微弱な追い風でも
真紘は、抗戦していたナンバーズたちを倒した後、乗って来たBMWi8に出流や雨生たちと共に乗り込んでいた。
「手狭だろうが、少しの我慢だ」
そう言ったのは、運転席に颯爽と乗り込んだ右京だ。助手席には雨生。後部座席には左右からヴァレンティーネを挟むようにして、出流と真紘が乗っている。
車に乗り込んだ真紘がすぐさま鳩子へと連絡を入れる。
するとすぐに鳩子からの返事が返って来た。
「黒樹たちは、宇摩たちが拠点としている所に潜伏したらしい。俺たちも急ぐぞ」
「おまえ、やはり何かを企んでるとか、アイツに言ってたな? どういう事だ?」
出流が反対側に座る真紘に横目で見る。
「情報という程ではないが……先ほど大酉が向こうで不審な動きがあったのを掴んだ。そこには大陸間ミサイルに加え、対空ミサイル、対潜ミサイル、砲撃、砲熕、魚雷、衛生からの高精度のレーダー、自動防衛システムを搭載している戦艦に根城を構えている。けれど、それは従来の戦艦に尾鰭がついたに過ぎない。一番怪しいのは、その戦艦からとんでもない量のゲッシュ因子を関知したということだ」
「とんでもない量?」
「ああ。大酉の話によるとその量を純粋な破壊エネルギーにすると、水素爆弾の数百倍以上の威力にもなる物らしい」
真紘の言葉に、出流だけでなくヴァレンティーネや雨生、右京なども表情を曇らせる。
「そんな量の因子をどうやって集めたのかしら?」
「考えられるとしたら、沖縄に米国本土から来たファーガン・ドレットという博士が一枚噛んでいるだろうな。彼は助手と共に沖縄から東京へと来ている。もしかすると米軍と手を組んでいると見せかけて、宇摩と内通していたらしい」
「まさか、ゲッシュ因子の貯蔵庫を完成させて、世界相手に脅しを掛けようなんてな」
出流が眉を顰めたまま、辟易とした溜息を吐く。
真紘も全く同じ気分だった。豊が短絡的な行動でその因子を使わない事を願うが、チェーホフの銃の原理ではないが押されないボタンなど、この世に存在するのだろうか?
自然と真紘の表情も険しくなる。
いや、もしも押されるものであるなら、それを自分たちが阻止しなければいけない。
豊の目論見通りに事を進めさせてはいけない。
もしかすると、軍人を切り捨てると判断した世界政府は、神からの啓示のようにこの事を知らされたのかもしれない。
そして、それは政府から各国の軍人へと伝播されている。無条件降伏してしまえ、と。勿論、その結果、軍人を辞めた人間も数多く出た。しかし、己のプライドを賭け、残った者も少なくない。
「まず最初に狙われるとしたら、各国の軍事施設が一斉攻撃されるだろうな。生贄の羊と共に」
そう言ったのは、運転している右京だ。
「勝ち目が無くても、守りたい意地があるんだろ?」
「ああ。そうだ。そしてその意地は宇摩が土足で踏みつけて良い物ではない」
出流の言葉に真紘が首肯する。すると、丁度その時左京から「そちらとの合流が可能です」という通信が入って来た。
真紘が左京たちに、次に向かう場所への指示を出す。
向かうは、先に敵陣へと乗り込んでいる狼たちの元だ。
その時、今度は出流の情報端末が鳴った。すぐに出流が通信に出て、「Pronto?……」とイタリア語で話し始めた。
つまり、フランスからイギリスへと向かっていたベルバルトからの通信だろう。
通信で話している出流の顔がやれやれと言わんばかりの顔を浮かべ、それから通信を切った。
「おい、バカ殿。すぐにハーゲンたちにも出動命令だ。各国の軍人たちが攻撃開始時刻を一時間も早めた」
「攻撃を早めた? 理由は?」
「理由は幾らでもある。けど、一番の理由は恐れだ」
出流からの返事に真紘は唇を噛んだ。
自分たちさえ無事ならそれで構わない。他の国など、軍人たちの被害など知った事か。そういう事なのだろう。何とも分かり分かりやすい、政府官僚たちの魂胆だ。
けれど、そんな連中に憤慨している場合ではない。
真紘はすぐさま、フィデリオたちにすぐさま通信を入れる。
『マヒロ? 何か新たな動きがあったの?』
「ああ。実はな……」
フィデリオに先ほどの事を伝えると、モニター越しのフィデリオが複雑そうな表情を浮かべてきた。
「誰も自分が居る場所に、正体不明の攻撃を落とされたくはないからね……」
呟く様なフィデリオの言葉にも複雑な心境の色が混ざっていた。
当然かもしれない。
真紘たちからすれば、身勝手だ! と叫びたくなるが、フィデリオたちからするとそうでもない。むしろ、政府が自分たちの国の危険を回避しているだけ、事故を最小に止めようとしているだけ。そうとも捉えられるからだ。
フィデリオは少し考えたあと、静かな声で真紘へと返事をしてきた。
「俺は、これからセツナたちとアメリカの代表候補生と合流する。そこで彼らと、どのくらい食い止められるか分からないけど、食い止めるだけ食い止めるよ。厄介な爆弾を破裂させたりはしない」
紡がれたフィデリオの言葉に、躊躇いもなく、偽りもなかった。
「ああ、頼んだ。俺たちも宇摩の行動を阻止する。絶対にな」
真紘もフィデリオに躊躇いなく、言い切る。
これは願望ではなく、約束だ。一度口にした約束は守らなければいけない。それが真紘の信条だ。
「看(見ろ)。もうすでにドンパチをやり始めて輩がいるぞ」
少し愉快そうに口の端を上げた雨生の視線の先に、空の上でオレンジ色の火花がパチパチと弾ける。まるで昼間に打ち上げられた花火のように見える。
けれど、こんな季節に花火が打ち上がるはずもない。その証拠に、散った火花の後から中国の戦闘機Jー20が雲を引きながら飛んでいるのが分かる。
「哈哈ッ。これは後で兄妹喧嘩が勃発するかもしれないな」
「あの煩い香港娘は、もう日本に来てたのか。やはり中国人はせっかちだ」
雨生と右京がそんな会話をする中、また別の方向で新たな火花が上がる。そしてその爆発の中央には大きな光柱が立った。
そこの光柱の麓には、華やかなウェーブの掛かった長い髪を棚引かせ、白ベースの制服に自国旗の色である、赤と青の指し色の入ったロシアの国際連盟の礼服を着た、エカチェリーナ・ニコライが腕を組み立っていた。
「ロシアの代表候補生が何故ここに?」
真紘が意表を突かれた表情を浮かべる。
「このタイミング的に、万姫辺りが召集したんじゃないか? 類は友を呼ぶと言うだろ?」
磊落な態度で雨生が答える。
実際にそうなのかは分からない。けれど、それは大いにあり得る事ではあった。中国とロシアはよく共同でBRVの開発などを行っている。
WVA以外での繋がりがあっても、なんら可笑しくはない。
だが、これは少数派ではある自分たちにとって、有り難い誤算だ。ロシアの国際防衛連盟はあまり他国と密接に関わることが少なく、コンタクトを取るのが困難だった。唯一日本でコンタクトを取っていたのは、大城家であり、それ故にロシアへの協力要請は絶望的だと踏んでいたからだ。
心さえ折れなければ、誰にでも風は吹くのかもしれない。それが例え微弱だろうと、自分たちにとって大切な追い風だ。
追い風が吹いたのなら、自分たちはその風に上手く乗れば良い。ただそれだけだ。
真紘は先ほどより加速した車の窓に映る光景を見ながら、決意を固めていた。




