思惑1
今の状況は、目の前にいる者の仕掛けによるものだろう。
真紘は、前に立つ左京と誠の背を見ながら、その二人の奥に見える黒樹和巳と宇摩豊の懐刀である一番合戦暢と天宮城槐が立っていた。
次の部屋に入るのと、同時に真紘たちはこの部屋にいて、一緒に来たはずの希沙樹たちの姿がなかったのだ。
「いつの間に宇摩側に付いた?」
真紘の問い掛けは、もちろん、和巳に対してのものだ。和巳はいつもの調子で口許に笑みを浮かべながら、鋭い視線で真紘を見ている。
「正直、君たちの仲間になるなんて一度も言ってねぇーだろ? そこを勘違いしちゃ駄目、駄目」
「……そうか。では、これ以上の言葉を重ねる事に意味はないな」
自身でも思った以上に、冷静な口調だった。
しかし、因子は口調とは真逆に熱を上げている。
感情に冷たい水が差し込むような感覚。これこそが真紘にとって戦闘に入る時のスイッチともいえる。
「左京、誠……宇摩の懐刀は頼んだぞ」
「「御意」」
刀を構えていた左京と誠が口を揃えて、頷いた。そしてそれを聞いた時には、すでに真紘は和巳へと疾駆していた。
「速攻攻撃かぁ~。なるほどね~」
素早い真紘の動きを見た和巳が大剣を脇構えで、迎え撃つ姿勢を取る。それに合わせて、真紘も脇構えで、因子放出と共に和巳へとイザナミを振り払う。
大神刀技 志那都比古
和巳との距離はまだ十分にある。けれど風の刃を纏ったイザナミは、その距離を一気に埋め和巳へと刀身を走らせる。
和巳が口許を二ィとさせて、風の刃を受け止める。衝突音などはない。あるのは、自分の刃が押し返されたという不快感だ。ただ押し返されただけだというのに、手がビリビリとする。
やはり、力技で和巳とやり合うのは真紘の分が悪い。
けれど、息つく暇もないまま真紘の刀を押し返してきた和巳が真紘へと接近し、正眼で構えた大剣を振り下ろしてきた。
衝撃で出来た空気の渦が、真紘の顔を撫でる。けれど大剣が真紘の頭を切り裂くことはなかった。間一髪の所で和巳の刃をイザナミで受け止める。
しかし、その瞬間に真紘の鳩尾に和巳からの蹴りが襲ってきた。
「くっ」
思わず、真紘の口から苦悶の声と血が漏れ、後ろへと吹き飛ばされる。
「真紘様っ!」
「構うなっ!」
真紘の身を按じた誠に、真紘が口許を手で拭い声を張り上げる。和巳の刃はもうすでに真紘へと突き出されている。その軌道を読み、動いてなければ左肩が抉られていただろう。
本能的に、身体から死への恐怖が溢れ出そうになる。
真紘はそれを己の因子を放出することで払拭する。しなければ刀は揮えない。足元をすくわれる。けれど、足元をすくわれている訳にはいかない。
自分にはまだやるべき事がある。
真紘の首元を掻き切る大剣の斬線を、受け止め、切り返し、逆に相手の胸を狙って刺突を繰り出す。すると和巳が大剣に因子を流してきた。大剣に流された因子と真紘の因子が反発仕合い、和巳と真紘が左右に吹き飛ばされる。
真紘が吹き飛ばされながら、身を翻す。和巳から、敵から視線を外してはいけない。身を翻した真紘の足裏が、部屋の壁を蹴る。奇しくも相手と同じ体勢。
しかし和巳の持つ大剣からは、紫炎が勢いよく吹き出していた。
攻撃を貫くか、防御に転じるか?
真紘の中で一瞬の迷いが生じる。けれど真紘の身体は、思考を無視して壁を蹴っていた。燃え盛る炎を従える和巳へと。
炎爆剣技 煉蛇
炎の蛇が真紘を丸のみせんと、大きな口を開く。真紘は下段に構えていたイザナミを蛇の首を断ち切るように、上段へと振り上げる。
炎が四散する。けれど攻撃を全て排除したわけではない。蛇の頭を切断した真紘を胴体部分の炎が真紘へと振りかかって来た
聖剣四技 ボレアース
氷の礫を纏った風の竜巻が、真紘を襲撃していた炎を巻き取り、完全に霧散させる。
「ナイスタイミングって奴かな?」
「やはり、ハーゲンか」
ボレアースが放たれた方を見ると、やはりそこには勝気な笑みを浮かべるフィデリオの姿があった。
「ここに来ての、助っ人君? 親父と違って運良いな~。おまえ」
わざとなのか、真紘を挑発するかのように和巳がせせら笑いを浮かべている。
けれど、このくらいの言葉で真紘は動揺しない。イザナミを構え直し、無言で和巳を睨みつける。
それとほぼ同時に別の異変が起きた。
起こったのは、真紘たちにではない。和巳や宇摩の懐刀二名にだ。
「これは……?」
訝しげな表情で呟いたのは、一番合戦だ。
「驚く事でもないはずだ。私の能力は重力を操ることなのだから、貴様たちに作用していた重力を失くすことだって可能に決まっているだろ?」
左京が刀を振り上げながら、跳躍した。一番合戦は、まだ無重力の状態に困惑している。左京が刀を振り下ろす。
一番合戦の身体から血が吹き出す。一番合戦は浮いていても血液に作用する重力までは消していない。だからこそ、血液が通常時の液体と同じく床にポタポタと斑点を描いている。
しかし、斬られた本人は、
「斬られると、やっぱり痛いな」
とまるで人事のように呟いている。そんな呑気な事を言っている一番合戦の奥では、誠と天宮城が、激しく衝突していた。誠の音波による攻撃を天宮城が空中でありながら、緻密な観察力で的確に躱し、反撃している。
誠がそれを軽々と躱し、因子の質を練り上げる。
「私たちは似た者ということですね」
天宮城が淡々とした表情でぼそりと呟いたのが、唇の動きで分かった。呟かれた天宮城の言葉が妙に引っかかる。
そしてその答えが出るよりも先に状況が一変した。
「この殺気っ!?」
フィデリオの驚きと共に、殺気が真上から振って来た。真紘とフィデリオが反射的にそれを躱す。振り下ろされたのは、重力を奪われ、宙に浮いていた和巳の大剣。そして和巳本人が、床に大剣を持ちながら体育座りのような格好で着地していた。
「反射神経? 防衛本能? まぁ、とりあえず避けられた事には変わりねぇーか」
立ち上がりながら、和巳が己の大剣を躱した真紘たちへと視線を向けてきた。
「どういうことだ?」
疑問を口にしたのは左京だ。
左京が奪った重力を手にしているのは、今のところは和巳だけだ。
「さてね」
やる気ない表情で和巳が答える。そして答えたのと同時に和巳が床を蹴り、真紘とフィデリオへと斬撃を放つ。
炎爆剣技 鷹ノ爪
床を三つの爪が真紘たちへと伸びる。放たれた斬撃の速度はそう簡単に避け切れるものではない。
真紘が防御の体勢を取る。しかし隣にいるフィデリオは違っていた。隣にいたはずのフィデリオの姿が一瞬でいなくなる。
そう思った瞬間には、フィデリオが和巳の背後に回っていた。
フィデリオの剣が振り払われるのと同時に、真紘が和巳の放った斬撃を受け止める。受け止めた瞬間に、真紘が因子を放出する。
衝撃に付随してやってくる、炎を風で撒き散らす。風を受けて炎の勢いが強まっても、それが真紘に襲い来ることはない。
真紘の耳に、和巳とフィデリオの剣戟戦が聞こえてくる。
「ちったぁあ、早く動けても、まだまだぁあ!」
和巳が振り上げた大剣が、その刃を受け止めたフィデリオごと、天井へと高く飛ばす。しかしその瞬間、斬撃を受け止めきった真紘が和巳へと接近していた。
下段に構えていたイザナミを和巳へと振り上げ斬る。
「おっと!」
和巳が真紘の刀を受け止める。その瞬間の和巳の口許に微笑が浮かんでいた。
「マヒロっ!」
フィデリオの言葉に反応し、真紘が跳んで後退する。
和巳にフィデリオの黒い雷が落とされる。轟音と共に攻撃の余波が辺りに散った。その衝撃の巻き添えにならないように、真紘が位置を移動しながら因子を練る。
次の一手を繰り出すために。
しかし……
先ほどの一瞬で和巳が浮かべた微笑は何だったのだろう? 余裕であることを誇示するものか? だが、それにしては……
真紘の因子を受けて、イザナミが紅く光り出す。
フィデリオの放った技が、和巳の放出した炎に寄って食い潰されようとしているのが見えた。フィデリオの顔がやや曇る。
フィデリオが因子を練る真紘の方を一瞥してきた。無言で真紘も頷く。
大神刀技 零
部屋中の空気を大きく震わせ、巨大な風の塊がどんどん膨張していく。風を収集しているためか、渦へと強烈な風の流れが出来あがり、フィデリオも含め、左京や誠たちも吹き飛ばされないように、堪えている。
重力を消されていたはずの二人も、因子を込めた刀を部屋の壁に突き刺し、それを床代わりに足をつけて、踏ん張っている。真紘と対峙するようにいる和巳も然りだ。しかし、そこに違和を感じ、真紘が目を細めさせる。
その間にも風の塊は空気を集め、最終的には直径3mほどの大きさの球体となった。
風圧爆弾とも言うべき、球体がそのまま猛スピードで和巳へと突貫していく。まともに喰らえば、物凄い風圧に人間の体など簡単に押し潰されてしまうだろう。
和巳の因子がどんどん上がっているのは、荒れ狂う風の流れに寄って、真紘にも伝わってくる。
「一度、台風と戦って見たかったんだよなぁ。限界へのチャレンジってやつ」
大剣を肩に担いでいた和巳が、嬉々とした笑みを浮かべる。
真紘はそんな和巳を見ながら、和巳が口にした限界へのチャレンジという言葉を反復していた。




