次への道1
狼たちは、怪物の襲撃で使えなくなったエレベーターを諦め階段から下のフロアに来ていた。下のフロアは、さっきまでの内装とガラリと趣を変え、中国風デザインの内装になっている。赤く塗られた丸い柱のようなものが、至る所の角として使われており、大きな開口戸の扉の上には金色の字が書かれた看板などがある。その看板の左右には玉を持った装飾豪華な龍が二匹が飾られており、オレンジ色の瓦が特徴的な會芳亭式の屋根までついている。
「何で、いきなり中国風?」
黒の大理石となった廊下を歩きながら、狼は一変した内装に唖然としていた。
名莉も物珍しそうに、廊下に並ぶ焼き物やピンク珊瑚などの装飾品を見ている。
「理事長の趣味かも……」
「そうなのかな? 僕の勝手なイメージだとあの人も和風装飾が好きだと思ってたんだけど……」
少し辺りを見た所、この扉以外で他に扉という扉もない。さっき下りた階段もこの階で行き止まりになっていた。
「もっと下に行きたければ、この扉の先に行くしかないって……ことだよな?」
狼が息を呑み、大きな扉を開けた。
扉の先には、左右に別れた中階段がありそこから中国服を身に纏った男女が一斉に下りて来た。
手には、ヌンチャクや棒や中国刀を手にしている。
狼がイザナギを、名莉が銃を構え、先制攻撃を向かってくる敵へと与えた。
狼による斬撃で吹き飛ばされた者。名莉による銃撃で足下を撃ち抜かれた者。攻撃を避け猛進してくる者がいる。
「うぉおおお」
雄叫びを上げながら、狼が猛進してきた敵へとイザナギを揮う。
「不讓他接近煌飛先生(煌飛様に近づけさせないっ!)っ!」
中国刀を手に持ったチャイナドレスの女性が中国語で何かを叫んで来た。けれど何と言って来たのか分からない。ガキンッと刃と刃が勢いよくぶつかる音が部屋中に響く。真上から振り下ろされた刃を斜め下から受け止める。
日本の刀と違い、斬り裂くよりも、斧のように叩き切る中国刀は、やはり一撃の重みが違う。
そのため狼は衝突した瞬間に、敢えて押し合わずイザナギの刃を下へと引きながら、離すことによって、相手の勢いを流す。
すると勢いを殺された中国刀は、下に向かう勢い殺せず、女性がやや前へつんのめる。狼もそこを見逃さず、勢いよく相手を後ろへと蹴り飛ばす。
すると、今度は別のヌンチャクを持った新手が狼へとヌンチャクを振り上げて来た。狼はすぐさま後ろへと跳躍し、次の刺客を斬撃で吹き飛ばす。
その横で名莉が一人の女性が持つ、鮮やかな扇を持った女性が巻き起こした竜巻によって、天井へと勢いよく吹き上げられた。
天井に吹き飛ばされた名莉からくぐもった声が漏れる。
「メイっ!」
狼が叫んだ瞬間に、顔の左側にぞわっと寒気が走る。反射的に腕を立てる。すると強い衝撃と共に腕の皮膚が裂け、血が吹き出した。血飛沫が目に入りそうになるのを目を閉じて防ぐ。けれど、すぐに目を開ける。右手で蹴りを入れて来た男性へと放つ。
幸いにも敵は深追いせずに、身軽な動きで宙返りをして狼と距離を開けて来た。
顔面に敵の蹴りを受けなかったことに、ほっとしつつ左腕に走る痛みに顔を歪ませる。左腕が服の上からでも膨らんでいるのが分かる。さっきの衝撃で避けた服の下から青黒い色の皮膚が顔を覗かせていた。
狼はそちらの方に因子を流しながら、イザナギにも因子を流す。
そんな狼の隣に、先程のダメージから立ち直った名莉が銃撃を続けている。名莉の放った銃弾は相手の急所を狙ったものではなく、飽く迄相手の動きを封じる場所を狙っているのがわかった。しかも名莉が得意とする早撃ちで、足止めを行っているため、動ける敵兵の数が一気に縮まって行く。
これなら、イザナギから大きい技を放たなくても大丈夫そうだ。
狼が左腕の痛みが少しだけ和らぎつつある事に、ほっとしていると名莉が、
「さっき女の人が叫んでたけど……この人たちは煌飛って人の所に行く前に、私たちを足止めしたいみたい。きっとこの人たちは煌飛って人の部下」
先程の女性の言葉を意訳してくれた。
「メイ、中国語出来たの?」
「少しだけ。中国語の授業を取ってるから」
「そっか。でも、煌飛って確か……」
狼がそう口を開きかけた瞬間に、フロアの天井から真下にかけて、大きな火柱があがった。そしてその火柱と共に現れたのは……
「啊呀――……、まさかその武器をこのあたしに向けるとか言うんじゃないでしょうね?」
赤い如意棒を構える万姫と肩を竦める雨生の姿があった。
「なっ、何故ここに、万姫様が?」
「ちょっと、下らない質問しないで。アンタたち、ここにいる男がどんな男か知ってるわけ?」
口許には酷薄な笑みを浮かべ、片眉を眇めさせる万姫。それとは対照的にまだ倒れていない煌飛の部下たちが顔を青くさせている。
「全く、煌飛大哥(兄さん)ったら、あたしの未来の伴侶に何してくれてのかしら? 本当に信じられないわ」
万姫が現れたことによって、一気に向こうの士気が下がる。それを見ながら万姫と一緒にやって来た雨生が呆れたように溜息を吐いた。
「あれは武家の門下生だからな。万姫には逆らえないんだ」
唖然とする狼たちに雨生が捕捉説明を入れてくれた。
「当然じゃない。あたしに盾突いたら、例え兄さんの部下だろうと容赦はしないもの」
腰に手を当て、胸を張る万姫の姿はまさに傲慢の二文字が似合う。けれど、今の狼たちからすると、凄く頼もしく、有り難い存在だ。
だからこそ、狼は自然と万姫と雨生に向かって口許に微笑を浮かべていた。
「万姫さん、雨生さん、ありがとう」
するとそんな狼の言葉に、気分を上げた万姫が肩にかかった髪を後ろへと払いながら、
「啊呀――。さん、なんて付けなくて良いのよ。アンタはあたしの伴侶になるんだから」
ニヤッとした笑みを浮かべて来た。
返答に困る事を言われ、狼は苦笑気味に頬を指で掻くしかできない。すると銃撃を止めた名莉が横目で物言いたげに狼を凝視してきた。
ヤバい。何か名莉からの無言の訴えが……っ!
しかし、そんな狼たちを余所に万姫と雨生が一気に因子の熱を上げ始めた。ぶわっと熱しられた空気が狼たちの髪を仰いでくる。
そしてそんな二人の因子とぶつかり合うように、威圧的な因子の気配を感じた。
気配を感じたのは、左右の階段を上がった所の中央にある扉。そこから感じる。
「どうして、お前たち兄弟は派手な登場を好むんだ?」
「馬鹿な事言わないで。あたしたちは派手にしてるんじゃないの。普通にしてても派手になっちゃうのよ。そういう星の元に生まれてるの」
どんな星の元だよ?
得意気な顔の万姫に、雨生と共に狼も半ば呆れるしかない。
けれど、その瞬間に中央の分厚い扉が勢いよく吹き飛ばされた。吹き飛ばされた二枚の扉が階段下にいる狼たちの元に落下してくる。
「もう兄さんったら……可愛い妹に対して酷いじゃない?」
「兄の方はそうとも思ってないんじゃないか?」
「あり得ないわ。馬鹿な事言わないで」
万姫と雨生がそんなやり取りをしながら、自分たちの真上に振って来た扉を一蹴りで粉砕している。
するとそこへ、吹き飛ばされた扉の向こうから青をベースの生地に金の刺繍が施された中国服を纏った武煌飛が姿を現れた。
「日本の小物を相手にしろと言われていたが……それよりも良い獲物がやってきた」
煌飛が雨生を見て、獰猛な笑みを浮かべる。するとそんな煌飛の態度に腹を立てたのは万姫だ。如意棒で床を思い切り叩き、実兄である煌飛を威嚇した。
「幾ら煌飛兄さんでも許せないわね? 今のあたしを無視するなんて」
「万姫、お前では俺を倒すことは不可能だ。怪我をする前に後ろへ下がっていろ」
カチンという音が万姫から響いた……気がした。万姫の因子が目視できるほど紅く煌めき、熱を最大限に引き上げている。
「あったまきた~~。あたしの伴侶にまで手を上げようとして……さらにはあたしを無視するなんて~~」
「万姫さん、落ち着いて」
「感情的になって倒せる相手じゃない」
狼と名莉に怒っている万姫を宥めようと試みるが、全く自分たちの言葉が耳に入っているとは思えない。
「諦めた方が良い。こうなった万姫に何を言っても無駄だ。それよりも、お前たちは俺と万姫で煌飛を引きつけている間に先に進め。加油(頑張れよ)。祝你好運(幸運を祈る)」
雨生が片目を瞑り、すでに相手へと飛び掛かっている万姫を追う様に煌飛へと肉薄していった。




