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博識学者1

 真紘たちと別れ、出流たちはこの艦内のどこかにある研究室を探していた。船内に乗り込む前の情報として因子を貯蔵している場所は船体の下部、動力部分に近い事は判明している。それを考えると、やはりフォーガンたちがいる、研究室も隣接している可能性が高い。

 情報操作士である鳩子も艦内の配置を調べようとしていたが、貯蔵庫から溢れ出る因子によって、鳩子の因子が妨害されて叶わなかったのだ。

 とはいえ、この艦内にあの二人がいるのは確かなのだから、後は探せば良いだけだ。

 何としても、あの二人だけは俺が決着をつける。

 米国の学者であるフォーガン・ドレットとリリア・ガルシアは、元々は米軍専属の研究施設にいた学者だった。けれど、米軍がとある時に水面下で行った人体実験の結果が惨敗に終わり、一時研究室を追い出されている。それで一時期、あの二人の消息は途絶えたが、突如としてトゥレイターの研究室に姿を露わしたのだ。

 Ka―4シリーズの先駆けともなる資料を手にして……。

 トゥレイターでは、因子持ちの身体から因子を抽出し武器に活用する研究を進めていた。きっとその研究技術を生かして、因子を溜める貯蔵庫を作り上げたのだろう。

 宇摩やトゥレイター、軍人たちが揃いも揃って欲しがるのも頷ける。

 けれど出流の中で、馬鹿馬鹿しいとも思う。いくら優秀な研究者だとしても、非道な研究を好んで続ける人間に、どれほどの価値があるというのか?

 胸の内に、暗澹な感情がどんどん掘り起こされる。けれどそれとは別にここで終わせられるかもしれない。という気持ちもある。

 リリアたちの情報を出流に送って来たのは、一緒にKa―4シリーズの研究に携わっていた朱亞からだ。

 朱亞がこの件に関して、自分に対し負い目を感じているかは分からない。

 ただ、リリアたちの情報の下に、決着を付けて来いと書かれていた。

 今の所、出流たちが進んでいる先に、敵らしい敵は現れてない。

 そこに違和を感じていると、廊下の天井についていたスピーカから女の声が聞こえてきた。

『初めまして。ミスターササクラ。貴方が私に用があると聞いたわ。だから私の素敵なラボに招待します。さぁ、いらっしゃい』

 声音から人をあざけ笑っているかのような、知性さが感じられる。

 間違いない。この声の主こそリリア・ガルシアだ。

 そして声が途切れるのと同時に、廊下の一部が開閉し、下へと降りる階段が現れた。

「私の出流を名指しした上に、この罠ですよ感半端ない仕掛け……。これは何か目論んでるね」

「ああ。多分な。そうじゃなきゃ、こんな易々と敵を自分の腹の中には入れないからな。けど、ここで立ち止まってるわけにも行かないからな。俺が先に行く。それから操生、ティーネ、マイアの順で来てくれ」

 出流の言葉に、操生、マイア、ヴァレンティーネがそれぞれ頷き、リリアが手招きしている方へと足を踏み入れる。

 階段は狭く、非常用の灯りで照らされている。

「こんな薄暗い所にいたら、心根が腐るのも頷けるな」

 まだまだ続いているらしい、階段を降りながら出流が肩を竦める。

「私は一つ疑問だが、何故リリア・ガルシアは貴様の名前を知っていた? 面識があるのか?」

 先を行く出流に問いかけてきたのは、ヴァレンティーネの後に続くマイアだ。

 そんなマイアの言葉に、出流が前を向きながら眉を潜ませる。

「直接的な面識はない。もしかすると、向こうが俺のデータをアメリカにいる時に見てる可能性はあるけどな」

「つまり、そのデータを見てイズルに興味を抱いたということかしら?」

「いや、それはないな。もしデータを見て興味が沸いたのなら、その時点で何かしら行動に出てるはずだ」

 自分の探究心を満たすために、人体実験を行っている輩だ。

 興味が沸いたものを、見す見す無視することはないだろう。

「でも、今は事情が変わっているかもしれないよ。さっきの言葉からすると、出流にきてもらいたがってる感じだったからね」

「しかし、そう見せかけてティーネ様を狙っているということもなくはない。そう思わないか?」

「それは、どうだろうね? 私もさっきそう思ったけど……何となく違う気もするんだよね」

「何故だ?」

「声が弾んでるように聞こえたからだよ。何か楽しみな事があるみたいに」

「そうなのか? 私にはそんな風に聞こえなかったが……」

 マイアの言う通り、出流にもリリアの声が弾んでいるようには聞こえなかった。けれど、単なる操生の聞き違いとも思えない。

「どっちにしろ、向こうが俺たちを誘ってきた時点できな臭いのは確かだ」

 出流がそう言いながら、デザート・イーグルの弾倉を別の弾が入った物へと変える。

 弾倉を変えるのは、ほんの数秒で終わる動作だ。

「出流のやる気スイッチが、がっつり押されてる感じだね」

 操生の呟く様な言葉に、出流が軽く肩を上下させた。

 フォーガン・ドレットもリリア・ガルシアも肉体的な強さはない。因子を持っているらしいが、その因子は特別秀でたものではないらしい。

 この二人が他者より優れていたのは、一つの物に対する好奇心とそれに合わさる探究精神。そして、危険を感じ取る嗅覚と逃げる術。

 きっと自分たちが今こうして向かっている間にも、何か準備をしているはずだ。

 そして、出流達が階段を降り切るとそこには、壁も扉もガラスになっている部屋があった。そしてその部屋の中には、手術台のような物と、長方形の長いテーブルが置かれ、その上には注射器や鋏などが、綺麗に並んでいた。そして、その机の前に黒い縁眼鏡を掛けた女が立っており、出流たちへと不敵な笑みを浮かべている。

 出流たちがガラスの扉に近づくと、何事もないように扉が静かに開いた。

 部屋から部屋にこびりついている薬品の臭いが漂ってくる。

「さぁ、遠慮せずにどうぞ」

 笑みを絶やさない女がそう言って、出流たちを招いている。

「もう一人の奴はどこにいる?」

「もう一人……ああ、フォーガン博士のことね? 安心して。彼なら直に来るわ」

 わざとらしく、おどけた笑みを見せるリリアに出流が眉を寄せる。けれど、リリアは全く気にしていない様子で、他愛もない会話をし始めた。

「以前から貴方に感謝していたの。オースティンの母親としてね。貴方が居てくれたおかげで、あの子の向上意欲が掻き立ったんだもの。私としては嬉しいことでしょう?」

 感謝? 嘘だ。

 出流という人間がどういう人間かを把握した上で、リリアはわざと「オースティン」の名前を出してきたのだ。

 出流が敢えて、頭の隅に追いやっていた情報を、無視するな、といわんばかりにリリアが掘り起こしてくる。

 表情を強張らせながら、出流が銃を握る手に力を込めた。

「名前を聞いて、もしや……とは考えていたけれどね。それを確定して、私たちの手が鈍ることを期待してるのかな?」

 厳しい表情を浮かべた操生に、リリアが「まさか……」と失笑して手を小さく振った。

「正直、私は貴方たちよりも弱い。それは覆しようもない事実だわ。だから彼が手にしている銃に込められた一発の銃弾で私は死んでしまうの。分かる? でも正直、私は貴方たちに殺される理由が分からないの」

 しれっとした言葉を吐くリリアに、どんどん憎悪が沸き上がる。

「ふざけんなっ! お前等が造った怪物の所為で、五十嵐はっ!」

「怪物ね……それって、どれのことかしら? 色々と頼まれて造っている時期もあったから分からないわね。けどそれも、私たちはただ造っただけ。戦争で武器や戦闘機、船を造った人と一緒よ。銃を造る会社は、人を殺すために銃を造っていない。必要とされるから造っているだけに過ぎない。だから、それが正義のために使われるか、悪の為に使われるかなんて、いちいち考えないわ」

 奥歯を噛み、憎悪を瞳に浮かべる出流に、リリアが淡々と返してきた。

「つまり、貴方の怒りはお角違いよ。君が怒りを発露するなら、そのとき、そのイガラシという人物を怪物たちに襲わせた奴にしなさい」

 正論で自分を押し潰そうとしている。

 しかし、出流の中でリリアの言葉は正しくもあり、決定的に間違ってもいた。

「勘違いするな。俺はお前らに復讐しに来たんじゃない。宇摩に加担するお前等を半殺しにするために来ただけだ」

 そう言って、出流がリリアへと銃口を向けた。

 しかし銃口を向けられたリリアの顔には、まだ余裕さが残っている。

「あら、そう。でも私を半殺しにする前に……この子を相手にした方が良いと思うわよ?」

 余裕の表情でリリアが後ろへと振り返る。

 すると奥の壁が、ガコンッと小さな音を立てた。まるで車の窓の様に壁が床へと下がって行く。

 そして壁が下がるにつれ、その奥にいる人物の顔が露わになった。

 一人は猫背で痩せこけた男。

 そしてその男の隣に、肌が異様に赤く爛れている人物の姿があった。身長は痩せこけた男よりも一回り大きく、表情や立ち姿からすると出流たちと同じ年くらいに見える。

 きっと痩せこけた男がフォーガン・ドレットで間違いないだろう。

「あの子は、元々因子がなかったの。けど、どうしてもって強く懇願するから……因子を移植したのよ。そしたら肌は酷い炎症を起こして爛れてしまったけれど……成功よ」

 出流たちへと得意気な表情を浮かべるリリア。

 しかし、出流はそんなリリアの言葉など耳に入っていなかった。

 因子を移植されたという人物が、獲物を見つけた肉食獣のような表情で出流へと飛び掛かって来たからだ。

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