す。

 次の攻撃に移行したのは、狼の方が速かった。空中で逃げ場を確保するのは至難の業だ。晴人の手に逃げられている刃は、狼の描く斬線の軌道上にいない。

 晴人にダメージを与えられるのは、こういう少しの隙を突くしかない! その意気込みのまま刀を振り上げる。

 狼の刀が晴人の右肩を削ぐ。

 血飛沫が空中で散布する。

 その瞬間、視界が白くなり破裂音が狼の耳に聞こえた。痛みが首の付け根から左肩の部位を中心に広がっている。

 斬られた痛みではない。これは熱による痛みだ。

「無、形弾……?」

 痛みで言葉の歯切れが悪くなる。けれど、そんな狼の言葉を肯定するように、右腕を突き出していた晴人が頷いて来た。

「小規模の攻撃だとしても、至近距離からだとそれなりのダメージになるだろう?」

 背中から落下して行く晴人が穏やかな口調で話してくる。頭から落下する狼と背中から落下している晴人では、狼に分がある。

 けれど、狼は追撃が加えられない。

 無形弾によるダメージから立ち直れていないのだ。

 まさか、こんな初歩的な攻撃で反撃の手を防がれるとは思っていなかった。

 僕の甘さだ……。

 狼は自分の不甲斐なさに奥歯を噛み締める。

 しかし、それと同時に狼の中で疑問が浮かんでいた。目の前にいる晴人は人造人間だ、と告げて来た。そして、その意志は大城晴人と同一だと。

 どうして大城晴人が自分たちの前に立ち塞がるのか? 狼は本物の大城晴人の事を殆ど知らない。だから自分の父親が豊に肩入れするはずがない、とは言い切れない。

 けれど、それでも……

 何故、自分たちの前に立ち塞がるのか? という疑問を抱いてしまう。

 晴人が身を翻して、狼と少し距離を開ける形で床に着地する。狼はそのまま真下の床に着地した。

「……貴方にとって僕は何なんだ?」

 本物ではないと分かっていても、狼は目の前に居る晴人に対して、イザナギを構えながらそう問う。

 狼の言葉に、質問を投げられた晴人が少し驚いたような表情を浮かべて来た。心外と思ったのか? それとも狼が聞いてくるとしたら、別の事だと思っていたのだろうか?

 やはり、それも狼には判別する事ができない。

 けれど、それは逆説的に言うと、狼自身にとっても晴人の存在が宙に浮いているような状態だった。

 顔や仕草が似ている相手。けれどそこに深い記憶があるわけではない。

 顔も仕草も似ていない相手。けれどそこには深い記憶がある。

 僕は、裏切れるのか? いや、裏切るってなんだ? それを思う事自体がすでに裏切りなんじゃないのか? 分からない。

 けれど、自分が春香や晴人に対して嫌悪していた理由がやっと今はっきりとした気がした。

 僕は……、怖かったんだ。

 自分が春香や晴人を受け入れることで、自分を大事に育ててくれた高雄との繋がりを否定するようで。そしたら、高雄が自分や小世美の前から消えてしまう気がして。

 そんなこと、あるわけないのに。

 でも、自分は色々な理由をつけて春香や晴人、そして大城狼であった自分を否定することで、黒樹狼であろうとしていた。

「僕にとって、狼は息子だよ。大事な息子だ」

 晴人が真剣な表情で狼にそう言い切ってきた。

 思わず、狼は喉を詰まらせた。けれど、それでも言わなくちゃいけない。

「僕は……黒樹狼だ。黒樹高雄の……息子だ」

 苦しさを誤摩化すように吐き出した言葉。それは狼にとって一つの本音だ。

「…………」

 狼の言葉に晴人が少しの間、黙り込んだ。全ての動きを制止させて、狼の言葉をじっくり分解し解読しているかのようだ。

 そして、伏せ目がちに考え込んでいた晴人が、再び視線を狼へと向けて来た。

「なら、それで良いんじゃないかな?」

 晴人のあっさりとした言葉に狼は面食らう。そんな狼を余所に晴人が穏やかな表情を浮かべて来た。

「死んだ時の大城晴人の記憶しかないから、今の僕には推測しか立てられないけど……高雄だったら、血なんて関係なく狼を育ててくれるよ。断言できる。だから狼が黒樹を名乗っても、違和感はないかな。それに、もし狼が高雄の息子だって思ってても、僕にとって狼が息子であることには変わりないから」

 晴人の言葉が、狼の心を強く揺さぶって来た。

 今までの狼を全面から否定するわけでもなく、かといって諦めるわけでもなく……

「……じゃあ、そう言うなら、どうして僕たちと戦うんだ? アンタは僕の父親なんだろう!?」

 悲痛な想いを滲ませて、最後の悪あがきのように狼が怒鳴った。

 すると今度は晴人が少し寂しそうな表情を浮かべて来た。

「死んだ僕が、こうして狼の顔を見られるのは豊のおかげだから。勿論、自分が本物ではない事は分かってる。けど、やっぱり見られないと思ってた狼の顔が見られたのは嬉しいんだ。そして、それを叶えてくれた豊を裏切ることはできない。だからさ、僕も僕なりに考えて、狼の成長に少しでも繋がるなら、障壁になっても良いかなって思ったんだ。父親らしく。むしろ、それくらい、許して欲しいんだけど?」

 片目を眇めて、苦笑を零して来た晴人。

 やはり、その表情は否定できないほど自分とよく似ていた。

『父親らしく』

 晴人の言葉が狼の頭の片隅で反響する。

 少しだけ泣きたくなった。

 けれど、狼はその気持ちを押し込めて口許に笑みを浮かべる。

「そうかよ。だったら、父親らしく息子に踏み越えられろよな」

 せっかく成長した自分を父親が見たいと言っているのだ。泣いてなんていられない。

 狼は正面で刀を正眼に構える晴人を見ながら、全身に満ちた因子の熱を感じていた。

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